元勇者と小鬼の軍勢(先遣隊)
時刻は夕方、一応まだ泊まる予定の俺とリースは村外れのテントの前で料理の下拵えをしている。
即席で作った小さな台の上で子供用の包丁を片手に真剣な表情で野菜の皮を剥くリース。
その横では俺が一口大に切った鳥もどきの魔物の肉を塩と香辛料(あまり辛くない)をまぶし、少量の酒で揉み込む。
持ち主が切られることの無い魔剣型の包丁とはいえリースは肉を切るのは躊躇う(食べる時は嬉しそうでとても可愛い)のでもっぱら野菜などがリースの専門だ。
辿々しいが綺麗に皮が剥けると嬉しそうでとても和む。具体的には近くの家の爺さんが木の陰でポロリと涙を流す程には和む……いや、爺さんは感動しているのか?
まぁ今日からはその隣にミスティがいるので陰で見守る人物が怪しい集団に化けたが……。
「おとーさん、お野菜むけた!」
お手製のザルに剥けた野菜を入れて見せてくるリース。その頭を撫でたいが今肉を揉んだので触るわけにはいかない。
「そっか、おぉ!綺麗に剥けたな。リースはいいお嫁さんになるなぁ。」
勿論、そうそう嫁にやるつもりはないが……。
リースを大切に想い、何よりもリースを一番にし、悲しませず、経済的にも余裕のあり、俺の全力を一発は耐えられる程度の男じゃなければ嫁になぞやらん。
にこにこ笑いながらそう考えているとリースはより嬉しそうになると「おとーさんのお嫁さんになる!」と言った。
父性としての面ではもう吐血する程に嬉しい。……けど、奥底の一部分で嗤う俺がいる。
だが嬉しい事に変わりはないので笑みを浮かべて「ありがとうな。」と言うが一瞬の間はあった。
それに何か感じたのかリースは不思議そうな顔をするがすぐ様にこりと微笑むと鍋(非常に軽く、材料は調べてはならない)を取り出して近くの焚き木にセットする。身に纏うローブの効果で一切火傷なども負わないがそれでも火を扱う危険性は説明しているので包丁を使う時と同じように真剣に行動している。
だがその時点で木の陰に隠れる変人共に気が付いたリースはガランと鍋を落とし、その音に更に驚いて慌てて俺に駆け寄るとローブに潜り込み抱き着いてきた。
「……あぅ……。」
「……やっぱりまだ怖い?」
「……ちょっと……怖い…でもね、おとーさんと一緒なら大丈夫だよ?」
抱き上げてぐるぐる回り、リースと遊んだ後に焚き木の火が消えかけていたが些細な問題だ。
時間は過ぎ、深夜……。
隣で寝ているリースを起こさないようにベッドから出るとそのままテントの外に出る。
何時ものローブを身に纏い、テントに結界を張りながら[透過の水唱剣]を取り出し地面に落とす。
リーンと鈴の音が響き、横の木の陰で寝ている存在と自分達の家がある方角の更に奥にいる存在を認識する。その方角に一歩足を踏み出すと声が聞こえた。
「どっか行くの?」
寝ていた存在は足音で起きたらしく、立ち上がると近寄って来た。
まぁ当然だが近くにいたのはミスティであり、俺が逃げる様に勧めに来たのだろう。
「あぁ、ちょっと散歩。」
「……農家、ハッキリ言うけど時間は少ないからさ、出来れば自己で来て欲しいけど……明日の朝までに結論出ないなら無理矢理にでも連れてくよ?」
「……よっぽど切羽詰まってんだな。」
「おろろ、農家は分かってないみたいだけどさ、今回の小鬼の王はゴブリンキングじゃない……辺境伯様の諜報部隊が命からがらで手に入れた情報では種族がゴブリンロード、名前有りのだよ。」
「…………。」
「辺境伯様は事態を重く見て魔純塊クラスを二人雇ってる。魔銀は私を含めて十人も……。これでも足りるか分からない。」
「…………。」
「私はさ、死にたくないから……。でも逃げられないから……。だからさ、私が生きるには農家がいた方が確率が高い。だから、死なせる訳にはいかない。」
「…………。」
「明日の朝まで……だよ。お休み。」
背を向け歩くミスティ。俺はその背中に向けて魔術を放つ。
「……え?」
「{スリープクラウド}。」
ミスティの周りに半透明な雲が現れる。最初の頃に付け回して来たミスティを撒くために使った魔術であり、効果はそのまんま雲に触れたり吸ったりした生き物を眠らせるだけの魔術だ。
そのまま雲に触れたミスティは倒れ、俺は抱き留めると木の陰に腰掛けさせる。適当な魔獣の皮を毛布がわりに掛け、もう一度[透過の水唱剣]を取り出し地面に落とし、位置を確認する。
「……へ?」
間抜けな声が出たが理由は単純で、すぐ側のテントの入り口に小さな反応があったからだ。
ゆっくりと振り返ると出て来たテントの入り口の縁、少しだけ開いている部分から顔を出してこっちを見ているリースと目が合った。
「…………。」
「…………。」
数秒の間の後、リースはおずおずと出て来るとジーと俺を見ている。
「……おとーさん、どっか行くの?」
「……あー、ちょっと散歩?」
「……。」
「ごめんなさい嘘です。」
嘘を吐いた瞬間に何故か悲しそうになったリース。堪らず心が折れたのですぐさま謝った。
「……どこ……行くの?」
「……敵の所。」
言った瞬間に抱きついて来た。グリグリと頭を押し付けるのはリースの不安の現れだと知っているので頭を優しく撫でる。
十分程頭を撫でると落ち着いたのかリースは離れると涙で赤くなった目元を擦りながら手を降っている。
「おとーさん、がんばって!」
冒険者に怒った時と同じぐらいの声量で応援するリース。本当は止めたいのだろう。ポロポロ涙が出ている。
「おう。任せとけ。」
そう言い、抱き上げておでこにキスをする。何となく犯罪臭がするが効果は覿面で、泣き止んだリースは頬をチョッピリ赤くしながらおでこを押さえていた。
下ろすと同時に剣を取り出す。
スキル[ナイツ・オブ・ソード]にて作られる自身の最強の一角たる力、それを抜いて進む。
目指すは小鬼の軍勢、その先遣隊。
感覚的には枝で十分だろう。なのでこの剣を使うなら小鬼の王ぐらいだ。
森の中を進み、途中で良さげな枝を折って持って行く。途中で剣が邪魔になったので戻したがカッコ付けでリースに見せただけなので後悔はない。
五分程全力疾走すると先遣隊らしき部隊が見えたので本体と纏めて結界に閉じ込めた。
一万の軍勢全てを結界にとじこめると同時に襲い掛かって来る赤い帽子を被った小鬼、確かレッドキャップと呼ばれる魔物だったか?
それらを枝で殺しながら本隊へと向かう。途中で多少強そうなレッドキャップがいたが枝を避けきれずに他のと同じで真っ二つになった。
そのまま殺し尽くすと緑色の帽子とマントを纏う屈強なゴブリンが大量にいる。
どうやらこれが本隊のようだ。
リースは人が近くにいると小声で喋ります。
人が近くにいないと活発になります。主人公と一緒の家では時たま鬼ごっこしたりもしています。




