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密かな海戦

 ランドルトン公爵家の領地は海に面しており、幾つもの港を持っている。

 しかし、ほとんどは遠浅の海岸であり、大きな船を停泊できる港は限られている、その港を占有しているのは公爵家単独の海軍、横腹に大砲を突き出したガレオン帆船を十隻以上運用している。

 単なる海軍力なら国軍をも上回ってしまう、本来なら許されないが登録は通商船、対海賊のための武装船としている、同時に相応の税金も国に対して治めているため国王側も咎めづらくなし崩し的に認めていることを良い事に、その戦力を拡大し続けていた。

 その一艘が海外での通商を終えてラングルトンの港に向けて大海原を全速で奔っていた。


 ザアアアアッ ドウンッ ザアッンッ ドウンッ 大波が激しく船を揺らす、慣れていなければ床を転げ回ることになる。

 「艦長!駄目です、振り切れません!」

 「やはり駄目か、積荷満載な分こちらが不利だな・・・」

 「このままでは追いつかれます、荷を捨てますか!?」

 「馬鹿なことを言うな、この荷は全てミストレス・ブラックパール様の物、帰港した時五体満足でいたければ死んでもそんなことは考えるな!」

 「しかし、沈められでもしたら元も子もないのでは!?」

 「おめおめと荷を捨てて帰るくらいなら死んだ方がましだと言っているのだよ、航海長」

 ラングルトン女公爵の恐ろしさを知る艦長は揺れる甲板で身震いした。

 給料はいい、同じような労働条件で国軍の倍は支給されている、しかし罰則は厳しい、横領や荷の横流しは最悪だ、ミストレスの物を例え酒瓶一つ盗んだのがバレたら命はない、さらに殺され方がエグイ、自分ひとりではすまない、家族、子供まで含めて皆殺しだ。

 失敗するくらいなら自沈した方がましだ。

 「移乗攻撃に備えろ!あれはきっと国軍の船だ、こちらを沈めにくるぞ」

 「了解しました、移乗攻撃準備!歩兵を甲板に上げろ!」

 艦長は胸のポケットから金属製のウィスキーボトルを取り出して中に詰めてあったダークラム酒を一口煽った、コクのある甘さが喉に沁みた、末期の酒になるかもしれないボトルにはいつも最上級の酒を入れている。

 「ふーうっ」目を細めて海原の先に迫る白い帆を見る。

 国旗も軍旗も掲げていない、海賊船を装っているが国軍だ、公爵家の海軍力を削ぐために海の上で公には出来ない内戦が繰り広げられる。

 横腹の大砲の数では負けていないが最終的な決戦は船を付けて乗組員同志が互いに船の上で切り合うことになる、距離をとって打ち合うだけでは済まない。

 白兵戦の強さが結局ものを言う。

 普段は荷物運びくらいしか役に立たない船員を何十人も乗せているのはこのためだ、しかし、貴重な水とビタミン、野菜や果物をタダ飯喰らい共に与えられるほど兵站を積める筈もなく最初は元気だった兵士たちも旅の終わるころには半数はビタミン欠乏による壊血病に陥って使い物にならなくなっていた。

 兵士たちのほとんどは港で募集をかけて集めた半奴隷のような者たちだ、壊血病の知識などあるわけないので迷信的に広まっている魔血病、海の魔物に憑かれているといって貴族たちは兵士たちを騙して使い捨てにしていた。

 「不利だな・・・」

 白兵戦となれば、国軍の兵士たちはプロだ、兵站も十分積んで壊血病など患っている者はいないだろう。

 艦長は一人自爆を覚悟してラム酒の残量を確認する、人生最後になるかもしれない酒を船倉にいって足してくるべきかを迷っていた。

 

 痩せた身体、灰色の肌、歯ぐきは充血してぐったりと横になったまま動かない、僅か三か月の航海で高給に釣られて志願した兵士の半数が魔血病になった、兵士同志で次々に感染して倒れていく、もうまともに動ける者は三分の一だ。

 ルイス・イカールは故郷の村を追われてラングルトンに流れ着いた、公爵の商船で外国に渡り移住を考えていたが、船員たちの監視は厳しく密入国は叶わなかった。

 仕方なくそのまま航海を続けると一か月ほどで魔血病の症状が始まり、今は全身が酷く痛む、そんな状況のルイスにも剣が渡され戦いの準備をしろという。

 「こんなんで闘えるはずないじゃないか・・・」

 周りを見ても皆同じような半病人ばかりだ、航海中はずっと狭い船室に押し込められて暫く青空を見ていない、今が昼なのか夜なのかさえ分からない。

 「どうせ死ぬなら青空を見てから死にたいな・・・」

 重りを背負ったように重い身体をデッキに押し上げた時、空は既に絶望の夕闇だった。


 ドオッンッ バッガアアアァンッ バキバキッ 敵の大砲が命中したようだ、上の方で木材が砕け散る音と船員の怒号と悲鳴が聞こえる。

 敵、ラングルトン公爵家のガレオン船は横腹に大砲を三段、両舷合わせて百門級の強力な軍艦だ、しかし足は遅い。

 国軍の船倉からは長いオールが海面に刺さり、荒れた海を漕いでいる。

 ドーン・ドン、ドーン・ドン 暗い船倉に太鼓の音がもう半日鳴り続いている。

 デル・トウローは手の皮をずる向けにしながらオールを回し続けていた。

 足は鎖で床に繋がれ、近くには鞭を持った将校が怠けないか監視している。

 「しっかり漕げよ、敵は近いぞ!もう少しだ、そーれ、そーれっ!!」

 将校が激を飛ばすが、それで力を入れる奴などいる筈がない、漕ぎ手は全員罪人だ、この航海を無事に帰ることが出来れば罰を免除される約束だ。

 勝つ必要はない、帰ることが出来ればいいだけだ、追いつかない方がいい。

 「海の神様は俺達をお赦しにはならないらしいな・・・」

 会敵せずに海を彷徨ようだけで終われば良いと思っていたが、そうはならなかった。

 デルは街でゴロツキを束ねて貴族どもの財宝を狙う盗賊団の首領だった男だ。

 いわゆる義賊として悪徳領主ばかりを狙い窃盗を重ねていた、が所詮はゴロツキ、善悪の観念は薄い、団員の一部が子供や女を攫い人身売買を営む組織へと変貌するようになった、デルは自ら自分の組織を国に告発し逮捕された。

 オールの先に黒い波が見える、陸上生活ばかりだったデルは船酔いに悩んでいた、四六時中揺れる船は我慢ならない、船酔いから解放されるならこのまま海に沈んでしまった方が楽かもしれない。

 周りの囚人が力を抜く中、一人手を痛めなるほどにオールを動かした。


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