元勇者とサキュバス
リースの手料理を堪能し一緒のベッドで寝た翌日、荒野の真ん中で俺は項垂れていた。
「……もうヤダ帰りたい。」
「…………(私の……セリフなんだけどなぁ……。)」
隣にいるのは領主の城から派遣されたサキュバス、これがまた何故かパツパツな執事服を着ており中々の目に毒な光景だ。
「本当に…………ヤダ。」
「…………。(隣にいるのも……怖いよぉ。)」
ジト目で横を見れば無理矢理作った引き攣った笑みを此方に返してくる。身長はそれなり、多分166cm程度の身長だ。髪は長く、目立つピンク色。瞳に至っては見るだけで相手を魅了する魔眼の持ち主なのだろう。だが本人はそれをあまり使いたくないのか現にろくに此方に視線は合わせないし合っても放たれる魅了は微弱だ。まぁ対人恐怖症な可能性もあるが……。
何故こんな歩くフェロモンみたいな奴と一緒に荒野にいるかと言うと単純に本当にホーンタイラントを26匹も倒したのか疑問に思った奴がいたのだ。
いやまぁ切り札にしたいとか言いながら実力を見ていないから気にしてたんだろうけどまさかの初日に大量にホーンタイラントを狩って来たものだからギルドから報告を受けたとある領主は自分の右手に改めて確認させようとしたのだ。現に連れていくように新しいホーンタイラントのご指名依頼書には記載されている。
問題はこれがギルドに着いてから即、この依頼書を持ったサキュバスに話しかけられた事だ。冒険者ギルドの中で色んな冒険者に話し掛けられてたサキュバスは何を思ったか俺が入って即俺に歩み寄り、「きょ、今日1日お願いします!」とか言いながら依頼書を出てきた。そう、ギルドに通さずに直接来たのだ。
個人指名依頼、当然ながらギルドを通すのが筋なのだが何故かテンパっているサキュバスは俺に渡し、その場で手を引きながらギルドから出ようとする。
このままでは変な誤解が始まりそうなので慌てて受付嬢に話を通し、依頼書を確認させ、これが領主からの依頼であると判明させた。
だが災難は続く、何分目立つサキュバス、街に出ればオドオドしながら俺の半歩後ろを歩き、道行く人が気にしながら通り過ぎる。
途中、昼飯用のご飯を買いに屋台に拠れば「おぉ、嫁さん?」とか巫山戯た事を言い出す奴もいれば「……人攫いにゃ売れねぇよ!」とキレながら包丁と鍋で立ち向かうおばさん、誤解を解こうにもサキュバス役に立たずに立ち尽くし、俺は1人1人に説明しながら朝の市場を抜けた。
そして荒野を通り、見つけたホーンタイラントに憂さ晴らしで近接戦闘を仕掛け、全身を細切れにしながら数をこなせばいつの間にか俺から20mは離れているサキュバス。理由は何かトラウマを思い出すとか……。
どんなトラウマだと思いながら無理強いせずにホーンタイラントを狩り続けたのだがお昼を過ぎた辺りで近くのホーンタイラントがいなくなり、半ば強制的な移動でまたも物理的な距離を離していたサキュバスが怯えながら何とか近寄ってくる。
別に俺が悪い訳では無いのだが何故かいたたまれない。これならミスティと一緒のがまだマシだ。
「……で、俺は何時までお前に付きまとわれるんだ?」
「……えっとですね、剣舞祭まででして……。」
「ちっ。」
(もうヤダ帰りたいよぅ……。)
その日、ランクが上がって金剛になった。かわりに精神がかなり摩耗した気がする。
摩耗した精神はリースに癒してもらい、そんな日々が剣舞祭まで続いた。そして剣舞祭当日、大盛り上がりの歓声を聞きながら俺は壇上にいるお偉い方々を見ながら汗をかいていた。
壇上の上に、来賓の席に、何か見覚えのある人物が領主と見知らぬ荘厳な厳ついおっさん(多分帝王?)と毛むくじゃらな獅子獣人と話している。
「ではこれより、剣舞祭を開催します。」
うん、何かニコニコしながら睨んでるのはどう見ても、あの時の城にいた王女な気がする。手を振ってるけど俺は見なかった事にしながら気配を消した。




