第16話「自由人と戦士たち」
宴もたけなわ。夜まで続く宴会の途中でやってきたのは、エルフの戦士たちだった。
その先頭に立つのは……。
「修行の旅はどうだったんだ?」
「悪く、無い」
「そうかそうか!」
ヤラライより、ボリューミーな筋肉を持つ、褐色エルフだった。ただし男!
別に思うところがあるわけでは無いが、褐色エルフっていったら、普通女性じゃないのか?
髪型も見事なドレッド。
ああ……ヤラライが増えた感じだ。より暑苦しい感じだが。
「友と、旅の仲間、紹介する」
「ほう? 友?」
「ああ、あれ、アキラ」
ヤラライと二人のエルフがやって来たので、握手を交わす。
「どうも、アキラだ。行商人をやっている」
「行商人? いや、失礼した。私はグーグロウ。エルフの戦士団を束ねている」
「よろしく」
うん。めっちゃ強そう。
そしてグーグロウの横に立つのは、ヤラライより若干若く見える戦士だ。
服装は周りのエルフと同じく、この世界の標準だが、牙や爪のネックレス、大きな羽飾りなどが、エルフである事を強調している。
「私の名はザザーザン。ザザーザン隊の隊長をしている」
「アキラだ。よろしく頼む」
握手を交わしていると、ヤラライがザザーザンの赤い羽飾りに視線をやる。
「ほう、とうとう、クリムゾン・コカトリス、倒した、か」
「ええ、その実績を買われて、隊長を任せてもらっています。いずれヤラライさんとタメを張る戦士になってみせますよ。そしたら……」
ザザーザンの視線が一瞬移動した先は、おばさんエルフに囲まれたラライラだった。
ははーん。なるほどね。
「……」
うわっ!
なんかヤラライの視線が滅茶苦茶鋭くなったぞ!?
くわばらくわばら……。
「ザザーザン。過信、禁物」
ヤラライが指摘すると、ムっと、ザザーザンが答える。
「ヤラライさんがいない間に、私は成長したのですよ」
「ほう?」
「クリムゾン・コカトリスだけでは無く、リッチも一人で討伐したのですよ!」
「腕を、上げたのは、否定、しない。だが、その程度で、その言葉、慢心」
横で聞いていたグーグロウは肩をすくめた。
相変わらず厳しいのね、ヤラライさん。
「な! ならば私の実力を見てください! お手合わせお願いします!」
あれ?
丁寧な口調の割りに、こいつも脳筋なのか?
「あ! グーグロウさん! ザザーザン君! 久しぶり!」
今の大声に気付いたのだろう、ラライラが走り寄ってくる。
「おお、ラライラ。よくもまぁこの短い期間に、この風来坊を見つけたな!」
「はい! そこのアキラさんのおかげなんだよ!」
嬉しそうに語るが、俺は何もしていない。出会ったのはラライラが情報を集めながら頑張った結果だ。
そしてザザーザン君よ、睨むのをやめてくれ。
ヤラライが腕を組む。
「よし、アキラ。ザザーザンと、戦え」
「……は?」
え、今なんて言った? この細マッチョ。
「軽く、揉んでやれ」
「ほう?」
面白そうに声を上げたのはグーグロウだった。
「待ってくださいヤラライ。なんで私が、人族の行商人風情と戦わなければならないのです?」
「アキラに、勝てたら、試合、してやる」
「前座に戦えと? もしかしてその男、慢心しているとか?」
「違う。慢心、お前」
「……」
空気が凍り付く。
それまで面白そうに見ていたグーグロウすら、眉を顰めた程だ。
「ヤラライ。横から口を挟んで悪いのだが、アキラは行商人だろう? ザザーザンの相手には力不足では無いか? 鍛えてはいるようだが……」
「いや、アキラ、完勝」
「っ!」
明らかに怒りを見せるザザーザン。
おいおいヤラライ! なんであおってるのお前!?
「わかりました! 良いでしょう! ヤラライさんは人族の土地を渡り歩いて、とうとう冗談というものを理解したようです! アキラ! 私と戦え!」
「いやいや! あんた強いんだろ!? とてもじゃないが……」
「ザザーザン。武器、好きなの使え。アキラ、お前、そこの棒使え」
「は?」
「え?」
マジで言ってる事がわからないんですが?
「何じゃなんじゃ? 面白そうな事をしとるではないか」
「ククク」
「がはははははは! 決闘と聞いては見物せずにはいられんのう!」
「あの、何があったのですか?」
ハッグ、ファフ、スポーンのおっさん、ユーティスがやってくる。
「あらあら~」
「まったく……早速トラブルですか」
ラライラの母ルルイルと、エルフに挨拶をしていたチェリナもやって来た。
俺が引き起こしてるわけじゃねぇよ!
「ヤラライさん……どういう意味でしょう?」
「お前、本気出してやれ。殺す気で……手足を、飛ばす、気持ちで構わない」
ヒクリと顔が引き攣るザザーザン。
「アキラ、お前、手を抜け」
「はあ!?」
俺の耳はおかしくなったのか?
こと、闘いに関して、手を抜けと、ヤラライがのたまったのか!?
もちろん、それを聞いているザザーザンの額には、血管が浮き出ていた。
そりゃそうだろう。ハッキリ言って侮辱のレベルだ。
「おい、ヤラライどういうつもりだ?」
「アキラ、手を抜かないと、ザザーザン、危険」
おいおいおい……。
血管のぶち切れる音がここまで聞こえるぞ!
歯を剥き出しにして憎悪で睨み付けてくる青年エルフ。まて、睨む相手が違う!
「ザザーザン、武器自由。精霊理術も使え。本気でやれ」
「私が、真剣で、あの人はただの杖だけですと?」
「アキラ、武器使ったら、お前、死ぬ」
「く……くふふ……り、理由はよくわかりませんが……、本当に……手足の2,3本は覚悟して、いただきますよ?」
絞り出すように宣言するザザーザン。怖い!
「それで、いい。アキラ、適当に、流して、やれ」
「おいおいおい……」
それらのやり取りを黙って聞いていたグーグロウは、難しい顔をしていた。いや、止めてくれよ!
「ふむ……エルフよ。それはちと早いのではないか?」
こちらも難しい顔で腕を組んでいたドワーフのハッグが、良くわからない事を言い出す。
「アキラ、もう、大丈夫」
「ふーむ」
「ドワーフ、反対か?」
「いや……ええじゃろ。やってみぃ」
「うむ」
「ククク!」
何の会話をしているのかさっぱりだぞ。
そして、一人でわかったような顔してんじゃないよファフ! クソっ!
「がははははは! 決闘はいいのう! 若さだな!」
なんでおっさんはそんな嬉しそうなんだよ。
「開始地点、お互い、200m離す」
それを聞いて、とうとうグーグロウが口を挟んできた。
「待ってくれヤラライ。流石に精霊理術ありで、その距離では勝負にならんだろう」
「大丈夫、だ」
「……そうか」
首を横に振るのは、真意が見えないという意思表示だろう。つまり投げたな畜生。
おいおい、ザザーザンの殺気に当てられて、クックルが怯えた声を出してるじゃねぇか。
チェリナがクックルの首を撫でて落ち着かせていた。
「アキラとやら、恨むなら、ヤラライを恨めよ?」
「あー……」
俺が何かを答える前に、指示された開始線に移動する。流石に200mも離れると硬貨くらい小さく見えるな。
つまり、ヤラライは相手の本気を引き出す事によって、俺の修行にしようって魂胆だな、畜生!
機嫌の悪そうなエルフの戦士から、身長ほどの杖を受け取り、気合いを入れて構えた。
「何を、やって、いる? アキラ」
「あ?」
何言ってんだ?
ちゃんと本気出すぞ?
「俺、手を抜け、言った」
「は? それは方便だろ?」
「違う、お前本気、相手危険」
は? 何言ってんだ?
エルフで隊長を任されるような戦士なんだろ?
全力でやらないと、本当に手足をもがれるかもしれんだろ!
ヤラライはため息を吐きながら、俺から槍代わりの杖を取り上げた。
「おい?」
「素手でやれ」
「はぁ!? おいヤラライ! 流石に! ハッグも黙ってないで止めてくれよ!」
「……まあ、やってみぃ」
「ハッグ!?」
どういう事だよ!
マジで手足が吹っ飛んだら洒落にならねぇんだぞ!?
「よし、開始!!」
「なっ!?」
問答無用での宣言に、ザザーザンが速攻で精霊理術を発動した。
「精霊よ! 癒やし与えし優しき風よ! その内に秘めたる獰猛な力を解放せよ!」
暴風が、刃となって俺に襲いかかってきた。




