フィーリン商会エリンスフィール支店
あの後、殿下が気付いてからプレゼントを受け取ると、私たちはフィーリン商会が運営するカフェへと向かいました。
頼まれたケーキを殿下に試食をして頂くためです。
私が屋敷で作ってもよかったのですが、私が作るよりもちゃんとした料理人が作るほうがおいしいでしょうし、そのような時間はありませんでした。
そのため、フィーリン商会の料理人に頼むことにしました。
それに、私の頼んでいた事に関する報告書も受け取らなければなりませんし。
そのことを伝えると、殿下は驚いたような表情を浮かべ、感心するように口を開きました。
なにしろ、昨日受けたばかりのものですから。
普通であればもっと時間をかけて作るのが普通なので、驚く理由も十分に理解できます。
ただ、あくまでも、フィーリン商会以外の商会ですが。
「もうできたのか……。
昨日頼んだばかりだろう?
速いな」
「えぇ、以前本店でのみ取り扱ったことのある限定品を参考に致しましたので、そんなに時間はかかっておりません。
それに、今回試食していただくのはまだ完成品ではありませんから。
完成品は今回試食して頂くものを踏まえ、またレシピを変えていくつもりですので」
「ほぅ……。
新作を作る度そこまでしているのか?」
「はい、勿論です。
お客様から金銭を頂きます以上、妥協だけは何があってもしたくありませんし、お客様方からの期待だけは裏切りたくはありませんから」
フィーリン商会で扱うものは、何であろうとも妥協をするつもりはありません。
一度妥協をしてしまえば、あとは扱う商品のレベルが下がっていくだけになってしまいます。
だからこそ、私はフィーリン商会で取扱う商品への妥協は許しません。
だからこそ、フィーリン商会の品に絶対の自信を持っています。
それが、私のフィーリン商会会頭としての在り方なのです。
「ここか……。
相変わらず混みあっているな」
殿下の言う通り、店の前には長蛇の列ができていました。
そして、その言葉からすると、いつもこのような様子なのでしょう。
会頭としては嬉しいですが、お客様には申し訳ないですね。
早々に改善できるよう、何か対策を考えなければいけませんね。
「そうですね。
ですが、エリンスフィールでもこれだけの人気があるとは思っていませんでした」
まずは、本店の移動を急いだほうがいいかもしれませんね。
広さも十分に取る必要がありそうです。
それと、この店舗の従業員を増やした方がいいでしょう。
これでは休憩もできないでしょうから。
こうして実際に来てみると、いろいろな改善点が見つかります。
やはり、報告書だけでは分からないことも多いですね。
一度、落ち着いた頃に全ての支店への視察へ行った方がいいかもしれません。
「殿下、こちらへどうぞ。
表からは入れそうにありませんので裏口から入ります」
「並ばなくても大丈夫なのか?」
「えぇ、上の一室を使おうと思いますから。
普通席に案内したとしても、発売もしていないものをお客様方の目にふれさせるわけにはいきませんから」
「それもそうだな……」
殿下は分かってくださったようで、素直に私の後をついてきます。
裏口のカギは当然閉まっていますが、カギはちゃんと持っているので問題はありません。
まだ商会を立ち上げたばかりの頃、何度かバカな貴族たちがゴロツキを雇い、店のレシピを盗もうとしたことがあるのです。
それ以来、どこの店もこうして常時鍵をかけることにしてあるのです。
それも、二重の仕掛けを施しています。
その辺は抜かりありません。
……偶に、一部の従業員が勝手に仕掛けを凶悪なものへと変更している時がありますが。
「こちらです、殿下」
二階へと上がると、私が訪れた時に使う執務室へと案内します。
そして、再びカギを開けようやく目的の部屋へと辿り着きました。
「そちらにどうぞ。
私はお茶とケーキを持ってきますので殿下は座ってお待ちください」
「あ、あぁ。
分かった、待っていよう」
殿下が頷いたことを確認してから、私は退出しました。
そして、丁度今から休憩に入るところの者を1人捕まえると、私はこの店の責任者を呼ぶように頼みます。
責任者の方がいないと何もできませんから。
勝手にケーキを取り出すわけにもいきませんし……。
そして、待つこと数分。
責任者が急いでやってきました。
相変わらず忙しい人です。
優秀なのですが、性格に難があるという大変面倒な人物なのです。
「お待たせいたしました、エリス様!
本日いらっしゃるのでしたら私に連絡して頂ければ……!
ケーキとお茶でしたらすぐにお持ちいたします」
「いえ、私がやります。
ニール、あなたは休んでください。
場所は分かっていますから問題ありません」
「いえ、そのようなことは出来ません!
エリス様にそのような雑務をさせるわけにはいきません!
そんなことをしてしまえば、私が他の者に殺されます」
ニールは孤児院育ちということもあり、働き口が見つからなかったところを私がこの店に誘ったせいなのか、私に対する扱いが丁寧過ぎるところがあります。
それだけ感謝されているということなのでしょうが、正直やりにくく感じる事も少なくはありません。
これでもマシな方なのですが。
「ニール、私はあなたが働きすぎて倒れるようなところを見たくはないのです。
あなた自身が気付いていなくても、確実に疲労は蓄積されているのですから、きちんと休むようにしてください。
それに、上の者が休まなければ下の者も休めないのですから?」
ニールの事が心配なのは本当の事です。
ですが、打算があったのもまた事実。
こうでも言わなければニールは休みませんから。
「うっ、承知いたしました……」
「きちんと休んでくださいね?」
「はい……」
少々落ち込んでいるように見えましたが、これは日ごろ休まないニールが悪いのですから仕方ありません。
多少の罪悪感に苛まれますが。
「優秀過ぎるのも困りものですね……」
思わず苦笑を漏らし、私はケーキとお茶を準備し、殿下のいる部屋へと戻りました。