第21話「最強商人と厨二病の夜」
その夜も訓練だった。
「ふっ!」
ドリルによる神速の突きを放つ。
威力だけなら、ハッグの一撃を遙かに上回る高速回転ドリルの一撃だ。恐竜だって軽くなぎ倒すその突きを、ファフはアクビしながらかわす。
俺の武器である、ドリル槍、螺旋竜槍グングニールが空を切るが、それは予想済みだ。
「させん!」
ファフの回避先にヤラライが新しい黒針を突き出す。
黒竜撃針レーヴァテイン。
それがヤラライの新しい武器の名だった。
詳細は省くが、俺の螺旋竜槍グングニールに匹敵する武器へと生まれ変わっていた。
……。
なんでそんな恥ずかしい名前になったかといえば、ヤラライとハッグが新武器に螺旋竜槍グングニールような格好いい銘をつけてくれと頼んできたからだ。
根本的に、俺が名付けたわけじゃねぇよ!
SHOPが勝手に名付けたんだよ!
内心そう思いつつも、少年の様にきらっきらした瞳で迫られたら断れなかったのだ。なお、少年のような瞳を向けていたのは三人だった。ファフ……。
「俺の、黒針、竜すらも、打ち破れる、願い、込めたい」
「ワシャ、ドラゴンをぶち殺せるような名前がいいのぅ」
「お前ら、ファフを見ながら言う事かよ」
「ククク。まったく問題無いのじゃ」
「いいんかい」
ドラゴンさん自身が許可をくれたので、折角だから厨二病的な名前でも考えてみるか。やたら受けが良いからな。
そうだな……、俺のドリルに合わせた名前にしてみるか。
「黒針って名前は残しておきたいから……黒竜撃針……」
「ほう!」
「ぬっ!?」
「良いぞ!」
なんとなく頭に浮かんだ四文字を口に出したら、ヤラライが喜色を浮かべ、ハッグが明らかに不快になり、ファフがすんげぇ良い笑顔を見せた。
……喜んでるから、この方向性で行くか。北欧神話に槍ってグングニール以外にあったっけ?
思いつかないので、語感だけで決める。
「黒竜撃針レーヴァテイン。なんて——」
どうだ? と続けようとしたが、ヤラライの表情を見て、すでに決定であることを知った。
レーヴァテインはどんな形状の武器かハッキリしてなかったはずだし、ちょうどいいかもしれない。
「ええいくそ! 随分とかっちょいい銘じゃな!? ワシじゃ! ワシの番じゃろうが!」
怒りの表情で食いついてくるハッグ。
衿を掴むな! 苦しいわっ!
新生鉄槌にも、ハッグの願いを込めた新たな名前を付けてやった。
三人ともえらく気に入ってくれて嬉しいよ。くそ。
そしてその黒竜撃針レーヴァテインを、ヤラライはファフに向かって突き出していた。
精霊の力が余す事無くレーヴァテインに伝わり、炎を纏っていた。触れただけでも大やけどは間違い無いだろう。
どう見ても殺す気満々です。ありがとうございました。
業炎ヤラライ。
最近、冒険ギルドの冒険者たちで呼ばれているヤラライのあだ名だった。
若手エルフ最強どころか、すでにエルフの戦士たちからは、エルフ最凶と太鼓判を押されるようになっていた。恐らくグーグロウも認めるだろう。
業炎を纏った新しい黒針がファフを貫こうとする。
だが、ファフは炎で赤く輝く黒竜撃針を、事も無げに指で弾いた。
「ククク、ぬるいぬるい」
「ぐっ!」
流石、正体がドラゴンのファフだ。普通の人間なら一〇回は殺せそうな威力の攻撃を、軽く弾いてしまう。
余裕ぶっこいているファフの横から、巨大なハンマーが横薙ぎされた。
ハッグの新武器、竜殺鉄槌トールハンマーだ。
なお、槌とハンマーが被っているという文句は受け付けない。ニョルニルとトール・ハンマーで悩んだが、語感でこっちを選んだ。
ハッグの有り余る波動を受けて、組み込まれた水晶が雷を発生させる。
電光を纏い、さらに質量を大幅に増した鉄槌がファフを襲う。その電撃は触れただけで動けなくするだろうし、その質量で殴られれば、巨大なバッファローですら粉みじんになるだろう。
だが、これすらもファフはあっさりとかわしてみせる。
「ククク、遅い、遅いぞドワーフ。そんなんでは宝の持ち腐れじゃ」
「ぬおおおおおお!!!!」
俺たち三人の猛攻を薄ら笑みを浮かべながら余裕でかわし、時折デコピンを放つファフ。
デコピン、超痛ぇ!
そこに、それまで空で控えていたラライラが、満を持して理術を放った。
クックルに乗って、チャンスを見計らっていたのだ。
「空に漂う寒波暴風、舞え! 氷雪纏いて、全ての敵を御身のかいなに!」
ラライラが天高く掲げた杖は、世界樹の枝と、紅水晶と水晶を組み込んだ新しい武器だ。
ヤラライの武器を説明するときには省いたが、水晶は波動を、紅水晶は精霊理術を大幅に増幅する力があったのだ。ヤラライは精霊理術が不得意と言っていたが、炎の精霊や風の精霊を武器に纏わせているのにはこんな秘密があった。
そして、精霊理術も、空想理術も得意であるラライラが、国宝級の両水晶を使った武器を手にしたら?
本来広域攻撃理術である、吹雪の術を圧縮し、ファフ一人に発動する。
結果、ファフだけを包む範囲に、極冷気と鋭い雹弾が彼女に対して荒れ狂ったのだ。
竜朋新理ガンバンテイン。
それが、ラライラの新しい杖の名前だ。
嫁が喜んでいたから良いんだ……良いんだ……。
螺旋竜槍グングニール。
黒竜撃針レーヴァテイン。
竜殺鉄槌トールハンマー。
竜朋新理ガンバンテイン。
思わず武器の名前を並べて思い返してしまう。
すまん……誰か俺を埋めてくれ……埋めてくれ……。
「ククク、なかなか良いぞ!」
バキバキと音を立てながら、暴風域からファフが飛び出してきた。
身体中に真っ白な霜が付着しているが、効いている様子がまるで無い。
「クソが!」
こんなんじゃダメだ!
俺はサリーを取り戻す力を手に入れなければならない!
ファフの正体を知った俺たちは、遠慮なく、今ある全てをぶつけ続けた。
見学していた冒険者たちが、青ざめていたが、気にしない。
短い時間で、俺たち四人と一匹は疲労困憊、身体中から球のような汗を止めどなく溢れさせていた。
「ククク……もう終わりか?」
「ま……まだまだ!」
「ぬう! 終わらぬぞ!」
「俺、まだ、いける!」
と、俺たちが立ち上がったタイミングで、ぱんぱんと手を打つ音が勝負を遮った。
「はいはい。皆様その辺りで終わりにしましょう」
「クク? ワレはちと物足りないのじゃが……」
「なるほど、ファフさんはお酒がいらないのですね? 折角夜食と一緒に用意したのですが」
それまで椅子に座って見学していたチェリナが立ち上がり、ファフに背を向けた。
「酒!? 異世界の奴じゃな!?」
「はい」
「ククク! 訓練はここまでじゃ! 紅き娘よ! はよ! はよぅ!」
「はいはい」
一瞬で俺たちから興味を無くしたファフが、見えない尻尾を揺らしてチェリナに付いていく。
「皆様もどうぞ。冷たい飲み物と、夜食を用意してありますよ」
「うむ。今日はこれで勘弁してやるわい」
「ファフ、手合わせ、感謝」
「ククク」
ハッグとヤラライも武器を納めて、チェリナに付いていった。
そしてルルイルが用意していた夜食という名のご馳走を、我先にと胃に収めていくのだった。
「あの、アキラさん」
「なんだ?」
ラライラがぜーぜー言いながら、俺の横に来る。
「もしかして、一番強いのって……」
「言うな」
まったく、我が嫁ながら恐ろしい。
商売の神に一番愛されているのって、実はチェリナじゃねーのか?
本日、デンシバーズにてコミカライズ最新話アップ!
ヤラライも加わり賑やかに!
また、来月10/24コミカライズ単行本発売です!
合わせてお楽しみください!