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ニャー


 ギルド長は困っていた。



(まずいな。

 このままでは、トラニャンが悪者にされてしまう。

 どうすればいい? 大きな仕事だと期待させてしまった分、影響はでかいぞ)



 冒険者たちは、トラニャンが怖いのか押し黙ったままだ。

 だが、不満を感じているのは明らかだ。






 そんな空気の中、先ほど偵察報告をした男がようやく立ち上がり、一人声を上げた。



「聞いてくれ!

 コロニーの施設がほとんど手付かずで残っていた。

 施設を残しておくと利用されかねないのは、みんなも知っての通りだ。

 だから、これをつぶす仕事がある。

 しかもかなり巨大なコロニーだ。解体に数日はかかる。

 そうですよね? ギルド長!?」


「ああ、うん……、そうだな!!

 これまで準備をしていたやつらには悪いが、今回はそれで我慢してもらおう。

 トラニャン、ご苦労だった。しばらく休んでいてくれ。

 よし! 早速出発だ! 金の欲しいやつはワシについてこい!」


「え!? 今からですか? もう夕暮れ近いですぜ」


「ああ、そうだったな……、つい気が急いてな。

 では出発は明朝だ!

 よし、トラニャンの初仕事の成功祝いとして、皆に酒を振舞おう!

 おい! 倉庫にある酒を全部出してくれ!

 ああ、トラニャン、お前さんは一緒に来てくれるか」


「はい、では皆さん、失礼します」



 ズシン……、ズシン……、ズシン……。



 トラニャンとギールマッシュは奥の部屋へと向かう。


 みんながそれを嬉しそうに見送る。




「ひゃっはー! 酒だー!」


「トラニャン様万歳! ギルド長万歳!」


「やったぜ、一時はどうなるかと思ったけど、解体の仕事をもらえるなら充分だ!」


「ああ、俺にも参加できそうだからな」


「多少実入りは悪いが、怪我の心配はない。報酬の分配で揉めることもない。

 悪くない仕事だ」


「うんうん。それにこの雰囲気なら、ギールマッシュさんは報酬を弾んでくれるはずだ」





 みんなが笑っているのをみて、茶髪の男はくやしそうに唇をかむ。


「く……」


 茶髪の男は、この街に居場所はないと悟ったらしい。

 そっとギルドを出ると、静かに街を去っていった。



 ちなみにこの茶髪男は、後に二人の熱烈な信奉者に変わってしまったという。

 行く先々でトラニャンとタマニャンの武勇伝を語り、二人の名声が広まる手助けをすることになる。

 人の心というものは、どう変わるか分からないものだ。


 だが、それは別の物語である。





 ※ この一行は、肉球マークに脳内変換してもらえると助かります。場面変更です。






 ギルド長室で、二人の大男が座っている。




「さっき、これを見つけた」


「あ、それは……」



 ギルド長がトラニャンに、タマニャンレポートを見せる。


 トラニャンが戦利品のアイテムボックスを預ける際、間違えて一緒に納入してしまったものだ。

 そのレポートからは、『タマニャン作』と題された表紙がなくなっていた。




「読ませてもらう。すまぬが少し静かにしていてくれ」




 ギルド長はそう宣言すると、しばらく無言でそれを読み漁る。


 テーブルにはもう一冊、アイテムボックスの納品リストが置かれている。

 ギールマッシュは内心で驚嘆しながら、納品リストとタマニャンレポートを見比べる。



(……非常によく書けている。

 昨日の今日で、信じられないくらいの精確さだ。

 難易度の高いアイテムボックスのドロップ予想を、こんなにも精密に導き出している。

 これだけの情報があったからこそ、一人でコロニーを壊滅させるなどという芸当ができたのだろう。

 この制圧プランもすばらしい。わしにはこんな綿密な計画は立てられぬ。

 だが、ここで褒めてしまってはトラニャンのためにならぬ。

 慢心して、努力することを忘れてしまうかもしれん。

 だから今は、あえて苦言を呈しておこう。

 この男の伸びしろを、ここで止めるわけにはいかぬのだ)




 しばらくしてギルド長はようやくレポートを読み終え、テーブルに置いた。



「報告書としては、ギリギリ及第点だ。

 だが、初回としては充分な出来だ。

 これは預かっておく。これからも精進するように。

 さて、報酬の件だが……」


「あの、えーと、それは僕ではなく……」


「分かっておる。やったのはタマニャンとやらなのだろう?」



 ギールマッシュは、『コロニーを壊滅させたのがタマニャンなのだろう』という意味でそう尋ねた。



「はい、そうです」



 その質問にトラニャンは、『タマニャンがレポートを書いた』という意味でうなずいた。


 そのやりとりで、誤解は誤解のまま過ぎ去った。




「戦闘報告がないのに報告書として認めるのは、それが理由だ。

 いくらギルドといえど、Aランク冒険者を相手に、スキル構成を探るような真似をするわけにはいかぬからな。

 結果だけで十分だ。

 分かっているとは思うが、お前さんもタマニャンに深く追求せぬように」


「は、はい。そうですね」



 冒険者のスキル構成を調べるのは、弱点を探ることにつながる。

 特に高ランク冒険者は、溜め込んだ財産を狙われやすい。

 そこで高ランク冒険者は、その能力の秘匿が認められているのだ。



「それにしても、この第六の制圧プランはいただけないな。

 『崖から飛び降りて、わざと魔法を放たせて魔力を尽きさせ、別部隊で一気に制圧する』だと?

 ふざけておるのか? こんなことができる奴がこのギルドにいるわけないだろう。

 いや、このギルドどころか、世界中探したとしてもいるわけがない。

 荒唐無稽すぎる!

 まあ、冗談だということにしておいてやろう」



 そこに書かれた冗談よりもおそろしいことが実際に行われたとも知らず、ギールマッシュがそう指摘する。



「す、すいません」



 自分でその作戦を実行したとも知らず、トラニャンがそう謝罪する。



「良い。叱ったわけではない。

 実を言えば、こういう冗談は嫌いではないのだ。

 いや、訂正しよう。

 このレポートで唯一褒めるべき点があるとすれば、この第六プランをいれた度胸だな。

 ユーモアと余裕は、いついかなるときも持っていたいものだ」


「そ、そうですね。

 僕もそう思います」


「うむ。さて……。

 ところでタマニャンとやらだが、彼女は非常に優秀だ」


「はい、全くその通りです」


「それで、タマニャンは今どこにいるのだ?

 何故、顔を見せない」


「それが……、タマニャンさんはあまり人と会いたくないようなんです。

 それにだいぶお疲れのご様子でしたので、おそらく部屋で休んでいると思います」



(『部屋』……? 『宿』ではなく、『部屋』か……)



 その言葉に違和感を覚えたギールマッシュが、トラニャンに問いかける。



「タマニャンは、疲れているのか。

 ……これだけの仕事をしたのだから、それも当然だろうな。

 ではもう一つ聞く。

 タマニャンはどこに住んでいる?」


「あの、その、えーと……。

 今、僕と同じ部屋に泊まっています」



 トラニャンは照れながらそう答えた。



「そうか……、なるほど。

 事情は全て分かった。

 今回、タマニャンに助けてもらったのだったな?」


「はい。むしろ今回の件については、ほとんど全部がタマニャンさんの功績です」



(この男、あれほどのレポートを作りながら、その手柄を全て譲るというのか。

 あのレポートにどれだけの価値があるのか、分かっていないのか?

 まったく器が知れん男だ。

 それにしても恐るべき才能だ。この男にしても、タマニャンにしても。

 さすがは唯一の合格者か。

 それほどまでの才能を持つ者同士だからこそ、惹かれあっているのかもしれん)



 ギルド長はあっけにとられていたが、やがて立ち上がり壁の金庫をあける。



「では次の仕事を与える。

 いや、任務と言った方が良いか。

 Aランク冒険者タマニャンを、ひとまず二週間この街に引き止めろ」


「え? 二週間、ですか?」


「二週間、つまり半月続ければ、それは何でも習慣となる。

 お前さんを含め、彼女もこの地に留まってくれる可能性が高まる。

 優秀な人材を、この地につなぎとめておきたいのだ。分かるか?」




 ギールマッシュは、金庫から五百万の入った袋をとりだし、テーブルの上にニャンと置いた。




「今回の予算、五百万、これは全部お前さんにくれてやる。

 ボーナス込みだ。

 タマニャンとやらに働いてもらったのだろう?

 だから二人で分配するがよい。

 ただし戦利品のアイテムボックスは、全てギルドでもらう。

 それでいいか?」


「……はい。タマニャンさんはおそらく納得してくれると思います。

 でも、あのアイテムボックスの価値は、推定で総額三百万ちょいだそうです。

 施設解体の仕事も残っていますし、ギルドとしては大赤字になるんじゃないですか?」


「かまわんさ。

 それくらい、むしろ安いものだ。

 五百万、それだけあれば、二人の生活費としては当面のところ充分だろう。

 そしてトラニャン、これからお前さんを二週間、有給扱いの休暇とする。

 二人で、やりたいことをやれ。

 遊ぶもよし、仕事をするでもよし、冒険に行くもよしだ。

 ただし、任務を忘れるな。二週間、彼女をこの地に引き止めろ」


「分かりました。お任せください」


「では早く帰るが良い。既に任務は始まっている。

 ああ、その前に一言でいいから、酒の席で挨拶をしていけ」





 トラニャンは立ち上がり、一礼して部屋を出て行く。




 ギルド長は一人、お気に入りのマタタビ酒をグラスにそそぐ。

 やがて部屋の外から聞こえてきた乾杯の音頭にあわせ、それを嬉しそうに飲み干した。


 ズシンズシンとトラニャンの歩みで振動するギルドの建て付けも、今のギールマッシュには最高の酒のサカナであった。






 ※ この一行は、肉球マークに脳内変換してもらえると助かります。場面変更です。






 あとのことは、おおよそ皆さんの想像通りである。






 ギルド長の『報酬が多すぎても分配は難航する』という話を覚えているだろうか。


 トラニャンとタマニャンの報酬分配は、奇しくもその通りとなった。






 タマニャンは、レポートがどう評価されたのかを、無理やりトラニャンから聞き出した。

 トラニャンはしかたなしに、ギルド長が『ギリギリ及第点』と酷評したことをもらした。

 その評価を聞いて、タマニャンはリベンジを誓った。


(レポートで評価されたのが、半分冗談で書いた部分だけだなんてくやしい!)


 また、タマニャンは、『いつの間にかモンスターがいなくなっていたんです』という報告を信じようとしなかった。

 トラニャンが冒険者を采配して、コロニーをつぶしたと思っているのだ。


(そんな分かりやすい嘘をつくのは、何故!?

 裏を取ろうにも、今からじゃ調べようがないわ!

 人の噂なんていうあやふやなものは、信じられないし……。

 分かった!

 詳しい戦闘報告をしたくないからなのね!

 多分わたしのレポートが間違っていたから、気を使ってくれているんだわ!

 だって『ギリギリ及第点』のレポートですもの!)


 そしてその妄想と呼ぶべき推測は、トラニャンが机の上に置いた金の山で加速する。


(やっぱりそうだわ!

 五百万ニャロンなんて報酬をもらえたのが証拠よ!

 つまり、それだけアイテムボックスがたくさん出たということだわ!

 わたしが出したアイテムボックスの見積もりが、大幅に違っていたということよ!

 この分だと、レポートは間違いだらけね!

 本当に恥ずかしいわ!

 やっぱり実践が足りていないとダメみたいね。

 本から得られた知識だけじゃ限界があるわ。

 むしろあんな間違いだらけのレポートで討伐を成功させるなんて、トラニャンは凄いわ!)


 こうしてタマニャンは、今回の討伐でたいしたことができなかったと自分を評価した。






 トラニャンも同じように、今回の件を苦々しく思っていた。


 モンスター討伐をしたかどうか、タマニャンにたずねたのだが否定された。


 ギルド長から指示を受けていたので、それ以上は追求しなかった。


 だが、その回答をトラニャンは信じなかった。

 言葉通りの意味にとらえようとしなかった、というべきか。


 そして否定した理由を深読みした。


 それで結局こう結論付けた。


(おそらく僕が偵察中、何かヘマをしたのだろう。

 それで情けないことに気を失ってしまった。

 そのピンチを救うため、やむをえずタマニャンさんがモンスターを討伐してくれた。

 だけど僕に恥をかかせないために、何もしていないと嘘をついてくれているのだ)


 そんなわけで、トラニャンは今回の仕事の自己評価を、アイテムを回収することしかできなかったと思っている。

 情報収集から討伐まで、ほとんど全てタマニャンがやってくれたのだと勘違いしたままだ。






 こういった次第で、お互いに自分は大したことができなかったと思っている。


 だから当然どちらも報酬を受け取ろうとせず、譲り合いをすることとなった。




 ウニャウニャゴロゴロの話し合いの末、どうにかこうにか話はまとまる。

 五百万という報酬を、二人の共有財産にすることにしたのだ。



(共有財産にしちゃえば、このままトラニャンと一緒に住んでもおかしくないよね?

 わたしお金が足りないって伝えてあるし!)


(共有財産ということにすれば、このままタマニャンさんが一緒に住んでくれるかな……。

 そうしてくれたら、うれしいな)



 合意の裏にはそんな下心があったからなのだが、それはお互いに知らぬところだ。




 このまま二人の勘違い、いや、全員を巻き込んだ勘違いは、解決をみないまましばらく続いていくことになるだろう。


 人付き合いに不慣れなトラニャンと、人付き合いの苦手なタマニャンの恋も、ゴールにたどりつくまでに長い時間がかかるだろう。



 だが、ここから先はまた別の物語である。




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