第4話「自由人と教皇」
「どうぞ、こちらです」
ラマサイノスの案内で、清楚であるが豪奢な神殿の廊下を進む。
教会ってのはどこの世界でも儲かるのかね?
最初の国テッサのオンボロ教会で頑張っていた神官ちゃんを思い出して、思わず苦笑してしまう。
「もうちょっと地方にも金を回してやれよ……」
「は!? 何かおっしゃいましたか!?」
「え? いや、ただの独り言だ、気にしないでくれ!」
「は……! はっ!」
なんか最初とえらい態度が違うな、何があったのやら。
俺が返還された聖印を指先で弄んでいたら、ラマサイノスと、そのお供がひいいいぃと顔を青ざめていた。
……。なんなんだよいったい。
廊下の先に、軍隊でも防げそうな分厚く、細工の細かく入った重厚な扉が姿を現す。
いったいどんな理由があればこんな扉が欲しくなるのかね?
青ざめたままの神官たちが、数人がかりでその扉を開けた。まさかと思うが、教皇さんってのを閉じ込めてるんじゃなかろーな?
腹に響く低音を伴って開いた扉の向こうは、光輝く部屋だった。
ステンドグラスや明かり取りの隠し窓から、反射した太陽光が部屋中に光の幾何学模様を浮き上がらせて、正面の白い椅子を幻想的に浮かび上がらせる。
「ああ……」
ユーティスが感動の嘆息を漏らしたが、待たされた理由を俺は理解していた。
恐らくこの時刻の太陽位置で、このように光を取り込めるように設計してあるのだろう。
観光地にしたらさぞ儲かりそうな作りだ。地球だったら世界遺産間違い無しだな。
「よくぞお越しくださいました、新たな神の代弁者よ……」
奥の椅子に座っていた爺さんがゆっくりと立ち上がる。
代弁者ね。使徒って厨二臭い呼び方よりはマシか。
「ここからは、アキラ様のみ、お進み下さい」
ラマサイノスが頭を下げたまま、正面に進むよう指示してきた。
俺は肩をすくめた後、いかにもそこで止まれと主張する、段差の下まで歩いて行った。
「代弁者アキラよ……申し訳無いが、こちらまで来ていただけるだろうか? 少々足が悪いもので」
爺さんの言葉に、部屋にいた神官たちに動揺が走った。
「教皇様! そ、それは!」
「良いのだ。……アキラ殿、お願い出来るだろうか?」
「別に構わねぇぜ」
空気を読めば、断ってここでひざまずく所なんだろうが、そこまでの義理も無いからな。
爺さんの正面までスタスタと進むと、覿面に神官たちが狼狽えて、ちょっと面白かった。
一段高い壇上の、何の役に立つのかさっぱりわからん、天井まで届きそうな背を持つ椅子から、立ち上がっていた爺さんが、俺の手を取った。
「よくぞ……よくぞおいでくださった。心から感謝いたします」
「いや、こっちも無理を言って悪かったな。これを渡したかっただけなんだけどよ。っと口が悪かったか」
「いえいえ。気にしないでください。取り繕われるよりも、よほど心地が良いですから」
「そう言ってもらえると助かる。生まれついての無礼者なんでな。それで、うちの神さんから、こいつを渡すように頼まれてる」
「謹んでお受け取りいたします」
妙に恭しく聖印を受け取ると、小さく何かの呪文を唱えた。
理術って呪文って言い方で良いのかね?
「おお……おお……これは。ほぼ神木で間違いないでしょう……。これほど素晴らしい物を奉納いただけるとは……。このダマグレウス8世、大地母神アイガス教を代表してお礼申し上げます」
「神木?」
おいおい。
それ、SHOPで一山いくらの量産型聖印だぞ?
チェリナに渡したオリジナルなら……。
いやあれこそ小学校で配布される普通の木材か。
あれ?
そうするとなんだ? 俺は神木とか教皇さんが涙するほどのシロモノを、その辺の奴らに配り歩いてたって事になるのか?
……よし。
深く考えない事にしよう。
この件に関しては、考えたらダメな気がするぜ。
「あー、満足してくれたようで何よりだ。きっとうちの神さんも喜ぶだろ」
「もし良ければ、アキラ殿の口から、その神の御名をお伺いしてもよろしいか?」
「え? ああ。自称だが……商売神メルヘスだ」
「メルヘス……様。ご尊名確かに。信仰する神は違えど、同じ様に敬わせていただきます」
「あ、ああ……」
本人が納得してるのなら、それで良いか。
「じゃあ用事も終わったし、俺は帰らせてもらうぜ」
「もうですか? ぜひ昼餐と晩餐を召し上がっていただきたいのですが」
「いや、色々やることがあるんでな」
「もしよろしければ、その御用事をお伺いしても?」
「うーん」
俺がチラリとチェリナを見ると、彼女はしばらく考え込んだ後、小さく頷いた。
「別の神さまの話になって申し訳無いんだが、カズムス教だったかの、シフトルームを建築する事になってな、あそこの紅髪の女性がその代表で設置許可を求めに行く事になってるんだ」
「おお! そうなると国王陛下に謁見申し込みされるのですな」
チェリナは顔を伏せたまま、小さく首を横に振った。
「違うみたいですよ?」
「ふむ。シフトルームの建築となると、国の一大事業。末端の役人から話を通していては何年経っても話が進まないでしょう。ここは私どもにお任せいただけないか?」
「任せる? なにをだ?」
「こちらの都合で、遠きところをおいでくださったのです、そのお礼としてはささやかだとは思いますが、ぜひシフトルームの設置に協力させていただきたい」
「それはありがたい申し出だが、他教の秘術の設置なんだぞ?」
「カズムス教も素晴らしい宗教ですよ」
「うーん。ちょっと相談させてくれ」
俺は返事を待たずにチェリナの側に戻った。
「まったく……貴方という人は! こんな場所ですら平常運転なのですか!」
「建前かざすよりいいと思ったんだよ。それよりどうする? 協力してもらうか?」
「いささか迷う所ですね」
「何か問題があるのか?」
「問題と言うほどではありませんが、経済自由都市国家テッサとして、アイガス教に大きな借りを作ってしまう事になりますので」
「向こうはお返しだって言ってるんだから気にしないで良いんじゃ無いのか?」
「そんなわけにはいかないでしょう」
「ふーむ。じゃあ断るか?」
「……いえ。お受けしましょう」
「どっちだよ」
「メリットとデメリットを天秤にかけただけですよ。場合によっては何年もかかるシフトルームの設置許可を、国王陛下に直接ご裁可いただけるのであれば、すぐに着工出来ます」
「そりゃそうだな」
「それならば……」
「なんだ?」
「いえ、なんでもありません。このお話、ありがたくお受けするとお伝えください」
「自分で言えよ」
「出来る訳がないでしょう!?」
「そんなもんか」
この世界の宗教組織は、随分と力を持ってそうだな。
俺は教皇さんの前に戻ると、協力をお願いする旨を伝えた。
「おお! 微力ならが協力させていただきます!
この後、しばらくチェリナとラマサイノスが打ち合わせをし、その間、雑談という名目で、根掘り葉掘りと教皇に色々聞かれたが、適当に誤魔化して、昼餐を断ってなんとか、教会を脱出した。
帰り際、全ての神官が廊下に並んでいたのには驚いたが……。
頼むから目立つ事はやめてくれ。
一旦宿に戻ると、俺はテーブルに突っ伏した。
「まったく、偉い奴らと一緒にいると疲れるぜ」
「何を言っているのですか。アキラ様が何か喋るたびに寿命の縮んだわたくしの気持ちを考えてください」
「普通に接してたろ?」
「それが問題なのです!」
うーん。普通ならいいじゃねーか。
「私も疲れました」
「おう。お疲れさん」
見た目よりタフなユーティスも、疲れた様子だ。
「それで、シフトルームの方はどうなったんだ」
「それなのですが、信じられない事に、明日、国王陛下と謁見となりました」
「へえ、良かったじゃねーか」
「軽く言わないでください」
「昨日の今日で国王陛下と謁見の約束……、教皇様は流石ですね」
なんであれ、話がとんとん拍子に進んで良かったぜ。
口直しに、飲み物を注文しようとしたところで、聞きたくない聞き覚えのある声が響いてきた。
「おお! 戻って来たか! 早速だがあの馬車の取引をさせてもらえないかね!」
もちろん、アラバント商会のアッガイだった。
頼むから、少しは休ませろ。