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第四章


 第四章


 1


「ねぇ、ルアン君。明日って暇?」


「あ?」


 ARSSの訓練場にて。

 日が沈み、日常となった模擬戦を数セット終えた後、青白い髪の少女――アンナ=ヴェルデニコフがそんなことを言い出した。

 それに対してルアンは、


「明日は特に予定無ぇな。ってかそもそも、俺のスケジュールにお前との闘い以外の予定は無ぇよ」


「そう。なら、明日も闘ろう――って言いたいんだけど、明日はちょっと買い物に行きたい。ルアン君、付き合ってくれない?」


「……あぁ、いいぜ」


 この二ヶ月、初めて会った時からルアンとアンナは闘ってばかりで、それ以外のプライベートな時間を共有したことなかったから、いきなり買い物の誘いをしてきたアンナをルアンは訝しむが、結局はアンナの誘いに肯定を意を示した。

 ルアンの返答にアンナは満足げに頷くと、


「ありがとう。じゃあ、明日の昼の十二時に本部の前……は他の人に迷惑か。駅前で待ち合わせで良い?」


「あぁ、構わねぇ」


「良かった。じゃ、明日ね」


 アンナはいきなりそう別れを告げると、体を翻し、自宅の方に向かって歩き出した。


「……おう」


 ルアンは終始怪訝な表情を浮かべていたが、結局質問も反対もすることなく、アンナに背を向けて仮の宿――と勝手に決めているARSSロシア本部の仮眠室に向かって歩みを進めた。




 2


 ARSS欧州本部。

 欧州の大部分を担当しているARSSの本部の一つだ。

 フランスのパリに設置されたこの本部の特徴は色々あるのだが、その一つとして中級(オルデン)の輩出数の高さが挙げられる。

 更に言うと、ARSSの中でも最多を誇る欧州本部の中級(オルデン)には『美徳の七枝(ヴァーチュリッター)』と呼ばれる特殊な枠組みがあり、これは欧州本部の中級(オルデン)のトップ七人に与えられる称号かつ役職を指している。

 この役職の主な職務としては、ARSS欧州本部長の側近としてARSS欧州本部長を補佐すること。

 彼らはあらゆるモノからARSS欧州本部長を守護する盾であり、ARSS欧州本部長を害するあらゆるモノを滅ぼす剣だ。

 そんな『美徳の七枝(ヴァーチュリッター)』の一人で、薄いピンク色の鎧を纏った初老の男――ラファエル=ゲランがARSS欧州本部の広く華美な廊下を歩いていた。


「……」


 ガシャガシャと、物々しい音を立てながら男は歩く。

 その先にあるのは、一つの大きな扉。

 まるで宮殿のような様相を放つARSS欧州本部の中でも、飛びきり派手に装飾されている扉だった。


「――失礼します」


 ラファエルはそう尋ねながら、中からの返事を待つことなく――居ても返事が返ってこないことが多々あるからだ――、扉を開けてやたら広い部屋に入る。

 その部屋で、繰り広げられていた光景とは。



「またボクの勝ちー!!」



 十七歳程度の純白の少女が、テレビゲームに夢中になっている光景だった。


「ゲームって正直あんま興味なかったけど、思ったより楽しいね!ついムキになっちゃうよ」


「姫様にそう言って貰えて良かったですー」


 純白の少女の隣に座る薄い紫髪の少女が、のんびりした声で答える。

 薄い紫髪の少女の名前は、ルイーズ=ボワイエ。

 ラファエルと同じ、『美徳の七枝(ヴァーチュリッター)』の一人だ。

 それに対し、ルイーズに『姫様』と呼ばれた純白の少女の名前は、ブランシュ=ル=フェイ=パルファム。

 この部屋欧州本部執務室の――、いやこの建物の主、つまりはARSS欧州本部長だった。


「あ、ラファエル君、来てたんだ。どうしたのー?」


 壮年の騎士が来たことに今気付いたのか、テレビゲームのコントローラーをカーペットの上に置きながら尋ねる。


「……少し許可を得たい事柄がありまして。出直しましょうか?」


「別にいいよ、これつまんないし」


 先程紫髪の少女に言ったことと真逆のことを笑いながら告げる。

 それに対して、ブランシュの横に座っている紫髪の少女ルイーズが、


「……お気に召しませんでしたか?」


「あ、思ったより面白かったのは本当だよ?ボク、競い合い自体は好きだしさ。でもさ、人を殺すテレビゲームって意味わからなくない?ボクは人殺しが趣味じゃないし、多分そういう人がほとんどなんだから、もっと別ので競えばいいのに」


「……それは、殺し合いって形で競い合いたい人達が、なんとかゲームという形式にしたくて、人殺しのテレビゲームがあるんだと思いますー」


「それだとますますおかしくない?殺し合いって形で競い合いたかったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……実際に殺すとなると、抵抗感が生まれるからだとー。それに、本当に殺されたらもう二度とゲームができないから、やっぱり本物の殺し合いは普通の人だと感覚的に難しいと思いますー」


「そんなもんかぁ。折角趣味があるのに、それに全力を出せないなんて可哀想な人達も居るもんなんだね」


「ですねー。ま、そんな可哀想な彼らも、姫様の庇護下に入れているのだから幸せだと思いますー」


「だよね!本当、良かった良かった」


 純白の少女――ブランシュはニコニコと笑う。

 その様子を、壮年の騎士ラファエルは黙って見ていたのだが、ブランシュがそんなラファエルに気付いて、


「あ、話脱線しちゃってごめんね。で、取りたい許可ってなに?」


「……しばらく、この本部から離れロシアに向かう許可をいただきたく。姫様の最も古くかつ一番の側近である私が姫様から離れてしまうのは心が痛むのですが、元『美徳の七枝(ヴァーチュリッター)』であるアーダルベルト=シュルツの捜索と処刑は確実かつ迅速に行うべきかと」


「……アーダルベルト=シュルツ…………」


 ブランシュは白く綺麗な眉を顰める。

 三秒後、


「あぁ、アーダルベルト君か!……え、彼、まだ生きてたの?」


「はい。終身刑で地の極土(ヘルエンド)に収監されていたのですが、地の極土(ヘルエンド)が襲撃され、脱獄された可能性があるとのこと。……アーダルベルトは死んでいる可能性が高いとのことですが、アイツが自由に外を出歩いている可能性は1%たりとも許されません」


「ふーん……。思ったよりつまんない話だね。彼、もうどうでもいいし、放っておいていいのになぁ」


「いえ、奴を放置しておくことは姫様の騎士である『美徳の七枝(われわれ)』の沽券に関わりますので」


「そっかー。ま、ラファエル君の気が済むならそれでいいよ。殺しておいた方が良いのは確かだし。ただ、当然、キミがボクの騎士である以上、なるべくすぐ戻ってきてね!」


「ありがたきお言葉。では、すぐに支度してロシアに向かいます」


「……あのー、それ、私も手伝いましょうかー?」


 ブランシュの隣に座っているラファエルと同じ『美徳の七枝(ヴァーチュリッター)』の一人、ルイーズがそんなことを気怠そうに提案する。

 対して、ラファエルは厳かに、


「いや、結構。私一人で事足りるだろう」


「そうですかー」


 ルイーズはどうでも良さそうに提案を引っ込める。

 だが、


「あ、ラファエル君、言い忘れてたけど、君一人で行っちゃダメだよ」


 純白の姫が、それに反対した。


「……何故ですか?」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。アーダルベルト君とやり合うなら、キミ以外の『美徳の七枝(ヴァーチュリッター)』を一人連れて行って最低ライン、確実に斃すなら三人は必要かなー」


「……お言葉ですが、そう考える理由はなんでしょうか?」


『ラファエルではアーダルベルトに勝てない』。

 そう判断されたこと自体に異論は無い。

 ブランシュが口にすることは全て正しいことだと、ラファエルは信じ切っているからだ。

 だから、単純に、何故そのような判断になったのかが気になったのだ。


「確かに、ラファエル君は強いよ。()()()()()()()()()()()()()()()()の実力は伊達じゃないってことはボクが一番良く知ってる。もし、仮にラファエル君とアーダルベルト君が一対一で決闘するとしたら、間違いなくラファエル君が勝つだろうね」


「……つまり、今アーダルベルト何かしらの罠をしかけていると?」


「罠……じゃないとは思うけど、間違いなくなんか仕込んでるだろうね。アーダルベルト君、ボクの騎士の中では一番の秘密主義だったし、彼がロシア連邦(じぶんのテリトリー)に何かすごいものを隠してても不思議じゃないからねー」


「……その隠してる『何か』によって、私が負ける可能性が高いと。なるほど、理解しました。この老骨に教えていただき、ありがとうございます」


「いいよ、気にしないで。ボクとラファエル君の仲じゃん♪」


「……!ありがたきお言葉……!」


 ブランシュの何気ない言葉に、彼女を心の底から心酔しているラファエルは感涙を兜の下で流す。

 だが、泣いてるばかりにもいかなくて、


「……三人連れて行くのが確実とおしっていただきましたが、それでは姫様の周りが手薄になってしまいます。今、『美徳の七枝(ヴァーチュリッター)』は六人しかおらず、その内二人は別件でフランスから離れていますから」


「あ、確かに。じゃ、三人はダメ、一人だけにして」


「承知いたしました。……では、前言を覆すが貴公にも手伝ってもらう」


「はいー」


 紫髪の少女ルイーズは跳ねるように立ち上がり、ラファエルの隣に並ぶ。

 そして、


「では、失礼します」


「失礼しますー」


 二人とも、ARSS欧州本部長執務室から退出しようと扉に向かって歩みを進める。

 そんな二人の背中に向かって、純白の少女は、


「死なないよう気をつけてねー」


 緩い口調のまま、不穏当な忠告を投げかけた。




 3


 ロシア、モスクワのとある駅前にて。

 一人の少年が、不機嫌そうに電灯に寄りかかっていた。


「……」


 少年――ルアン=ラディーベは目を瞑り、立ったまま眠ることを試みる。

 だが、あまり上手くいかなかったのか、すぐに目を開け辺りを見渡した。

 そしたら、丁度そのタイミングで、


「あ、ルアン君、先に来てたんだ。……待った?」


「ついさっき来たところだよ。そんなに待ってねぇ」


「そう、良かった」


 あとから来た少女――アンナ=ヴェルデニコフは安堵したように微笑み、ジッとルアンを見詰める。


「……」


「……なんだよ」


「別に。ルアン君がちゃんと来てくれたのに驚いてただけ。正直、来ないかもって思ってたから」


「……一度約束したことなら、忘れでもしねぇ限りすっぽかしたりしねぇよ」


「そっか、ごめん。でも、そもそもなんで誘いに乗ってくれたの?買い物の誘いなんて、ルアン君なら断るかと思ってたのに」


「断ると思ってて何で誘ったんだよ」


「ダメ元。万が一でも、来てくれたら嬉しいなって」


「そうかよ」


 適当に返事しながらルアンは視線を横に逸らして、


「……いつもの喧嘩、お前もノリノリとはいえ、誘ったのは俺からだろ。だから、テメェからの誘いを断るのは筋違いだなって思っただけだよ」


「ふーん……。ルアン君って意外と律儀なとこあるんだね」


「俺のことを律儀なんて言うのはお前ぐらいだよ」


 ルアンは苦笑を浮かべ、視線を前に戻す。

 すると、何故かちょっと嬉しそうな笑みを浮かべてる青白い少女が居た。

 それを見たルアンは、何故か居心地が悪くなる。

 だから、


「……早く移動しようぜ。店、どっちだよ」


「こっち。着いてきて」


 ルアンはアンナを急かす形で、待ち合わせ場所から歩いて移動する。

 だけど結局、歩き出しても居心地は悪いままだった。




 4


「ルアン君って、なんで強くなりたいの?」


 目的地――ちなみにどこかはルアンは知らない――に向かう道すがら、アンナがいきなりそんなことを言い出した。


「……『強くなりたいから』、以外の理由が必要か?」


「ううん、要らないと思う。でも何かキッカケみたいなものがあれば知りたいかなって」


「……」


 ルアンはアンナの真意を知ろうと、歩いたまま青白い少女の顔に視線を向ける。

 そこにあったのはいつもの無表情で、真意を窺い知ることはできなかった。


「――俺は」


 真意など、わからない。

 でも、大した話でもなし、隠すほどのことではなかった。


「四歳まで孤児院で育った。つっても補助金目当てのクソみてぇなとこで、物心ついたばかりだったがゴミ捨て場みてぇな場所だったのは覚えてる」


「……」


 一見、質問を無視したようなルアンの言葉。

 だけど、アンナは黙って続きの言葉を待った。


「そんなクソみてぇな場所に『霧』が現れた。んで、周りの奴らは鵺になるか、その鵺に殺されただけだったが、俺は偶然アーベントになった。だから鵺どもは俺を殺そうとして、だから俺はそいつらを皆殺しにした」


 普通なら、不可能だ。

 アーベントだろうが、四歳の子供が複数の鵺を殲滅するなど絶対に不可能だ。

 成人した大人だって、アーベントになりたてでは鵺一体だって斃すことはできない。

 しかし、ルアン=ラディーベにはできた。

 圧倒的な才能と、獣のような闘争本能ゆえに。


「ま、鵺を殺したはいいが、その後どうすりゃいいかわかんなくてな。当時はARSSの存在すら知らんかったし。だから、適当に道端で盗んだりチンピラボコって食いモン奪って適当に暮らしてた。ま、それも南アフリカ本部長のクソジジィに見つけられる十歳の時までで、その後は鵺との殺し合いの日々になったがな」


 つまり、ルアン=ラディーベにとって強さとは、


「俺はずっと独りで生き(たたかっ)てきた。そして、強くならなきゃ死んでた。なら、闘って闘って闘って、強くなるしかねぇだろ」


「……人に頼って、人の強さを借りてもいいと思うけど」


「別に、そういう奴のことを否定するつもりはねぇよ。怠けてる雑魚(カス)は論外だが、人徳だって一種の強さだしな。ただ、俺には要らねぇ」


 ルアンは淡々としてる。

 その淡白さが、彼の言葉は決して強がりなのではなく、本心であることを示していた。


「友達、仲間、家族。頭んとこでは『そういの』がこの世にあるらしいってことも理解してるが、肌感覚では全くわかんねぇ……ってか、わかりたいとも思わねぇ。『そういうの』には気持ち悪い違和感しか覚えねぇよ」


 仲間を作る奴は馬鹿だ――、なんてことルアンは思わない。

 連むことが好きな奴は、それこそ好きなだけ連めばいい。

 だが、仲間とかそんなものは、ルアンにとっては正に幻想(ファンタジー)そのもので、闘争と殺し合いこそがルアンにとっての現実(リアル)だった。

 故に、ルアンは『闘いと強さ』に拘り、それらに喜と楽を見出した。


「闘って、強くなって、そしてまた闘う。それだけが俺が今日まで生きてきた証で、これからもそうやって生きてぇから、俺は強くなりてぇんだよ」


「……ふーん、なるほどね」


 アンナは無表情で頷く。

 そして無表情のまま、


「ルアン君は、今までずっと独りで闘ってきたんだね」


「ああ、そうだな」


「それは、楽しかった?」


「ああ、楽しいな。戦って、強くなって、勝つ。これが楽しくないわけねぇだろ」


「……そうだね。勝つのは楽しいよね」


 ルアンの答えを聞いて何を思ったのか、アンナは無表情から一転して柔らかい笑みを浮かべる。

 そして、その笑顔のまま、青白い髪の少女は、


「でも、次に勝つのは私だから」


「ハッ、俺に決まってんだろーが」


 オレンジ髪の少年といつものやり取りを交わしながら、二人並んで目的の店に入った。




 5


『買い物がしたい』とアンナは言っていた。

 その内容が何かルアンは知らなかったし、興味も無かった。

 だから、まさか、自分が、


「ねぇ、ルアン君。これ、似合ってると思う?」


 女の服選びに付き合わせられるとは思ってもみなかった。


「……まぁ、いいんじゃねぇのか」


 もう何度目になるかわからない雑な感想をルアンは告げる。


「もう。さっきからそればっかり」


「それ以上言いようがねぇんだから仕方ねぇだろ……」


 茶色い落ち着いたデザインのコートをヒラヒラとさせるアンナに向かって、ルアンは愚痴るかのようにぼやく。

 今、アンナはコートを新調するため、色んなコートを試着してルアンに見せていたのだった。

 だが、見せられてるルアンは明らかにどうでもよさげで、無理に付き合わせているのはわかっていても、アンナはちょっとだけ不貞腐れる。


「……じゃあ、もう新しいの見てとか言わないから、今まで見た中で一番良かったの選んで」


「……おう」


 ルアンは、アンナが試着してそこら辺の棚にに放り出したコートの山に目を向ける。

 しばらく、ルアンはしばらく考え込むと、その山の中から一つ白いコートを引き抜く。


「……これで良いんじゃねぇのか」


「……」


 アンナは差し出されたコートを受け取り、それを羽織ながらボソリと、


「……これ、そもそも私が選んでおいてなんだけど、元のコートとかなり似てない?」


「あー……」


 確かに、色もロングコートなのも、細かい装飾まで含めてほとんど同じだ。

 恐らく……というかほぼ確実に、無意識で見慣れてるものを選んでしまったのだろう。


「じゃ、別のにするか?」


「うーん……」


 アンナは悩むように頭を捻らせる。

 その三秒後、


「いや、これにする。こういうデザインが好きだし、何よりもう今のコートボロくなってきたしね」


 アンナはその白いコートを脱ぎ、己の腕に引っ掛けると、手早くコートの山を片付ける。


「じゃ、会計してくるね」


 そう言うと青白い髪の少女は、いつもより気持ち軽やかな足取りでレジの方に向かう。

 そんな後ろ姿を、オレンジ髪の少年は何とも言えない表情で見送る。


(……何なんだよ、一体)


 あまりにも場違いな場所に立たされたルアンは、居心地が悪くなる。

 この場から、今すぐにでも離れたくなる。

 なのに、少年の足は結局、


「待たせてごめん。じゃ、お昼ご飯食べに行こっか」


「……ああ。わかった」


 少女が戻ってくるまで、一歩も動くことはなかった。




 6


「そういや、お前の方はどうなんだよ」


 とあるハンバーガー屋のテラス席にて。

 ルアンはパティ三枚重ねの巨大なハンバーガーに齧り付きながら、そんなことを言い出した。


「……私の方って、なんのこと?」


 アンナはトマトやレタスなど大量の生野菜が入ったハンバーガーから口を離して、首をコテリと傾ける。


「ほら、アレだよ。強くなる理由ってヤツ。お前、俺に聞くだけ聞いて、自分の言ってないだろ」


「……そういえば、そうだったね」


 アンナはそう言いながら、生野菜だらけのハンバーガーを小さく齧り、咀嚼する。

 そして、


「別に、理由もキッカケも無い。ただ、人助けとかかっこいいなと思って、人を助けるような生き方ができたら、私にとっても他人にとってもそれは良い生き方になるんじゃないかなって、そう思っただけ」


「……えらくシンプルだな」


「うん。何かキッカケとなる出来事とかあったわけじゃ――」


 そこでアンナは何か思い出したかのように、ムシャムシャと動かした口を止める。


「……いや、一つだけあった。元々人を助けられるアーベントになりたいと思ってたけど、それをもっと強く思うようになった出来事が」


「……」


 ルアンは合いの手を入れず、大口で巨大なハンバーガーを食べながら視線だけで続きを促す。

 アンナは傍らに置いてあったコーラが入ってる紙コップを手に取り、一口だけそれを飲むと、再び口を開く。


「……前、私がアーダルベルトって元ロシア本部長の奴隷だったって話はしたよね。その時……私が奴隷だった時は、本当に絶望しかない日々だったけど、そこから私を助け出してくれた人がいたの」


 ほんの、一年前の話だ。

 ほんの一年前、青白い髪の少女は、地獄から解放された。


「その人が本当に格好良くて、あの人みたいに誰にも負けないぐらい強くて、どんなモノからでも人を助けられるアーベントになりたいって思った。だから、私は強くなるためにがんばってる」


「……なるほどな」


 聞いてみたら、何も意外なことは無い。

 ルアンが知ってる通りの、他人の命なんざを助けるために努力している、お人好しな少女の話だった。

 ルアンは最後の一口を口の中に放り込み、それ噛み潰してゴクリと飲み込む。

 そして、ふとまるで今思いついたかのように、


「そういえば、なんでテメェ、俺をこんなよくわからん買い物に付き合わせたんだ?テメェのことだ、友人なんていくらでもいるだろうが」


「確かに、友達は居る。でも、その人達とは別の時に遊べばいいし、今日の買い物はルアン君とが良いなって、そう思っただけ」


「ダチじゃなくてもか?」


「友達じゃなくても。ルアン君は、地球上でただ一人なんだし」


「……そうかよ」


 オレンジ髪の少年は、視線を青白い髪の少女から外して横を向く。


(『友達じゃなくても』、か)


 もし、ここで『もう友達でしょ』みたいなこと言われたら、ルアンは皮肉げに否定しながら、この場から立ち去っただろう。

 だが、実際には、アンナはそんなこと言わなかった。

 先程、服屋に向かってる時ルアンが『そういうのは気持ち悪い違和感しか覚えない』と言ったからだろう。


(……)


 アンナは余計なことを言わない。

 割と距離は詰めてくるくせに、触れて欲しくないところは決して触れない。

 だから、ルアンはなんとなく、目の前の少女のことを『良い奴なんだな』とそんな風に思った。




 7


「今日は付き合ってくれてありがとう。楽しかった」


 アンナはコートが入ったショッパーを肩から下げて、礼の言葉を口にする。


「……別に、暇だから来ただけだよ」


「そう。でも、ありがとう」


 アンナはもう一度礼の言葉を告げる。


「で、ルアン君、どうだった?」


「……どうだったって?」


「ルアン君は、今日退屈してなかったかなって。色んな店見たけど、ほとんど私の買い物に付き合わせちゃってただけだし」


「……」


 ルアンは空を仰ぎ、数秒ほど考える。

 今日は、違和感だらけの時間だった。

 場違いな居心地の悪さが、ずっとルアンの心にあった。

 だけど、


「退屈じゃ、なかったな」


 違和感だらけだったけど。

 居心地はずっと悪かったけど。

 それ以上に、居心地良く感じていた。

 自分は、『そういうの』とは無関係な人間のはずなのに。


「そう。……良かった」


 目の前の青白い髪の少女が、まるで嬉しいことがあったかのように、花のような笑みを浮かべる。

 その笑顔は目を逸らしたくなるほど眩しかったけど、何故か少年は少女から目を離せなかった。

 とはいえ、ずっと意味もなく見つめるわけにはいかなくて、


「……もう今日の用は終わったんだよな?」


「うん、行きたいところは全部行けた」


「そうか。じゃあ、俺はもう帰る」


 そう言うとルアンは踵を返し、アンナに背を向ける。

 少女はそんなぶっきらぼうな少年の背中に向かって、


「じゃあ、また明日ね」


「……」


 少年は返事もしなければ振り返ることもしない。

 ただ少年は手を軽く上げ、掌をヒラヒラさせることで少女の言葉に応えた。




 8


「……」


 ルアンと別れた後、アンナは一人、新しいコートが入ったショッパーを揺らしながら、のんびりと家に向かって歩いていた。


「……ふふ」


 青白い髪の少女は、先程別れた少年と、彼と一緒に選んだ新品のコートに思いを馳せて、嬉しそうな笑みを浮かべる。


(……いけない、いけない。笑うの、抑えなきゃ)


 一人で笑いながら歩いていたら、そんなの不審者だ。

 アンナは緩んだ頬を引き締める。

 でも、少女の目は、心なしかいつもより輝いていて。

 それ故に、いつもより反応が僅かに遅れた。



「――久しぶりだな、僕の一番の奴隷」



 横から、声が聞こえた。

 その声は、本来ここで聞いてはいけないはずの声だった。


「……!」


 アンナはショッパーを地面に落とし、戦闘態勢に入ろうとする。

 でも、遅い。

 つい先程までのあたたい気分から、地獄の気分に落とされて、その感情の落差に脳の動きがついていけてない。

 だから、こうなるのは当然の話だった。


「――ハッ」


 横から声をかけてきた金髪の男の蹴りが、綺麗に少女の顎に入る。

 その衝撃は無防備だった少女の脳を十分以上に揺らし、動揺していた少女の意識は一瞬で刈り取られた。


「ふん、こんなもんか」


 金髪の男は、自身の身を包むモスグリーン色のスーツをパタパタと揺らし、今の蹴りで生じた土埃を払う。


「……もっと抵抗されると思ったが、想定以上に簡単だったな。ま、手間が省けるに越したことはない」


 金髪の男は、気絶している少女を担ぐと盗難した白いバンの後部座席に放り投げる。


「さて、さっさと移動するか」


 男はバンの運転席に座り、エンジンをかける。


「……車で人攫いか。僕も堕ちたものだね」


 そんな風に自嘲気味に笑いながら、ルームミラー越しに意識が無い少女を見つめる。

 先程まで、呑気に楽しげな表情を浮かべていた少女を冷たく見つめる。

 そして、


「君に笑顔は似合わない」


 バンの運転席に座る金髪の男――元ARSSロシア本部長『鏖殺卿』アーダルベルト=シュルツは、歌うように少女のことをそんな風に嘯いて。


「悲しそうな表情を浮かべて、苦しそうに人を殺す方がお似合いだよ」


 少女を再び地獄に引き戻すため、白いバンのアクセルを力強く踏み抜いた。




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