第83話 二組の訪問 突き刺さるジト目
台風が去ったあとの余韻を噛みしめるように、みんなで何気ない雑談をして心を和ませていると、またしても廊下の方から近づいてくる足音があった。
「ささ! どうぞこちらです。むさ苦しいところを申し訳ございません」
「とんでもない。押しかけてきた私たちが悪いのだから、どうか気を遣わないでくれ。少し顔を見たらすぐにお暇するよ。リリアが心配するのもよく分かるので、私も付いてきたんだ」
「あら、お父様こそ、ずいぶんご心配なさっていたように思いますが?」
「お、おい、リリア……」
鍵の開く音とともに、クリアナさんの弾んだ声が聞こえてきた。
「ヤノス君。御領主様とお嬢様がおいでだよ。お部屋へお通しするね」
「どうぞ、お入りください!」
僕たち四人は一斉に立ち上がり、お二人をお迎えする。
クリアナさんは御領主様が部屋へ入られるのを見届けると、静かに一礼して部屋を後にされた。
「あ、何も気を遣う必要はないぞ。本当に元気な様子を伺いに来ただけだからな。くれぐれもそのままで頼む」
「はい、お心遣い誠にありがとうございます」
リコルがすぐにお二人へ椅子を勧める。軽く礼をして、ギルバート様とリリア様が並んで椅子に腰掛けた。
「門番から君たちが戻ってきたと聞いてね。申し訳ないが、急ぎ来てしまったんだ」
「ご心配をおかけしまして、本当に申し訳ございません」
「気にするな。最近、西の街道で時々『邪獣』が目撃されていてね。その対応をギルドマスターと話していたところだったのだ。それよりも、元気そうで何よりだ」
「邪獣、ですか?」
「そうだ、邪気に飲まれた獣のことだな。強い邪気が漏れているとの報告もあり危惧しておったのだが、最近はその邪獣が目撃されるようになっていたのだよ」
「……そういえば、僕たちも、邪気の漂う方へリスが走っていって、それを追いかけた先で、僕が邪怪に飲まれてしまいました」
「そうであったか。西門から出てその後戻っていないとの報告が上がり、最悪の状況も想定していたのだが……。だが、こうして元気にしている様子が見られて、本当に安心したよ」
「本当に心配していたのですよ。こちらから連絡の者を向かわせましたのに、行き違いがあったとも聞いておりますし。毎日、毎日、悪い知らせが来ないことを願いながら過ごしていましたの」
ギルバート様、リリア様の心温まる言葉に、嬉しさと同時に胸が少し痛む。
「本当に、ご心配をおかけしました」
自然と、深く頭が下がった。
「もう謝ることなどない。このように元気にしておるのだ。妻も相当気にしておった。ヤノス君のお陰で、最近は楽しく食事も摂れるようになり、趣味にも時間を割く余裕が出てきてな。体調が戻ったら、またいつでも屋敷を訪ねてきてくれ」
「そうですよ。私の訓練もまだ途中ですし、これからもよろしくお願いしますわね」
「承知しました。近いうちにまたお伺いします。僕もその日を楽しみにしております」
「そう言ってもらえると嬉しい。さあ、長居は無用だから、私たちはここでお暇するとしよう」
「はい、お父様。ヤノスさん、お待ちしておりますね。まずはしっかりとお身体をお休めください」
「ギルバート様、リリア様、本日はありがとうございました。僕の方から伺わなければならないところを、申し訳ございません」
「何を言っている。君は妻と娘の命の恩人だ、当たり前のことをしているだけだ。では失礼する。――リーノさん、フィーネさん、リコルさん。ヤノス君を頼みますね」
そう言って、お二人は気品ある微笑みを残して部屋を後にされた。
訪れてくる人によって、これほど残る余韻が違うものなのかと、僕たち四人はしみじみと感じ入っていた。
「……さて。私たちがいてはヤノスが休めないよね」
フィーネがそう言って、三人が席を立とうとしたその時だった。
またしても、三階の廊下の方からひそひそと話し合う声が聞こえてくる。
「クリアナさん、申し訳ございません。ガイスがどうしてもと言うもので……」
「お、おい! セルフィーだって相当心配してただろうが!」
「でも、せめて一日空けるとかさぁ」
「アンナまで何言ってんだよ!」
ギルドマスターの時とは違い、少し抑えられた声での小競り合いが聞こえてくる。
「申し訳ない、女将さん。みんな、毎日気をもんでいたので、大人げないとは思いながらも駆けつけてきてしまったんだ」
ギルさんの、いかにも大人な対応の声に感心させられる。
「あんた達が、襲われた村から助けてくれた冒険者さんだろう? 話は聞いているよ。まあ、心配するのも分かるし、ヤノスちゃんの身体を第一に考えてくれればそれでいいよ」
「女将さん、恩に着るよ!」
部屋のドアが軽くノックされ、僕が返事をするとクリアナさんが顔を出した。
「【聖光の慈雨】のメンバーだよ。入れてあげても良いよね?」
「はい、どうぞ! かまいません」
「お邪魔します!」
そう言って、アンナさんが一番に部屋の中へと入ってきた。
「お邪魔するね、ヤノス!」
頭を下げて部屋へと入ってくる、ギルさん、セルフィーさん、ガイスさん。
あ、椅子が足りない――と気付いた瞬間だった。
アンナさんが迷うことなく、ベッドの上の、僕のすぐ真横にぴょこんと腰掛けた。
「元気そうで良かった!」
すぐ横から、覗き込むように顔を向けて話しかけてくるアンナさん。
甘い香りと綺麗な瞳が近すぎて、僕はちょっとドキッとしてしまった。
「あら、アンナ。そんなところに気安く腰掛けたらだめじゃないですか」
セルフィーさんがジト目で咎めるが、アンナさんは全く意に介さない。
「ねえ、いいよね、ヤノス? ヤノスは優しいもんね?」
至近距離の眩しい笑顔に、僕は思わずコクコクと頷いてしまう。
その瞬間、僕の背後からリーノの凄まじく大きな咳払いが聞こえてきたが、ここは聞こえなかったことにする。
そう、無視に限る。
「元気そうで何よりだ。安心したよ」
ギルさんが落ち着いた表情で話を戻してくれた。
「まあ、みんなが心配だ、心配だと言うから来てしまったんだが……病み上がりに済まん」
ガイスさんの言葉だが、廊下で聞こえた「どうしてもって言うから」というセリフとの違いに、思わず笑いそうになる。
「あらあら。さっきまであんなに心配して、真っ先に押しかけてきたのはあなたでしょうに」
セルフィーさんの一言に、ガイスさんはバツが悪そうにだんまりを決め込んだ。
ここは僕が助け船を出すことにした。
「皆さん、ご心配をおかけしてすみません。もうこの通り元気ですので、ご安心ください」
「やっぱりヤノスだよね! それに、リーノさんやフィーネさん、リコルちゃんが一緒にいるんだから安心だよ」
……近い。顔が近い。あまりにも近すぎて、アンナさんの声がまともに耳に入ってこない。
「あー、安心した。ほっとしたら、なんだか眠くなっちゃったな。ここで一緒に眠ってもいいかな?」
そう言って、アンナさんがベッドの上に身体を横たえ、腕を伸ばしてくる。
「アンナちゃん、だめよ! 今はまだ病み上がりなんだから!」
セルフィーさんが慌てて引き離そうとする間も、背後からのリーノとフィーネの「うほん、うほん!」という咳払いがすさまじい。
(?? いま、セルフィーさん「今は」病み上がりなんだからって言わなかった? ”今は”って……)
そんな疑問が頭をよぎっていると、アンナさんがむうっと起き上がった。
さっきよりもさらに身体の距離が近い気がするが、もう気のせいだと思いたい。
「もう……せっかくのチャンスだったのに」
不満げに立ち上がったアンナさんだったが、すぐに振り返って、
「じゃ、また来るね。絶対だから!」
満面の眩しい笑顔で言われ、またしても心臓がドクンと跳ねる。
「長居は無用だな。ではお暇するとしよう。今日は元気な顔が見られて本当に安心したよ」
「お大事にね」
「早く元気を取り戻すようにな」
ギルさん、セルフィーさん、ガイスさんがそれぞれ温かい声をかけてくれる。
そうしてようやく扉が閉まり、ホッと一息つこうとしたその瞬間、再びガチャリと扉が開き、アンナさんがひょっこり顔を覗かせた。
「またね!」
満面の笑顔で可愛らしく手を振り、今度こそ帰っていった。
部屋に残されたのは、リーノの容赦ないガチのジト目。
フィーネの、すべてを察している生温かいジト目。
そして、何が起きたのか分からずきょとんとしているリコル。
僕はその無言の視線に耐えきれなくなり、コロンと背を向けてベッドの掛け布団を頭まで被った。
「……ちょっと、本気で休むね」
狸寝入りを決め込む僕の背中に、冷ややかな視線が突き刺さり続けるのだった。




