後編 エロ配信中に身バレしてしまった私に何故か高難易度死にゲーが送られてきた
――GOKURO~shadows die double~――
送られてきたゲームは、有名な高難易度死にゲーだった。
はっきり言って、送ってきた奴の目的が分からない。
だって、脈絡がなさすぎる。
配信事故でネットの海にハレンチ動画が拡散されて、身バレして、脅迫文と共に送られてきたのが、何故かゲーム。
意味が分からない。
そこはエロアイテムを送って相手の反応を楽しむとか、体の関係を迫るとかじゃないのか。
ん? あれ? 私の思考がエロに染まり過ぎてるだけか? わからなくなってきた。
ただ、一つ言えるのは、何を要求されていたとしても、従わなければ住所が晒されてしまうという事だ。
つまり私には、従うという選択肢しかない。
普段ゲームをしない私は、このゲームソフトをプレイするための本体機器を持っていなかった。
値段として大体3万円。結構痛い出費だが、渋るわけにはいかない。
既にこのゲームの実況配信をする準備は整っている。
配信用アカウントのBANは一週間で解除されている。規約違反をしたのは一回目だからこの程度で済んだ。
あれ以来の生放送。正直緊張するが、やらなくちゃいけない。
私は配信を開始する。
『みなさぁ~ん。お久しぶりでぇす。みゅうみゅでーす。え~と、今日はいつもと趣向を変えて、ゲーム配信をしたいと思いまぁす』
意識して、今まで通りのキャラと声を作った。
配信を開始したとたんに、コメントが大量に流れた。
言うまでもなく、大半が前回の配信についての内容だ。
だけど、絶対にそのコメントには触れない。
絶対触れなきゃ何とかなる。こういう輩は、何も反応しないのが一番だ。
『あっそうなの~。今回はゲーム配信だから、みゅうみゅの顔はワイプで小さく表示されちゃうけど、ゲームを見てもらうためだからごめんねぇ』
ゲームの配信をするにあたって、顔を出すかは迷った。
正直声だけでもよかったんだけど、ワイプで確実に私がプレイしているという事を示した方がいいと思ったから付けた。
配信画面のレイアウトは海外の配信者を参考にした。
私の背後には、ホームセンターで買ってきたでかい木の板が設置されていて、部屋の内装が見えないようにしている。これ以上他の誰かに特定されないようにするためだ。
私の考えられる限りで、これ以上の被害を受けないように対策したつもりだ。
配信開始の挨拶を終わらせ、ゲームを起動する。
GOKUROのオープニングムービーが流れたのだが、正直びっくりした。
こういうゲームに触れたことがない私は、ゲームがこんなに綺麗なグラフィックだと知らなかったのだ。
自分で言うのもなんだが、完璧な初見の反応と感動を、リスナーに届けられたと思う。だって、実際に驚いたし感動したからね。
GOKUROは戦国時代を舞台にしたゲームで、主人公は忍者? 侍? よくわからないけど、パッケージの表紙にいるキャラクターを操作して敵を倒していくアクションゲームだ。
オープニングが終わり、キャラクターが操作できるようになる。
よし。やるからには、本気でやろう。
気合を入れて、コントローラーを握る。
『よーし! やってやりますよぉ……ん? あれ? え、なにこれ。あ……』
ちょっと動かしたらいつの間にか敵にタコ殴りにされていた。
え? これ死んだの? まだチュートリアルとかじゃないの?
画面の真ん中に大きく表示される死の文字。
ちらっとコメントを確認すると、罵詈雑言が大量に流れている。
元々最初からいた荒らしのコメントと混ざって、コメント欄は地獄みたいになっていた。
思わずアンチコメに文句を言いたくなるのを抑えて、純粋な視聴者のコメントのみ拾う。
コメントでは、8割9割荒らししかいないように見えても、絶対純粋に応援してくれてる人はいる。
荒らしにばかり構っていたら、そういう人たちがかわいそうだ。
というかそう信じなきゃこの罵倒コメントの嵐の中でやってられない。
丁寧に操作や、攻略のヒントを教えてくれるコメントに頼りながら、少しずつ進めていく。
そのおかげで、チュートリアルを終わらせた後、1時間程度で、最初のボスにたどり着けた。
最初のボスは、甲冑の侍みたいな奴だった。
正直に言うと、めちゃくちゃ強かった。
このゲームは、ガードを相手の攻撃にタイミングよく合わせると、相手のゲージを削れる。
このシステムが目玉らしく、スタイリッシュに動き回る相手の動きをよく見て敵を倒すのが良いらしいのだが……。
これが、ゲーム初心者の私にはとても難しかった。
ボスまでの雑魚敵には、このジャストガードは使わなくても誤魔化しがきいたのだが、ボスにはそれは通用せず、私は結局ここで2時間戦い続け、コメントの力を借りて何とか勝利した。
だが、本当の地獄はここからだった。
侍の次のボスが、尋常じゃなく強かったのだ。
“赤鬼”と呼ばれるそのボスは、主人公の2~3倍はある体躯をもつボスだった。
今までの敵キャラとは全く違う動きで攻撃してくるし、攻撃力もけた違いに高い。
特に、掴み攻撃が厄介なんてもんじゃなかった。反応できないくらいの速さで、広い範囲を吸い込み、掴んでくる。しかも、掴まれたらほぼ一撃で死ぬ。
正直やっててこれクソゲーだろ、と口に出しかけた。
結局、3時間かけても私はそのボスを倒せなかった。
時間を確認すると、もう配信開始から6時間も立っている。
こんな長い時間配信を続けたのは始めてだ。ずっとコントローラーを握っていたから指も痛いし、画面を見続けていたせいか目も疲れている。
正直、これ以上は無理だ。そう思った。
『え~とぉ……もういい時間だしみゅうみゅここらへんで終わるねぇ~。お疲れ様ぁ~ばいば~い』
逃げるように配信を切る。
最後にちらっとコメント欄を見たが、やっぱり9割は荒らしコメントだった。
さて、私は約束通り、送られてきたゲームを使って配信した。
送ってきた奴も間違いなく見てた筈だ。
ただ、まだ安心できない。あちらは私の情報を一方的に知っているが、私はあちらの連絡先も知らない。
あのGOKURO放送以来、あちらからのアクションはない。
数日たっても何も起こらず、常に気分が落ち着かなかった。
いつ個人情報が晒されるかわからない状況が、相当なストレスになるのは当然だった。
そうして考えてるうちに、なんだか無性に腹が立ってきた。
なんで私がこんな目に合わなきゃいけないんだ。
だいたい、私が何か悪いことをしたか? 何もしていないんだから、堂々としていればいいじゃないか。
そうだ。その通りだ。こうなったら私からあのふざけた謎の相手を呼び出してやろう。
男か女かわからないが、そいつは確実に私の配信を見ている。
そうと決まればすぐに取り掛かろう。
『はぁい、みんなこんにちはぁ。今日はぁ、皆に言いたいことがあってぇ……えぇ?』
いつも通り、配信を付けて、開始したのだが、いきなりおかしなことになってる。
コメントが荒れることは前回の配信からも分かっている。それはいい。それはいいのだが……。
今回の荒れ方は、今までとは全く違っていた。
“GOKUROやれ”
“GOKUROから逃げるな”
“極狼どうしたんですか?”
“赤鬼から逃げたみゅっさああああああああwwwwwww”
こんな感じで、GOKUROに関するコメントしか流れない。
大半が、とかじゃなく、本当に流れるコメント10割がGOKUROなのだ。
てかみゅっさんってなんだ。初めて言われたぞそんな言い方。
『ご、ごめんね~。ゴクロはこの後やります~。ちょっとリア友来ちゃったから一回配信きりまぁす』
コメントの雰囲気の余りの変わりように、思わず適当な嘘をついて配信を閉じてしまった。
ど、どうしよう。夜に配信するとか言っちゃった……。
私が狼狽えていると、ぴこんとメールボックスに新着メールの通知が来た。
私はなんだか嫌な予感がした。
メールボックスを開く。
一番上のメールのタイトルは『逃げるな』
恐る恐るクリックすると……
“今日中にGOKUROを配信しなければ、個人情報を晒します”
そこで私はようやく察した。
あぁ、このゲームをクリアするまで逃げられないんだ、と。
『はい。じゃあGOKUROやっていきます』
さっきコンビニにいってエナジードリンクや、おにぎりを買い込んできた。
私はもう本気だ。こうなったら絶対配信でクリアしてやる。
ゲームのロードが終わって主人公が動かせるようになると、コントローラーを握る手に力が入った。
ゲームは、あの3時間かけても倒せなかった赤鬼の直前で止まっている。
つまり赤鬼を倒せないと、先には進めない。
私にあいつが倒せるのか……。いや、倒すしかない。
『絶対倒すんで、みなさん応援してください』
最初の2時間は、全く歯が立たなかった。
いくら攻撃しても、相手の一撃で体力を削り切られる。
こんなの勝てるのかと弱気になりかけたが、自分の顔をたたいて気合を入れなおした。
状況に変化が生じたのは、配信開始から3時間ほどたったころ。
何故か、攻撃と回避のバランスが奇跡的に噛み合い、赤鬼の第一段階を突破できたのだ。
まぁ、その後すぐに掴み攻撃に引っかかってゲームオーバーになったのだけど……。
でも、この前進は私を大いに奮い立たせた。
前回と合わせて、6時間。これだけ長い時間同じ相手と戦っていると、いくらゲーム初心者の私でも、敵の動きが全く反応できない理不尽なものではなく、モーションごとに繋がりがあることが何となくわかった。
単純に言えば、そのモーションの間の隙に、攻撃を加え続けたら勝てるという訳だ。
こう言うと簡単に聞こえるが、実際は、一瞬でも迷ってタイミングがずれるとアウト。次の攻撃を避け切れずに被弾する。
常に集中しなければ即死するという戦闘は、かなり神経をすり減らす。
相手のモーションを把握し、その後派生する攻撃にまで意識を向けないと、勝利は見えない。
こんな作業が、ゲーム初心者の私にできるのは、多分このゲームの操作が超直感的だからだろう。
私が想像していた最近のゲームというのは、いろいろなコマンドやボタンを複雑に押さないと攻撃が出ない、というイメージだった。
でも、GOKUROは違う。攻撃ボタンは一つだけ。基本的にはそれしか攻撃できない。
これが、ゲーム初心者の私にとっては、助かった。いちいちボタンの操作に頭のリソースを割く必要がない。
少なくとも、自分のキャラクターが想像通りに動かせなくてイライラするなんていう事はなく、相手のモーションに集中できた。
配信開始から6時間経った。
体の疲労は確かにある。
だけど、私の中で何かが繋がりそうな感覚がある。
休憩なんてできない。
もう何回目になるかわからない挑戦。
『斬って斬って避ける。斬って斬って避ける。これは斬って避ける……』
声に出して、脳に染みつけた敵の攻撃モーションに対する対応を呼び起こす。
これをやるようになってから、第一段階は、6割程度は突破できるようにはなった。
見るな! 見るな! 赤鬼の体力ゲージは絶対見るな!
そんなところに視界のリソースを割いていたら一瞬で狩られる!
ものすごく長い間戦ってる気がする。
いつ終わるのか……。そう思った時、その瞬間は訪れた。
赤鬼の体勢が大きく崩れる。
赤鬼の体力ゲージを見ると、すべて削れていた。
つまり後は、攻撃ボタンを押して、止めモーションを出すだけ。
『ッしゃああああああああ! くたばれやあああああああ! アアアアアアアアア!』
赤鬼が消えていく。
今まで出したこともないような声が自分の喉から出てきた。
配信中は、特に声を作って可愛く見せていた。
少し前までの自分じゃ絶対に出さなかっただろう雄たけびにも似た声。
もうそんなことどうでもよかった。
私の心にあったのは、大きな達成感のみ。
『ハァ……ハァ……みんな……やったよ……ちょっと今日はもう……ムリ』
途中から、配信画面なんて一切見てなかった。
だから、配信を切ろうと画面を見た時、驚いた。
そこには、今まで私の配信じゃ見たことないほど、コメントが盛り上がっていた。
止めどなく流れる称賛のコメント。
なんだこれは……。服脱ぎ配信してた時より何倍も勢いがある。
そして、その中のコメントの一つが、私をまた驚かせた。
そんなまさか……。あり得ないよ……。
そう自分に言い聞かせながら、クリアしたゲーム画面を確認する。
私は、赤鬼を、ノーダメージで、倒していた。
ゾクっとした。
配信を止めても、興奮が止まらない。
今なら何でもできる。
そんな万能感が私を支配する。
――こんな、こんな世界があったなんて!
体の熱を冷ますために外に出る。
昨日まで、周り全部が敵に見えてたのに、今は全く違って見えた。
というか、赤鬼を倒したという事実が、私の精神を異常に強化している。
――なにこの人。人にぶつかっておいて何も言わずスルーするなんて。どうせ赤鬼も倒せないんでしょ?
――私は赤鬼倒しましたけど? あなたは倒せるんですかぁ?
無意識のうちにすれ違う人全員にマウントを取っていた。
結局そんな調子で30分ほど辺りを歩き回り、落ち着いたところで家に帰った。
眠れるか心配だったが、体は疲れていたようで、ベッドに潜ると一瞬で眠気が襲ってきた。
次の日、目が覚めると、あの興奮も鳴りを潜めていた。
胸に手を当てて、確認する。
うん、落ち着いてる。
でもすぐにまた別の感情が湧いてきた。
もう一度、あの感覚を味わいたい。
あの私の存在全部が世界に認められているような高揚感に、どっぷりと浸りたい。
朝食を食べているときも、通学中に電車に乗っているときも、講義中も、もうこの欲望が心を支配し続けていた。
帰宅し、パソコンの前に座る。
もう我慢できない。
GOKUROのパッケージを手に取り、眺める。
このゲームを送ってきた奴が、結局どんな目的を持っていたのか私にはわからない。
ただ、もうそれもどうでもよかった。
『はい。今日もゲーム配信していきまーす。いやぁ、今日はいけるところまで行くよぉ。なんたって私は赤鬼倒したんだからね! 余裕よ余裕。え? 赤鬼中ボスなの……?』
SEK○ROは面白いからマジでやってみてください。
あとフ○ムさんごめんなさい。