キンダーガーデン1
キンダーガーデン(幼稚園)
流れてゆく変わり映えのない風景。
一歩町から離れれば、どこまでも続く荒果て乾いた大地と、何の感慨も抱けない地平線だけが眼前に広がる。
太陽の位置は真上。そして、空を仰げは雲ひとつない青空が広がっているのが唯一の救いと言っていいだろう。ずっと上を見上げていると、自分の身体が、あの大気の海に吸い込まれていくような、そんな不思議な気持ちにとらわれる。
そう、空は良い。どこまでも自由だ。そして、それを見上げると周りの殺風景を一時的に忘れる事が出来る。もっとも、
「あーづーいー」
適度な気温と静かな環境。その二つが実現しない限り、この青空を鑑賞する余裕は生まれない。道と呼ぶにはおこがましい道を、法定速度の三倍で駆ける天蓋なしのジープも苦痛でしかないからだ。
「うるさい。見ているこっちまで暑くなる」
「・・・って言うか、カルノの格好も、見てるだけで暑くなってくるんだけど」
「ジャケットは脱いでる」
そう言うカルノが身に着けているのは黒のタンクトップと同色のカーゴパンツ。ただし履いているのは鋼鉄を仕込んだ軍用ブーツ。脱いだ時が恐ろしい。
「まあいいけどね。それより何より、色々聞いてない事があるんだから説明してよ」
「どこから聞きたい?」
クラッチを切り離してギアをシフトダウン。ジープの風切り音が穏やかになり、声が幾分か聞き取りやすくなる。
「まず最初にあたしを攫おうとした奴等って、何の理由があってあんなマネをしたの?」
「・・・・・。」
鼻先に引っ掛けていたサングラスを指で押し上げ空を仰ぐ。
「・・・聞き出すの忘れてた」
サングラスに隠れた遠い眼差し。シーラは、フッと微笑し、
「誤魔化すんじゃないわよ!」
表情を一変させた。運転中にもかかわらず、カルノの胸倉を掴んで前後に揺する。
「バ、バカ離せ!」
車体が大きく蛇行し、カルノが珍しく狼狽する。それでもシーラは離さない。
「隠すなんて男らしくないわよ!」
「本当に俺も知らないんだよ。バートンがお前を狙ってるってこと意外は!」
とここで車体が大きく跳ねる。小柄な少女の身体が飛ぶように座席を離れ、
「くっ!」
咄嗟に右手を伸ばし座席に押し付けると同時に着地。そのままギアを二つ落として息をつく。
「・・・・・」
一瞬、何が起こったのかわかっていなかったシーラは放心状態。カルノは背中に冷たい汗をかいている。
「・・・次、運転中に妨害行為をする時は事前に言ってくれ。容赦なく気絶させるから」
「あ、あい」
まだ放心状態の抜けないシーラも、それから数分がたつなりいつもの調子を取り戻してくる。カルノの警戒心は抜けていないが。
「そういえば、さっき言ってたよね。私を狙っているのがバートンだとか何とか」
「気のせいじゃないのか?」
「もう一度言うけど誤魔化さないで。エレメンターって、バートン社だけに許される職業のことだよね」
「・・・・・」
考えるのは一瞬。そして、答えるのも一瞬だった。
「そうだな」
バートンというのは、全世界にネットワークを広げる世界最大企業といった方が通りが良い。というよりも、世界そのものと呼んだ方が適切だ。エレメントという未知の技術を独占的に保有し、紙おむつから軍用兵器まで幅広く扱う、この世の支配者とでも言うべき複合企業。
それが姿を現したのは百年以上前に起こった全世界規模の戦争『吸血遊戯』終期。
血で血を洗うなんて言う言葉では済まされない理由のない殺戮のための時代。だが、それは、最後の一年で突然終結を迎えた。
「まあ、バートンの歴史はこんな所からだな」
そう、戦争終結の一年前に、バートンという名の企業が表社会に姿を現す。全世界の各地に、エレメンターという戦争兵器を引き連れて。
一見、彼等は非武装で老若男女関係なかった。だが、唯一共通していたのは、誰しもがたった一人で一つの町を破壊できる力を有しているということだった。
見るだけなら一般市民。しかし、内包された力は人知を超えていた。降りそそぐ銃弾もそびえ立つビルも、敵も味方も関係なく無に還す。そんな、一方的な力。それらが世界各地で一斉蜂起したのならば、その結果の想像は容易であろう。
「もっとも、一人のエレメンターができることなんて限られてるけどな。昨日の三流エレメンターを見れば、バートン社が意図的に流した噂と見るのが妥当な所だ」
「ふーん。でも、実際に戦争は終わったんでしょ? バートン社のお陰で」
「まあな」
戦争終結後、残されたのは荒果てた大地と汚染された空だけだった。世界規模の戦争は世界そのものを蝕んだ。食べる物も、喉を潤す水もない。誰しもが絶望し、人の歴史が費える黄昏の時。
その時だった。救いの手が差し伸べられたのは。
「ようはバートン社だ。戦争を終結させた連中が、次に着手したのは世界の再生そのもの」
ただの戦争兵器と思われていたエレメンター達が腕を振るたび、祈りを捧げるたびに、大地は潤い空は晴れて行った。そして、世界は再生されていった。急速に、休息し、急速に。
「それも、エレメントやエレメンターの力なの?」
エレメントの開発概念は軍用はもとより、環境改善の意味合いが強い。
「ああ。もっとも、逆に言うなら自然環境を支配されているようなものだけどな」
それは、命を握られているのと同義であることに、カルノは気付いている。
「もし、敵対勢力なんかがブロック規模で起こったとしても、その地域の環境用エレメントを操作すれば、昼は砂漠のように暑くて夜は雹が降りそそぐ。そうなれば一昼夜で反乱は終結。戦争終結後の残党勢力はそうやって駆逐していったらしいしな」
「だけど、それって化学なんて言うよりも、神の領域なんじゃ・・・」
「さあな。そんなことは俺たちが考える必要もない。考えるのは当面どうするかということだけさ」
言われて一瞬俯き、
「っていうか、あたしはそんな連中に狙われてるわけ?!」
「最初から気付け」
天高く上る太陽と、そこから降り注ぐ光。
陽炎が浮び、消えていくその大地は適度に整備された巨大という言葉では表せない面積を誇る。
だが、ここからでは地平は見えない。見えるのは元は白地の、しかし今は砂塵で黄色ばんだ檻であり壁だ。しかし、それすらも果てしなく遠い。
そして、その内を走るのは夢と希望に満ちた若者達。別の一角を見やれば格闘訓練や基礎練習を繰り返す姿も見える。
「・・・可愛いもんだ」
巨大な中央施設の壁を背に、日差しを遮るパラソルの下で一人の女性が微笑んだ。
すっと通った鼻梁に吊り気味の大きな双眸。横だけ伸ばし、後ろは短めに刈った黒髪とあいまって、野性的な美しさを持つ、掛け値なしの美女であった。
ただし、すらりと伸びた手足や、モデル並のプロポーションを包む衣装は、色あせた黒のタンクトップにドックタグ。迷彩色のカーゴパンツといった色気の無い物だったが、なぜか不思議と馴染み似合っていた。
「なれるかどうかも分からないエレメンターのために毎日訓練。幼稚園とはよく言ったもんだ」
ちなみに、パラソルの下に設置された簡易テーブルには、灰皿とビールの空き缶が数本転がっている。そして、今も、中身の入った缶ビールを片手に訓練生たちの様子を見て楽しんでいた。
彼女の瞳に映る彼等は訓練生。そして、缶ビールを呷りながら涼む彼女は、このエレメンター養成施設「キンダーガーデン」の総責任者。
ラヴェンダー・C・マクミトン 二十七歳
それが彼女だ。
彼女の名が示すのは、大抵の場合は恐怖と憧憬を同時に孕み、その名を知らぬエレメンターはいない。
誰もが名を知り周りに人がいるのに、彼女の傍には誰もいない。孤独ではない。しかしどこまでも独り。それが彼女の名の持つ意味である。
煙草を咥えながら、そんなことを考えていた時のことだった。
「ラヴェンダー隊長!」
肩越しに頭を向け視線をやる。そして、荒々しい足音と共に現れたのは、警備部の紺の制服に身を包んだ大柄な男だった。
「どうした?」
「大変なんです。正門の前で 皆が……隊長をって………」
目の前の青年はパニックを起こしているらしく、話す言葉は勢いだけで要領を得ない。
「落ち着け。そして、詳しく説明しろ」
深呼吸するように、数秒の間を空け、
「じ、実は正門の前で変な男が暴れてるんです。私達も押さえつけようとしたんですが歯が立たなくて。そして、呼んでるんですラヴェンダー隊長のことを!」
「・・・は?」
マゼンダ・ドライ。
常に主のために付き従う、支社長秘書の肩書きを持つ、二十台半ばの女性である。
・・・と言っても、それは表向きのことであって、実際は他社から派遣された「インサイダー」
第四支社から送られた内通者。それが彼女の持つ、本来の肩書きであった。
そして、その彼女が廊下を走っていた。
赤銅色の髪を揺らし、肩は激しく上下し、荒い息を吐き、それでも彼女は走る。
目的地は、偽りの主の下。隙あらば・・と暗殺指令まで出ているのにもかかわらず、胸に渦巻く焦燥が彼女を走らせていた。
理由らしい理由なんてない。それは全て後付なのだから。人を好きになるのに理由はいらない。それが全てであった。
そう。彼女は抹殺すべき偽りの主に好意を寄せていた。それはもはや、愛と断言しても構わないレヴェル。
それが彼女の走る理由。
足元の絨毯には、荒々しい軍靴の跡が残っている。彼女が手引きした結果だったが、胸に渦巻く焦りの炎がことさら勢いを増した。
「ウォン様・・・無事でいてください」
重武装した一個小隊をぶつけてウォンをどうにかできるなんて思ってもいないが、万が一という場合がある。
「ウォン・・様」
愛すべき者にして殺すべき者。相反する二つの感情のどちらかに傾く事は、己の立場と心が許さない。だが、マゼンダは走る。
そして、角を曲がり、粉砕されたドアをくぐり、部屋に入り、目にしたのは、
「・・・やあ、マゼンダ君」
真紅、真紅、真紅。
何もかもが真っ赤に染まった(・・・・・・・・・・・・・)見た事も無い(・・・・・・)部屋であった(・・・・・・)。その中央に雪色の衣装の青年が薄く微笑んでいる。
「こ、これは・・・」
声が言葉にならない。それ程異常な光景だった。
美しい夕日を映すはずの巨大なガラス窓は、赤黒い何かで大半が染まり、先の風景を阻んでいる。足元の絨毯は、足を動かすたびに液体の跳ねる音がなった。そして、跳ねた飛沫は紅。
大理石の壁もシステムデスクも、何もかもが真紅。
「お、お怪我は?」
何とかそれだけ口にすると、ウォンは微笑みを彼女に向けた。
「見ての通り無事だ。しかし、少々目立ち過ぎてしまったらしい。元々他社に好かれていないのは知っていたが、思っていたよりも嫌われていたようだ」
ヤレヤレと首を振って、右手で握っていたものを床に落とす。
それは、ほとんど原形を維持していないものの、半壊した人間の頭部だった。
「っ!」
部屋中に満ちた血臭を今更意識したのか、口元を押さえてえづく喉を必死にこらえる。
「裏切り者」
「えっ?」
彼女は驚いたように顔を上げる。だが、それでも冷静を装うようにして視線を交わらせてくるので私は苦笑した。
彼女が他社から派遣されたインサイダーなんて事は、会ったその日から知っている。それでも彼女を傍に置いているのは、仕事面に関して誰よりも優秀であったからだ。
暗殺指令も受けているようだが、行動を共にする日々の中で、それが不可能ということをすでに悟らせてある。どんな人も方法も、等しく私を殺せない。だから、彼女を傍に置く。とても歪んだ共存関係。それが私とマゼンダ君だ。
「裏切り者・・・つまり、内通者がいるらしい。浸入経路、私のタイムスケジュールを知っているくらいだ。我が社の中央に食い込む者だろう。至急調査してもらえないか」
「し、承知いたしました。他には?」
普段から冷静であり気丈な彼女が、ここまで露骨に動揺する姿は、そうそう見られるものではないが、それをいつまでも見ているのも可哀想だ。
だから、部屋全体を見渡してから彼女に向き直る。
「そうだね。清掃員を呼んでもらえるかな。少々汚し過ぎてしまったのでね」
「は、はい。それでは失礼致します」
言って彼女は、走るように去っていってしまった。まったく、こういうところは可愛らしいものだ。
しかし、今考えるのはそんなことではない。
デスクの前まで戻ると受話器を取って耳にあてる。
「私だ。今すぐキンダーガーデンへ飛ばすヘリを用意してくれ。搭乗者は私と操縦士だけで良い。兵装はナパーム。詳細は追って連絡する。以上だ」
ここから運命の歯車は回りだす。それを邪魔する者は、私自身で叩き潰す。そう、部屋中に散らばった彼等のように。
「彼等が欲していたのは、これか」
スーツの上着に収めていた書類を取り出す。
「雀の涙ほどの報酬で、私の命とこんな物の為に、己の命を天秤にかけるか。わからなくもないが求めるモノの程度が低すぎる」
・・・いや、私も同じか。あるかないかも知れないアンティークを血眼になって探す。なんて滑稽な事だ。
なにせ、この書類に書かれている事が真実ならば、彼等や私の求めるモノは、とうの昔に消失していることになるのだから。
・・15年 …………死亡
「フ、フフフフフ……ハァッハッハッハッ!
やってくれる。やってくれるじゃないか。まるで三文小説のようだ!」
再び紙面に視線を落とす。そこには、
・・15年 シーラ・ディファインス 死亡




