元勇者、村にて再開する
寄ってきた男は今下ろした男の事をウルドと呼んでいた。まぁこれだけ狭い開拓村だ、殆ど全員が顔見知りなりの知り合いに決まっるか。
寄って来た男はフラフラとしながらもウルドに掴みかかる。見た感じひょろひょろなので治したウルドの方が力は強いだろうがウルドはされるがままだ。
「オメェ!何処行ってたんだ!婆さんはもう目も見えないでずっとオメェのこと呼んでんだぞ!」
「ご、ごめん……。でもあのままじゃ皆んな死んじまうから森に……。」
「オメェ、森に入ったのか⁉︎森ん中は魔物がうようよいんだぞ!死にてぇのか!」
ウルドは入ってはいけないのを負い目に感じているのか声が尻すぼみになっていく。対して男は拳を握り締めて殴りかかった。
だが……。
「そこまでにしてもらって良いか?子供の前なんだ。」
横から手を出して拳を受け止める。受け止めた拳には力なんて全く感じない。元はガタイの良い男だったのだろうけど度重なる飢えでここまで弱っているのだろう。なら尚更速く婆さんとやらを治さなければ死んでしまうだろう。
何より、リースがウルドが殴られた瞬間に怯え出して俺に頭を擦り付けている。昔の記憶を思い出したのかもしれない。
受け止められた男は俺の事を怪訝そうな顔で睨んでくる。まぁ外に出るからとローブ深めで被っているし、認識阻害も軽く掛かっているのでいるけど気が付きにくい不思議な状態だからなぁ。
「……オメェ誰だ?」
「ウルドに助けを求められた。だから来た。一応冒険者。」
受け止めていた拳を離し、懐から銅色のタグを取り出す。それは冒険者全員に配られる冒険者としての証であり、階級を示すものでもある。
「……。」
「事情は知らない。けど重症なんだろ?速く案内してくれないか?」
「あ…こ、こっちだ!」
こんな事をしている場合じゃないと思い出したのだろう、ウルドは村の真ん中にある小屋へと走り出す。
「……んだよ。そんな軽装で何が出来んだか……。」
ウルドの後を付いて行こうと歩き出すと男は通りすがり様に小さくぼやく。その言葉に漸く落ち着いて来た(ずっと撫で続けていた)リースはローブの中からちょこっとだけ顔を出すとたどたどしくも喋り出す。
「……あ…あのね……おとーさん………ご飯………いっぱい……。」
その言葉に振り返った男とちょうど目が合ったのだろう、リースは慌ててローブに入ると俺に抱き着く。
「…何処にあんだ………よ………へ⁈」
俺は振り返る事なく歩き、男の言葉の最中に収納していた魔物の肉や果実、穀物を置いていく。いきなり目の前から食べ物が出て来た事に男は驚いたのか言葉がつまり、最後の方には間抜けな声が聞こえた。
そのまま進み、周りからの「食べ物だ⁉︎」と騒ぐ声を無視しながらウルドの入った小屋へと入る。
外の外観は酷かったが中もやはり酷かった。床板がわりに敷かれた枯れ草に、加工が行き届いていない壁や柱、屋根に至っては床と同じ枯れ草だが所々に穴が見える。
この村にはもしかしたら大工がいないのだろうか?そう考えながら叫んでいるウルドに近寄った。
小屋の中、壁端にベッドがわりに盛られているだろう枯れ草の側でウルドはしゃがみ、誰かの手を握っている。おそらくそれがウルドの婆さんなのだろう。
「婆ちゃん!俺だ!ウルドだ!もう大丈夫、みんな腹一杯食えるから!だがら、だがら、目ぇ開けてくれよ!婆ちゃん!」
もう遅かったのだろう、握っている手はシワシワで骨と皮しか感じられない。そんな手を握り締めながらウルドは泣きながら叫んでいた。
「…………ウルドかぁ?……そっけぇ…最後ば会えただなぁ……。」
ポタリと落ちた涙が手に当たると、酷く枯れ果てた声で婆さんは喋る。だがどう見てももう残りの時間は無いだろう。
普通ならそう考える。だけど今の俺はそれどころではなかった。
「婆ちゃん!死なねぇでくれよ!まだ、好きな人も会わせてねぇんだ!」
涙を誘うような言葉に光景。事実、リースは涙を流している。だが今の俺は涙以前に聞き覚えのある声に戸惑い、そっとウルドを押し退けた。
「あ、そうだ、なぁ、助けてくれ!婆ちゃんを助けてくれ。なんでもするから。」
横で叫ぶウルドには悪いがはっきり言ってそれどころでは無い。何故なら
「………………マジか。」
倒れている婆さんは骨と皮ばかりだが確かに見覚えがある人物。このファーブル国に最初に来た時に、いや最初にこの世界に来てから初めて善意を見せてくれた人物。
「……あーーマジかーー。」
屋台の婆さんがそこにいた。




