第159話
心のもやもやを吐き出してすっきりしたオレが『魔窟』に戻ってみれば、呆れかえった声の二重奏が待っていた。
「お前さん、何とも物騒な叫びじゃったのう?」
『ボス、いくら何でもあレはないっスよ』
爺さん。オレの本音だぞあれは。
カトーサン。あんたは感情出し過ぎだ。
「大丈夫だいじょうぶ、心配ないよ。……それよりも、だ」
オレは次の言葉を発する前に一息入れる。
これを言うと爺さんから反発が来るだろうからな。
「カトーサン。その『自我』の魔法、開示を禁止する」
「ど、どうしてじゃ、ケイン!?」
悲鳴交じりの抗議の声が上がった。予想通りだな。
反対にフィギュアの方は安堵しているように見えるんだが。
『ヘイ。ボスがソう言われルんでしたら、開示ハしまセんぜ』
「カトーサンも、なんでそんなにつれないんじゃ!! ミゼルヴァの新しい魔法陣なんじゃぞ! 魔術師や錬金術師にとって喉から手が出るくらいに欲しいものじゃというのにぃ!」
爺さん、今にも死にそうな顔になってる。せっかくきれいにしたのに、また鼻水だらけじゃないか。
「錬金術師にとってミゼルヴァの魔方陣は憧れの的なんじゃああぁぁ! そ、それに手が届きそうなところへ来ている儂の身にもなってくれい!」
「……ちょっと」
「またひとつ素晴らしい技術が蘇るのをどうして邪魔するんじゃお前さんは!」
「話を聞いて……」
「今までどうにもできなかった命題が解決するかもしれんと言うに、何故開示するなと……!」
「グィード爺さん」
まだ何か言いかけた爺さんの声にかぶせて、呼びかける。その口調に含まれた何かに爺さんの文句が途切れた。
「爺さんの言い分はわかる。確かにミゼルヴァ王朝の魔法は凄いものが多いし、どうしても欲しいものなのかもしれない」
「わかっておるのならどうして禁止する!」
「王朝の二の舞にはなりたくないんだ」
「それは……っ!」
言いかけた言葉が止まる。
「爺さんがこの世界を見ろと言って送り出してくれてからオレ、あちこちで王朝とかかわってきた。古代魔法や遺跡だってそうだ。何より、マルタ・ストルス大陸では王朝の生き残りと言える巨人族や小人族とも過ごしてきてるんだぜ。いやでも王朝が滅んだ原因を探りたくなるってもんじゃないか」
沈みそうになる雰囲気を戻したくて、軽く笑ってみせる。
「巨人族や聖獣たち、他の遺跡の『門番』さんなんかと話しているうち、何となくだけど原因らしきものが見えてきた気がするんだ」
「王朝がなぜ滅んだのか、分かったと?」
「そこまで大袈裟なものじゃないよ。単なる想像さ。でも、かなりな確率で当たってる気がする。
あの王朝って……
……神の逆鱗に触れたんじゃないだろうか」
「神の、逆鱗……」
「ウルヴィス…ドラゴンの聖獣は『我らはみな神の御手により創られた命』と言っていた。当たり前すぎて聞き逃すところだったよ。あいつがなぜそう言ったのか。
『神の御手により創られた命』以外は…神の加護からはずれているんじゃないのか、な」
オレの疑問に、やや落ち着いた爺さんが答える。
「……お前さんの言う『それ以外の命』とは、ゴーレムの事かの?」
「多分、ね」
頷いたけど、その答えは全てじゃないとオレは思っている。
心の奥で小さく芽吹いた疑問があって、今の答えはそれに当てはまらないと思えるんだ。
ここで言うつもりはないけどな。
「けど、ゴーレムの作成は禁止されていない。そうだよな爺さん?」
オレに話を振られ、うつむいてしばらく考えていた爺さんだが、顔を上げると大きく頷いた。
「うむ。ゴーレムはあちこちで造られているが、未だなんの影響も受けておらん。現に儂も」
そう言ってフィギュアを見返る。
「何事もなく造りおおせたから、の」
そうだな、そのとおりだ。
「あの王朝だって、警備や家の管理に使っていたと聞いている。ということは、神が自ら創っていない命でも、この世界では存在することができるんだ」
「……ケイン、何が言いたいんじゃ?」
胡乱な目つきで爺さんがオレに問うてくる。
「遠回りな言い方せんと要点を言わんかい!」
ははっ、さっきの禁止発言を恨んでるな、爺さんは。
「今言ったことを踏まえて考えると、だ。問題となるのは『命』ではなくて『心』じゃないのかな」
「こころ……『自我』という意味かの?」
「それもそうだけどもっと根本的なもの……『命』有るモノが持つ『意思』『感情』そして『目的に向かって行動する』ことを可能にするもの。総称すると『魂』、だ」
「たましい……とはなんじゃ?」
え、魂って言い方しないのか、この世界じゃ。
「爺さんには話したよな、ミゼルヴァ王朝の最期を」
「お、おお、あの……」
『……ッ! そ、ソれって誰かカら聞いタんですかい、ボス!?』
面食らったような爺さんの声をかき消す大声に振り向くと。
台の上で仁王立ちしているフィギュアが居た。
「どうしたカトーサン?」
『お、教エてくだセぇっ! 頼んますボスッ!』
「あ、ああ、良いけど」
何やら必死の形相(?)で迫ってくるフィギュア。いや、表情ないんだけど、鬼気迫ってるよアンタ。
爺さんには悪いが、もう一度巨人族から聞いた光景を話して聞かせる。
『ソう、だっタんでスかい……そんな最期トは……』
肩を落としているフィギュアにオレは、
「王朝の事は知らなかったのか?」
『…………そっす。それにでスねボス』
「うん? どうした?」
『このコとを一番知りタかっタのは、前の『門番』サんでやス』
え、そうなの?
『あル日急に連絡ガ途絶えて、魔虹石の補充モなくナりやシた……
アッシも『門番』サんも多分、滅びタんだロうなって思ってタんで
ヤスガ……でも、現状を知ロうにも伝手ガないんでやすヨ……
で、ソのまま待機状態に移行シたんでやス。……ボス』
「ん、なんだ?」
『有難うごぜぇやス。いロいロ思うこトもありやスが、アッシらの
長年の疑問を解消シてくれたこと、ほんっとに何度感謝シても
足りやせんゼ。この通りでやス!』
そう言って、深々と頭を下げる。
照れちまうぜそんなにされたら。
それに、
「その記憶を話してくれたのが、南の大陸で会った巨人族なんだ。彼らは元ゴーレムなんだけど、気持ちの変化があったと話してくれたんだ」
「気持ちの、変化?」
「そうなんだ爺さん」
オレはカトーサンから爺さんへと体の向きを変える。
「巨人族も小人族も、その時まではただのゴーレムだったらしい。でも、王朝の最期を見届けた時に『生きて行こう』と思ったそうだ。すべての巨人族、小人族が、もれなく、な」
「もれなく……凄いもんじゃな……」
爺さんが遠い目をしてつぶやく。カトーサンも沈黙したままだ。
「その話を聞いた時にオレは思ったんだよ。ゴーレムという従属の箍が外れ、生き物本来の欲求が出てきたのかな、って。でもさ」
生き人形に最初から『心』を持たせるはずないよな。自分たちの思うままに動くだけのモノであればいいんだから。
「あのタイミングで『心』や『自我』が生まれたんだとしたら……『神』が介入したんじゃないかな」
「…………」
「さっき言っていた『魂』てのはさ。オレがオレであること。爺さんが爺さんであること。世界に生きる誰もがそのヒト足り得るために必要不可欠な何かを指しているんだ」
「なるほど……」
「『魂』があって『自我』が生まれ『心』が育まれていく。
どれだけ精巧に綿密に創られていようと、自分で考えることなく流されていくのなら、それは単なる生き人形でしかない。他の『命』と語り合い、時にはぶつかりながらもより良い未来へと自らが選び進んでいく、そんな力を与えてくれるのが『魂』というものだとオレは認識している」
あくまでも持論だけどな。
「その『魂』を扱えるのは『神』だけが持つ特権で、王朝が滅んだその時、巨人族や小人族に神から与えられた贈り物、言い換えると加護なんじゃないかと思ったんだ」
オレの言葉を聞きながら顔色を変えていく爺さん。さすがは一流の錬金術師だ、オレの話す先に気づいたな。
「爺さん」
「……なんじゃ」
「爺さんがミゼルヴァ王朝のいろいろなもの…魔法や技術に憧れているのは、一緒に暮らしていたからわかってるつもりだ。でも、『魂』に関することだけはやめてくれ。頼む」
絶句した爺さんに向かい、オレは頭を下げた。これぐらいしかできないけど、爺さんに『神』の怒りを負わせたくなかった。そのためなら何度だって頭を下げて頼むつもりだ。
「……そう、じゃの。これ以上は踏み込めんのう……」
下げた頭の上を爺さんの寂しげな声が通り過ぎていく。
「ミゼルヴァ王朝の秘儀だと思うたら何としてもみたくなって、の。カトーサンにも無理を言ってしもうたのう……」
『そんな、オヤジさん。オヤジさんノ気持ちはわカっていやスんで』
「そう言ってもらえるのは嬉しいのう。わかった。ここで、終わりにするか、の」
『ゴーレム』と『魂』についてはここで終わりです。
カトーサンの場合は……違って当然!という設定ですのであしからず。
いつか説明できる、はずなので……少々、いや、ある程度お待ちください。
来ていただいてありがとうございます。




