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八人のアダム  作者: 猪熊洋介
二章 旅立ち
28/41

ウィークシティ

翌朝、日が昇ると、ピップとラムダはモルゴンを岩場に隠して、ウィークシティに向かって徒歩で出発をした。

もう七月に入っている。

夏の始まりを感じさせる朝陽を受け、リュックサックを背負ったピップは汗をかきながら、乾いた大地と岩場を歩いた。起伏のある、歩きづらい岩場である。ピップは大きく呼吸をしながら、額の汗をぬぐいながら歩く。ラムダはそんなピップの横を、微笑みながら汗一つかかずに軽快に歩く。

一時間ほど歩いて岩場を抜けると、シティに至る街道に入った。ここまでくると、わずかにスターズや人影が見えるようになってきたため、ピップは安心した。

「ラムダ、もう少しだ。がんばろう」

「はい、ピップ」

ピップはまったく疲れた様子がないラムダに声をかけた。疲労しているのは自分の方であるが、声をかけることで、自分に喝が入るような気がしたのである。

もしその様子をはたから見ている人がいれば、二人は励まし合う兄弟のように見えただろう。


出発してから二時間あまりかけて、二人はシティのゲート前に到着した。

シティに入るためには、ゲートで入市申請を行い、審査に通過する必要がある。ピップは審査所で書類を受け取り、入市希望者の氏名として「ピップ=リンクス」「ラムダ=リンクス」と記入した。また、入市の目的を「人探し」「食料や消耗品の購入」として、書類を提出した。

待合所でしばらく待っていると、比較的すぐに「ゲスト」という立場で一週間までの滞在許可が与えられた。

ピップは入市審査があまりに簡素で拍子抜けした。

ギャランシティに比べると、ウィークシティはかなりのんびりとしたシティというか、無警戒なシティのようだ。

(だからウィークシティの人はあんまり強くなかったのかもしれないなあ)

ピップは思わず先日の採掘場での戦闘と、どこか頼りなさそうだった、あのロバート市長のことを思い出した。


だが、入市したのちに一つ問題が発覚した。

ある程度予想はしていたが、ウィークシティでは、ギャランシティで使えた通貨が使えないのだ。

このままではピップたちは買い物ができない。

そうなれば何かを売って通貨を得るべきであるが、ピップは交換に適当な物品を持っていない。モルゴンに戻ったとしても、あるのは壊れたリルビーぐらいである。


こうなると、ピップに提供できるのは労働力だけである。

ピップは求人を探すため、シティの市庁舎窓口に向かうことにした。また、ロバート市長に遭遇しないように、帽子を取り出して目深にかぶった。

ピップは窓口の女性に声をかけた。

「短期、日払い、即金の仕事を探しているのですが」

「シティにお住まいのかたでしょうか?」

「いえ、ゲストです。本日到着したばかりなのですが通貨がなくて。できればメカニックやスターエネルギーに関する仕事がいいのですが」

「お伺いしますが、シティには定住する予定はないのですね?」

「はい」

ピップの相談に対して、窓口の女性はしばらく何かを確認すると、クールに言い放った。

「ゲストの方ですと、ご希望の職種ではご紹介できる仕事はありません。こちらの窓口ではシティに長期滞在、もしくは定住する方向けのお仕事だけを紹介しています。短期的なお仕事は個々の企業や店舗に直接ご相談ください」


ピップは途方に暮れながら、ラムダを連れてシティを歩いた。

(お金がない。仕事もない)

悲痛な面持ちのピップに対して、となりを歩くラムダはあくまでも笑顔を絶やさない。朝からろくにものを食べていないため、ピップの腹がグーと鳴った。

「お前はいいよな、腹が減ることもなくて」

「ピップ、お腹が減ったのですね。では、ぼくが食料を調達してきましょうか?」

ピップはラムダが商店のほうを見つめているので、慌てた。

「だ、だめ! 絶対ダメ。物やお金を盗んだりするのは絶対にダメだからな!」

「そうですか。わかりました」

(こ、こいつ、あぶない。悪魔の誘惑だ)

ラムダの能力を持ってすれば、多少の食料を盗むことなどたやすいだろう。おそらく、銀行強盗ですら完遂できる。

しかし、ピップはラムダに汚れ仕事をさせることだけはしないと決めていた。

その一方、もし、心身ともにもっと弱りきったときに今のような提案をされたら、果たして自分はその誘惑を断り切れるだろうか、とピップは考えてしまうのだった。

(じいちゃん、俺に強い心をくれ)

ピップは自分の胸の辺りをドンと叩いた。


二人はシティ内をあてもなく歩いていると、道沿いに二階建ての宿屋を見つけた。宿屋とつながって隣は平屋の建物になっており、その平屋は酒場としても営業をしているようだった。

(宿屋兼、酒場か。ここで食べものがもらえないか交渉してみようか……)

表に出ている看板を見つめながらピップが考えていると、突然、店の屋根の上から人が転がり落ちてきて、大きな音を立ててピップの横に落下した。

「うおー! いってー!!」

落ちてきたのは中年の男性であった。足を押さえながら泣きそうな表情をしている。

「だ、大丈夫ですか?」

ピップは男に声をかけた。どうやら男は落下時に足を痛めたようだった。骨折しているのかもしれない。

「なんだいあんた、今の音は!」

そこへ、店内からその男性の妻らしい女性が飛び出してきた。

「あら! まさか落っこちたの? バカじゃないの!?」

「お、怒る前に心配してくれ。いてー、いてーよー!」

男性は大声で喚いた。

ピップは肩を貸して、男が建物の中に移動するのを手伝ってやった。


「だから素人が屋根の修繕なんてやるんじゃないっていったんだよ、このバカ亭主!」

「だ、だってよう。雨漏りしていたんだから、仕方ねえじゃねえか」

「で。どうすんのさ、夜の仕事は」

「も、もちろんやるさ、あいててて!」

「はあ、こりゃだめだ。宿にお客さんのいないときでよかったけど、今日は酒場の方は閉めるしかないかねえ……」

どうやらこの宿屋を切り盛りしている夫婦らしかった。

ピップは二人が喧嘩をしているので気まずくなって、その場から退散しようと思った。それをみた亭主が声をかけてきた。

「おう、にいちゃん、運んでくれてありがとうな。シティじゃ見ねえ顔だな、もしかして、うちに泊まろうとしているお客さんだったのかい?」

「あ、えーと、旅人なのは間違いないんですが、泊まろうとしていたわけじゃなくて……」

ピップは通貨を持っていないこと、ゲストとしての短期滞在であること、シティには食料とスターエネルギーの調達、そして人探しに来ただけであることを正直に伝えた。

「ふうん、兄弟でおじいさんを探しているのか」

「それは大変だねえ」

夫妻が同情してくれている空気を出したため、ピップは思い切って尋ねてみた。

「あの、こんな時にぶしつけな相談ですみません。すこし、食べ物と水を分けていただくことはできませんか? その分は何かお店のお手伝いなどで代えさせてもらえないかと」

「……ふーむ。どうしたもんかねえ」

亭主はちらと女将さんの方を見た。この夫婦において、決定権は女将さんの方にあるらしい。

女将さんはピップの顔をじっと見た。

「あんた、名前は?」

「ピ、ピップです。こっちは弟のラムダです」

「ようし、ピップ。じゃあ、これでどうだい。あんたにはこの宿と酒場を数日手伝ってもらいたい。その代わり、その間の部屋と食事は提供してあげる。ちょっとだけなら給金も払おう。見ての通り、このバカ亭主がケガをしちまって、人手が必要なところなんでね」

「いいんですか? すごく助かります!」

「ああ。ま、これもご縁てやつだ。なあ、あんた。いいだろ?」

「店が開けられないと、仕入れた食材が傷んじまうしな。ここはピップちゃんの手を借りてみようか」

「あ、ありがとうございます!」

「そんな小さな弟と二人で旅をしているなんて、泣けてくるじゃないか。アタシゃそういうのに弱いんだよ。ただ、うちの仕事は激務だよ。厳しく行くからね。もし役に立たなかったらその日限りでクビだ。それでもいいかい?」

「は、はい。でも頑張ります! なんでもやります!」

「その意気だ。さあ、ピップ、早速だけど開店の準備を始めるよ」

「あ、あの、すみません、その前に……ちょっとだけ食べるものをいただけないでしょうか」

ピップは消え入りそうな声で伝えた。

女将さんはやれやれとため息をつくと、固いパンとベーコンを皿に盛って、二人分出してくれた。

「すぐに食べるんだよ。仕事は山ほどあるんだから」


まさに急展開であるが、ピップはこの宿屋兼、酒場の手伝いをすることになった。ピップに与えられた仕事は以下のようなものである。

店内と各部屋の掃除。寝具などの洗濯、皿などの洗い物。業者から届いた食材の運び込み。酒場でのオーダー取り。配膳。

どれもピップにとって初めての仕事であったが、とやかく言える立場ではない。ピップは女将さんの指示を受けてあちらこちらへと動き回った。

とくに、夜の酒場は大盛況で、目がまわるような忙しさだった。

「ピップ、早くお皿を洗って!」

「おーい、注文!!」

「こっち、まだ酒が来てねえぞう!」

「ピップ、それそっちじゃない、こっちのお客さん!」

「ピーッップ!!」

女将さんは宣言通りかなり厳しい人だったが、さっぱりとした気質で心根は優しかった。

足を添え木と包帯でぐるぐる巻きに固定した亭主は「すまねえなあ」と言いながら、動けないなりにピップの業務をフォローしてくれた。亭主の怪我は大事に至るものではないらしく、一、二週間もすれば日常生活は問題なく送れるだろう、とのことだった。


宿屋と酒場での仕事はまさしく激務だったが、ピップにとっては新鮮で楽しさもあった。食事と部屋が得られることも、今のピップにとってはこの上ない環境と言えた。

また、ウィークシティの食料事情はどうやらギャランシティよりも良いらしく、調理は主に亭主の仕事であったが、そのまかない料理は非常に美味しかった。


ピップが働いている間、ラムダは二階にあるピップたちに与えられた部屋に待機させることとした。この店は一階が酒場、二階が宿の客室という構造である。

おそらくラムダに仕事を手伝わせることも可能ではあるが、そうなると何かの拍子に女将さんや亭主にラムダが自律式スターズであるとわかってしまうかもしれない。それは避けたいため、ラムダは身体が丈夫ではないということにして、部屋にこもらせた。


そうこうして、またたく間に数日が過ぎていった。

一日の仕事が終わる頃にはピップは疲れ果てて、ラムダの待つ部屋へ戻るとすぐにベッドに倒れ込んでしまうのだった。

ピップはベッドに寝転びながら、ラムダに詫びた。

「ラムダ、ごめんなあ。全然話もできなくて。明日働けば休みをもらえるし、ちょっとだけ給料ももらえそうだから、明後日に買い物行って、あとアダムじいちゃんの情報がないか、探してみような」

「わかりました、ピップ。ぼくのことは気にしないでください。おやすみなさい」

「おやすみ、ラムダ……」

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