表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/23

キンダーガーデン2

 捕縛用のスタンロッド。最低五万ボルトから殺傷用の二十万ボルトまで調節の利く警備隊の標準装備だ。象すらも即死させるこの武器は、先端の散らす火花のような物に触れなければ効果はないが、それでも鈍器としての破壊力も充分。そして、このタイプでは珍しいことに、グリップの付け根につけられたトリガーを引くことによって先端をスプリングの力で射出することも出来る。

 そのため、複数での捕縛の際には、正面から一人ないし二人。左右、または背後から援護射撃の形で捕縛するのが基本的な戦法だ。実際、ほとんどの場合がそれだけで対処できた。だから、警備部はエレメンターですら倒せるのではないかと、内心慢心している。

「ラヴェンダー隊長を出せといってる!」

 結果、それが裏目に出た。

 エレメントすら使っていないのにも関わらず、目の前の青年は、彼等を圧倒して見せた。

 場所は、キンダーガーデン唯一の出入り口前。車二台通るのがやっとと言った狭い敷地内で、サングラスに双眸を隠した銀髪黒づくめの青年が暴れていた。

「うぉおおぉぉぉ!」

 基本戦法にのっとって四人目の警備兵が、スタンロッドを上段に構えながら飛び込む。その男に気を取られれば飛び込んでくる男の背後と、右に回りこんでいる兵士に電撃を喰らって終了。

『陳腐なやり方だ』

 銀髪の青年……カルノは口の中で小さく笑う。

「まず、戦法というのは」

 武装した敵と無手で戦うのは愚か者のすることだ。どんなに実力差があろうと不利有利は変わらない。人は素手で鋼を砕くことはできないからだ。自分に武器がない場合は可能な限り逃げに徹する必要がある。

 だからカルノは、武器を調達することにした。

「?!」

 警備兵の目の前に、カルノの顔が広がった。きっと、彼の中では自分の打撃を後ろにかわすカルノの姿を想像していたのだろう。そうすればトリガーを引いて電撃が炸裂する。

 だが、現実は、爆発的に加速し迫る青年の姿。

「マニュアル化した時点で応用性を失う」

 振り下ろしかけたロッドの柄を掴んで腕を伸ばしきる。そこに跳ね上がった左膝が男の関節を逆方向に折りやった。

「ひぎぃぃ!」

 握力を失った手からスタンロッドをもぎ取り、そのまま男に押し付けると、彼は悲鳴を上げて崩れ落ち、背後にひかえた兵士があらわになる。

「戦法なんていう物はあってないような物」

 飛び込むと同時に柄の部分で打ち据え確かな手ごたえ。これで二人。

その時丁度背を掠めるようにしてロッドの先端部が過ぎて消える。それを見越しての飛込みであった。

「必要なのは臨機応変」

 ロッドを真右に向けてトリガーに指をかける。視線は向ける必要はない。

「出来なければ倒れるだけだ」

 手首に軽い衝撃。と同時に三人目の悲鳴が上がり、合計六人の警備兵が地に伏せることとなった。

「・・・・・。」

 ロッドの先端部に目をやれば、出力装置が消えている。射出したのだから当然だが、このタイプは有線式でグリップを回して撒き戻せる。しかし、このロッドの先端にはネズミのしっぽのような物が生えているだけだった。つまり、壊れている。これではただの警棒である。

 仕方なく代わりを拾おうとした時、視界の端に数人の姿が浮んだ。

「きたか」

 口元に浮ぶ小さな笑み。

 先頭に立つのは女性のようで、その後ろに数人の屈強な男達が続いていた。普通なら立場は逆である。

 そして、その一団がカルノと5メートルの距離を挟んで立ち止まった。

「・・・あぁ、ミスター。ここがどういうところかご存知?」

 武器を拾う暇はない。そんな隙を見せたら、即座に死に繋がることを知っているから。そして、それを思わせるだけの威圧感が、眼前から迫っていた。

「・・・・・・。」


 とその頃。

「………いきなり連れて来られたかと思えば、カルノは隠れてろなんて言って暴れ始めるし、あたしの存在なんか忘れてるみたいだし、あたしって一体何?」

 と葛藤していたりするが、当事者たちはそれどころではなかった。


「だんまりってわけ。でも、無意味な沈黙は」

 言って二十代半ばほどの女性は、わずかな距離を挟んで対峙するカルノを見やる。

「ためにならないっ!」

 肉食獣めいた野生の笑み。そして、同時に、彼女は爆発的に加速した。カルノと似て異なるのは前動作という物が一切ない。相手の虚を突き接近するのではなく、注意不注意関係なくして結果がでる。その結果が眼前に迫り、

「くっ!」

 スウェーで泳いだ目の前を、鉤爪状の手が貫き過ぎる。咄嗟に避けていなかったら、百キロを超える握力の餌食となっていただろう。

 一方長身の女性は、今の一撃を避けたカルノに、かすかな驚愕を浮かべていた。そして、それはすぐに笑みへと移る。

 その答えは逆手の突き。拳を握るのではなく手刀のままなのは、リーチが伸びるだけでなく、そのままレンガが砕けるからだ。女らしさなど無視した傷跡だらけの指先がカルノの鳩尾に迫り、……引き戻される。警棒の一撃が彼女の腕を狙ったからだ。

 そして、女性はわずかな距離を取って息をつく。

「なかなかどうして、やるじゃないか」

 軽口を叩く余裕に対して、カルノの背中は冷や汗塗れだった。ほんの一瞬の攻防で、余りに余った気力が削ぎ落とされて行くのを実感する。分かっていたとはいえ、とんでもない相手を敵に回したのだと今さらながらの後悔。しかし、心は折れていない。

「様子見の手加減はここまでだ」

『これで手加減だったのかよ!』

 今度は覚悟していた分、一瞬で間合いを詰められても前よりは余裕があった。脇腹を狙った前蹴りを後ろに跳ねてやり過ごし、リーチの優れる警棒で突きを放つ。狙ったのは右の脇腹。それを女性は最小限の動き、脇腹を掠めるようにして避け、これがカルノの狙いだった。

『行けっ!』

 ブーツの爪先が跳ね上がり弧を描く。コンパクトながら威力を伴った回し蹴りが女性の側頭部に迫り、突如、カルノの目の前から姿を消した。

「っ?!」

 と同時に蹴り足の下から突き抜ける衝撃。一瞬の浮遊感、刹那の間に空と地面を数往復。

そして、凄まじい衝撃が全身を貫く。

 地面との再会を果たしたらしい。

「・・・・・!」

 苦痛の声を上げようにも、衝撃で痙攣する肺が思うように酸素を取り込まない。

「まだまだ甘いよ。ボ・ウ・ヤ・♪」

 敗北したのはわかる。そして、その過程も予想はついた。

 単純な話し、彼女は消えたのではなく、体勢を屈めて蹴り足の死角に潜り込んだだけなのだ。後は、好きなように料理すれば良い。

 それが、今の自分の姿である。

「へ、へへ。意外とあっけなかったな」

 今までの憂さを晴らすつもりだろう、警備兵の一人が近づいたかと思えば、手の中の警棒を振り上げる。

「・・・・・っ」

 その時、カルノの見上げる女性の右足が一閃。金属と金属なり得ぬ物のぶつかり合う鈍い音が鳴り響く。そして、警備兵の警棒がくの字に曲がって地面に落ちた。

「・・・」「・・・・・・」「・・・・」

 沈黙が支配した世界の中、女性は一人一人に視線をやりながら一喝。

「私が来るまで何も出来なかったジャリが吼えるな! こいつは私が連行する各自持ち場に戻れ!!」

「は、はい!」

 全員が全員慌てるように走り出す。倒れたままの仲間や、地面に転がる装備も忘れない。見事なまでの撤収だった。

「・・・・・・・・さて」

 たっぷり時間をおいてから、彼女は倒れたままの青年に視線を落とした。

「お前はいつまで倒れているつもりだ? 私の教えは無駄だったのか?」

「動けないんだよ」

 憮然とした顔で言い放つと、女性は小さく噴出し笑い出した。

「ぷっ、ぷはははは・・・変わらないな坊や」

 片手で口元を押さえながら、余った右手をカルノに差し出す。一方カルノは、その手を握り返しながら吐き捨てるように、

「坊やはやめてくれ。ラヴェンダー隊長」


 そして、その遠くで。

「あたしって何?」


 所変わって、場所はラヴェンダーのオフィス。と言っても、部屋数の都合上で寝起きを共にする私室のような物だ。そういうわけで彼女のオフィスは彼女の私物で溢れている。いや、正確に言うなら私物(ごみ)で埋まっている(・・・・・・)。

 それを見た感想は一言。

「………相変わらず汚い部屋だな」

「お前は、私の部屋をバカにするために来たのか?」

 無造作に投げられた大口径ライフルに、錆びた手榴弾。なぜか使用済みの薬莢や、それに混じって成人向け男性雑誌が、握り潰された書類と一緒に隙間なく広がっている。悪臭がしないのがせめてもの救いだ。

「え、えっと」

 ここを初めて尋ねた場合、どこを歩けばいいのか迷うだろう。だが、家主のラヴェンダーとカルノは、気にした様子もなく入っていく。足元の何かが奇妙な感触を残すのはご愛嬌。

 それでも何とか、部屋の奥に辿り着き、進められるまま一対あるソファーの扉側に腰を下ろす。

 となりにはカルノ。正面にはラヴェンダー。

『だけど、この人誰だろう?』

 ここまで来て、ようやく何も知らないことに気付く。シーラは、カルノの言われるままについてきただけなのだ。カルノの目的や、頭の中などわかるはずもない。

 視線をラヴェンダーに戻す。

『綺麗というよりもカッコイイ人だよね。目鼻立ちがすっきりしてるし、ハンサムな大人の女って感じ』

「ん? 私の顔に何かついてるか?」

「い、いえ、なんでもないです!」

 慌てて両手と首を振る。その横ではカルノが呆れ混じりの溜め息交じりの吐息をついていた。

「・・・で? 私の部屋に、けちをつけに来たわけじゃないんだろう?」

「まあね」

 とここでラヴェンダーは意味ありげな笑みを浮かべてシーラを見やる。

「それでそちらのお嬢さんは、坊やのいい人なのかい?」

「隊長こそ、そんな事が聞きたいわけじゃないだろうに」

「隊長」の一言で、眉間に皺が寄る。

「隊長と呼ぶのはやめろ。もうお前は私の部下でもなんでもない」

 ここで言葉を切り、うって変わった鋭い視線をシーラへ向けた。理由のない凝視に彼女は身を固くする。

指名手配犯(・・・・・)を連れて暴れに来るような奴なら尚更だ」


「へ?」


「・・・・・。」

 カルノは黙して語らない。腕を組み、睨むような視線を虚空に向けている。

「指名手配って?」

 わけがわからないといったシーラの様子に、ラヴェンダーは一瞬眉を寄せるが、すぐに戻ってしまったのでシーラは気づくことが出来なかった。

「バートン社軍事部門勤務、ウィリアム・ハーキンスとその部下を殺害した容疑で、お嬢さんは指名手配されていると言ったんだ」

「ウィリアムって・・・そんな! あたし人なんか殺していません!」

「それを証明する証拠は? 回ってきた書類を見る限り、お嬢さんが計五人を殺害した物証はオンパレード。店を焼かれたということから動機も充分。何より、凶器に使われたナイフからは指紋が検出されている」

「完璧なまでに反論の余地がないな」

「ちょっ・・カルノまで………」

 表情に翳りを落とし、隣の青年を見上げる。すると憎たらしいまでの冷静な横顔が口を開き、

「だが、完璧すぎる」

「何が言いたい?」

 その口調はあくまで懐疑的だ。

「まず、軍事部門の男が、何の訓練も積んでいない小娘に為す術もなく殺されるか?」

「・・・・・」

 今度はラヴェンダーが黙り込む番だった。実際、ラヴェンダー自身も疑問に思った理由なのだから。

「それに複数だと? 運良く一人を殺せたとしても、素人の奇襲では一人ないし二人が限度。となれば残った三人に殺される。違うか?」

「・・・・・」

 それもまた、反論を許さないだけの説得力があった。

「大体、伏せられているとは思うが、こいつは、殺されたウィリアム・ハーキンスに拉致されかけていた。何の理由でだ? こいつの店を焼くためか?」

「あっ、そういえば、あたしって攫われかけたんだっけ」

 ピンとはずれのシーラの言葉に、返事を返す者はいない。カルノは構わず続けた。

「指名手配なんていうのは後付けの理由に過ぎない。はなからバートンはこいつを捕らえようとしていたわけだ。エレメンターまで投入してな」

「・・・なんだと?」

 ようやく開いた口から漏れたのは浅い動揺だった。カルノは心の中で笑って、ジャケットの中にしまっていた紅の結晶をテーブルの上に放った。

「見ての通り炎のエレメント。店の前で倒した時に奪っておいた」

 本当は、もう一個回収しているのだが、それは口に出さない。カルノがウィリアムともう一度接触した事が知られるからだ。

「これは・・・」

 恐る恐ると言った様子で、テーブルの上の結晶体に手を伸ばす。そして、それを手の平に載せて握り込んだ瞬間、浅い動揺は驚愕に変わった。

「これはある意味、無実の証明だな。バートン社の象徴たるエレメンターが小娘一人に殺されるわけがない。もっとも、三流だったけど」

 カルノが補足をつけるが、ラヴェンダーはそれすらも聞こえていないようだ。

「バカな正義でも混沌でもなく、中庸を歌うバートン社がそんな真似をする筈がない!」

「だが、こいつは拉致されかかった。理由はわからないが事実だ。どう見ても人畜無害の一般市民にもかかわらず」

 激昂するラヴェンダーに対して、冷静に切り返すカルノ。シーラはハラハラと見守るだけだ。

「大袈裟な情報操作は真実を隠す隠れ蓑かもしれない。実はとんでもない事実を抱えた・・・」

「これを見ればいい。確かな筋からの情報だ」

 彼女に差し出されたのは個人情報を記した書類。一部に破かれたような跡があるが。

「・・・これはいつ?」

 受取った書類に目を落としながら問えば、昨日と答える。

「こいつが拉致されるような理由があるなら知っておくに越したことはない。だが、結果はその通り」

「なになに? 何の話?」

「・・・・・」

 ラヴェンダーは黙って書類を渡す。そして、それを受取ったシーラが紙面に視線を落とすなり、真っ赤になって絶叫した。

「嘘ぉぉおおーーーー! なんでぇぇ!」

 丁度彼女が呼んでいたのは、調査対象の名前と身体的特徴。叫んだのはその対象の名前がシーラ・ディファインスであり、身長・体重・スリーサイズにまで及んでいたからだ。しかも、推定でなく嫌らしいまでに正確な数字である。

「なんてもの調べるのよカルノ!」

「調べられて困るような事じゃないだろ」

「乙女の秘密を暴いといて何言うか!」

 カルノには彼女が怒る理由がわかっていないらしい。一方シーラも、自分のプロフィールしか見ていなかったので「困るような」の単語に堪らない恥ずかしさを覚えていた。

「・・・シーラ・ディファインス。年齢は十代後半。両親とは幼い頃に死別。以後は祖父である定食屋サバートの主の世話になる。しかし、二年前に祖父が病に倒れ帰らぬ人に。それから今にいたるまで自分自身の力で切り盛りして来た」

「えっ?」

「性格は明るく活発。容姿も悪くないことから、対象を目的にしている常連客が多い。客層は主に近くの現場の建設作業員や工場の肉体労働者の比率が高い」

「なんで、あたしのこと・・・」

 ラヴェンダーが言っているのは、書類の内容そのままだ。シーラが呆然としているのは目を通していないからに過ぎない。

「店以外での活動は至って十代の少女。主に洋服などで金銭を使う。そして、よく値切る」

「うっ!」

 確か二人で買い物に出かけた時、彼女が店員と、やたらに交渉していたのを思い出す。

「高等教育を受けずに店を経営していたため異性との交友関係はなし。寂しい青春時代を過ごす」

「余計なお世話よ!」

 真っ赤になって怒鳴り返す。その後、期待するようにカルノを見上げるが、

「・・・・・」

 やはり無表情。彼女の淡い期待は霧散した。

「とはいえ、一年前から通い始めた黒づくめの青年に熱を上げてい・・・」

「いちいち声に出さなくたっていいでしょうが!」

 もっとも、カルノもこの部分でなくても目を通しているのは分かっている。怒鳴るだけ損というのは分かっているが、理屈で感情は止められない。

「・・・まあ、そんなのはどうでもいいが、この先、破られた部分には何が書かれてあった?」

 シーラとしてはどうでもよくないのだが、問い詰めるラヴェンダーの視線は鋭い。

「たいした事じゃない。黒づくめの男に関する情報が詳細に記してあった。年齢は三十代後半で・・・」

「嘘が下手だな」

 と一言で断じる。

「なぜだ?」

「だからお前は鈍感だって言われるんだ」

「っていうか、ど真ん中でストレートだと思うんだけど?」

「?」

 なぜばれたのか分かっていないらしい。

「ったく、訓練生時代、お前に惚れてた女性士官は両手に余るほどいたんだぞ?」

「言っていることの意味がわからないが、話すのはそんなことじゃない」

「そうだな。で、破かれた部分に重要な事が記されていたんじゃないのか?」

 カルノは首を横に振る。

「馬鹿馬鹿しい冗談みたいな事さ。そっちで情報バンクにアクセスした方が確かだ。手配書も回ってきているんだろ?」

 言われてしばし沈黙してから、鼻を鳴らして小さく頷く。

「まあいい。それじゃあお前達はなぜここに来た。無実を訴えるなら弁護士か検察局に行けばいい」

「本気で言ってるのか? エレメンターまで投入してきたってことは、バートンの上層部が動いたってことだ。連中にとっては、真実なんて捻じ曲げれば良いだけの話しだ」

「ならばそれが真実だ」

 ここで初めて、カルノが表情に感情を表した。

「それこそ本気で言ってるのか?」

 怒りだ。普段からは考えられないまでの怒り。歯を剥き耐えるように拳を握る。

「ああ。私はバートン社に雇われている軍人だからな。バートンの不利益になるようなことは言えない」

 そう言ってポケットのシガレットケースから煙草を一本取り出し火を灯す。細長いメンソールではなく両輪切りのショートだ。

「隊長はおかしいと思わないのか? 雲の上の連中が放つ一言のせいで、俺たちの運命が容易く切り刻まれる現実を!」

「エレメンターをクビになったことか?」

 紫煙が深くたなびく。

「それだけじゃないし、語りたくもない。だけど、それをどうにかしなければ、いつまでも飼い殺されたり操られるだけだ」

「気付いていなければ、それもまた幸せの一つだ」

「だけど、俺たちは気付いた」

 目を伏せてから、どこか疲れたような声。それを見たラヴェンダーは悲しげに笑う。だからカルノは気付かない。

「お前の目的は、無実を訴えるためではなく、このお嬢さんに捕縛命令を出している上層部をつぶす事か」

「っ!」

 シーラが驚いたような眼差しを向ける。

「世界そのものといえるバートン社を敵に回す。お前らしい愚かで愉快な発想だな」

 そして、カルノが顔を上げる。その時にはラヴェンダーの悲しげな笑みは消えていた。

「革命家にでもなったつもりか?」

「見て見ぬ振りをして、ただ与えられるだけの明日に何の意味がある」

「逆に聞かせてもらうなら、自らの力で切り開く、昨日とは違う明日のためにどれだけの人が死ぬと思っている?」

「それは・・・」

「バートンの上層部をつぶしたらどうなるかぐらいガキでも分かる。今の環境が、全てバートンによる恩恵だということを忘れるなよ? バートンが壊れれば、大地は枯れ、空は濁る。水は犯され氷河期が訪れる」

 それは紛れもない事実だ。環境維持は秘匿中の秘匿のため、扱う技術を知りえる者は各支社の支社長と近しい者のみである。だからこそ、反乱が起こっても成功の是非を問わず、そこの市民は死滅するという寸法だ。

「それでも人は生きていけるとでも言うのか? 例え、お前が生きる事が出来ても、誰しもがお前のように強くはない」

「・・・・・」

「大体、バートンが、この小娘を求める理由もわからないのに、なぜ、バートンと戦うんだ? 不確定な目的のために他の人々の幸せを奪うのか?」

「他人の幸せ云々はともかくとして、理由の方は少しばかり知っている」

 予想外の言葉にラヴェンダーの表情が一瞬固まる。シーラも同様だ。

「こいつと同時に調べてもらった情報だ。とりあえず見てくれ」

 懐からもう一枚の用紙を取り出しラヴェンダーに手渡す。

「・・・お前って奴は」

 それ以外にも、何か言いたそうに睨みつけてきたが、結局黙って視線を落とす。

「見ての通り。とんでもない『身分』のお方が関わっているらしいな」

 その一言にシーラが首を傾げるのに対し、読み終えたラヴェンダーは歯を食いしばるようにように睨め上げる。

「最っ初から知っていたなら言え! 何がバートン上層部だ」

「えっ? なになに?」

 苛立たしげに煙草を揉み消してから、シーラの疑問に短く答える。

「ウォンだ」

「へ?」

 目をパチクリ。理解できなかったのだ。仕方なくカルノが付け加える。

「ウォン・クーフーリンと言ったんだ」

「ウォン・クーフーリン・・・ってまさか」

 顔を知らずとも、その名前が意味することを知らぬ者はいない。はっきりしているのはシーラたちの住む第十三ブロックを管理する絶対権力者という現実。

「上層部どころじゃない。バートン社そのものじゃないか!」

 ツバを飛ばす勢いのラヴェンダーに対して、銀髪の青年はどこ吹く風。見れば、いつの間にやら火のついていない煙草を咥えている。

「全ての情報は最初から開示しろ」

「タイミングを逃しただけだ」

「嘘付け」「私だって聞いたのに」

 二つの視線を軽くいなして話を戻す。

「まあ、その情報の通り、ウォン・クーフーリンは、自分の権限をフルに使って「アンティーク」というモノを探しているらしいな」

「アンティークねぇ」

「時計のこと?」

 やはり、一人だけ話の観点がずれている。

「暗号か伏字のたぐいだろうな」

「わからないのが『吸血遊戯(ヴァンパイアゲーム)』時代から現在にかけてまでの情報を探っていることだ」

「まあ待て。吸血遊戯もアンティークもどうでもいい」

 続けようとしたカルノを手で遮って、改めて両切りの煙草を咥えて火をつけた。

 そして、荒々しく頭をかいて、

「私には関係の無い話だ」

 その声には拒絶の意思が込められている。

「・・・・隊長」

「隊長じゃない」

 互いの視線が細まり、両者の間の温度が下がる。二人の様子の変化にシーラが身体を硬直させてカルノを見上げると。

「確かに吸血遊戯やアンティークなんかどうでもいい。俺もそうだ」

 ボッと炎が瞬く。

 鋼鉄製のオイルライターの火は、咥えたままだったジョーカーに明かりを灯した。

「だが、現実にこいつは狙われている。それが真実で、だからこそ止まる事が出来ない」

 二筋の紫煙が細くたなびいた。

「それで私ってわけか」

「そうだ。正直言って、俺だけの力じゃどうしようもない。力を貸して欲しい」

「言ったはずだ。私には関係無い」

 視線は交わったまま。しかし、先に逸らしたのはラヴェンダーの方からだった。

「それに、私は腐っても軍人。立場もある」

 言って、カルノたちの背の向こう。そこにあるのはゴミ塗れのデスクの後ろに位置する羽目殺しの窓ガラス。

 移るのは真剣な表情でグラウンドを走る青年たちの姿だった。

「………お前同様、私にも守るべき者がいる」

 自嘲の笑みを浮かべ、視線をカルノに戻す。

そして、その表情から説得が不可能だということを、確信にも似た気持ちで悟る。

「せめて、軍警察に通報しないのが情けだとでも思ってくれ」

 今度こそ、はっきりとした拒絶を言葉に載せて、腕を組み目を閉じる。

「・・・わかった」

 苦々しげに呟くなり、カルノはシーラの手をとり立ち上がる。

「ちょっ・・どうしたのよカルノ?」

 戸惑う彼女に構うことなく出口の前まで進んでいく。そして、ドアノブに手をかけたところで、頭だけ振り返り。

「残念です………隊長」

 バタン と音を立てて扉は閉じる。

「・・・・・っ」

 一人残されたラヴェンダーは唇を噛み締め、血が滲まんばかりに拳を握り込む。

「隊長じゃないといっただろ。クソッタレ」


「これでよかったの?」

 おずおずといった口調で問いかけたのは、いつもの無表情の奥にたぎらんばかりの怒りがあったように見えたからだ。

「仕方ない。当てが外れただけのことだ。この際俺一人でバートンないしウォン・クーフーリンを消す」

 やはりいつも通りの口調だが、それでも苛立っているように感じてしまうシーラだった。

「本当によかったの?」

 覗き込んで来るシーラを一瞥し、小さく鼻を鳴らす。

「彼女がああいうんだからどうしようもない。それなら離れるのがベストだ」

「そういうことじゃなくて、わざわざ危険を冒してまで来たのに、ちょっと話を聞いただけで出て行こうとするなんて……行き当たりばったり過ぎるよ」

 一拍おいてから、

「何から逃げようとしてるの? 何に怯えてるの?」

 刹那、カルノの視線が刃と化す。

「うっ!」

「わかったような口を利くな。お前に俺の何がわかる?」

 口調は穏やかなまま、シーラの胸倉を掴んで引き上げる。その息苦しさのあまり何度か咳き込んだところで、突き放すようにシーラを離す。普通なら、ここで引き下がるのが利口である。しかし、彼女は利口ではなかった。正確に言うなら小利口ではなかった。

「ふざけないでっ!」

 苦しげに喉を押さえたまま、苦鳴を絞るように叫ぶ。

「あたしを助けてくれるって言ったくせに、何から何まで隠して・・・その上何も言ってくれないのに『俺の何がわかる』よ!」

「・・・・・」

「本当は心細いんでしょ? だからここに着たんでしょ? 一人では抱えきれないからここを尋ねてきたんじゃないの? だけど、断られたからって一人で全てを抱え込もうとなんてしないでよ!」

 今まで押し殺していた思いは、その分激しく爆発した。目じりには薄く涙が浮び、過熱した感情は収まることを知らない。

「そりゃアタシは情けないほど役立たずだよ? だけど、ただ守ってもらうだけなんて嫌! それじゃあアタシの意味がない。カルノにとってアタシって何? なんなのよ?」

 セリフの後半は半ば涙声。小さく俯き肩を震わす。

「・・・別に」

 そんな彼女に答えるわけでもなく、銀髪の青年は背を向けた。そして、シーラを促すこともなく歩き出す。だが、言葉だけは残してくれた。答えではなく言葉を。

「お前は俺にとってキッカケみたいなモノさ。今のままだったら無益なまま、二度と道は交わらない。俺にとってのお前は(これから)とでも言っておく」

 シーラはハッとし顔を上げる。その表情は驚きと微かな喜びに染まっていた。

「ちょっと待ってよ!」

 小走りで彼の横に並ぶと、そこで唇を尖らせ横顔を見上げる。

「大体答えになってないよ。これからどうするかっていうのも、結局行き当たりばったりじゃない。それに何より、あたしの存在が無益ってどーゆー意味よ?」

「行き当たりばったりじゃない。状況に応じて臨機応変に対応しているんだ。それとその質問は、それこそ無益だ。今の時点じゃ失いこそすれ、何も得てないんだからな」

「・・・もうちょっと労わりという物を知れば、人間関係が円滑に進むと思うんだけどな」

 頬を引きつらせながら弱々しい口調である。一応自覚しているのだろう。

「これからに期待してくれ」

 出口に近づくにつれ、眩い太陽の輝きが強まっていく。

「今度はどこに行くの?」

「とりあえず車に戻ってエンジンをかけてから考える」

「いや、だからそれこそ・・・」

 行き当たりばったり……と言いかけたところ、カルノがそれを手で制す。

「・・・・・。」

 耳を澄ますにつれて瞳も鋭さを伴っていく。

 そして、何らかの確信を抱いたのだろう、眉間に皺を寄せて出口に向かって走る。その背を慌てて追うシーラ。

 そして、出口の前まで来て、ようやくシーラにも理解できた。タタタタタ・・・という断続的なローター音。その音は極めて小さく、出口の前まで来てようやく分かったくらいだ。そして、その音源は、

「真上!」

 弾かれるように顔をあげた先、雲ひとつない青空には豆粒大の黒い影があった。

 それは断続的なローター音を立てながら、船首を広大なグラウンドに向けている。その意図はなんなのか?

 意味のない消費は意味がない。理由のない飛行は意味がない。少なくともそれくらいのことはわかる。しかし、バートン社の『戦闘ヘリ』が意味もなく空を駆ける理由が思いつけない。

『もしや筒抜けだったか?』

 そんな考えが一瞬よぎるが心の中で首を振る。ここから一番近い発着所からでも最低二時間はかかる。このキンダーガーデン所有のヘリという可能性もあったが、ここに収用されている航空機は輸送用のみで武装は積んでいない物ばかりだ。

「一体なんのつもりで・・・」

 呟くようシーラとは対照的に、カルノは確信めいた気持ちが高まっていく。つまりはこう言うことだ。

 牙を持った獣は牙を振るう。銃を手にした戦士は撃つことを躊躇わない。答えという物は得てしてそう言うものだ。

「・・・まさか」

 視線を落として向けた先は大勢の若者が訓練しているグラウンド。そして、ヘリの船首は彼等に向けられていた。

「くそっ!」

 理由はわからないが結果はわかった。瞬間的に悟ったカルノはポケットに収めていたブリットを、迷わず口に放り噛み砕く。途端、視界がグニャリと歪んだ。

 刹那、上空から響く発射音。

 ヘリから放たれたのは黒い影の何か。そして、その何かは幾百人の訓練するグラウンドの中心に落ちて・・・


 閃光。轟音。衝撃。


 単純に表現するなら一瞬の破壊と殺戮。残るのは炎の海。

 全ては一瞬の出来事だった。だからこそわかった。シーラの視線の先で、真剣な表情で走っていた青年たちが、炎に全身を舐められ、続く衝撃が全身を細切れにしたのを。気付いたのは一瞬で、終わるのも一瞬だった。

「・・・・・っ」

 そして、彼等を「終わらせた」熱波が自分たちに襲いかかってきた時、もう一度、彼等の結末がイメージとして浮んだ。

 赤! 赤! 赤! 赤! 赤! 赤!

 全てを塵芥に還す真紅の輝き。それが眼前に迫り、

「っいやぁぁあぁーーーー!」


 着弾した瞬間に全てが終わったことを私は知る。


 私は世界の残酷さを知っている。だからここに押し込められた。だが、それが苦痛だとは思っていなかった。むしろ心地よい。そう言って良いだろう。

 エレメンターになる夢を抱えた彼等を守るのも悪くない。そのためなら飼い殺されたって良い。そう思えるなら鎖に縛られるのも構わない。実際、そう思わせてくれる奴がいた。銀髪黒づくめのバカ弟子だった。

 その予備軍がグラウンドで訓練に励む青年たち。誰しもが私の可愛い部下だった。

 だが、目の前に押し寄せる炎が、私の全てだったものを否定した。

 だからこそ悟った。

 鎖を千切る時が来たと。

戒めを解かれた犬は爪牙を振るう獣になる。


「結局あいつが正しかった」


『………エレメント戦闘用起動。出力最大。檻の指定範囲は最大。意識レベルは興奮状態を維持』

 バカ弟子だったら意識レベルを平静の状態にまで戻すのだろうが、私はそんな生ぬるいことはしない。荒れ狂う戦闘本能に任せるまま力を振るう。そうすることによって下垂体の補助脳が暴走状体で、大気に含まれる因子を過剰に拾い上げ、檻の限定範囲を広げてくれる。無論、補助脳の稼働率が高ければ高いほど破壊力は増してくれる。つまり私は、最大限の距離で最大の破壊力を行使できる。

 現代の魔女はほうきに乗らない。与えるのはカボチャの馬車ではなく破滅と破壊。

 そんな私に襲い掛かる紅蓮の炎。

「はっ!」

 鼻で笑ってやる。

 紅蓮の魔女を炎で屠ろうというのか? いいだろう、何もかもを焼き尽くしてやる!


『前方から熱波。摂氏四千度。解除条件・・・』

 補助脳の警告を聞く暇もなく襲い掛かる炎の波。咄嗟にシーラを抱え込むと、咆哮と共に相殺のためのEAを最大出力で展開。

 だが、それでも力不足だった。左手のグローブが燃え上がり、続いて左腕自身が燃え上がる。

「ぐっ!」

 苦痛のうめき。抱え込んだ少女を守るため炎に向かって背を向ける。すると今度は背が炎に舐められ気が遠くなるほどの痛みに襲われた。

 だが、それに耐えるのも少しの間でいい。それを分かっているからこそカルノは耐える。

 実際、それは証明された。

「・・・遅いんだよ」

 そう、炎が急速に収束していったのだ、一点に向かって。それは、どう考えても自然鎮火の勢いではない。人為に操作された非科学的な科学。たった一人のエレメンターによって行なわれた現実である。

 こんな真似ができるのは化物と呼ばれるエレメンターに「魔女」と呼ばれる人の形をした化物。

「ラヴェンダー・C・マクミトン。紅蓮の魔女と呼ばれる化物か」

 自分の周囲と限定した条件でもこのありさまなのに、全方位に対してこんな真似のできる化物に、カルノは改めて畏怖を覚える。

「なら、お前は化物予備軍だ」

「確かに」

 遠くからの声に肩をすくめようとしたが、痛みで顔が引きつった。

「・・・どういうことだ?」

煮立った地面を平然と歩きながら魔女はカルノに問う。

「俺だってわかるはずがない。だけどあんたもわかっているんだろ?」

 歩み寄った彼女と向かい合ったところで矛盾した答え。ラヴェンダーは苦々しげに頷く。

「バートン・・・と言いたいんだろ?」

「こんな真似をするのは連中くらいさ」

 炎の消えたグラウンドを一瞥するなり、彼女は小さく頷いた。そして、カルノに抱かれたままだった少女に目を移し、

「・・・こいつ、人が生きたまま灰にされるのを見てしまったんだ」

 思い出したように視線を下げると、カルノの胸にしがみつく小柄な影がびくりと震えた。

その少女をなだめるように頭を撫でてやってから、カルノはラヴェンダーと頷きあい、視線を上空へと向けやった。

『限定範囲再設定。最小限から最大へ』

『攻撃型EAの並列処理。出力最大へ』

 同時展開されるエレメントのEAは、二条の閃光となって天空に伸びる。その目指す先は一台の戦闘ヘリ。

 そして、閃光は黒い点に届くなり、


 破裂した。


 残骸が降り注ぐこともない。あまりの熱量に、鋼鉄すらも瞬時に蒸発したのだ。カルノではここまでの炎撃は放てない。ひとえに魔女の助力ゆえだ。

「一応、カタキをとったことになるのかな?」

 自嘲するような表情でラヴェンダーが呟く。

 混乱ゆえだろう。一瞬にして何もかもを失ったがゆえに感情の方が追いつかないのだ。

 実感が持てないのはカルノも同じだが、その点、人の生死というものを初めて体験したシーラの反応は過剰なまでに拒否と恐怖を孕んでいた。

 誰しもが言葉を失った。そんな時、四人目の声が背後から上がった。

「残念ながら、君の概念で言うカタキというのは生き残ってしまったようだ」

 聞き覚えのない声。そして、聞き覚えがないからこそ、ラヴェンダーは振り返りざまに炎を放っていた。

 紅蓮の衣が視界の端に映る白い何かを包み、

「いい判断だ」

 砕かれた。

 遅れて振り返るカルノの視界に映るのは、白の衣装に身を包む二十代後半辺りの男。

 細身の長背に長い髪を後ろでまとめた銀縁のメガネをつけた彫りの深い精悍な顔立ち。

 公式では知りえることの出来ない姿だからこそ、カルノは知っていた。

 

 ウォン・クーフーリン。


 妖精の騎士の(あざな)を持つ、最年少の神民であり、最凶のエレメンターである。

「いきなりラスボスの登場かよ」

 興奮か、それとも歓喜か? カルノの唇が震える。

「理由の是非も、何かもも問わない」

 今度口を開いたのはラヴェンダーだった。

「灰も残さず空気となれっ!」

 轟音。

 熱量の限界を無視した一撃が、眼前の青年に向けて放たれる。

 炎を越えプラズマ化した閃光が眼前の何もかもを蒸発させる。

 プラズマ炎の余波を予想し防御壁を構築しようとしたものの、炎の余剰波は、ラヴェンダーが無理矢理押さえ込む。

 エレメンターですら常識外の離れ業である。

 燃え上がるはずのない大地が燃え上がり、瞬時に煮沸し蒸発した。

 これならば、どんな生物であれ生きる術はない・・・筈だった。

「・・・素晴らしい力だ。スプリガンと呼ばれる人外の存在に匹敵するのではないか?」

 広範囲に煮沸する地面の中心で白衣の青年が手を叩いて笑う。

「それと、となりの君」

 白衣・・・ウォン・クーフーリンがカルノに視線を向ける。

「力の扱い方はまだまだだが、反応は素晴らしい。名は・・・」

「カルノ・セパイド知ってはいると思うが、元エレメンターだ」

 声だけは平静を保てつつも、実際は全身を冷たい汗で湿らせている。なにせ、ラヴェンダーの全力を防いだ男だ。それだけで自分の成そうとしていた事が絶望的に思えてくる。

 自分は最低限の一流。それくらいのことは知っている。だが、超一流であるラヴェンダーがしとめる事が出来ないという時点でカルノにとっては絶望的だ。

『どうしようと敵わない』

 それが現実である。だが、カルノがそうであっても、ラヴェンダーは止まらない。

「一体、何のつもりで私の部下を殺した?!」

 女戦士の咆哮にウォンは肩をすくめて応じる。

「ラヴェンダー・C・マクミトンがキンダーガーデン全勢力を持って、シーラ・ディファインスの隠蔽を行っているという密告を受けてね。残念ながらバートン社の反乱分子として始末させてもらった」

「ふざけるな! そんな事実はどこにもないっ!」

 激昂する彼女の周りで炎が巻き上がる。

「・・・と、まあ、それが表向きの理由だ」

「裏でもあるというのか?」

 言ったのはカルノだ。

「ゲームには敵が必要だ。それも、飛び切りに強力な敵がね」

 言って彼は笑った。

「理由があれば君たちは私に対して、完全なる敵対をせねばならない」

 そう言う彼は、愉快そうに口元を押さえた。

「そんな・・・そんなことのために、あの人たちを殺したって言うの!」

 今度叫んだのは涙を浮かべるシーラだった。口元は小さく引き締まり、震えるのは相変わらずだが、その瞳には力が戻っていた。

「何で・・・何のために人を殺すの? 欲しいのはあたしなんでしょ!」

「言ったろう。敵の為だ。君たちが私の敵になってもらうためだ」

 狂ってる。シーラは口の中だけで呟いた。

「君達にはそれぞれ理由が出来た。一人は少女を守るために戦う者。一人は未来を取り戻すための者。一人は部下の無念を晴らす者」

 ウォンは求めるように両手を広げた。

「少女を守る者は隠した理由があるようだが、それでも歩は止めまい。だから、君達三人は等しく私にとっての敵となる」

「生まれて死ぬまでお前は敵だ」

 少女を守る者・・・カルノは射るような視線を向けつつ、隠し持っていた拳銃をウォンに向ける。

「そんなものは利かない」

「知っているからこそだ」

 明確な敵対表現。カルノが笑った。

「ウォン・クーフーリン。貴様を殺す」

 銃声。

「隊長!」

「隊長じゃないといってるだろ!」

 二条の閃光。

 それが起こすのは消滅と爆発。

 胸の中のシーラを背後にやって、二度目の炎を叩き込む。

 だが、

「それでは私は殺せない」

 頭の芯から激情に染まった。

『死ね』

 ラヴェンダーと声が重なった。

 限界を超えたEAが目の前で荒れ狂う。

 それでも、

「惜しいな」

 烈風が炎を蹴散らした。

「バカな」

「とでも言って驚愕すればゲームの一章だ」

 師弟は言って笑う。背中には冷たい汗を流しているのを隠して。

 銃声。銃声。銃声。

 続いて純白のプラズマ。

「無駄だよ」

 それらすらも、方向を逸らされ他を砕く。

 それゆえにラヴェンダーは笑みを浮かべた。

「上等! 手加減はなしだ!」

 瞬間、視界が純白で染まる。

 周囲に散らばる全ての因子を使った、戦略級の最大出力。

 刹那の瞬きで全てを灰燼に還す炎による閃光は生存者を残す建築物を除いた全てを焼失させた。

 限度を超えた灼熱は、大気中の酸素を焼き尽くし、わずかな間だが真空空間を作り出す。そして、それは無数の断絶現象を呼び対象を切り裂き呼吸器官を焼き尽くし引き裂く。つまり、二重三重の殺戮だ。

 抗う術もなく、防ぐことのできない一方的な破壊。それなのに、

「すばらしい」

 賞賛が返って来た。ご丁寧に手を叩いて。

「本当の化物か」

「心外な言葉をありがとう」

 矛盾を秘めた男が言う。

「何で貴様は・・・」

 ラヴェンダーが肩を落とし息をつく。

「切り札だったのだけどな」

「次に期待して欲しい」

 風が熱波を吹き散らす。

 だからこそ理解できた。

 風を制御するエレメントのEAで真空状態を回避し熱量の制御を可能としたのだ。無論、生半可な技術ではない。と言っても、結局はエレメントの相性が焦点となるのだが。

「炎で風は殺せない。炎は風を呼び風が炎を消すからだ。もっとも、それだけでもないが」

 科学的な理論は知識だけで知っている。しかし、受け入れることだけが出来ない。それでもラヴェンダーは炎を生んだ。

「すべて消えろぉぉぉー――!」

 再び咲く純白の花。しかし、結果は変わらなかった。

「結果を出すのは今ではない」

 真空が炎を切り裂いた。

「今だからこそ知っておくといい。君たちは生きているのではない。生かされているのだと」

静謐な声だけが流れる。

「勝手に決めるな俺はまだ戦える」

「私の限界を貴様程度が決めるな」

「これ以上誰も傷つけさせないよ」

 異口同音の三つの声。だからこそウォンは笑った。

「君達を縛るものはない。今ここでは私は消えよう。だが、だからこそ、君達は縛られる。私という名の鎖に」

「虚言は聞き飽きた。死ね」

 巻き上がる炎と共に、白の青年は消えた。

 そして、三人は立ち尽くす。

 

 一人は途方もない敵を手に入れた。

 一人が途方もない罪を手に入れた。

 一人も途方ない殺意を手に入れた。


 そう、それだけの話。


 所変わって三人が歩いているのは、極秘の非常脱出路。本来は非常灯がつくはずなのだが、カルノの頭上三十センチ上に配置された蛍光灯は目を閉じたまま。

「・・・・・。」

 先頭からラヴェンダー、シーラ、カルノの順でマグライトを片手に進んでいく。

「・・・」「・・・・・・」「・・・・」

 誰しもが言葉を発しない。コンクリートを叩く硬い足音だけが反響する。ただし、足音を鳴らすような真似をしているのはシーラだけで、他の二人は衣擦れの音すら残さない。

「・・・ラヴェンダー?」

「・・・・・・なんだ?」

 なんとなく似た雰囲気の二人だな。そんな風に想いながらシーラは足音を立てる。

「これから、どうするつもりだ?」

「・・・・・っ」

 カルノのセリフを機に前ぶりもなく立ち止まる。それにつられてシーラの足音も止む。

「わかってて聞いているのか貴様は?」

 ボッと音を立てて、足元で炎が弾ける。

『ブリットを飲んでいないはずじゃ?』

「わからないから聞いてるんだよ」

 内心の思いを別に聞き返す。


 ドン!


 低く重い轟音は足元を揺るがし、三人の身体を翻弄する。それから震動は緩やかに収まっていき、

「これで、生き残っていた管制塔の連中も全滅だ」

床に転がったライトが照らすのは、自虐的な笑みに顔を歪め、唇の端を噛み千切る凄惨なラヴェンダーの姿だった。

「そん・・な」

「つまり後ろからの追撃がないってことか」

 背後を見据えながら持ったままにしていた拳銃をホルスターに戻し、膝をついたままのシーラに手を伸ばす。

「・・・あたし・・あたしは・・・・っ!」

「黙ってろ」

 手を握り返す様子がないので、肘の辺りを掴んで無理矢理立ち上がらせる。怯えの差した双眸が見返してきた。その瞳は涙で濡れている。

「・・・行こう」

「・・・・・・」

 促すカルノに言葉を返すわけでもなく、転がったままのライトを拾い上げて歩き出す。

「・・・・・・っ」

 言葉はない。あるはずがなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ