閑話2~ 或る日の王子と教師 ~
ちょっと遅くなりました。
アルマニア皇国、皇城内。
皇族が住まう一画。そこには今、机に向かって集中している少年がいた。
分厚い書籍をあちこちめくり、望む記述を探しては手元の紙に書き写していく。部屋には陽射しが差し込み、うたた寝できそうな温かさであるが、少年は眠気など関係なしにペンを走らせている。
そこへ軽いノックと共に、男性が入ってきた。
「ライア王子、ちょっと休憩しましょうか」
「もう、そんな時間ですか。うっかりしていました」
「集中しておられたようですね、良い事です」
メイドが別のテーブルにお茶をセットしていく。
書物を前に王子が軽く伸びをし、席を移動する。その対面に男性が座った。
お茶のいい香りが辺りに漂い、銀器の反射する光が男性の髪を白く浮き上がらせる。
「いただきますね、王子」
「毎回律義に断わる必要はありませんよ、フィリクス先生。教えてもらっているのはボクなんですから」
「そうですが、どうにも慣れませんので、ね」
苦笑してカップに口をつけるのは、『アルサール文化歴史資料館』を開いていたフィリクスだ。
「今までの勉強は何だったんだと思うくらいいろんな見方が出来るようになったのは、フィリクス先生のおかげです」
「それはまた少し過分なほどのお言葉ですね」
「ケインさんに勧められたんですが、正解でしたね」
王子の笑顔が陽射しの中で輝いた。
ケインから頼まれたことはふたつ。
ひとつは国の成り立ちに関わった精霊様や聖獣様の存在を明らかにして、感謝をささげるようにすること。
5年ごとに感謝祭を催して大々的にその気持ちを表すことを実現したのだが、さらにもうひとつ、火山の麓に神殿を造営して、定期的に祈りを捧げられるようにしようと計画中だ。これが完成したなら、アルスラ様の引きこもりも短くなるかもしれない。
そしてもうひとつ。それがフィリクスの件だった。
『帝国軍を潰したのが火山と海津波のふたつだという事は皇族だけに伝えられた話、って言ってたけど、断片的な情報を拾い上げて推察した人が居る。皇都冒険者ギルドの隣で『アルサール文化歴史資料館』を開いているフィリクスだ。この人、何年か前に城の中にある資料室で司書を勤めていたんだけど、突き止めた事実を上司に報告して煙たがられたみたいなんだ。こんな優秀な人材を見逃す手はないだろ? ラミス自身でも確認してほしいけど、もし気に入ったら家庭教師にでも雇ってくれないかな?』
「ケインさんのいう事に間違いはなかったですね。ボク、すっごく得してますよ!」
「ははは……」
ラミスの言葉に力なく笑いを返し、お茶菓子に専念するフィリクス。
実際、今の立場に一番驚いているのはフィリクス自身だった。
『感謝祭』の終わった2、3日後、フィリクスの家に馬車が乗りつけられてそのまま皇城へいざなわれた。驚く間もなく、目の前にカイランス・ゼリトル・アルマニア皇国王とミリア・ライトル・アルマニア皇妃、ライア・ミストル・アルマニア王子の3人揃い踏みで面接を受け、『アルサール文化歴史資料館』を開くこととなった経緯を聞かれた。
隠すこともないため、当時の状況を併せて伝えたのだが、その時の態度が気に入られて、ライア王子の家庭教師として雇われることになったのだ。
どこから驚いていいのかわからない状況に戸惑うフィリクスだったが、「冒険者のケイン」の名を聞いて、納得できるところもあった。
実際、皇国王自らが指示して調査したところ、ケインの指摘したことがほぼ当たっていた。当時の上司は高位貴族の一人で、更なる上の地位に就くための腰かけ程度に思っていた人間だった。それ故、面倒事を持ってきたフィリクスを嫌い、内容を検討することなく解雇したのだと判明した。
資料室の使命は古文書の管理だけではない。古い時代の文書を読み解き、知られていない事実を明らかにすることが求められているのだが、代々の室長たちは埃と一緒に捨ててきたようだ。
調査結果を読みながら皇国王はため息をついて、
『平和な時代が続くのは誠に結構なことだが、こういうところに緩みが出るものなのだな。私自身も気をつけねば。今回は資料室の話だが、もう一度全体の見直しが必要、という事か』
当然の話だが、その室長は辺境の領地へ飛ばされている。その他の機関も一斉に見直しが進んでいて、いくつか人事が動き出している。
ある意味、皇国の組織が大きく揺らいでいる事にもなるのだが、それでも悪い状況にはならないだろうと変な安心感があるのも事実だ。
「ケインさんが来たことで国の将来がいい方向に向かっている、そんな気がします。あの人、幸運を運んできてくれたのかな」
「少なくとも、私にとっては大きすぎる幸運をもたらしてくれましたよ」
「ボクにも、です!」
視線を合わせ、笑顔を交わす。こうして過ごせることの幸せをしみじみと感じる。
「さあ、もう少し頑張りましょうか。古代文字を読み解けると、資料室の文献の残りにも目を通せますから。いろいろと便利ですよ」
「はい、頑張ります!」
皇族だが素直な生徒である少年の返事に、フィリクスの顔もほころぶ。自分の得た知識を若い芽に託す喜び。それを知ることが出来たのは、あの、「素人考えでしかないっす」と照れていた冒険者のおかげだと、内心思っている。
(もしまた会えたなら、その時は迷いなく感謝しよう)
物わかりの悪い上司に絶望したことも、今の気持ちを味わうために避けて通れなかった障害だったのかもしれない。あの時の八方塞がりな自分にそう言ってやりたかった。そして、そう思えるほど、今の自分が充実していることも。
(神がいるなら感謝を。そしてケイン、あなたの旅が良きものでありますように)
陽の光に目を細め、フィリクスは祈った。
これでアルマニア皇国は終了です。
さて、次は……?




