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第8話「最強商人と生真面目な神官」


<side:ユーティス>


「それでは少しの間、留守にさせていただきます」

「本当に一人で大丈夫か? しばらくは単独行動禁止なんだけどな」

「もう街中ですし、少しくらいなら大丈夫ですよ。私の事はもうご存じでしょう?」

「まぁな。……いや、やっぱり決めた通り、俺かヤラライ、ハッグかエルフ護衛二人以上と一緒に――」

「アキラさんは心配性ですね」


 ()は思わず笑ってしまった。


「本当に大丈夫ですよ」

「そうか、わかった。とにかく気をつけろよ。あの金ぴかや、蒼槍野郎がいないとは限らないからな」

「はい。ありがとうございます。それでは」


 山と湖の国レイクレルの市壁に入ってすぐの事です。

 私は少し別行動をしたいと、アキラ様にお願いをしました。

 最初は単独行動を心配していたが、既に街に入っており、また、私が所属するアイガス教会の総本山があるのだ。私にとっては庭みたいな物だと、ようやく説得して、一人歩いている。


 久々のレイクレルでした。

 大きく変わっている場所の多かったのですが、やはり、懐かしい故郷といえるでしょう。

 訓練で何度も忍び歩いた裏路地を、音も立てずに進むと、孤児院での生活を思い出します。

 それは辛く厳しいながらも、アイガス様にお仕えしているという充実感で満たされていた日々でした。


 大木の根が絡み合うような複雑な街並みの一角、そこだけ深い影に沈んだような一角は、スラムと低所得住民の境目にあった。

 ちょうど、強大な教会施設があり、それが二つの世界を断絶し、奥と手前で別の世界を形成していた。

 低所得者たちは、違法の高さまで積み上げられた集合住宅で暮らし、スラムの人間は廃材や布きれの家で暮らしている。


 この教会施設は、一般的な教会と違い、常に礼拝を受け付けるような場所とは違い、立ち入りを禁止している場所です。

 世間からは教会の倉庫、兼スラムの防波堤として建てられたと認識されている。

 それがゆえに、この辺りは暗い雰囲気が漂っていた。


 私はそっと、人のいないのを確認して、隠し扉から施設に入ります。

 この入り口を知っているのはナンバーズだけ。

 ナンバーズとは、大地母神アイガス教において、暗部を司る、名前の無い部隊の事です。

 扉に仕掛けられた仕掛けが、中の人間に伝わっているはずなので、躊躇無く奥に進みます。


 途中、高い壁で仕切られた中庭を見ると、幼い子供たちが、複数のエリート教師たちに武術を仕込まれていました。

 この場所は、私が育った孤児院でもあるのです。


 細い階段を上がり、迷路になっている廊下を迷う事無く進み、一番奥の部屋の前に立ち、ゆっくりとノックしました。


「入りなさい」


 落ち着いた声が中から聞こえてくる。

 すっと部屋に身を滑らせると、書類から顔を上げたのは30後半から40くらいの壮年男性で「イレブン=111=ワン」だった。


「トゥエルブ=127=セブン? 誰かと思えば。長期の監視任務中のはずだが?」

「はい。その件でお願いがあり、参上いたしました」

「ナンバーズの中でもとびきり有能な127が、一体何の用があると?」


 111の表情に揺らぎは一切感じられなかった。鋼鉄の意志がそうさせているのか、特に興味がないのかはわかりません。

 私は今から口にするお願いの重さに、つい、ツバを飲み込んでしまうというのに。

 これを言ってしまえば、もう、二度と誰とも会えなくなる可能性が高いのだから。

 それでも、決意とともに、それを吐き出した。


「ナンバーをお返しさせていただきたいと思います」


 珍しく、いえ、初めて、111がわずかに片眉を持ち上げたのを見ました。

 鉄面皮の彼が見せる、初めての感情のような気がしました。


「それは、アイガス様を信じられなくなったという事かな?」

「違います! アイガス様に対する畏敬の念はいささかも失っておりません! それどころかより信心を深くしております!」

「ならばなぜ?」

「私は……知ってしまったのです。私が本当に使えるべき神を」

「それは、君が監視している使徒と関係あることなのだろうね」

「はい」


 長い、とても長い沈黙が過ぎていきました。


「今後、その神に仕えるつもりかね?」

「可能であるならば」

「ふむ。その情報は――」

「許可が無い限り、お伝えすることは出来ません」


 再び、長い沈黙。

 これは、もうアキラ様に会えなくなるのでしょうね。

 後悔は一切ありませんが……、願わくば彼らと共に歩みたかった。商売という新しい概念で人々を救う神の御許で、この身を朽ち果てさせたかった。


 ああ、これが後悔というものかもしれませんね。

 なぜか、私はクスリと笑ってしまいました。


 それを見て、再び片眉を数ミリ動かしてしまう111。


「死は、覚悟しているようだな」

「はい。この身、アイガス様に捧げた物ですから」

「それなのに、か?」

「それゆえに、です」


 三度長い沈黙。

 おそらく、111はどうやって私を処分するかと悩んでいるのでしょう。

 ゆっくりと動き出した111は、引き出しから空理具を一つ取り出しました。

 黒い金属の球体に、棒を差したデザインの、一般的な空理具です。


「動かないでいてくれたまえ」

「はい」


 111は立ち上がり、近づくと空理具を私の額へと、そっと当てました。

 これがどんな空理具かわかりませんが、私の死は確実でしょう。

 残念な事はいくつかありますが、このような終わりであるならば、私の人生は実に満たされたものだったでしょう。

 驚くほど穏やかな気持ちで、最後の時を待ちます。


「――この者にあたえし、神の御業、それ、汝破棄するかや?」

「え?」


 私はいつもの鉄面皮で見下ろす111を凝視してしまいます。

 しかし彼はもう一度同じ言葉を繰り返すだけでした。


「――この者にあたえし、神の御業、それ、汝破棄するかや?」


 それにどんな意味があるのか。

 ただ、アイガス様に与えられた物をお返しするのに否はありません。

 それが命であっても。


「はい。全てお返しいたします」

「――ここに契約はなった。神よ、あなたの身元にお力をお返しいたします」


 ふわりと、身体の周りに光の粒が舞った。

 ゆっくりと目を閉じ、終わりの時を待ちます。


「……」


 もう、私は地獄に堕ちたのでしょうか?

 ゆっくりと目を開けると、いつの間にか机に戻り、書類仕事を再開している111が目に入りました。


「え?」

「もう、神威法術は使えない」


 そうか、先ほどの空理具はそういう効果だったのですね。


「これを」


 混乱する私に、書類を一枚差し出してくる111。

 それは……。


「え?」

「次から来る時は、正門からにしてくれたまえ。ユーティス(・・・・・)アスガレイ(・・・・・)


 それは、レイクレル王国の市民登録票でした。


「それを提出すれば、正式にユーティス・アスガレイという個人になる」

「あ……」


 私は長い時間、頭を下げ続けた。


 ◆


 役所に寄ったあと、宿に戻ると、皆が忙しく動き回っていました。


「よう、ユーティスおかえり」

「はい。ただいま」


 私には帰る場所がある。帰る場所が出来た。

 今からアキラ様に、何があったのか、私の新たなる名前、これからの事を聞いてもらおう。

 実は餞別代わりに貴重な情報も仕入れられたのです。


「アキラさん、報告しますね――」


 私が商売神メルヘス様の聖印を受け取って、新たな神威法術を得たのはこの直後の事だった。



前回のあとがき、ちょっとわかりにくかったみたいなので補足。


デンシバーズさんにて連載中の漫画版ですが以下のようになります

5話公開     > 7/27

3話読めなくなる > 7/26


なので、早めに読んでおくことをオススメしますよーって話です(´ω`)

わかりにくくて申し訳ない……。

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