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騎士団

 侍女のアドリアーヌさんが作ってくれた、焼きたてのトーストとみずみずしいサラダを付け合わせにしたベーコンエッグをいただき、ゆっくり紅茶をいただいていると、向かいにいるアッシュがこちらに目を向けた。

「騎士団の所に行く前に少し剣の相手をしろ」

 私の剣技の心配をしているのだろうか。そういえばアッシュが剣を振るっている所は見たことがない。


 離宮の中庭に出て木刀を構えると、アッシュの構えは自然体で全く攻撃の色は見えない。エリィは危ぶみつつも切りかかった。

 アッシュはエリィの攻撃は全て見切っているようだった。連続で畳みかけても剣でいなされ、時折発せられる素早いカウンターがエリィの急所に突きつけられる。

 少し侮っていた。自分の腕がどうしようもなく頼りなく思えた。


 アッシュの反撃で剣を弾き飛ばされたエリィは、膝を付きアッシュを見上げた。

「殿下、お強いですね」

「もう終わりか?」

 アッシュは全く息も乱れていない。


(くっ。私情けないな。こんなんで護衛など……)

 エリィは剣を手に取ると、再度アッシュに向き直った。






 午後になり、ノアも連れ立って三人は離宮を出発した。アッシュが王宮に顔を出すのは年に数回の行事のみだったらしく、騎士団長室の場所もノアの案内が頼りだという。


「わざわざ殿下から会いに行くなんて、殿下も脱・引きこもりですね」

 ノアのからかう口調にアッシュは無言で嫌そうな顔をした。


 王宮の西側にある騎士団の施設では、騎士達が訓練を行ったり談笑していた。アッシュに気がついた騎士達は『誰だろう?』という顔をしながら、頭を下げた。王室の者がよく着るこの国の伝統服と、誰にかしずくでもないその雰囲気にアッシュの行く手を遮る者はいなかった。


 騎士団長室の入り口まで行くと、外の様子に気付いたのか、扉から黒のマントを掛けた白髪が混ざり始めた壮年の立派な体格をした男が出てきた。鋭い目をした落ち着いた雰囲気のこの男が騎士団長のデネットだろう。

「アッシュ殿下。お待ち申し上げておりました。

 わざわざ足をお運びいただき、恐れ入ります」

 デネットが頭を下げた。

「デネット騎士団長、お久しぶりです」

 アッシュは丁寧に返すと、騎士団長に促されるまま騎士団長室に入って行った。


 アッシュは騎士団長室のソファーに腰掛けた。

「デネット騎士団長、一人、騎士団付けにして欲しい人物がいるのですが。

 私の専属護衛にしようと考えています」


 エリィはアッシュに促されてデネット騎士団長に挨拶をした。

「エリィと申します」


「ノアがロックランの町のギルドで働いている所を見つけました。

 プルシェンテ出身の者です」

 アッシュの説明にデネット騎士団長がふむとエリィを眺めた。


「ノアは面食いか?」

「いえ、アッシュ殿下のご趣味です」

 ノアが不服そうに言った。

 デネット騎士団長はハハッと笑うと、

「少し剣の腕を見せてもらおうか」と、訓練場に出向き近くにいた騎士に声をかけた。


 デネットに呼ばれた騎士の顔には、真面目な表情の下に体格に劣る入団希望者への余裕がにじんでいる。

 相手はそれを職業とする騎士だ。この一年、魔獣退治や護衛稼業で培った経験がどこまで通用するだろうか。エリィはスッと心が静かになっていった。


 木刀を構え打ち合って見ると、一撃一撃は重いものの攻撃は読めた。今朝見たアッシュの剣の鋭さに比べれば恐ろしさは感じない。しかし相手の攻撃は防げるものの、エリィの攻撃も見事にその盾に塞がれてしまう。

 少し息を弾ませたエリィに対し、騎士の表情から余裕が消えていた。

 

 デネット騎士団長が隣のアッシュに聞いた。

「細腕だが、なかなかやりますな。

 しかし、平民にしては綺麗な型で剣を振るう」

「プルシェンテを出る時に、シェラードの家名を捨てたそうです」

 アッシュが答えると、デネット騎士団長は片眉を上げた。

「シェラード公爵家ですか……また殿下も曰く付きの人物を選びましたな。

 しかし、真っ直ぐな剣だ。嫌いではない」

 デネット騎士団長は騎士とエリィの打ち合いを終わらせると、騎士団長室でエリィを騎士団付けにする書類にサインをした。


「離宮に人を入れるとは、アッシュ殿下は少し変わられましたな」

 デネット騎士団長は、成長を見守る兄のような穏やかな表情でアッシュを見た。

 アッシュは少し考えをめぐらせたかと思うと、デネット騎士団長に聞いた。

「デネット騎士団長、今お時間がありましたら、少し稽古をつけてもらっても良いでしょうか?」

「ここでですか? 

 承知いたしました。ぜひ」

 アッシュは小さい頃より離宮でデネット騎士団長に稽古をつけてもらっていたという。今朝のエリィ相手などでは全く稽古にもならなかったと思われる。



 デネット騎士団長とアッシュが訓練場にて剣を構えると、騎士達が自分たちの稽古をやめ視線を向けた。

「デネット騎士団長と対しているのはどなただ?」

「アッシュ殿下らしい」

「えぇっ。アッシュ殿下がこのような所に……」

 騎士達が小声で話しているのが聞こえる。


 デネット騎士団長がアッシュの様子を見ながら次々と攻撃を仕掛けていく。大きな体格のイメージを裏切るスピードだ。デネットの斬撃の重さにアッシュが若干よろめいている。


「デネット騎士団長、アッシュ殿下に対して容赦のない……」

 近くの騎士が眉をしかめた。


 デネットの攻撃に対するカウンターで、アッシュが騎士団長の喉元に剣を突きつけた。

 アッシュの防御主体のカウンター狙いの剣は、デネット騎士団長の教えなのだろうか。王族としては、最良の型だ。

「少し勘を取り戻しましたね」

 デネット騎士団長が剣を下ろした。


 周りで見ていた騎士達がざわめいていた。

「アッシュ殿下の剣を初めて見たが、お強いな」

「ご病気で離宮に籠っておられたと聞いていたが、回復されたのだな」

 あぁ、アッシュは自分の健在を示すために、ここでデネット騎士団長に剣の手合わせをお願いしたのか……額の汗を拭うアッシュの懸命な姿がエリィの脳裏に眩しく焼きついた。






 騎士団の施設から離宮に戻り、夕食を済ませると、アッシュは自室のソファーで一つため息をついた。

「人間の目でいるのは疲れるな」

「マリアンヌさんにお茶でも入れてもらいましょう」

 側で控えていたエリィが言うと、

「いや、いい」

 アッシュは『ここに』とソファーの隣に手を置いた。

(これは……アッシュ殿下のお気に入りの髪を撫でて欲しいやつだろうか……はぁ)


 エリィがソファーに座ると、アッシュはその膝に頬を起き、ふぅと息を着いた。

 サラサラの銀髪を撫でてあげると、アッシュは金色の獣の目を閉じた。

 その安心しきった様子に、母性本能のスイッチが押される。


「エリィの側は癒される」

 アッシュが目を閉じたまま呟いた。

(私も何かほっとしているかもしれない……)アッシュの髪を撫でる手はほかほかとしていた。


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