閑話13 ~ 聖獣様、大混乱! ~
ケインが戻った後の出来事です。
『ゴル! ゴルディマーラ! 一大事じゃああぁぁっ!』
時が止まったかのような世界、「動かざる者」ゴルディマーラの許へ大音声とともに飛び降りてきたのは異世界鳳凰ジェイルニークスだ。
『何を騒ぐのだ、ジェイル。それよりどこぞの『穴』を無理やりに広げてきたんではあるまいな、うん?』
『そ、そんなことはしておらんぞえ、妾を幼女みたいに扱うでないわっ!』
力がある分幼女より始末が悪い、とは思ったが心に留めてゴルディマーラは問う。
『それでどうした、ジェイル。見れば随分と取り乱して居るようじゃが……何があった?』
感情を表に表すことの少ないゴルディマーラがそう訊ねるほど、今のジェイルニークスは常軌を逸していた。
まずはその姿。
こう見えてジェイルニークスは恰好を気にする。外に出るときはもちろん、自分のテリトリーにいるときも着崩れた服装はしていない。いつもきちんとしている…はず。出歩けないゴルディマーラがテリトリー内にいるジェイルニークスを知ることはないのだが。
それが今はどうだ。ゴルディマーラは内心目を見張る。輝かしい尾羽が数本どこかに抜け落ちたのかなくなっている。残りの物も半分ちぎれたようになっていて、地面に届くかどうかといった具合。
優雅に飛ぶための羽もところどころ穴が開いたように抜けている。よく見れば体を覆う毛すら色あせて、一部は燻み輝きを失っている。
(なるほど、これでは飛ぶことができぬな。滑空がいいところか。しかし、何故これほどのストレスがかかったのか?)
実はこのジェイルニークス、豪放磊落に見えて小心者であることを、長年の付き合いでゴルディマーラは知っている。派手なパフォーマンスをして見せたり、無茶な要求で周りを振り回したりするのも、本人が一番気弱であることを知っているからだろうと思っている。
だからこそ、あまり追及するまいと自制しているのだが、今回のストレスは別の方面から飛んできたようだ。
『ゴル! 妾はどうしたらいいんじゃああぁぁ~~!』
『そう泣き叫ぶだけでは儂にもわからぬぞ。まずは顔を洗って落ち着け。ほれ、そこに湧水があるじゃろ』
『むむ~ん……』
そして顔を洗い終え、首をひねる。
『ゴルディ? 何ゆえここに水が湧いておるのかえ?』
ようやく気付いたか、と「動かざる者」は微笑む。
『この間からあちこちで湧水があっての。その横に花まで咲きよったわ。小さいが可憐な奴で、おかげで毎日がたのしくて、な』
今まで何をどうしても苔ひとつ生えなかった場所なのに、この違いは何か。どう考えても原因はひとつしか見当たらない。
『……ケイン、が来た時以来、かえ?』
『それしかあるまい』
『そうであるな……あああぁぁっ、ゴルのところは平和なのにっ、妾は、妾はなぜに責められるのじゃああぁぁ~~!!』
落ち着いた先にこれか、と内心うんざりのゴルディマーラだが、さほど待つまでもなく静かになった。もう散々に泣きわめき疲れたのだ、その証拠が尾羽の損傷につながっている。
『ジェイル、話す前に身なりを整えぬか。よく見よ、滅茶苦茶であるぞ』
「え、あ、う!……わわわかったぞえぇぇ~』
やっと気づいたジェイルニークス、慌ててあちこち撫でまわし、ヒト形になってゴルディマーラの台座に腰かけた。ただし大きさはゴルディマーラの顔に届くサイズ。
大きくため息をついたジェイルニークスの横顔に目を当て、
『落ち着いたようだの、ジェイル。先ほど西大陸から念話が来ておったようだが、その件で?』
言葉もなくうなずくジェイルニークス。
大陸が分かたれる前から、聖獣同士で念話を飛ばして話すことはできていた。だが、よんどころのない理由で大陸が分断され、亀裂の海に障壁が張られた後の念話は、非常時にのみ使うことが許される存在となってしまい、軽々しく使えなくなってしまった。
時間は10分以内で、一度繋げばその後10数年は使用できない。しかも使用時には多大な魔力を消費するため、呼びかける側は相当の覚悟を必要とする。
そんな念話を使ってまで連絡を取り合うこともなくなり、今では他の大陸の様子などほとんどわからなくなっている。
今回それが使われたということは、諸々のデメリットを被る覚悟で、それでも伝えたいことがあるのだという強い意志を感じたのだ。
『ケインには負の感情なぞなかったと思うぞ……』
あの男、不思議な雰囲気であったな、そうゴルディマーラは思い出す。
我ら聖獣を見ても臆することなく話しかけ、しかもスパンの長い生命であって同じ存在なのだと言い放ってきた。その清々しいまでの割り切りに心惹かれ、言葉を交わせばいつになく愉快になってきている自分を自覚した。
『あのような得難い経験をさせてくれたのだ。そうそう理不尽な事を言うとは思えないのだがな』
思わずつぶやいた自分に、ジェイルニークスが首を振る。
『違う、いやある意味ではそうじゃが』
『何? どういうことだ?』
『……念話の相手はウルヴィスであったわえ。あ奴に……怒鳴られてのう…』
『あの穏やかなドラゴンが?』
内心の驚きを出すことなく、ゴルディマーラが問い返す。
念話の制限をかけられる前、時折挨拶を交わしていたが、いつも平静でジェイルニークスに負けず劣らずのほほんとした雰囲気が感じられる相手だった。
それが怒鳴るとは……
『先ほどの念話、かなりの怒気を感じたがあれがウルヴィスだと? ジェイル、いったい何をやったのだ。心当たりはあるのだな?』
だからここまで凹んでいるのだろうが……後に続く言葉をゴルディマーラは吞み込んだ。
がっくりうなだれたジェイルニークスが小声で答える。
『抗議を受けたのは今回の事ではないわえ。5年前の……』
『大暴走の時の事か?』
『そうえ……あの時、翼獣の里に穴ができての…いくつか吸い込まれたようなんえ……』
『それは当時も聞いたが……』
ゴルディマーラは記憶を手繰り寄せる。
5年前。
あの時もジェイルニークスが躁状態で永劫の炎の海を駆け回った結果、この大陸のあちこちに不都合が起きた。川の水が濁り、活火山から有毒ガスが漏れ、ある山ではひびが入って崩落した。次元に空く「穴」もいくつかできたが、巨人族や小人族には大きな影響がなかったと聞く。
その代わりに、翼獣の里にあいた「穴」が彼の種族に大きな被害をもたらしたのだが……
『今この時にその話を持ち出して怒るとは、何があったのだ?』
『ウルヴィスが言うのは……翼獣達の、意識改革をしろ、と……』
『意識改革だと? 何のことだ』
『翼獣が……一番偉い生き物だと……そうではないとなぜ教えぬのか、よもや神に逆らうものとなったのか!……そう言うて、さんざん叱られたのだわえ……』
がっくりと項垂れて途切れ途切れに零れるジェイルニークスの言葉を拾い集め、やっとゴルディマーラは理解した。翼獣の誕生から現在の状況、そしてそれが他大陸の聖獣や生き物たちから見た印象等、エトセトラ、etc……
そして納得した。ああ、これは怒鳴られても仕方あるまい、と。
『……そのほかには何も言っておらなんだか? ジェイル』
その問いにまたしても瞳を潤ませながら、
『ほか、と言うても……ケインが世話になった、とか、『門』魔法を見出したこととか……あ、あと……あ奴を無事に返してくれたことは礼を言うておったわ』
なるほど。ウルヴィスは理性を無くしておらぬ、が。
それでも、ジェイルニークスをここまで混乱させるほどの怒りを放っていた、ということか。
では、何があ奴をそこまで怒らせてしまったのであろうか?
沈黙の中でさまざまに思いを巡らせていると、
「どうやら5年前の騒動で、あちらの大陸に飛ばされてしもうた翼獣がいての。それをウルヴィスが保護してくれてたのじゃが……」
その翼獣、何度言い聞かせても『翼獣が世界で一番偉い!』との考えを変えなかったようだ。
『おまけにの、そやつ、ケインに絡んだらしいんえ……』
『ほお?』
『『上位の加護を持つ者には上位の翼獣が就くべき』だと、アーミンに離れろと言い放ったそうえ』
『確か居たな、そういえば……』
ケインの影から滑りでた、小さくとも大きな闇魔法を放つ存在が。
『それでアーミンに反撃されたか』
『そうえ……じゃけんど、ケインにも拒絶されたと言うておったわいの』
『ケインが?』
その言葉にゴルディマーラは驚愕した。種族の偏見を持たず、聖獣と崇められる我らにも臆することなく対応してきたケインが、拒絶とは。
『あやつが嫌うとは、よほど癇に障ったと見えるな……』
『のう、ゴルディ! 妾は、妾も嫌われたんじゃろうかっ、ど、どうしようのうぅぅっ!』
『ジェイル、ウルヴィスはそのような事言うておらなんだろう? あくまでも翼獣に関してだろうが』
『そ、そうじゃが』
『だが、翼獣の姿勢は儂も問題だと思っておった。この際だ、しっかり教育し直さねば今度こそケインに嫌われるやもしれぬぞ?』
『わわわわ! それは嫌じゃ! い、今から言い聞かせねばっ!』
焦りまくった顔でジェイルニークスはすぐさま飛び立とうとする。その長い尾を押さえ、
『慌てるでないジェイル。まずは方針と対策を練ってからにせぬと』
あ奴らの頑固さに打ち勝つにはしっかり練り上げて囲い込む必要があるな、と心の中で考える。
なんにしても、いい方向に変わりだしたものだ。巨人族しかり、小人族しかり。そして今度は翼獣、ときた。
(ケイン、本当におぬしには借りが増える。いつかこの礼をせねば、な……)
頭を抱え、ああでもないこうでもないと独り言を垂れ流すジェイルニークスを宥めつつ、ゴルディマーラはこの大陸に変化をもたらした存在に思いを馳せていた。
今日も来てくださり、ありがとうございます。




