第1話 異世界での目覚め
いつものように一日の仕事を終え、疲れた体で公園のベンチに腰を下ろす。
アパートまでは歩いて二十分。帰ったところで誰もいない、真っ暗で冷たい部屋が待っているだけだ。
一本の街灯に照らされ、夜の闇に浮かび上がる満開の桜が、夜空を淡いピンク色に染め上げていた。その横には、いつもより大きく見える綺麗な満月。その澄み切った月光とピンクの桜が暗い夜空と鮮やかなコントラストをなしており、一度目を奪われると、もう離すことができない。
夜には肌寒さが襲うこの時期、まだ暖かいうちににと、コンビニで買ったカップコーヒーを両手で包み込む。指先から伝わる熱にホッとしながら、口元へ運ぼうとした――まさに、その瞬間だった。
世界が、一瞬で真っ白に染まった。
【ドゥ・ドッガァァァァァァァァァァァンンン!!!】
──その轟音を、脳が認識できたのかすら分からない。
熱量も、痛みすらも感じる暇がない一瞬ののち、僕の意識の糸はぷつりと断ち切られた。
◆ ◆ ◆
真っ白な世界だった。
地面も床も空も天井もない、ただ、果てのない白だけが広がっている。
(もしやこれは、定番の異世界ものの転生とかいうやつか!? ここで神が現れてチート能力を授かり、俺TUEEEで無双するやつなのか!? なんだかわくわくしてきたぞ……! さあ来い、俺のチートスキル!)
『君には、これから……えっ、ええっ!? すまない、君に説明をしておこうと思ったのだが、時間がなくなってしまった! 余裕がない――』
どこからともなく、声が響いた。
その声にはひどくノイズが混じっており、まるで世界のシステムそのものが憔悴しきっているかのように、激しく歪んでいる。
『……っ、――だ!』
最後の手遅れを告げるような声も、プッツリと途切れた。
(……ちょっと待って、僕のチートは!? 無双ライフは!? え? 一瞬で見捨てられた!?)
「僕、ここにいますよ! 神様――っ!!」
……返事がない。
『おーっ! こんなことが! ――おっ、お――!?』
また何か、神様側のパニックめいた絶叫が聞こえた気がしたが、それっきり待てども待てども返事はない。どうやら本当に置いていかれたらしい。
僕は心底がっかりして、ため息を一つついた。
それが合図でもあったかのように、今度こそ、僕の意識は深い深い闇の底へと落ちていった。
◆ ◆ ◆
……意識が戻り、視界も開けてきたが、脳裏に最初に映ったのは目の前に迫った女性の顔だった。
『『――いたっ! いったたたたたァ!!!!』』
自分自身があげた叫び声と、誰かの悲鳴が完全に重なった。
まさにその瞬間、自分の身体が何かの力で無理やり作り変えられているような、焼け付く激痛が全身を襲う。耐えきれず、僕はまたもや意識を失った。
◇ ◇ ◇
女性の声が耳元で聞こえる。だが、それ以上に全身が痛い。
全身すべての細胞が悲鳴を上げているかのようだ。
うっすらと目を開けてみるが視界が定まらず、世界はぼやけていて何も見えない。
『地上付近を飛んでいた訳ではないのよね……!?』
『さっきから言ってるじゃないのよ……っ!』
頭の上で、そんな押し問答が響き渡る。僕は痛みに耐えかねて、声を絞り出した。
「誰か……そこに……いるのか……っ? う、ううっ……体が……痛い……っ!」
『えっ!? ええ……? 私たちの声が聞こえているの……!?』
「耳元で……そんな大きな声で話されてたら……誰だってわかるだろう……っ!」
全身の痛みはまだまだ続いているが、徐々に視界がはっきりとしてくる。
『ええっ!? 本当に……!?』
目の前にいたのは、目も眩むほどの虹色に輝く透明な蝶のような羽根を持つ、小さな少女。
そして、緑色と言ってもこれほど多様な色があるのかと驚くほどの、美しいグラデーションの羽根を持つ小さな女性だった。
二人は宙に――浮いていた。
飛んでいるのではなく、その場に静止して浮いているのだ。
『もう一度聞きますね。私たちの声が、本当に、聞こえているのですか?』
緑色の綺麗な羽根を持つ女性が尋ねてきたので、身体の痛みに耐えて、かろうじて頷いた。
「この身体中の……痛みを……どうにか……してほしい……」
『その体の痛みは、魂が体に馴染もうとしているためなの。だから、私たちではどうしようもないわ。……それよりも、私たちの声が聞こえているのよね?』
痛みが酷く、頷くのがやっとだった。声が聞こえることで、なぜそこまで驚くのか分からない。
そう思っていた矢先、今までの痛みが微風に思えるほどの、凄まじい激痛が全身を襲った。
(……くっ、このパターンは知ってるぞ! ここで気絶して、次に目が覚めたら数日後とかになってるテンプレのやつだ……!)
「異世界に飛ばされた挙句、激痛で気絶する主人公なんて……あってたまるか……ッ! 僕は絶対耐えてみせる……!!」
そんな、ラノベ主人公としてのちっぽけなプライドをかけた叫びを心の中で上げたものの――限界を超えた激痛にあっけなく敗北し、僕の意識は再び遠のいていくのだった。
お読みいただきありがとうございます!
Web小説の投稿はこれが初めてとなります。
至らない点もあるかと思いますが、温かく見守っていただけたら幸いです。




