第195話
暫くはしゃくりあげる声が響いたが、それも落ち着いてきたようだ。
オレは『ストレージ』から木のボウルを出し、ぬるめのお湯で満たしてからリーリアの前に差し出した。
「……?」
「顔を洗うといい。せっかくの美人さんが台なしだ」
ちょっと格好をつけて笑って見せると、恥ずかしそうに口元を緩め、お湯に手を入れてきた。
「あったかい……」
ぽたぽたと落ちる雫を払いのけるように顔へぶつけていく。服が濡れようとお構いなしに。
タオルを差し出せば、ごしごしと強めに顔をぬぐい、上を向く。
そこにあるのはちょっと歪んではいたが確かに笑顔だった。
「ん、ありがとう。もう大丈夫」
「そうか」
「…っ、ごめんっ! びしょ濡れにしちゃった!」
「キュウゥリィ~、キュウルゥ~(良かったの~、笑顔に戻ったっちゃ~の)」
首に巻き付いていたままだったから爺っさまは当然、頭からお湯をかぶったよな。
リーリアは相当慌てているが、ありゃ、ごほうびのクチだろう。天神ひげがご機嫌に揺れてるのでまるわかりだ。
「キュウルゥリリイィ~(それにしても不思議だっちゃの~)」
「キュルルィ~(そうだっちゃ~)」
「ん? 何が不思議なんだ?」
オーリィと爺っさまの会話に割り込むと、二匹揃ってオレを見上げる。
「キュルッキュキュキュ~(あるはずのモノがないんだっちゃよ~)」
「キュウゥルリイィィ~(エルフなら必ず持たせるはずなんだがの~)」
「「え?」」
リーリアと顔を見合わせる。一体何のことやら。
それは家族の証みたいなモノなのだという。祖先に感謝を捧げるとともに、ここから始まる未来へと加護を祈る、エルフ独特の作法なのだとか。
何にするのかは本人たちの意向次第で決まっていない。革の切れ端でも蔦を編んで結び模様にしたのでも、はたまた鉱物の塊でも良い。
必要なのは父と母、生まれた我が子の名前を並べて刻み付け、身に着けさせる。男ならば手甲や弓の一部に組み込むこともできるし、女性たちは装身具として肌身に纏うこともある。守り袋に入れても大丈夫だ。
その証がない……?
「そんなの、ボク、持ってないし、ダンやマーヤからも、聞いてない……」
綺麗な瞳が不安げに彷徨う。そりゃそうだ、ようやく自分のルーツが判明しかかったのに、ひっくり返りかけてるんだから。
「キュルイキュルルル~(必ず作ってるはずだっちゃ~)」
「キュウゥルゥリリィ~(あのふたりなら忘れることはないと思うんじゃがの~)」
爺っさまも首をかしげている。エルフの里に長くいたアーミンが分からないならお手上げだ。
う~ん、他に打つ手はないかなぁ……そう思いを巡らす頭にひとつ、ポンと浮かぶ。
「……生き残りのエルフが知っているかもしれないな」
ぼそりっ、と呟いたオレの言葉にアーミンたちが過剰に反応する。
「キュルッ!(そうだっちゃ!)」
「キュルゥッキュルリ!(その手があっただっちゃの!)」
「え、そんなヒトがいるの?」
色めき立つアーミンと驚くリーリアにオレは笑いかける。
「ああ、彼らを何とかするためにオレはここへ来たんだ」
ゆれる瞳を落ち着かせようと、優しく言葉を紡ぐ。
「そうだ、キミも手伝ってくれるか?」
「ボク……うん、もちろん!」
水色の瞳に輝きが戻り、力強い頷きが返ってきた。もう大丈夫かな?
「ありがとうな。さてと、何はともあれ……帰るか」
「うん!」
きらめく笑顔を返してくれたリーリアと焚火の後始末をして、森を後にする。
街へと続く道を目指して下草を分けていたら。
「あれはいったい……何だ?」
「えっ?」
元は普通の草むら……なんだろう。でもそれが不思議な形状になっている。
「キュルキュルル~(見たことないっちゃね~)」
「キュウルゥリィ~(ワシも知らんだっちゃの~)」
アーミンたちも知らないようだ。
それはちょうど……人の手の握りこぶしに似ていた。
草が丸く巻き込まれて、その中央からひと筋の草だけが長く上に伸びてひらひらと揺れている。
まるでオレたちを招くかのように。
害意は感じられないが、用心は必要だよな。
「オレの後ろに居てくれ。前に出ないで」
「わかった」
ゆっくりと草の塊に近づく。すると、ひらひらしていた草が真っすぐに上を向き…中ほどから折れてある方向を指し示す。
そちらを見れば。
「あそこにあるの……これとおんなじだよね?」
「そ、うだな、確かに」
そこにあるのは、目の前の草むらと同じ形状をした草の握りこぶしが、あった。
とりあえずそこへ向かいながら後ろへ視線をやると、草むらの塊がほぐれて……。
(どう見ても普通の草だよな~)
次の草むらに近づけば、またピッ! と音がする勢いで草の先端が折れる。
その先にはまた草むらの握りこぶし。
辿りながら方向を確認すると、帝都の門からは見え辛い森の端に誘導されているようだ。
これはもう、何らかの力が働いているとしか思えない。
(この子の力になる事であれば良いんだが)
そう考えながら指示通り動いていくと、5つ目の先にあったのは、ひときわ大きな握りこぶし。
あれだ。街の防壁沿いに立つストーンゴーレムのこぶしに近い、と言えばわかるかな。
その中央にはやはりひとひらの草が揺れていたが、オレたちが近づくと今度は折れ曲がることなく、中に引っ込んでしまった。
今までと違う反応にふたりで顔を見合わせていると、今度は草むらがモコモコと姿を変えていく。
オレたちの前の部分が低く、側面から奥の方が高くなり……まるで教会にあるパイプオルガンのようになった。
いや、こっちの世界にそんなのはなかったよな?
横を見ると、あんぐり口を開けているリーリアに思わず吹き出しかけ……。
いや、それどころではないと、視線を前に戻せば。
また次の動きがあったみたいだ。
「中心が、開いたのか?」
「そうみたい……」
ぽっかり空いた中心部分、その中央部分の土が白く光っている。
と思う間に、そこから小さな芽が出て。
双葉になり、茎が伸び。
ぐんぐんと大きくなって周りの草の壁より上になると、そこに小さく丸いものが生まれる。
「……」
元の世界の早回しのように成長し、ふくらみ。
そして。
ぽふん!
軽い音を立てて、蕾は花開いた。
「わぁっ……!」
リーリアが歓声を上げかけ、慌てて口をふさぐ。
息をひそめたくなるくらい、その花は綺麗だった。
純白の花びらは雪の結晶と見まごう輝きを纏い、細い花弁を放射状に広げている。よく見れば6枚ずつの組が2段、微妙に位置をずらして形作っている。そしてその中心には淡い黄色の雄しべが塊になっている。
声もなく見つめる目の前でその雄しべの塊がゆっくり、ゆっくりとその内奥を見せてくる。
中に何かがあった。
「いったいなんだ……?」
思わず手を出しかけたが……
「キュキュッ!(手を出したら駄目だっちゃ!)」
「キュウィ~。キュゥキュィ~(そうだっちゃの~。この子でないと、の~)」
「そうか……」
何を根拠にしているのか分からないが、アーミンたちはオレの動作を止めた。
間違いない、これはこの子、もしくはエルフに関することだ。
オレは後ろに居るリーリアを手招きした。
「あの花の中心に何かあるのは見えるよな? あれをキミの手で取り出してみてくれ」
「ボ、ボクがやるの?」
オレは見上げてきた水色の瞳に頷いた。
「これは多分、キミじゃないといけないんだと思う。オーリィたちもそう言ってるしな」
「……うん、分かった」
コクリと頷き、そっと手を伸ばしてつまみ上げ、もう片方の手のひらに乗せた。
ふたりでじっとそれを観察する。
手のひらの上のそれは丸く平たい円盤状の……メダル、もしくはコイン、か。
ひとところに穴の開いた突起があり、ペンダントトップのようにも見える。何かが刻まれているようだが、全体に茶色の汚れが付着して見えにくくなってしまっている。
「ちょっと動かないでいてくれ」
手のひらに触れぬよう、距離をとって手をかざす。『鑑定』をかけるまでもない、これは、この汚れは。
「『洗浄』『乾燥』……それと『抽出』」
綺麗に洗い落とした後の水から『汚れ』だけを取り出して固める。思ったとおりそれは小さな赤い石となった。が。
「え、ふたつも?」
「石が出来た?」
オレは数に、リーリアは形状に驚いていたが、少し考えれば納得はいく。
手のひらにあるモノに視線を戻す。綺麗になった表面に刻まれていたのは。
「思ったとおりだ」
「え、ケインは分かるの、これ?」
「『父 ターマドゥムラル 母 ノヴァレティーリ』エルフの文字で、そう、書いてある」
「っ!」
微かに震えるてのひら、その上にあるメダルをそっとつまんで裏返すと。
「裏には……『愛しい我が子 アドゥレティールへ』と、刻まれているよ」
「アドゥ……レティール……」
指さし確認! 右! 左! 良~し!
……みたいな感じで描いてみました。
作者のこだわり一択です!
更新が遅くなりました。
それでもおいでいただき、ありがとうございます。




