第19話「最強商人と商戦の狼煙」
「これは……羊皮紙?」
「いや、紙……特に和紙と呼ばれる種類の、植物から作られる羊皮紙の一種と思ってもらえれば良いか」
「ほう」
「もともとヴェリエーロ商会で研究、すでに大量生産されててな、テッサ……元ピラタス周辺では人気の商品となってる」
「ふむ……これは……」
「ペンとインクだ。何か書いてみてくれ」
「……なるほど、これは革命的だ。引っ張ってみても?」
「サンプルならいくらでもあるからな」
「ふむ。かなり丈夫だな。羊皮紙ほどではないが、インクの乗りがやたらいい。すぐ乾いているか?」
「本来羊皮紙は水を弾くから、インクと相性が悪いんだよ。和紙はその辺の問題をクリアしてる」
「ふむ……おっと、少し破れてしまった。なるほど羊皮紙ほどに丈夫というわけでは無いのか」
「ああ、それに火にも弱い」
「それは仕方が無いだろう。むしろ火に強いものなど、鉄くらいのものだ。今まで帳簿のほとんどを羊皮紙か木版に記載していたが……なるほどな」
「今渡したのは、エルフの技術も取り入れた最新版の和紙だな。かなり薄く、白くすることに成功した」
「文字がきっかり読めるのも良いな。これは、うちの帳簿を全部入れ替えたいぞ」
「ヴェリエーロ商会でも同じ事をしたよ。木版の為の倉庫が丸々空いたと喜んでいたぞ」
「だろうな。なにより、木版よりも遙かに取り回しが良い」
「売れると思うんだが」
「間違いなく。というか、うちの商会の分はあるんだろうな?」
「必要ならいくらでも」
ニヤリと笑うアッガイ。
現状ではSHOPで量産してるので、数の制限は無い。
もちろん、現在テッサの和紙工場では大量の和紙を作製している。エルフの技術提供もあり、より効率的に作れるようになるそうだ。
「それと、こういう商品も考えてる」
取り出したのはTシャツやYシャツだ。
「服?」
「ああ、ただこれはセビテスから輸送するから、ちと送料が乗るな」
「アキラやエルフが来ている物に似ているな」
「ベースが同じだからな。Tシャツは現地で人気過ぎて品薄。ただ気候的にYシャツはある程度回してもらえる」
「ふむ」
「サイズを3つ用意して、とにかく量産する事でコストダウンしてる」
「量産といっても、針子を増やせば、その分コストは増すだろ?」
「その辺は色々考えてる」
アッガイは、椅子を触り、ホワイトボードに目をやる。
「まぁ、何か秘策があるのだろうね」
「すまないが、こっちはアデール商会ってところに任せる予定だ」
「了解した」
服は所詮布だ。馬車にぎゅうぎゅうに詰め込めば、一着あたりの輸送コストはそれなりに抑えられるのだ。
それはそれとして、近々アトランディア内にも、ヴェリエーロの縫製工場を作るつもりだ。
最初のミシンはSHOPから買えば良いのだ。
もちろん、ミシンを作っているセビテスから輸入するルートも並行して確立すればいい。
手紙と使者を出してあるので、近々返事と商品が来るだろう。
服に関してはサンプル以外、SHOPで量産する予定はない。そもそもスラムの復興が目的だからな。
「当面このあたりをメインに商売する予定だ」
「わかった」
「欲しいものがあったら言ってくれ。それよりも」
「わかっている。特殊部隊とやらの情報はしっかり調べておく」
「期待しているが、無理はするなよ」
「その辺のさじ加減は任せてもらおう。これでも世界最大の商会の人間だからね」
「頼りにしてるぜ」
こうして、俺たちは商戦の狼煙を上げたのだ。
◆
「押さないでください! 在庫は充分に用意してあります!」
「てめぇ! 今横入りしただろ!」
「なんだとぉ! それはそっちだろう!」
「……お前、間違い、そっち、横入り」
「なんだぁ!? エルフ風情が……あ」
横入りしていた商人が、ヤラライに睨まれて、ツバを飲み込んだ。
「今すぐ、後ろに、並ぶなら、何も、言わない。だが……」
「わっ! わかった! 並ぶよ! クソっ!」
吐き捨てながら列に並び直す商人。
まるで並ぶと言うことを知らない客たちを統率するのは一苦労だったが、エルフ部隊の前に、なんとか混乱無く運ぶことが出来ていた。
「馬車はこっちでーす! あっ! 木札を見える場所に下げてください!」
「あんた! 商談が先だよ! ここは積み卸し専用なんだ! 悪いけど駐めるだけなら宿かどこかに置いてきてくれ!」
荷下ろし場で、獅子奮迅の活躍を見せているのは、なんとクードにストッドだった。
シマウマとかいう、変な名前のギャングに所属していた下っ端である。
これはセビテスに出した手紙の返事と一緒に、二人が派遣されてきた事による。
元々手紙には、スラム改革でどうしても馴染めない奴がいたら、こっちに従業員として送ってくれと記していたのだ。
現在二人は住み込み従業員として頑張っている。
どうも、ミシン関係の仕事場は、その出自もあって、随分と肩身が狭かったらしい。
ストッドは相変わらず生意気だったが、仕事は熱心だ。だったら何も言うことは無い。
どちらかというとおどおどした態度だったクードも仕事に慣れてきたら、その表情が明るくなってきた。
良いことだ。
二人の口にあめ玉を放り込んでやったら、ストッドに子供扱いするなと怒られた。解せぬ。
ヴェリエーロ商会、アトランディア本部は、オープン初日から大盛況だった。
これは、作戦が嵌まったと言えよう。
時間を見つけては、俺は皇都アトラントの有力商会に足を運んでいた。
もちろん、商業ギルドに所属している彼らと、その場で商談が成立はしなかった。
だが、それでいいのだ。
大小関わらず、訪れられるだけの商会にばらまいてきた、商品のサンプル。
それこそが目的だったのだから。
途中から、旅の商人が集まる宿に焦点を絞り「今度こんな商品を商うつもりだ」と行商人たちにもペットボトルや和紙をばらまいてきた。
もちろん、その和紙は、商品の値段を書いた、いわゆるチラシだ。
綺麗に切り揃え、プリンターを使って印刷したので、手間はそこまで掛かっていない。
エルフによって改良された最新版の和紙でなければ、紙詰まりしていただろう。
現在テッサでは、この最新版の量産体制に入っている。
ペットボトルと和紙の話題は、光の速さで商人たちの間に衝撃と共に広がっていった。
「おい、お前! 黒髪の商人を見なかったか!?」
「一度来たが、それっきりだな」
「じゃあ!」
「ああ……サンプルをもらった」
「み! 見せてくれ! 店主! 酒とつまみを!」
「見せるだけだぞ?」
「わかってる!」
「これだ」
「なんだこりゃ……本当にガラスっぽい瓶なんだな」
「なんでもエルフの秘術で作られたもんらしいが、滅茶苦茶軽くて、便利なんだ」
「エルフだって?」
「ああ……。どうもこの国に来たばかりでな、その辺の事情を良くわかっていないようなんだが」
「これは……もしかしてアトランディアが攻め滅ぼしたら手に入る——」
「訳ないだろ。こんな精巧なのを、エルフ以外が作れるもんかい」
「そりゃそうだな」
「それで、これはどこに行けば手に入るんだ?」
「んー……」
「オヤジ! もっと高い酒を持ってきてくれ!」
「まぁどうせすぐに話題になるだろうしな。こっちを見てくれ」
「羊皮紙……じゃなよな?」
「ここに書いてあるとおり、和紙っていう新種の羊皮紙らしいが、値段を見ろ」
「……これ、マジなのか?」
「さあな? ただ、商会が完成次第売り出すからよろしくだとよ」
「場所は?」
「ヴォーレント通り。ほら、貴族の別荘があったろ」
「ああ、なるほど」
「しかし……」
「ああ」
「本当に、商業ギルドに所属して無くても購入出来るのか?」
「アキラって黒髪の男はそう言ってた」
「俺は行商人だから、そこまでうるさく言われないんだが……」
「ああ、この皇都の中で売り買いするとなると……」
「いったいどうなるんかね?」
「さあな? だが、もしかしたら、商業ギルドがかわるきっかけになるかもしれんな」
アトラントの酒場中で、こんな会話が繰り広げられていた。
結局。
この行商人は誘惑に負けて、馬車一杯のペットボトルと、買えるだけの和紙を積み込んで、故郷へととんぼ返りする事になったのだ。
神さまSHOPのコミカライズ単行本
10/24日発売です!
さらに! 書き下ろしSSが収録されることになりました!
現時点では、アキラの過去で上司の絡む話になる予定です。
漫画ともどもお楽しみください<(_ _)>




