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君が遺してくれたもの〜運命の番を亡くした医師とΩの心臓を移植された少年〜  作者: さくら優


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2/24

朝斗と真澄 ①

「やっと終わった⋯⋯」


思わず声に出してしまった後、俺は椅子の背もたれに身体を預けて天を仰いだ。


最近ずっと滞っていた論文がようやく完成し、大きな溜息を吐く。


とりあえず、細かい確認は明日にして、データを保存してパソコンを閉じ、椅子から立ち上がった。


白衣を翻す勢いで向かった先で、ドアの外からそっと部屋の中を伺う。そこには、ベッドの上で半身を起こし、テーブルの上に広げたノートに、何やら真剣な顔で向き合う少年がいた。


驚かせないように、開いたままのドアを軽くノックして声をかける。


「朝斗君」

「あ! 坂下先生」

「勉強か?」

「うん。学校の宿題」


そう言って彼、瑠璃川朝斗はこっちを見上げて笑う。


「先生、いいところに来た。これ教えて」

「どれ?」


朝斗は、俺が担当している患者だ。彼は生まれつき心臓が弱く、小さい頃から入退院を繰り返している。


高校生になった今は、学校に行ける日も増えてきているが、最近はまた少し体調が悪く、今は入院している。


「で、こっちにこの式を代入して」

「あー、⋯⋯なるほど?」

「本当にわかってるか?」

「わかってるよぅ」


若干疑わしい返事をしつつも、なんとか問題を解いていく様子から、あながち嘘でもないようだ。その様子を眺めつつ、ふと、ベッドの傍に置かれているものが目に入った。


「親御さん、来てないのか?」

「え? ああ、うん」


そこには、籠に入った洗濯物が山になっていた。


「なんか、仕事が忙しいみたい」

「そうか⋯⋯。よっと」


仕方がないな、と俺は籠を持ち上げた。


「え? ちょ、先生? なにしてんの?」

「洗濯、してきてやるよ」

「いいよ。俺自分でやるし」

「気にするな。ついでだ」


なんのついでかは自分でもわからないが、俺は洗濯籠を持ってランドリーへ向かう。


どこの世界に患者の洗濯物まで手伝う医者がいるんだよ、と背後から半分呆れたような声がかけられたが、軽く笑って流した。


確かに、看護師に見つかったら特別扱いするなと怒られそうだが、まあ見つからなければいい話だ。


籠の中身を洗濯乾燥機に突っ込んで、スタートボタンを押す。終わるまではしばらくかかるから、また朝斗の部屋にいよう。


朝斗の親は、あまり面会には来なかった。俺が担当するようになったここ数年の話ではなく、朝斗が小さかった時からそうみたいだ。


まだ年端もいかない子どもを一人病院に置いて仕事優先だなんて、俺には理解出来ない。


洗濯が終わるまで朝斗と宿題の続きをしたり、適当におしゃべりをして時間を潰す。終わる頃にまたランドリーへ行き、回収してきた洗濯物をしまおうとして、朝斗にひったくられた。


「ありがとう。後は自分でやるから」

「しまうだけだろ。最後までやるよ」

「いいって。わー! そこ開けないで!」

「なんだよ。いいだろ別に。男同士なんだから」


何を今更、と思いながらも、大声で止められたので諦めた。


「先生、女の子相手にもこんなことしてないよね?」

「するわけないだろ」

「ならいいけど」


朝斗は着替えをしまってから、改めて礼を言ってきた。


「ごめん、遅くなっちゃったよね。先生って一人暮らし?」

「――いや。けど朝斗君が気にすることじゃない。この仕事してたら今日はむしろ早い方だよ」

「ふーん」


宿題の続きをすると言う彼に、あまり無理はしないようにと言って、部屋を出た。素直に返事をする彼が、なんだかとても可愛く思えた。



   ✦✦✦


予定より遅くなってしまったが、夕食の弁当を買って家に帰る。外からマンションの部屋を見ると、明かりがついていた。


あいつはもう帰ってきているようだ。


「ただいま」

「あ、聖一おっかえり~」


リビングに入って声をかけると、ソファでスマホをいじっていた同居人、津田真澄が能天気にひらひらと手を振ってくる。僅かに酒の匂いがした。


「飲んでるのか?」

「んー友達と飲んできた」

「⋯⋯」


真澄はほろ酔いで機嫌が良さそうだが、それを見ているこっちはなんとなく溜息を吐きたくなってしまう。


なんとか抑えて、ダイニングテーブルで一人、買ってきた弁当を食べた後、シャワーを浴びようと脱衣所に行くと、籠に洗濯物がたまっていた。


「真澄、洗濯くらいしといてくれよ」

「ん? ああ、今日は疲れてるから、明日やるから置いといて~」

「⋯⋯はあ」


今度こそ、抑えきれずに溜息が漏れた。


それを聞いた真澄は、一気に不機嫌な声を出す。


「なにその溜息」

「別に」

「洗濯なんて毎日やんなくたっていいでしょ。っていうか、今日は聖一の方が早く帰ってくる予定だったじゃん。何してたの?」

「⋯⋯仕事だ」


若干、100パーセント仕事ではないような気がして、妙な間が出来てしまう。それをどうとったのか、真澄はもういい、と言って部屋に入ってしまった。


俺は再び溜息を吐く。


今のは、どちらかというと俺の八つ当たりなのかもしれない。仕事で疲れていることを理由に真澄に当たって。


真澄は俺より4つも歳下の21歳、まだ大学生だ。俺だって、その頃は家のことは親に任せて遊びと勉強しかしていなかった。他人の事をどうこう言う資格なんてないのに。


シャワーを浴びて冷静になった俺は、寝室に入り、ベッドに寝転んでスマホをいじっていた真澄に、後ろから抱きついた。


「⋯⋯何?」

「悪かった」


八つ当たりだったことを素直に謝ると、真澄はまだ少し怒った顔をしつつも、こっちを振り向いた。


キュッと結ばれた唇に、自分のそれを軽く触れさせる。すると、溜飲を下げる気になったのか、身体ごとこっちに向けて首に腕を回してきた。


もう1度唇を触れ合わせ、今度はそっと舌を差し込むと、真澄も舌を絡ませてくる。その瞬間、全身に甘い毒のような刺激が伝わり、脳を痺れさせた。


真澄はΩだ。αの俺は、どうしようもなくその性に魅了されてしまう。


正直なところ、真澄の時に自由奔放過ぎるところは、俺はあまり好きではない。一緒に暮らしていて、さっきみたいに苛ついてしまう時も多々ある。


けれど、身体の相性は最高だった。過去にも何人かΩの相手と付き合ったことはあるが、彼らの比ではない。


運命の番。


都市伝説と言われるその単語がチラつくほどに、溺れ、逃れられなくなってしまっている。


ゆっくりと唇を離すと、俺は隣に仰向けに寝転んだ。


明日も仕事がある。今日はこれ以上するわけにはいかない。


真澄もそれがわかっているのか、ほぅっと息を吐いて静かに目を閉じた。


甘い香りを漂わせるその吐息から逃げるように、俺は真澄に背を向けて頭から布団を被った。


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