元勇者と少女、村にて振る舞う。
衰弱し、藁の上に寝ている婆さんは以前立ち寄った村で美味しくない食料を売っていた婆さんだ。
他の屋台の人達は美味しくない食料を美味しいと偽っていたがこの婆さんは違い、一口食べさせたりしながら美味しくない理由を旅人達に説明していた。
そのお陰か余り売れ行きは良くなかったがあの世界で散々悪意や虚偽に塗れた生活をしていた事のある俺には嘘偽りの無い婆さんの言葉は信用でき、更には余り売れないからとオマケまで付けてもらったこともある。
少なくともこの世界で初めて優しさを感じたのはこの婆さんからだ。
必死に頼み込むウルドを横目に俺は抱き上げていたリースを下ろし、[翡翠の回剣]を取り出した。
一応知り合いだし、何より、こういった出会いは大切にするのが信条だ。
ただ、俺が右手に[翡翠の回剣]を取り出すと何を勘違いしたのか慌てて婆さんの前にウルドが立ち塞がる。
「な、何する気だ!」
いや、治すんだよ……。
如何に[翡翠の回剣]が優秀でも死人は治せない。それは神の身技であり、人に使用は出来ないし、して良いわけがない。
そのまま近寄るとウルドが俺に飛び付き食い止めようとする。大方剣を取り出したから苦しまない内に殺そうとしていると考えられたのだろう。
だが今ウルドに構っているつもりはない。飛び付いてきたウルドの手を左手で掴むと力を入れないように優しく捻り、背中から背後の床に落とす。
「ごぶは!」
背中から落ちた為に空気を全て吐き出したウルドは苦しそうに咳き込みながら多々上がろうとする。
そして再度飛び掛かろうとした時にその前にリースが両手を広げて立っていた。
「ど、どいて……⁈」
「だ、ダメ…………おとーさん、治すもん。」
リースの怯えているであろう表情に驚いているウルド、に見えるが実際はリースの後ろに立っている俺がちょっと殺意と敵意をウルドに飛ばしていたりする。
何故リースが立ち塞がっているのか分からないが、リースが怯えながらも自分から立ち向かっている。子供の成長に喜びながらももし何かあったらを思うと嫌なので飛び掛かってきたら全力で刻むと心に決めただけで無理矢理抑えている殺気が少し漏れて(漏らして)ウルドに届いているのだ。
余りにも強い殺気に当てられたウルドは腰が抜けて座り込み、それを後ろ目に見ながら[翡翠の回剣]を婆さんに掠らせる。
途端に見えていなかった濁った眼の奥に光が差し、しっかりと目が合う。
「……あんれまぁ、おめぇさん死んじまっただが?」
「いや生きてるよ。久し振りだな婆さん、体調どうだ?」
言われた婆さんは手を動かし、指をわきわき動かし、ゆっくりと体を起こして座りに移行すると身体を揺らす。
「……おぉ、腰の痛みもなぐなって…………此処がぁ死後のせかいだか?」
「んなわけあるか。ほら、家族が待ってるぞ。」
そう言い、俺が横に移動すると腰を抜かしているウルドと婆さんの視線が合う。お互いに瞬きを数回すると同時に涙を流して立ち上がる。
「ば、婆ちゃん…婆ちゃん!」
「ウルドォ……ぉ、オメェさ……。」
ウルドはよろよろと婆さんに近寄り、そんなウルドを婆さんは向かえるように……。
「婆ちゃーーーん!」
「どごさいってだがぁ!」
「へぶらばぁ⁉︎」
右ストレートを放った。すごいな、格闘技に精通していてもおかしくない程に綺麗なフォームだった。
婆ちゃん渾身の右ストレートはウルドの顔に綺麗に入り、近寄ってたウルドにはカウンター気味に入った為か藁の床に倒れ込む。
殴られた場所を押さえながら婆さんを見ているウルドは理解出来ておらず、え、なんで⁈みたいな顔で見上げていた。
対する婆さんは涙を流しながらも赤くなった手を押さえることもなく、ウルドに近寄る。
「なげぇ命さ投げだずことばしだ⁉︎好ぎな人さ会うまで死ねねぇ言っでだろぉ!」
そこでやっと理解したのだろう。婆さんが殴った理由はウルドの自分を顧みない行動に対して怒っているのだと……。ウルドは頭を床に擦りながら謝り、婆さんは暫くずっとウルドを説教していた。
その様を最後まで見る事なく俺はリースを連れて小屋を出る。
リースは婆さんを救えた事が嬉しいようで腕の中でにこにこ微笑んでいた。
小屋を出るとすぐに見える食料の山、それに群がる村人達はまだ比較的マシな人達だろう。だが小屋から出ようと這いずっている者も何人か見える。
立つ事すらままならない人達ははっきり言って婆さんの症状に近い程に弱り切っている。
涙を流しながら這いずる姿は中々にくるものがあり、リースを抱き上げたまま小屋の中にいる人達に順番に[翡翠の回剣]を掠らせながら歩いて行く。
途端に歩ける様になった人達は慌てて立ち上がると礼を言いながら食料の山に行き、そこにいた他の村人達から心配されながらも食べ物を頬張っていた。
普通だったら重湯とか飲ませるべきだが[翡翠の回剣]によって体調が良くなっている人達は元気に食べ物を食べている。むしろ最初に群がっていた人達の方が重湯を飲んだ方がいいのかもしれない。
とりあえず村の真ん中で火を起こし、大きな鍋を作りその中に粟や大麦を入れ、雑穀がゆを作る。大きめの鍋の中で雑穀がぐつぐつと煮え立ち、横で持ち主は絶対に傷付かない包丁(魔剣)で野菜と肉を小さく切ったリースがやり遂げた顔をしながら褒めてと顔を寄せてきたので肉と野菜を鍋に入れてから抱き上げてくるくる回る。
どうやらお気に召した様で「わー!」とか「きゃー!」とか楽しそうに笑っている。暫く回っていると周りの暖かい視線に気が付いたリースは慌てて俺の後ろに隠れ、それに対して集まっていた村人達から笑いが溢れた。
リースが人前なのにはしゃいだ理由は森の側の村なので家の近くと勘違いしたからです




