第22話「自由人と幸せの形」
チェリナに向かって、一緒になってくれと宣言してしまった。
正直なところを言えば、俺は一生誰かと一緒に生きるなんて事は無いと思っていた。
くだらない会社で、くだらない人生を過ごし、くだらない死を迎えるのだと、達観していたのだ。
あのまま日本にいたら、そうなっていたのだろう。
だが、この世界に飛ばされて、得てしまったのだ。大事なものを。
気がつかないようにしていた。もし、俺がそんなものを手にしても、きっと離れて行ってしまう、奪われてしまう、裏切られてしまうと。
だが、その大事なものは、去るどころか、追ってきた。探しに来てくれたのだ。
なら、俺は認めるべきだ。大事なものは何か。それを手にしたいという本心を。
「あー……言葉が続かないぜ」
「わたくしもですわ……」
わずかに涙を溜めて、嬉しそうに優しく彼女は微笑んでいた。
「一つ、提案というか、頼みがある」
「頼み……ですか?」
「ああ。出来ればなんだが、その、一緒になるのなら、お前の名前をもらえないか?」
「それは」
「ああ、俺の元の名前では無く、ヴェリエーロの名をもらいたい」
チェリナは二三度ぱちくりと目をしばたたかせた。
「どうやって、貴方をヴェリエーロにするか、考え始めた瞬間だったんですけれど。良いのですか?」
「どうせ捨てるなら、全て捨てたい。どうせ手に入れるなら、全部手に入れたい」
チェリナがクスリと笑う。
「贅沢ですね」
「ああ。欲が出たら、止まらなくなった」
「むしろ歓迎します」
「じゃあ、テッサに戻ったら……」
「何を言っているのですか。今から名乗って良いのですよ」
「それは……、その、両親にもちゃんと報告しなけりゃ」
この世界、自由恋愛は普通にあるが、有力な商人や貴族は、親の決めた戦略結婚させられるのが普通なのも、もう知っている。
「構いませんよ。むしろあの人たちが反対すると思いますか?」
「それは……」
旅立つ時、冗談交じりだったのかもしれないが、チェリナをもらってくれと、狸と妖怪は確かに言っていた。
「そうかもしれんが」
「大丈夫ですよ。仮に反対されたら、二人で家を出れば良いだけではありませんか」
にこりと微笑み、俺を見つめた。
ああ、それも良いな。
「わかった。俺は今からアキラ・ヴェリエーロだ。それでいいか?」
「はい」
燃えるようなチェリナとは思えないほど儚げに、うっすらと涙を流して微笑む彼女を見て、ああ、彼女を選んで良かったと、心の底から思う事が出来た。
『SHOPとコンテナが無制限解除されました。アンリミテッドモードになります』
……へ?
唐突に脳内に流れたいつもの声。
だが、そのセリフはいつもと大きく違った。
まるで水を差された気分だ。ムカつくから確認は後にしてやろう。ちくしょう。
「うー……ふぐー……ふぐー……」
大騒ぎするエルフたちの中から、聞き慣れた声も届いてきた。
胸にずきりと重く響く。
「アキラ、ヴェリエーロ……いやチェリナ」
ヤラライが神妙な顔で横に立つ。
「二人、結ばれるの、めでたい」
あまりお祝いする顔じゃ無いな。単純にいつも通りなだけかもしれんが。
「二人、同意してくれるなら、娘とも、結ばれて、くれんか?」
「……は?」
え、どういうこと?
「ヒューマンは、あまり、複数と、結ばれることは無い、と、聞いているが、無理では、無いのだろう?」
「え、ちょっと待て、それどういう……」
「アキラ……では疎いか。チェリナ、お前たち、嫁、二人いたら、問題あるか?」
それチェリナに聞いちゃう!?
「貴族や豪商であれば、普通にある話ですね。序列的なものが自然と発生してしまいますが……」
「ラライラ」
「ひゃい!?」
父親の唐突な奇行に言葉を失っていたラライラが、突然呼ばれて素っ頓狂な声を上げた。そりゃそうだろう。
「お前、アキラと、一緒に、なりたいか?」
「え!?」
「お前、人間社会、長かった。エルフ流の、好き合ってるものなら、自然と、一緒になる、風習が、苦手なら……」
「なっ! なりたい! 一緒になりたい!」
ヤラライの語りを遮ってラライラが叫んだ。
その表情には必死さすら窺えた。
「こ、これを逃したら、ボク後悔するよ! そりゃ、人間社会が長かったから、恥ずかしいけど……ボク! アキラさんの事が、大好きなんだ!」
どよめくエルフたち。
ひゅーひゅーと囃し立てているのは、スポーンのおっさんとファフだった。お前ら空気読めよ。
ユーティスは顔を真っ赤にしていた。
おおう、衆人観衆。
「アキラさんと一緒になれるなら、妾でも愛人でもなんでもいいよ! だってボクはエルフだもん! 好きな人と一緒にいたいよ!」
激しいまでのその告白。
ああ。
気付いてたさ。あれほどあからさまな好意に気がつけないほど、鈍感じゃあ無かったからな。
だからこそ、鈍感にならざるを得なかったわけだが。
「ねえ、チェリナさん。人の商人はエルフのお妾さんがいると、商人の格が上がるんでしょ? ボクはそれでも……」
「ラライラさん」
チェリナがゆっくりと、しかし、ピシャリとラライラの言葉を止めた。
「あ、は、はい」
「確かに、エルフの妾がいる商人は、それだけで多くを得るでしょう。しかし、わたくしは、ラライラさんを妾として迎える気は一切ありません」
「あ……」
その場に崩れ落ちそうになるラライラを、ヤラライがさっと抱えた。その表情はいつもよりわずかに苦く感じた。
「迎えるのならば、正式な妻以外あり得ません。流石に……第一夫人は渡せませんが」
「……え?」
「第二夫人……それでよろしいですか?」
優しい笑みを浮かべながら、ゆっくりと手を差し出す。
「あ……」
ラライラが顔を上げ、チェリナを窺ってから、俺に顔を向けた。
俺もゆっくりと頷く。
流石チェリナだ。俺の答えすら聞かねぇよこいつ。
それが面白くて、自然と笑みがこぼれた。
だったら俺も、チェリナに「お前はそれでいいのか?」と聞く必要も無い。
ラライラは最後にヤラライとルルイルに顔を向けた。
二人とも笑みを浮かべて頷いた。
「うん……」
ラライラはチェリナの手を取って立ち上がった。
俺はその重なった手の上に、さらに手を重ねた。
三つ手が、一緒になった。
それは、三人が一緒になると決まった瞬間だった。
「うをおおおおおおおおお! めでたい! めでたいぞぉ!!!」
「挙式だ! 挙式の準備だ!」
「久々のエルフの挙式だ!」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!!!!!! アキラ……貴方は必ず……!」
「しかしこんな非常事態に良いのか?」
「あー、確かに」
「周辺の村から、いまだ謎の生き物が見つかったという報告は無く」
「うーん。どうするよ?」
「何言ってるのさあんたたち! とっとと騒ぎを終わらせてから、ゆっくりやればいいだろ!」
「ああ、そりゃそうか」
「客人たちよ、良ければしばらく滞在していったらどうだい? ぜひ、ぜひこの村で挙式して行ってくれ! もちろん三人ともしっかりと祝わせてもらうぞ!」
馬鹿騒ぎするエルフに、冷静になるエルフ。興奮するエルフ。
それは様々だったが、一様に喜んでいてくれるようだった。
「あー、ヤラライ。決めた後にこんなことを聞くのはあれだが、みんななんで素直に祝福してくれるんだ?」
重婚……自体は犯罪では無いのだろうが、エルフのプライドを傷つけるものではないだろうか。
「それはボクが説明するよ」
三人、手を握ったまま、ラライラが嬉し泣きしながら顔を上げた。
「えっとね、エルフはね。何よりも子供が大切なんだ。その為には……その、どうしても、えっと……」
「言い難かったら無理しなくても良いんだぞ?」
「だ! 大丈夫! それにちゃんと説明しないと人族には意味不明だろうし」
「まぁ、少しな」
完全にお祝いムードなのはありがたいが、これで良いのかという思いもやはりある。もっとも今さら覆すつもりは無いが。
「そのね……だから発情相手と結ばれるのは……なにより優先されるんだよ。エルフで複数人っていうのは、長老くらいしかいなかったらしいけどね。だから、お互い気持ちがあれば、みんな祝福してくれるんだよ」
「なるほど」
事情は把握した。
「まったく……アキラ様。それよりも先に言うことがあるでしょう」
ため息を吐きながら。
ああ……そうだな。
ラライラがここまで自分を晒してくれたのだ。俺の番だ。
恥ずかしいなんて感情は月まで蹴っ飛ばすことにする。
「チェリナ、ラライラ。改めて……」
一拍おいて。
「二人、一緒になってくれ」
二人の返事は……。
ま、言うまでも無いだろう?
来週金曜23日からコミカライズ開始ですよ!
マジかよ!
読んでね!
(詳細、活動報告に書きまーす)