第6話「最強商人と最強タッグ」
「こ……これは……」
「さっき伝えた条件を守ってもらえるならば、アッガイさんに売ろうと思っている。どうだ?」
テーブルの上で、明かりを反射する見事な水晶の塊は、昔SHOPで購入した、巨大水晶を砕いた一部だ。
ハッグに砕いてもらい、様々なサイズを並べ、どれを売るのが最も金になり、かつ、世の中をひっくり返さないかを散々協議した上で選び抜いた水晶だった。
この大きさなら、辛うじて、稀に発掘される最大級であろうという事だった。
アッガイは震える手で、その輝く商品をそっと手に取っていた。
たっぷり十分は商品を確認したあと、アッガイがこちらを向いて口を開いた。
「こちらも条件があります」
「なんだ?」
真剣な表情、というよりは、何かとんでもない事を決意したという、汗だくな表情だった。
「私と、組みませんか?」
「組む、とはどういう意味だ?」
「言葉通りです。私と、アキラさんが、タッグを組むのです」
「詳細を聞かせてくれ」
「そうですね……」
アッガイは、無言で立ち上がり、しばしゆっくりと歩いた。
「まずは、私の事をお話しましょう」
「続けてくれ」
「私はアラバント商会長、アストラ・アラバントの三男になる」
まぁ名字が同じだから、血筋なのはわかってた。
「長男アルベルトがアトランディア本店の総責任者で、次男アデルがカルマン帝国の支社長をやっている。私がこのレイクレルの支社長だね」
「ああ」
充分凄い事だと思うのだが。
「ここからは内密にして欲しいのだが……」
チラリとチェリナ、ラライラ、ファフに目を向ける。
「三人とも、約束出来るな?」
「商人の嗜みですわ」
「もちろんだよ!」
「ククク……、まあ、よかろ」
アッガイは頷くと、自らのメイドを手で下げた。そこまでの話ということだ。
「ハッキリ言おう、私はアラバント商会が欲しい! 兄二人を蹴落としてもだ!」
俺は無言でそれを聞いた。
「もちろん二人とも充分に才覚はある。だが! 商才ならば、私が一番という自負がある! 父アストラよりもな! だが年功というのは簡単には覆せない! 大きな商売が舞い込んでくるアトランディアやカルマン帝国ならば、まだ一発逆転の目はあるだろうが、ここレイクレルでは堅実な商売はあっても、冒険出来るような話が出てこないのだ!」
今までの冷徹な商人の瞳に、野望という炎が燃えさかっていた。
話が見えてきたな。
「私は、これをチャンスだと思っている。兄たちを蹴落とすな」
「なるほど、だが……」
「大丈夫だ。この理力石をアトランディアに持っていくという話では無い」
「では?」
「だからこそ、一緒に組もうというのだ。アキラ、アトランディアで商売をする気はないか?」
なんてこった。
まさか、向こうからその話が出るとは。
俺はしばらく黙考する。
もともとここで資金を集めたら、すぐにでもアトランディアに行くつもりだったのだ。
出たとこになるが、そこで情報収集をしながら、商売をする予定である。
可能で有れば、アッガイにも協力を求めるつもりだったのだ。
「もう少し、話を聞かせてくれ」
「私は大々的にアトランディアで商売する事は出来ない。アルベルト兄のナワバリだからな」
「そうだな」
「つまり……」
そこでアッガイの瞳に暗いものがよぎる。
「私の代わりに、アルベルト兄の統括するアラバント商会と闘って欲しい」
「世界最大の商会と、戦争しろってのか?」
「ああ。地方のいち商会が……失礼」
「事実ですから気にしていませんわ。それよりもお話を続けてくださいな」
「ありがとう、続けさせてもらおう。向こうからすれば、荒野の果てにある地方商会がのし上がり、アラバント商会を揺るがすことになれば……」
「アルベルトの評価は下がり、後継争いで有利に立てる。と」
「そうだ! これは私に訪れたチャンスなのだよ! 諦めかけていた、アラバント商会を我が手にする最初で最後のチャンス!」
「熱くなりすぎだぞ」
「あ、ああ、そうだね。とにかく、アキラと組めば、それが可能だと、私の商人としてのカンが囁くのだよ」
「なるほど」
言いたいことはわかる。
無名の商会によって、アラバント商会が商戦で負けたとなれば、その評価は相当下がるだろう。
「すぐに約束出来る訳じゃないが、アトランディア皇国で商売をする予定はある。向こうで情報を収集した後での返答で良いだろうか? もちろん商会同士として、協力出来るのは嬉しい」
「ああ。それでかまわない」
「では、これを売るのはその後で――」
「いや、理力石は購入させていただきたい」
「共闘という意味で、必ず協力出来る訳じゃないんだぞ?」
「わかっている。もちろん共闘態勢が取れなくても、アトランディアに持ち込まないという約束は守る。もちろん値段にもよるけれどね」
「そりゃそうだ」
アッガイがニヤリと笑う。たぶん俺も同じ様な顔をしているに違いない。
チェリナはいつもの笑みだが、ラライラはどこか呆れたような視線をしていた。
「それでこれはおいくらでお売りいただけるのですか?」
鋭い商人の目つきに戻ったアッガイ。
事前にチェリナと相談した結果、可能で有れば1億くらいの値を付けたいということになっていた。
個人的には数千万単位になれば十分過ぎると思っているのだが。
チェリナに視線を投げると、小さく頷く。
「わたくしどもは、それを10億円でお売りしたいと考えております」
身体をピクリとも動かさなかった自分を褒めてやりたい。
気合いで表情を崩さず、不敵な笑みを維持した。
内心叫びたかったが。
「10億……ですか」
「はい。それだけの品だと思いますが?」
さらりと話を続けるチェリナに、思いっきり突っ込みたいところだったが、さもそれが当たり前という顔で頷くのが精一杯だった。
いくらなんでも10億は無いだろ!
「鑑定させていただいても?」
「もちろんですわ」
「ありがとうございます。少々お待ちください」
許可を取らずに、水晶を手に取って部屋を出て行くが、俺たちは誰も文句を言わない。
許可を求めてこない事こそ、自分を信用して欲しいという主張なのだろうと理解していたからだ。
「ふう……商談って緊張するよ」
「はは、学者肌のラライラには妙な世界だろうな」
「もしまた大学に行く事になったら、予算交渉はアキラさんかチェリナさんに頼むよぅ」
「ふふ」
「それにしても、吹っかけたなおい」
「値引き交渉もありますからね」
「かもしれんが……いや、ここからの交渉は任せるって決めてたからな」
「はい。お任せください」
「はー。チェリナさん格好いい……」
わかる。
待つこと数十分。
にこやかな笑みで戻って来たアッガイだったが、微妙に引き攣っているようにも見えた。
「確認させていただきました。こちら、1億2000万円でお取引させていただきたいのですが」
「まあ」
わざとらしく口元に手をやるチェリナ。
思わずそれで了承したくなる金額なんだが。
「品質は確認していただいたのですよね?」
「ああ。これほどの高純度な物は見たことがない。土小人にも確認させたが、純度も保証付だ」
ここでようやく、チェリナが吹っかけた意味を理解した。
水晶が良い物であるのはわかっていたが、どれほどの品質かというのはよくわからなかったのだ。
それを相手に見極めさせる目的があったのだ。本当に食えない女だな。
「ならば10億でも安いと思うのですが?」
「それは最終市場価格だろう? どうだろう、私が決済できる限界、1億と5000万で。その代わり即金を用意しよう」
「流石にそれでは、アッガイ様が儲かりすぎると思うのですが?」
「そうだな……、たしかヴェリエーロ商会は小麦の買い出しをこの都市でしていたはずだ。1億5000万と、小麦の現物1億円分でいかがか?」
「小麦……ですか」
チェリナが渋い顔をする。
そりゃそうだ。そんな大量の小麦をどうやって運べというのだ。
「おや? こちらの情報では、ヴェリエーロの本拠地と、シフトルームが完成したと掴んでいたのだが?」
「え?」
流石に、その情報には思わずチェリナも声を零してしまった。
「初耳ですわ」
「それでは、もしシフトルームが完成していたら、この条件を飲んでいただけないか」
「小麦の現物なら、倍はいただきたいのですが」
「運び込む人足と荷車、それにシフトルームの利用料をこちら持ちという事で許してもらえないか?」
「1億5000万円分の小麦とその条件で飲みましょう」
「決まりだな」
アッガイはチェリナと握手して、さらに俺と硬く握手を交わす。
商談が上手くいったのは良いが、速急に確認しなきゃいけない事が出来たな。
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