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八人のアダム  作者: 猪熊洋介
二章 旅立ち
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ティア

翌日、酒場開店直前の夕方の時間帯、ピップは店の表の掃除をしていた。

明日は久しぶりの休日であるため、気分良く鼻歌などを歌いながらホウキをかけていると、

「お店は開いてるかな?」

と不意に背中から声をかけられた。

「はい、もう入れますよ」

と返事をしながら振り向いて、ピップは思わず硬直した。

声の主は、美しい女性だった。

「ありがとう」

その女性はピップに礼をいうと、店内に入っていった。通り抜けるとき、清涼感のある果実のような香水の香りがした。


「おやあ、久しぶりだね、ティア!」

店内から、女将さんのうれしそうな声が表にいるピップの耳にも届いた。

「やあ、女将さん。新しい子を雇ったのかい?」

「ああ、そうだよ。ピップってんだ。かわいいだろう?」

「ふふ、女将さんの趣味かな?」

「まさか。ちょっとしたいきさつがあってね。さて、何を飲む?」

「まだ運転があるからお酒は控えておくよ。食べ物を頼んでもいい?」

その女性はカウンター席に座って、女将さんと話をしていた。

気さくな会話の雰囲気から、女将さんとその女性は以前からの知り合いであることが推測された。

店内に戻ったピップは、その女性の注文した料理の配膳を頼まれ、持って行くこととなった。

ティアと呼ばれたその人物は、髪をショートカットにした、スレンダーで快活そうな女性だった。

年齢は二十代の半ばから、後半ぐらいだろうか。

長いまつ毛の下で瞳がきらりと光り、気の強い性格が見えた。鼻筋は真っ直ぐに美しいカーブを描き、唇は小ぶりで品がよかった。背筋は姿勢良く伸びており、日々運動をしているであろうことが予測された。

(やっぱり、きれいな人だ)

ピップは緊張しながら、「お待たせしました」と食器をカウンターに置いた。

「ありがとう、ピップくん」

そういってティアはピップにやさしく微笑んだ。

ティアの話し方には大人の女性の余裕があったが、不意に名前を呼ばれたピップは見事に動揺した。

「い、いえ、ごゆっくりどうぞ!」

ピップはくるりと回れ右をして、旧式のロボットのようにギクシャクとしながら厨房へ戻っていった。そして台ぶきんを取ると、必要もないのに、フロアのテーブルを拭き掃除した。おかみさんとティアの会話に聞き耳を立てるためである。

「へえ、じゃあティアはまだ数日はウィークシティにいるんだね」

「うん、ちょっとした依頼を受けていてね。ただ、機体の調子があまりよくないので、メンテナンスしておこうと思っていて。明日はそのパーツ探しをする予定」

「それは大変。ところで聞いてよティア、うちのバカ亭主が数日前、屋根から落ちてさあ……」

「それは大変。でも、骨折とかの大ケガじゃなくてよかったじゃない」

「それはそうだけど。あんたはバカな男とは結婚するんじゃないよ」

「ふふふ。でも、お二人は仲が良さそうでうらやましいよ」

(そうか、結婚は、していないのか)

ピップはそう思うと胸の高鳴りを覚えた。そして厨房に入りがてら、料理の準備をしている亭主にさりげなくこの客のことを聞いてみた。

「あちら、お知り合いなんでしょうか?」

「ああ、ティアさんね。いろんなところに顔がきく人でね。実は、うちの店にも食材なんかの仕入業者を紹介してくれた人なんだよ。おれたちにとっちゃ恩人なんだが、女房とはウマが合うみたいでな。シティにきたときはよくこの店によってくれるんだ。なんだ、ピップ。気になるのかい?」

「い、いえ、別に」

だが、おそらく意識しているのは周囲からは丸わかりだったのだろう。

ピップはティアに配膳をするときや、ティアのそばを通るときには緊張して、ぎこちない動きをしてしまっていた。女将さんは当然そんなピップの様子に気がついており、ニヤニヤと笑いながらピップに話を振ってきた。

「ねえ、ピップ。あんた若いのにスターズにかなり詳しいんだったね。明日は定休日だ。こちらのティアさんの買い物に付き合ってあげたらどうだい?」

「……えっ?」

「あら、そうなの? でも女将さん、さすがに悪いよ。それに必要なのはかなり専門的な部品だし、ちょっとスターズに詳しいくらいだと難しいと思うよ」

「ということだけど、ピップ、どうなんだい?」

「こ、これでも一応、スターエンジニアの資格は持っています! お役に立てることも、あるかもしれません!」

ピップは直立になり、早口で返事をした。

「へえ、こんな若いのに、それはすごいな」

「ピップはかわいい小さな弟がいてね。旅の途中にシティへきて、ちょうどうちの亭主がケガをしたところに居合わせた縁で、住み込みで働いてもらっているんだ。真面目でいい子だよ」

「そうなんだ。でも、せっかくの休日を付き合わせてしまうのも」

「と、とんでもないです! 明日は、暇で暇で、何をしたらいいのかわからなかったので、お力になれるか分かりませんが、もしよろしければ、ぜひお付き合いさせていただきます!」

ティアはそれを聞いて笑った。女将さんもニヤニヤしている。

「ありがとう、じゃあ、お言葉に甘えようかな。よろしく頼むよ、ピップくん」

ティアは手を差し出した。ピップは震えながらその手を握った。細くて柔らかく、温かい手だった。

(すまん、ラムダ)

ラムダには明日アダムに関する情報を探そうと話をしていたので、ピップは心の中でラムダに詫びた。でも、それらはティアとの用が終わったあとでも問題ないだろう。

そんなことを考えているうちに、酒場に客が増えてきた。

ティアは早々に引き上げ、ピップは仕事に追われた。


深夜、仕事が終わったピップは部屋に戻ると、いつものように横にはならず、明日のことを考えていた。

(まさか、こんなことに)

ピップが女性とどこかに出かけたのは、<別れの日>以前、まだピップが中学生の頃のことである。

クラスメイトの気になっていた女子とデートに行くことになったのだが、スターズオタクであるピップと、一般的な女子中学生であるその女子との間に会話は続かず、デートは早々に切り上げられ、その後の進展はとくになかった。ピップにとっては、苦くて淡い思い出である。

(だけど、今の俺はあの頃とは違うはずだ)

とピップは思うのだった。

<別れの日>から今日までの、約二年半。この厳しい世界を生き抜く中で、自分は成長したという自負がある。

様々な困難を乗り越え、仕事で責任を果たし、スターズでの戦闘まで経験したのだ。

「女性のエスコートぐらい、やってみせるさ。そうだろ、ラムダ?」

突然ピップに話しかけられたラムダはきょとんとした表情をしていたが、にっこりと微笑んだ。

「ピップ、どういうことか分かりませんでした。もう一度、説明していただけますか?」

「あ、いや、いいんだ。独り言だから……」

だが、そこでピップはある重大なミスに気がつき、慌てて一階に降りた。


一階では、客のいなくなった酒場のカウンターで亭主と女将さんが一杯飲んでいるところだった。

「よう、ピップ。ティアさんとデートだって? うらやましいなあ」

すでに顔を赤くしている亭主がピップに声をかけた。

「はい、ただ……」

「おや、浮かない顔じゃないか。どうしたってんだい?」

おかみさんは酒に強く、酔いが出ない。普段と変わらぬ様子でピップに聞いた。

「実は……、気がついてしまったんです。俺は、着ていく服がないことに」

そう、ピップはギャランシティを慌てて出てきたため、ほとんど服の持ち合わせがない。

酒場での仕事のときは、店からエプロンとシャツを借りているのだが、日中はいつも同じような作業着を着回しているのだ。ほかには、寝間着用のシャツとパンツぐらいしかない。

夫妻は顔を見合わせた。

「しょうがねえなあ、せっかくのピップのデートだ。オイラのとっておきの勝負服を貸してやらあ!」

「あとね、これを持っていきな、ピップ」

女将さんから渡されたのは、給金だった。

「あんた、一生懸命働いてくれているからね。ほんのすこし色をつけておいたよ」

明日、恥をかかないようにとの女将さんからの気遣いであった。

「あ、ありがとうございます!!」

夫妻の優しさが身に沁みて、ピップは涙目になった。

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