それぞれの想い【1】
初めて人を殺したローグ。それはあまりに呆気なく、思ったよりも抵抗がなかった。
だが、責任は取らないといけないと覚悟を決めていた矢先、聖装士の1人である魔王リュールと闘うことになる。
「──防いで見せろよ!」
実際に本気を出すつもりなど毛頭ない。何度も目の回路で見ているからあいつの魔素量が飛び抜け、それが異質なのも確認はしている。だが私の魔法に耐えられず死んだなんて事になればそっちの方が余程問題だ。
ユースティティア只一人の王、聖王国デウス家当主、グリモエル王。
オンディーヌに頼んで昨晩の出来事を伝えておいたのだが、私とローグが闘うのを聞いた直後に第一種危険指定魔法の使用許可が下りたらしい。
これが何を意味するのか考えたが分からん。グリモエル王との付き合いも私が二十一歳の時だったからもう四年になるのだが、時々感じる覚悟を決めた様な目を見るたびに王の本質が分からなくなる。
確かに王という重責を背負っているのだから覚悟が必要な時もあるだろう。だが、その為に聖装士や騎士団、シールズなんてものを創ったんだ。王が余程の事をするか天変地異でも起きない限り滅多な事は無いと私は感じている。
まぁ実力のほどを見ろという事なのか、事故に見せかけ殺害してこい、のどちらかだという事だけはなんとなく分かるのだが。はっきりと依頼が来ていない限り、私のやることに変わりはない。
どちらにしろ、ローグにも四大が付いているのであれば私が本気を出さざるを得ない状況は来るかもしれんからやるころは変わらんしな。
──とりあえずは小手調べと行こうか。
「──死の雨」
空想を広げ、言葉を紡ぐと闘技場上空に小石よりも一回り小さい水の塊が姿を現していく。それが瞬く間に数千、数万という数に膨れ上がる。
魔法はどれだけ自分のイメージを出来るだけ多くの魔素に乗せられるかで威力や規模が変わる。
私の死の雨は動き自体は直線的になってしまうが、それを賄う物量で相手を〝殺す〟魔法だ。野盗なんかの討伐にはちょうどいい魔法ではある。これはランクもSだし、いちいち許可を取らなくていいから使うのが気楽でいい。
上空に掲げた手を振り下ろすと、数万という水の塊が一斉に降り出した。
内心ではどう対応してくれるのかが非常に楽しみだ。それに応えてくれるかのように数万という雨の弾丸を刀を使いながらも殆ど避けているのは見事だ。これを避けられたのは同じ聖装士の二人位なもんだからな。
自分でも口角が上がってしまうのが抑えられなくなりそうだ。
なんといっても聖装士になってからと実につまらなかった。誰もが肩書に慄き、誰もがひれ伏してしまう。誰とも私と本気で闘ってくれる者なんていなかったからな。私は強いことが好きなのではない。強くなれる自分が好きなのだ。そんな私から機会を奪っていく環境には呆れすら感じる。
もしかしたらその機会が今目の前にあるのかもしれない。そう考えただけで私の心は踊っている。魔法もアウラの力も使わず、聖装士の二人しか避けたことが無い魔法を避けているのだから。少なくてもこの時点でローグの実力は聖装士と同列ってことになる。
──さて、死の雨の意味を教えてやろう。
そうして私は手を前に出し拳をつくった。
***
「──くそっ!」
試合開始直後からいきなりの雨の弾丸。雨が刀を撃つ衝撃を利用し、体を捻ることで何とか被弾を防げてるけど、それもそろそろ限界が近い。
さっきから一つ、また一つと体を掠めだしている。こんな状況、アウラの修業が無かったら全弾被弾で終わっていただろう。それでも避けるのに必死過ぎて攻撃の糸口がまるで見当たらない。
こんな状況化の中、俺はまだ悩んでいた。
アイラの仇は取れた。それが納得いくかは別としてだけど。その代償として命を差し出すのは覚悟していた。
その覚悟を揺らがせたのは助けたはずのメアリー。彼女がなぜあんなに庇おうとしたのかは皆目見当がつかなかったが、助けた人間が死ぬとか意味わからないだろう。
まぁ、さすがに俺の代わりに彼女が罰を肩代わりすることは無いとは思っているのだが、実際にそんな許可が下りてしまったら・・・。なんてことが頭の中をちらついてしょうがない。
それに、あの鈎爪の男からアイラのを殺した理由を聞いた時、殺す事しか考えられなかった。
でも、殺した後から徐々に一つの考えが頭から離れなくなっていた。
──俺と彼の違いはなんだ?
彼は自分の欲望を押し付けるためにアイラを殺した。彼は彼の都合で殺したんだ。
かという俺もアイラの仇として彼を殺した。結局、俺も俺の都合を彼に押し付けて殺したんだ。
確かに犯罪者である彼を殺す事には躊躇いは無かったし、殺したことでこれから彼の被害にあったであろう人達は助かるのだと思う。ただ、それは彼と同じことをした自分が許されるのか、それが俺にはわからなかった。
だからここで罰を受けてもいいんじゃないかなんて言葉が離れない。
だから迷うんだ。本気を出して抗うべきなのかを。
急に雨の弾丸がピタッと宙で止まった。
何が起きたんだと魔王に視線を向けると手を開いたまま俺の方に向けていた。一体何をするのかと注視していると、前に出した手をゆっくりと握った。
その瞬間──
「──がっ!」
止まっていた雨の弾丸が地面に降り注ぐのではなく、一斉に飛んできた。数万という数の雨の弾丸が。
「なんで本気を出さんか分らんが、お前がこのまま本気を出さないというのなら・・・殺すぞ?」
魔王が殺気を放ちながらこちらを見る。
何が殺すぞ?だ。さっきの攻撃、絶対俺を殺すつもりで撃ったくせに。おかげで体中が風穴だらけ、そのせいで痛みと熱が俺の体を支配しているようだ。
それが何故だか懐かしくて嬉しく思ってしまった自分は変わり者なのだろうか?
狩りをしていた時も、初めての武装大会も周りはみんな強かった。
アイラが死んで、アウラと出会って、霊窟で回路が増えて、それで修業して強くなって。
それからは手を抜く事ばっかり考えてた気がする。
アウラとの修行で強くなった実感はある。でも1年ぶりの武装大会は幼稚に感じたのも事実。そうでなければわざと負けるなんて発想が出てくる訳もない。
いま俺が相手にしているのは世界最強の一人。
自分がいくら強くなったからいって、手が届く存在なのかと言われたらそうでないのかもしれない。
───ちょっと本気で行ってみるか。
この時自分でも自覚してしまった。今までにない位口が吊り上がっていくのを。
「アウラ、そろそろ平気か?」
「やっと僕の出番かい?」
「あぁ。最悪は俺を止めてくれよ?」
「・・・え? ──まさかローくん!?また回路全開放する気なのかい!?」
「・・・かもしれない。そん時は頼むよ相棒」
「えぇぇぇぇぇぇ~~~~」
アウラが異常なまでに嫌そうな顔をしているのは見なかったことにしておこう。
一度刀を納め抜刀の構えを取る。
「ごめんリュールさん、今からでも遅くないか?」
「阿呆が、さっさと来い」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ。 ──切り裂く風」
「やっと使ったか。 ではこちらもいくぞ。 ──勇敢な追跡者」
俺が唱えた直後、魔王も唱えていた。
さっきみたいな魔法であれば風塊の壁で防げるかもしれないが、攻撃しない事にはこちらの体力が持たないかもしれない。
なんたってさっき一撃でこちらは満身創痍。対して魔王は無傷なんだ。攻める以外に勝つ手段は無い。そして魔王は丸腰なんだ。接近戦になれば必ず魔法で防ごうとするはず。それだからこその切り裂く風だ。
大地を蹴り、地面を粉砕しながら魔王の目の前まで近づき、刀を横なぎに振るう。
瞬間、いつの間にか魔王の後ろに現れていた九つの水の塊から一斉に水が射出され、真っすぐに俺へと向かってくる。
──速いっ!
俺よりも遅く唱えたはずなのに、届くのはあちらが先。
魔王の水は眼前に。俺の刀は鞘から飛び出したばかり。
すぐに踏み込んだ足を軸に体を捻り、さっきまで眼前に迫っていた水を空と一緒に見上げる。そのまま抜刀。迫ってきていた水を断ち斬る。
断ち切った水が飛散したのを確認し、反対の手でもう一つの刀を握った直後、飛散したはずの水が一斉に襲い掛かる。
「──なっ!」
再び体を撃ち抜かれ、地面に叩きつけられる。その衝撃で全身に痛みが走りすぐに態勢が立て直せない。
「──死んでくれるなよ?」
痛みと動揺で理解が追いつかない。
かすかに聞こえた声が終わると残りの射出された水が追い打ちをかけた。それも一度にではなく、タイミングを見計らったかの様に当たっては地面に叩きつけられ、その反動で体が浮きあがったところに追い打ちが掛かる。その度に体に穴を空けていき、痛みで意識が手放せない。
体を貫通する水が来なくなったのは、それを八回味わった後だった。
***
試合が始まった。
昨日の話でローグは聖装士である魔王リュール様と闘う事になった。
本当はローグの代わりに私が死ねばそれで事なきを得ると思えたが、彼はそれを良しとしなかった。
──ローグは私の事情を知らない。
まだ記憶が曖昧な程に小さい頃から親に売春を強要され続け、私の世界はそれが普通なのだと思えた。
そこら辺を歩いている家族もそういったことで金を稼いでいるのだと思っていた。
それが違うのだと気付いたのはいつぐらいだっただろうか。たまたま売られた先で相手をした男が私より年下だったことがあった。確かどこかの商人の息子だったと記憶している。
そして、その年下の男とした会話は、今の生活が普通だと思っていた世界を簡単に揺るがした。
「なんで売春なんかしてるの? 君可愛いから僕のペットになるならお金に苦労することは無くなるよ」
「えっ? みんなしているんじゃないの?」
「はっ? まじで言ってるの?」
「・・・」
「俺が払った金はどうしたの?」
「母様が受け取ったはずよ?」
「君には回ってこないの?」
「貰ったことなんて一度もないわ?」
「そういう事か。 じゃあ交渉するなら君の母君にしないとだな」
確かこんな内容だったのは覚えている。
この後、彼は母様に交渉したようだったが諦めた様な仕草だったのは、遠巻きに見ていても分かるほどだった。
戻ってきた母様にそこら辺の子供たちは普段何をしているのか聞いても──
「他人様の事情とうちは違うのよ。聞いた所で何も変わらないわ」
そんな一言で納得できるほど私は従順ではなかった。
それからは売春の度に男から話を聞いた。男達は行為の後で気分がいいのか、結構いろんな事を教えてくれた。大陸毎に国がある事、国の名前や聖装士、回路のこと、それに普段どんな生活をしているのか。私が得た情報はどれも私の世界を壊していった。
そんなある日、私の体に異変が起こった。
何も怪我をしていないのに血が出たのだ。それも売春で使う大事な場所からだ。
もうお金を稼ぐことが出来ないのではないか?、という両親に対しての申し訳なさと、もうしなくてよくなるのかもしれない、そんな想いが入り乱れる中、母様に報告をした。
それを聞いた母様は私の予想に反し、大喜びしたのだ。なんでも客の幅が広がるとか言っていた気がする。
次の売春の時、相手の男に話を聞くと母様と同じく男はとても喜び、再び行為に及びながら説明してくれた。
それを聞いて自分の体に起きた変化が何なのか初めて知った私は、初めて拒否をした。それを見た男の行為は更に激しくなり、顔を愉悦で染め上げていく。
その日から私は男が嫌いになった。
気持ち悪いと思った。そんな男達の子を産むのなど絶対にしたくないと。
男から話を聞いた日の夜、私は家を出る事を決意した。お金が無ければ生きて行けないと知っていた私は、リビングに置いてあったいくつかの装飾品を邪魔にならない程度に持って家を出た。
私が住んでいたのは技の国の首都テクノリア。売春相手から得た情報を元に、一番遠いいであろう商の国の首都ティーグへ行くことを決めた。それが十三歳の時だった。
それからは装飾品を売ったお金で安宿などで暮らし、適当な店に頭を下げ働かせてもらうこともあった。そんなやり方で少ない賃金を手に掴み、回路の使い方を学んだ。
それでもやっぱり男だけは気持ち悪かった。
レストランで皿洗いをしていても、客寄せをしていても、何をしていても吐き気がしてきた。
それからは銃を買うお金を貯め、狩りをしようと頭を切り替えた。
私の回路は運のいいことに両足だった。この回路があれば狩猟がそこらの人達よりもやりやすい。なんと言っても、狩猟なら卸業者に引き渡す時に顔を合わせるだけですむ。
銃を買うお金が貯まるまでの間だけは辛抱したが、お金が貯まると同時に狩猟を始め、それで生計を立てる事にした。
狩猟は私の心を少しだけ癒してくれた。
相手の獣が命を懸け、私も命を懸ける。そして勝った方が明日を生きれる。それが私にとってどれだけ充実感と生きているという実感をくれた。そのお陰か、以前よりは男を見れるようにはなったと思う。少し顔が固まってしまうけれども。
そしてあの日、ローグと二回目の闘いをした後、気絶した私が目を覚ますと両腕、両足を縛り、それと猿轡をされ、目の前にはニヤニヤと笑う両親がいた。
なんでも私が逃げ出したせいで支払いが滞り、借金までして私の行方を捜していたらしい。私を見つけられたことに歓喜していた両親だったが、私は終わったと思った。またあの生活に戻らなくてはいけないのだと。そして今度こそ、誰とも知らぬ男の子を身籠るのだと。
そんな私を彼は助けてくれた。まだ二回しか会った事も無いし、彼には彼の事情があったのだと話を聞いていれば分かった。それでも私の世界を守ってくれたのだ。
その時からだったのか、二回目に彼を見た時なのかは自分でも分からない。それでも、彼の瞳に見え隠れする憎悪、寂しさが私と同じに見えた。
初めて私は一人じゃないんだと感じた。
だから気付いた時には言ってしまったのだ。
「ではその罰を私が代わりに引き受けます!」と。
生きたまま自由もなく、男に遊ばれる毎日に戻るはずだった私は死ぬことの方が楽に思えたし、私の世界を守ってくれた恩人を助けられるなら何も後悔はないと思えた。
そんな彼が、いま私の目の前で何度も水に貫かれ、地面に何度も叩きつけられている。
初めてだった。
自分のこと以外でこんなに胸が痛くなるなんて思いもよらなかった。ざわざわと体の中を手でまさぐられているような嫌悪感。どうにかしたいのに見ている事しかできない自分が嫌いになりそうだった。
「──ローグ!!死なないで!!」
気付けば私は叫んでいた。
次話は7日、日曜日の午前8時投稿予定。
ご感想、ご意見等ありましたらよろしくお願い致しますm(*_ _)m




