8話 泊まり
のんびりと食事を取ってから井戸の水で体を洗い俺の部屋にロキ用の布団を、アキの部屋にレイダとメーナ用の布団を敷いていく。
布団はこの前買ってきたやつだ。
俺とアキの分のベッドしかなかったからな。
女子組が体を洗い終わるまで、俺とロキは家の中で待機していることになった。
布団も敷き終わり暇になったので本でも読もう。
本を持って俺の部屋に戻りベッドに座ってページをめくる。
ロキも暇なのか俺の手元を覗き込んでいるようだ。
「この話、昔読んだな。懐かしい。悪夢と勇者が手を組んで悪いやつらをやっつけるんだよな」
ロキの呟きに俺は頷いた。
悪夢と勇者が手を組む。
当時は誰もがそんなことを考えもしなかったらしい。
勿論悪夢は人を殺した。
でもこの本。俺が昔、二人の義賊の話と呼んでいた、題名『聖樹の誕生』に登場している悪夢は悪党しか殺さない。
悪夢の中では異例で感謝もされた存在だ。
そんな悪夢に感化されてしまったのが悪夢の相棒となった勇者。
二人は義賊として困っている人を助け、邪魔者は殺し、傲慢な貴族から宝を盗む。
恨まれもし、感謝もされた二人はある日突如として姿を消した。
発見されたのはエルフの国の近くにある世界樹の側。
黒と白の光を放つ不思議な木の根元で、寄り添うように二人は死んでいたそうだ。
その木には悪夢と勇者の力が移っていた。
木に近づいた悪党は死に、善人は癒される。
今その木は聖樹と呼ばれているのだ。
「この悪夢はかっこいいよな。他の悪夢は悪いやつばかりだけど。でもなんで悪夢は毎回人を殺すんだろうな」
ロキがそんな疑問を口にする。
確かに悪夢の目的がわかれば対応しやすくなるよな。
ただ人を殺したいからとかなのかもしれないが、そんな簡単な理由じゃない気がする。
いや少なからずそういう理由もあるのかもしれないけども。
でも百年単位で必ず現れているし、絶対なんかあるだろう。
何百年と解き明かされない謎を俺が見つけられるはずもないか。
もう『絶望と恐怖』から百年以上経ったからいつ悪夢が現れても可笑しくはない。
「悪夢なんていなければいいのに。そうすれば僕たち魔人も、ただの黒い血の人間でいられた」
「全くその通りだ」
ロキの言葉に俺は頷きながら答える。
人間は黒い血を悪夢の使い、魔人と呼ぶ。
でも黒い血だって悪夢の敵なんだ。
まるで仲間のようには思われたくはない。
だからこそ黒い血の俺が悪夢を倒してやる。
出来れば他の魔人にも悪夢と戦って欲しいけど流石に無理かな。
悪夢に向かっていくのは自殺しに行くようなものだし。
でも俺は強くなって悪夢に勝ってみせるさ。
そうでなくとも勇者と手を組んででも戦ってみせる。
そして悪夢が消えてからは、ちゃんと俺は俺のために生きてみようと思う。
そんな淡い希望を持っていたらダメだろうか。
「何読んでんのよ?」
髪の濡れたレイダがノックもせずに部屋に入ってきた。
レイダの後ろからアキとメーナもやってくる。
「セレメは本当に悪夢と勇者の話が好きだな」
アキが俺が持っている本の表紙をみていった。
そりゃあ敵の情報が満載なんだ。
読むに決まっている。
レイダとメーナも本を覗き見た。
「せ、セレメくんは勇者になりないの?」
メーナが聞く。
悪夢と勇者の話をよく読むなら憧れているのかもとか思ったのかな。
でも違う。
「俺は勇者にはならない。絶対にな」
「ど、どうして?」
「勇者は白い血じゃないか。俺は黒い血のままがいい」
といっても血の色を変える方法なんてあるわけがない。
変えられたなら魔人なんて存在いないだろう。
例え変えられたとしても俺は黒い血が好きだから変えないけど。
だから白い血の勇者にはならない。
「変なの。黒い血の所為で私たちは殺されかけたのに」
「でも黒い血じゃなからったらきっと皆には会えなかったさ」
メーナの言葉にそう答えるとメーナは少し驚いたように目を見開いてからクスクスと笑う。
「セレメくんって面白いね!」
メーナのいうことがわからない。
何故笑われているんだ?
どこが面白かった?
首を傾げてしまうがメーナは笑うばかりで教えてくれない。
「セレメは冷たい印象だけど心は熱いよな。黒い血じゃなからったら会えなかったとか、普通恥ずかしくて言えないよ」
ロキがそういっている。
なるほど。
恥ずかしがらず言ったからちょっと可笑しく見えたんだな?
あんまり納得は出来ないけどメーナは楽しそうだしいいか。
それよりも気になることがある。
「冷たい印象って何?」
「自覚ないのか? 君、無表情だし何を考えているのかわかんなくて怖いんだ。今は鍛錬しか考えてないって知ってるから怖さはないけど」
ロキ。お前は俺をなんだと思ってるんだ?
鍛錬しか考えてないって間違っているぞ。
でも感情を表に出さない所為で怖がられていたとは……。
「ん? ロキはなんで俺に声をかけたんだ? 怖かったんだろ?」
「友達との勝負で負けて、罰ゲームでセレメに声をかけた」
「罰ゲーム……」
俺はその対象になるくらい怖いと。
地味にショックだ。
わ、笑う練習でもしようかな?
「メーナはなんで俺に声をかけてくれたんだ?」
傷ついた心を隠しながらメーナにも聞いてみる。
「せ、セレメくんが私と同類に見えたから声をかけたの。人に関わるの苦手そうだもん」
「大正解。よくわかったな」
無表情とか無愛想とか人によく言われる俺の性格を読み取るとは凄い。
もしかして人に話しかけようとして話しかけられなかったところを見られたんだろうか。
そんな風に無駄話をして過ごす俺たち。
楽しい時間を過ごしながら、俺はお泊まり会をして良かったと思ってしまう。
日が登っているときは黒い血のための勉強や鍛錬に集中して話があまり出来ない。
のんびり出来るのは夜しかないけど、夜遊びでもしない限りそんな機会はないだろう。
また皆でお泊まり会したいな。
朝日が窓から差し込み俺は目を覚ます。
昨日は夜遅くまで起きていたけど、たまにはこういうことがあってもいいだろう。
まだ寝ているロキを起こさないように身支度を済ませてリビングにきた。
俺より早く起きていたアキが朝食を作っている。
いつもなら完成している時間だが、今日は人数が多いからまだ出来ていないようだ。
「アキ。おはよう」
「おはよう。セレメ」
挨拶を交わしてから俺はアキの隣に立ち手伝いをする。
今日の朝食はドリアと昨日の残りのスープとアキ特性のオリーブドレッシングのかかった温野菜のようだ。
「よし。後は私だけで大丈夫だ。皆を起こして来てくれ」
皿に料理を装いながらアキが言うので俺は皆を叩き起こしにいった。
皆、直ぐに目を覚ましてくれたので楽だ。
朝が弱いとかじゃなくてよかったよ。
皆で朝食を食べてから俺とアキは水筒の準備などをする。
泊まる際、皆はいつも通りのアキと俺の生活に加わる形がいいと言っていたので、いつも通りの鍛錬だ。
俺の友達が泊まると聞いたコリアスも、今日の鍛錬に参加してくれるらしい。
必要なものを持って皆で走って村の外の丘へ向かう。
約二週間後にある疾走祭の練習にもなるから走るのもいいだろう。
「セレメ、おはようさん」
「おはよう。コリアス」
先に丘にいたコリアスに挨拶すると皆も挨拶と自己紹介をした。
コリアスは皆をじっくり眺めてから俺の目線に合わせて屈み、俺の頭をぐしぐし撫でてくる。
「よかったなぁ! 目的の話はしてねぇのか? 仲間や友達相手なら話しても問題ねぇだろうから言ったらどうだ?」
コリアスの言葉にちらりとメーナを見た。
ダメだな。
メーナを巻き込めるわけがない。
強くなってきていても今は頼りないし、悪夢と戦えそうにない。
応援してくれそうではあるけど、凄く心配しそうでもある。
「セレメ。私にはまだ教えてくれないのか?」
アキがいう。
アキもダメ。
アキに話したら家から出してくれなくなりそうだから言うわけにはいかない。
「コリアス以外は知らなくていい」
「折角の仲間なのにか?」
今度はコリアスが言った。
「まだ仲間はいねぇぞ。友達はメーナだけだ」
そういうと皆が静まり返ってしまった。
な、なんでだよ?
「僕たちも友達だろう。気がついてなかったのか」
「そうよ! 私も友達よ!」
ロキとレイダがいう。
……そうだったのか。知らなかった。
でも目的の話はまだしたくはないかな。
二人とも良いやつだけど。
「セレメらしいっちゃセレメらしいな。まあ自由に決めろよ。それよりいつも通り始めようぜ?」
コリアスがそう言ってから真剣を構える。
それを見た俺も真剣を構えた。
話は終わり。鍛錬の時間だ。
友達や仲間は大切だけど、日が登っている今は鍛錬が優先。
「ガキども。離れて見てろよ。セレメの本気を見せてやる。それを見ても仲間と思って貰いたければな死ぬ気で鍛錬しやがれ!」
コリアスの言葉で皆が離れていったのを見て俺とコリアスは一斉に動き出す。
手加減なしの全力だ。
何度も俺は蹴られ叩かれ吹っ飛ばされた。
闇の魔法を使う。
攻撃も妨害も拘束も防御も。
それでもコリアスは避けるし、炎の魔法で相殺もしてくるし、攻撃の魔法も使ってくる。
勿論俺も真似てコリアスの魔法を避けるか相殺した。
たまにミスしてコリアスの剣に当たってしまうけど、その程度では諦めない。
負けて負けて負け続ける。
かっこ悪いけどそれが俺の今の実力だ。
そう今の実力。
でも明日には今よりも強くなってみせるさ。
そしていつかはコリアスも圧倒してやる。
剣と魔法を交え必死に身を守り攻撃し集中した。
時間が早くにもゆっくりにも感じる。
どれだけ戦っているだろう。
何度負けただろう。
わからないけどいつもそうだ。
わからなくていい。
体が覚えている。
まだ日が暮れていないなら戦え。戦え!
コリアスの剣が頬を掠めた。
今のは危なかった。
でも避けた。
そして今がチャンスだと勘が告げる。
俺はカウンターで剣を突き出し魔法も攻撃に使った。
その瞬間コリアスと俺の間に黒い盾が現れる。
俺は手加減出来ないからコリアスが危なくなればアキが魔法で防御するんだ。
これでやっと俺の一勝。
盾が消える前に一旦コリアスから距離をとり警戒する。
盾が消え、また剣を交えようとコリアスと同時に足を前に踏み出す。
「そこまで!」
アキの声で俺たちは剣をもう一度交えることなく立ち止まった。
「セレメ、コリアス、鍛錬は中断だ。今日はセレメ以外の子供もいるのを忘れるな」
そうだった。
集中しすぎて忘れていた。
コリアスは悔しそうに地面を殴り始めている。
俺が勝ったところで止められたから負けず嫌いなコリアスは納得いかないんだろう。
「アキ! せめてもう一戦させろよ! 負けたままとか絶対ぇ嫌だぁああ!」
「我慢しろ。コリアスは大人だろう」
「うるせぇ! セレメ、構えやがれ!」
俺はため息を吐いてからアキの側まで歩く。
アキの顔が怖くなってるのが、コリアスにはわからないらしい。
アキのありがたーいお説教が始まることだろう。
思った通りポキポキ指を鳴らしながらコリアスに近づいていくアキ。
怖いから見ないようにしよう。
アキのお説教が終わるまでは他の皆と鍛錬だな。
多対一の戦いだ。
今日は木剣も持って来ているから取りにいく必要はない。
「皆。鍛錬を始めよう」
俺はそう言い木剣を構える。
ぼけっとしていた皆は慌てたようにそれぞれの武器を手に取った。
レイダは俺と同じ剣。
ロキは双剣。
メーナは弓。
俺も団体行動が出来るように皆と練習したかったけど、コリアスとアキは今忙しい。
……今邪魔したら俺も一緒に説教だ。
側に寄らない方がいい。
でも出来るだけ早く鍛錬に参加して欲しいな。
俺はいつも一人で戦っていたから味方を気にして戦うってことに慣れていないし、将来救出班にはいるならチームワークは大切だ。
皆とチームにならないとしても、団体戦を例え模擬でもいいから体験していれば役に立つことだろう。
ロキとレイダの剣を捌き、メーナの矢を避けながら俺は思った。
アキとコリアス。早く戻って来てくれ。
次話は6月1日投稿予定です。
次話予告、化け物にでもならないと悪夢なんて倒せるわけがないだろう?