元勇者と交渉
ほんの一瞬ダークエルフの周りに魔法陣が薄らと浮かび上がるとそれらが砕け、幻術が解ける。
「あぁ、やはり驚きませんか。」
淡々と語るダークエルフ。彼女の口振りでは今まで実力差が有るから見破れているんだと思っていたがそうではなく、勇者の素質で見破れる程度の幻術をわざと掛けていたのだろう。
「いえ、これでも驚いたのですが。……まぁ仮にそうだとしたら魔族たる貴女が勇者の前に立っている。それはとても危険なのでは?」
笑みをわざとらしく深めつつ、相手の出方を探る。見た所実力はあの小鬼の王より強いが誤差程度だろう。ならナイツ・オブ・ソードを使う必要も無い。収納してある数打ちの魔剣で充分だ。
何時でも抜ける様にしつつ、別室のリースのローブに着いているGPS機能で居場所も把握しておく。あのローブの防衛機能ならここの城の兵士全員で挑んでも突破するのに最低4日は堅い(目の前の魔族等も含めて)。それだけ時間があれば救出は容易だろう。
後はどうやって俺が此処に来たのかなどの痕跡を消すかだが今度こそ『力有る言葉』で記憶を消すしかないだろう。王女(笑)の時のようにミスはしない。
だがダークエルフは先程までの胡散臭い微笑みを消すと無表情になる。
「私達を消してもいいですが……既に伝令が皇帝の元に向かっています。優秀な魔純塊の冒険者なので幾ら貴方でももう間に合わないのでは?」
言われると同時に小型の「透過の水唱剣」を指先から落とし、広範囲を確認する。だが既に大分離れているのか反応は無い。
「それに、王国にいる部下からの私への定時連絡時に違和感を感じたら貴方の情報が王国にて流れる様に細工してあります。精神操作系でも違和感なく操るのは無理です。少なくとも、私が知る限りですが……。」
言われた言葉は事実だ。俺は精神操作系が苦手でその手の魔術はろくに知らない。一応叡智の大書庫に記されているがそれを学ぶぐらいなら『力有る言葉』の方がまだ楽だ。だが『力有る言葉』では細かい命令は苦手であり、何より相手の実力に寄っては効果が薄くなる。
見た所目の前のダークエルフは戦闘能力的には惑わす方が得意だろう。なら『力有る言葉』の効きは小鬼の王より効きにくいだろう。
「そして私自身は貴方と敵対するつもりはありません。私の目的の為に、少し力を利用したいだけです。」
そして目の前に別の書類を取り出したダークエルフ。それを受け取り読むと先程の条件に魔純塊では無く魔金剛になるように指示が足されている。
「端的に言います。帝国内での私の切り札になって頂けないですか?」
「俺に受ける意味が無いんですが?」
「私の部下からの報告、及びここ最近の魔毒の森での異常状態。黒錆びの主が消えてからの日時と呼ばれたであろう日時との差、それらを考えて貴方は最初、目立ちたく無かったのでは?」
どうやらコイツはあの世界での妖怪の主みたいな性格なのだろう。ありとあらゆる策を使い、理を引き寄せる。いや寧ろ理を引き摺るか?とりあえず、嫌いなタイプで間違いない。
「最初呼ばれた貴方は何故かは分かりませんが王国から逃げ、この領地に来た。理由は……凡そ王国との間に同じ国力の帝国がいたから。」
此方の眼を見ながら話すダークエルフ。それは俺の眼の動きで合っているか調べているのだろう。本当に、このタイプの奴は嫌いだ。
「そこで平穏に暮らしていたはずです。ですが、何故かは分かりませんが貴方はこの世界で関わりのない小さな少女を拾い、その子を育てる決意をしたのでしょう。そして、その子との出会いで貴方は少しずつ世俗に関わり始めた。」
にこりと微笑んでみるがイライラを隠しきれてる気がしない。今にも切り捨てたいが我慢している。
「そして、この前の小鬼の軍勢の撃破、これにより貴方は存在が大勢に知られるでしょう。人の口には戸が立ちません。私以外でも調べた末に貴方に辿り着く者は出るでしょう。全く無名の冒険者が小鬼の軍勢を単騎討伐。この場合、問題なのは全くの無名である事です。その話が王国の、王女の耳に入ればきっと思うでしょう。……もしかして勇者では?と……。」
「……で?」
もはや隠す気も起きずに笑みを消して半眼で軽く睨みながら続きを促す。もうこの後何言われるかは流石に分かる。
「私が表に立ちましょう。帝国のでは無く、私の切り札として遇すれば今まで無名だったのも多少は納得されるかと。」
「代わりに俺はお前の馬車馬にでもなれと?」
「いえ、私も貴方を御せるとは思いません。ですので偶に、そう偶に私のクエストを受けて頂くとか程度です。」
「……提案はかなりいい方なんだろうな……きっと。」
はぁ、と軽いため息を吐きながらもう一度契約内容を確認する。
然程困る内容は無い。実力が知られるのは嫌だが小鬼の軍勢を討伐した時点である程度予想もついてはいた。だからどちらかと言うとこのダークエルフの提案はかなり有難い。だが如何せん貴族としても魔王としてもダークエルフの思う通りになるのが気に食わない。
駄目だ。初めて妖怪の主にコケにされたのを思い出して腹が立つ。
契約書を見るが中々書こうと思えず、どうするか漠然と考えていた。
そんな時だった。
「……どうやら足りないみたいですね。でしたら私の裁量で貴方の娘を学園に入れるように手引きを「分かった。受ける。」…………いえ、言っておいて何ですが受けるの速すぎませんか?」
何故か奇妙な者を見るような視線を複数受けたが何故俺がリースの為になる事を断ると思ったのだろうか?




