第21話「自由人と黒スーツ」
チェリナが少し湯あたりしたこともあり、女性陣がとっととお風呂を上がってしまったので、温泉タイムは終わった。
更衣室の籠を覗くと、ぼろぼろだった服は片付けられ、代わりに真新しいスーツ一式が納められていた。
まさかと思っていたが、着替えってこれかよ。
サンプルの服を渡したばかりだというのに、ここまで作れる物だろうか?
スラックスとシャツを着て、ネクタイを締める。
うん。
凄い動きやすいぞ!
ちょっと、スラックスとは思えない滑らかな肌触りと、柔軟性。軽くハイキックしてみたが、縫製一つ軋まなかった。
「おいおい、なんだこれ? 布が違うのか?」
たしかに背広生地に似ているのだが、明らかにこちらの方が良い生地なのはわかる。
ド素人にもわかるほど、圧倒的な差があるのだ。
背広にも袖を通すが、こちらも凄い。
ビシッとアイロン掛けされたように皺一つ無いのに、これまた異常に動きやすいのだ。
「ほう、世界樹の羽衣で織ったのか。よく長老の許可が出たな」
振り返ると、男エルフが全員黒のスーツを着用していた。
……怖い!
グラサン掛けたら、間違い無く、ヤバい集団だろこれ!
一人はムキマッチョ、一人は細マッチョ、一人は筋肉ダルマ。他の奴らも鍛えられたやつばかりだ。
あとなんでファフも当たり前にスーツ着てしれっと混ざってんだよ!
女性陣は先に上がったと思ってたぜ。
スポーンのおっさんの分まで揃っていた。
全員ネクタイもしていたので、どうやったのかと不思議だったのだが、ヤラライが教えたらしい。
どうも俺が毎日しているのを見て、覚えてたらしい。
それよりも……。
「世界樹の羽衣ってなんだ?」
「世界樹は不思議な大木でな。太い枝ごとに違う種類の葉を付けるのだが、その中でも最も服に向いた繊維の取れる葉があってな。その糸で紡がれる布が世界樹の羽衣だ。強靱、耐熱、耐火、耐冷、自己再生、調温、調湿、高伸縮、形状記憶、自浄……まぁ言い出したらキリが無い」
「それは、とてつもなく凄いな!」
なんだその夢の生地は!
まさにファンタジー布だぜ。
「全員同じ生地なのか?」
「いや、アキラのだけだな」
「貴重なものなんだろう?」
「長老が許可を出したのなら、問題無い。俺たち戦士で、隊長クラスになれば、一着はもらえるしな」
それは、戦士団長のグーグロウをぼこってしまった記念とかじゃないよな?
更衣室の外に出ると、エルフのおばちゃんが待ち構えていた。
「どうだい!? 着心地は!」
「とても良いぜ。驚くほどだ」
「それは良かった!」
「貴重な材料らしいが、もらって良い物なのか?」
「もちろんさ! ちゃんと長老の許可も取ってあるよ! ああ、お前さん達もよく似合うね!」
「はは。似合うかい?」
「いいね! 今までこう、スッキリとしたデザインの服ってのは造ったことが無かったからねぇ。シンプルなのはデザインが難しいんだよ」
「これはそれを満たしていると?」
「あたしゃそう思うね。背広とかスーツとかいうらしいよ」
「スーツか。礼服にいいかもしれんな」
「いっちょエルフで流行らしてみるかい?」
「無理にやらなくとも、流行る時はあっと言う間だろう。エルフの古い衣装が廃れたのもあっと言う間だったしな」
「デザインなんてそんなもんさ」
もしかして、グーグロウや長老、ヤラライのネイティブアメリカンな服装の事か?
しかしエルフの普段着がスーツになるのは勘弁して欲しい。
いや、ダメって事は無いが……なんかな。
せめて礼服で収まって欲しいところだ。
「デザインは良いが、普通の生地だと、そこまで動きやすいわけではないからな。普段着にはならんだろう」
「それもそうだね」
グーグロウとおばちゃんの会話を聞いて、少しほっとしたぜ。
「そうそう、ルルイルがアキラとヤラライを呼んでるよ」
「俺たちを? 何かあったのか?」
「さあ? 詳しくは聞いてないさ。急ぎでは無さそうだったけどね」
「ふうん? ヤラライ行こうぜ」
「ああ」
俺とヤラライを先頭に、なんとなくいつものメンバーとエルフ団長と隊長もついてきた。
お前ら暇かよ。
ヤラライの家に入ると奥の部屋に大量の女性エルフが集まっていた。
一様に明るく楽しそうな雰囲気だ。
ヤラライと顔を見合わせて、お互い眉根を寄せてから、奥に入った。
道を空ける女性エルフたちの妙な笑顔が気になる。
奥の部屋は、寝室か。
ベッドで上半身を起こしてため息を吐いているのがチェリナ。
妙に複雑怪奇な表情なのがラライラ。
そしていつもと変わらぬ、のんびりとした笑みを浮かべているルルイルだ。
状況がさっぱり読めん。
「ククク……」
この状況に思うところがあるのだろうか、部屋に入ってきたファフが途端に面白そうにくぐもった笑い声を漏らした。
あれ?
まさかと思うが、状況理解してないの俺だけ?
いや、ヤラライもハッグも似たようなもんだった。
「ルルイル、用事、なんだ?」
「チェリナさん~、私が言っちゃって良いのよね~?」
「……お願いします」
なぜか襟を正したようなチェリナ。
湯あたり……じゃないのか?
「あのね~、チェリナさん、おめでたよ~」
……。
…………。
………………。
え?
おめでた?
おめでたってなんだっけ?
頭の回転がピタリと止まる。
「もう~チェリナさんは~。自覚はあったんでしょ~?」
「ええ。自分の身体の事ですからね。来る物も来ませんでしたし」
「ほう! それはめでたい!」
「おめでとうございます!」
それまで俺と同じ様に疑問を顔面に貼り付けていたエルフ戦士二人組が、相好を崩した。
心底おめでたいという風で、こっちが拍子抜けするほどだった。
「ありがとうございます」
「ふ……ふぐー! ふぐー!」
なぜか涙目のラライラ……。いや、なぜかなんて言葉を飾る必要もないか。
「そう、だったのか。良かったな、ヴェリエーロ」
ヤラライが、こちらも普段見せないような優しい笑みを浮かべていた。
こいつこんな表情もするのか。
「なんじゃチェリナ嬢ちゃんは妊娠しとったんか。まったく無茶をするわい」
「自覚したのは旅立ってからでしたからね」
「大事は無いんか?」
「大丈夫ですよ~。でももう無茶は禁止~」
「無茶をしているつもりはないのですが。母は私を産む当日まで働いていたらしいですし」
「だめよ~。子供は何より大事なのよ~」
「まあ、そうですね」
周りの会話は頭に入ってるし、理解も出来ている。
だが……。
チェリナの視線が、ちらりとこちらに向く。
ほんの少しだけ頬が赤いように見えた。
そのまま無言になる。
誰の……と一瞬でも頭によぎった自分をぶん殴りたい。
チェリナが、他のヤツとなんてあり得るわけが無い。
つまり。
「俺の子、か」
それは意図して口にした言葉では無く、意識がこぼれ落ちただけだった。
わずかな沈黙の後、チェリナが囁くように答えた。
「もちろんです」
途端に、エルフたちに歓声が走った。
「おめでたよ! 大変よ!」
「きゃあ! お湯を沸かさないと!」
「早い早い」
「おめでとう! お客さん!」
「えっと、チェリナだっけ? めでたいねぇ!」
「子供が出来たって!? 誰か発情してたか!?」
「馬鹿! 人間の客人だよ!」
「ああ、そういう事か。だがめでたい事にはかわりないな!」
「まったくだ!」
「よし! 俺が栄養満点の食材を狩りに行ってくるぜ!」
「馬鹿かい! アンタは村の護衛があんだろう! それに村中から食材が差し入れられてるから安心しな!」
「ふぐー! ふぐー! おめでとうチェリナさん……ふぐー!」
「無理しないでくださいな」
「おめでたいのは本心だよぅ……」
「……ありがとうございます」
祝福ムードはあっと言う間に村中に伝播し、全てのエルフが浮き足立ってしまった。
むしろ当事者の俺たちの方が置いてかれてしまった感じだ。
「アキラさん。おめでとうございます」
すっと、にこやかな笑みでお祝いをくれたのはユーティスだった。
その普通の態度で、ようやくある程度、冷静さを取り戻せた。
「ありがとう」
俺はチェリナに向き直った。
「チェリナ……」
決意が必要だった。
今までの自分と決別する。
「一緒にいてくれるか?」
それが精一杯だった。
だが、彼女は朗らかな微笑みを返してくれた。
「離しませんとも」
そっと。彼女を抱きしめると、村中が歓声に沸いた。
ぽろぽろと涙を流すラライラを、難しい顔で見ていたのはヤラライだった。
書籍版3巻
4月17日に変更になりました。
よろしくお願いします!




