第3話「自由人と大司教」
その日の夕飯は外に出る気にもなれず、おにぎりやサンドイッチで済ますことにした。
なお、ユーティスにはこの旅のあいだで、能力の事は話していた。
ずっと一緒にいて、隠し通せるような能力でもないからな。
グリフォンのクックルは今頃キャンピングカーのとなりでアクビでもしている頃だろう。
「んじゃゴミを集めるぞ」
俺は全員からビニール袋を集めると、小袋にまとめてコンテナに放り込んだ。あとで燃やすためだ。
俺が生涯でビニールを燃やすことで輩出するダイオキシンの害より、誤って動物なんかが飲み込む害の方が怖いからな。
「それにしても、パルペレ樹液に、似ている」
「うん。そうだね」
「パルペレってなんだったか」
「パルペレはエルフの森でしか育たない樹木で、そこから取れる樹液に灰や別の樹液を混ぜると出来る、このビニールに似たものの事だよ」
「ああ、そうだった」
「ここまで多様性はないんだけど……混ぜる灰の比率を変えたらビニールみたいに使えないかな?」
どうもラライラの研究心に火を点けてしまったようだ。
矯めつ眇めつビニールを摘まんで観察するラライラの手から、ひょいとおにぎりの包装紙を取り上げると、小袋に放り込んだ。
「研究したいなら、街を出てからだな。あんまりこの街で目立つ事をしたくない」
「え? うん、そうだね」
「本当に凄い力です」
なぜかユーティスだけ、別の所で感心していたように感じたが、気のせいだろう。
今は宿の1階にある、酒場のテーブルだ。
もちろん、他人には能力を見られないように使っている。
ヤラライとハッグが注意してくれているので、出来る芸当とも言う。
「アキラ、明日の予定はなんじゃ?」
「俺はアイガス教の総本山にお邪魔するよ。招待状もあるからな」
「ふむ。問題はこの人数全員で行くべきかどうかじゃなぁ」
「一人でもいいんだが」
「アキラ様、良いわけが無いでしょう。何かあったらどうするのですか」
「何かってなんだよ」
「貴方は必ずトラブルを起こすのですから、少しは自覚を持ってください」
「俺が好き好んで呼んでる訳じゃねーよ」
「結果論の話です」
チェリナにぴしゃりと言われると、凹むしか無い。
「ハッグはどうしたい?」
「この街は久しぶりじゃが、鍛冶ギルドには何度か世話になったからの。折角だから挨拶に顔を出してくるわい」
「ラライラは?」
「うーん。本当は一緒に行きたいけど、あんまり大人数じゃ迷惑だよね。明日は街を回って見るよ。ゼルギウス師匠のお墓参りもしたいし」
「ゼルギウス?」
「あ、理術大学でお世話になった師匠だよ。それまで魔法や魔術や闘気法なんて言われていた力が、根源は同じ物だって証明した凄いお方だよ」
「そう言えば旅の途中でそんな話をしてたな」
暇つぶしの雑談でそんな話を聞いた覚えもある。
ラライラはこのレイクレルにある、魔法の大学で研究をしていたとかなんとか。
「うん。師匠が亡くなった後は、その研究を広めるために、大陸の色んな所を回ったんだ」
「なるほど、色々と物知りな訳だ」
「えへへ……」
顔を赤らめて身体をくねらせるラライラ。なぜかチェリナに睨まれた気がする。たぶん気のせいだ。うん。
「明日は父さんも一緒に回ろうよ。理術大学にも挨拶に行きたいし」
「わかった」
親子水入らずか……。
俺は何とも言えずに、頭を掻いた。
「チェリナはシフトルームの設置交渉か?」
「それは後日で良いですよ。わたくしも一緒に行きますわ」
「そ、それなら私もご一緒させてください!」
チェリナだけでなく、ユーティスまで何故だ。
「ついてくるのは構わないが、これを渡すだけだぞ?」
「だけですって? 本当にアキラ様は何もわかっておりませんね」
「はい。アキラさんは否定していましたが、使徒の可能性が高い時点で、話が簡単にすむとは思いません」
「そんなもんか?」
「「はい」」
ハモられてしまった……。
まぁ二人なら常識もあるし、何よりこの世界の事に関して物知りだからな。一緒にいてもらったら俺も安心だ。
「じゃあファフはどうする?」
全員が知らない種族という、額に小さな角を持つ、褐色ロリのファフに顔を向けた。
「ククク……。ちと悩むところじゃなぁ。まあ良い、ついてってやろう」
「なんなら酒を置いてくから一人で飲んでてくれてもかまわんぞ?」
「ククク……。我の扱いを少しは覚えたようじゃが、一人じゃ暇だからのう。明日は一緒にいてやろう。あ、酒はもらってやろう」
「出さねーよ」
所持金だいぶヤバ目なんだっつーの。
この街で少し稼いでおきたいところだが、ラライラを早く母親に会せてやりたいからな。
稼ぐのはその後で良いだろう。幸い最悪の場合はSHOPに頼れば金はどうとでもなる。出来れば頼りたくないがな。
◆
「私はブレン・フォン・ラマサイノス。大司教を拝命している」
「はあ」
グリーンを基調とした神官服の壮年男性が偉そうにそう言った。
朝一の礼拝時間を避け、ゆっくりと朝食を楽しんでから、大地母神アイガス教の総本山へと足を運んだのだが、元ピラタス王国で現在は経済自由都市国家テッサの美人神官レイティア・ムートンから預かった手紙を渡すと、あれよあれよという間に立派な応接室へと案内され、出されたお茶が冷めるほど待たされた後に登場したのが、目の前のラマだかサイだか言う偉そうなおっさんだった。
「まず、はるばる西の果てよりお越しくださったことを感謝する」
言葉とは裏腹に、あまり感謝している態度では無いな。ふんぞり返って……とまでは言わないが、じろりとこっちを値踏みする態度を隠そうともしていなかった。
そしてチェリナ、ユーティスと視線を移して、ファフで目を止めた。
「随分と先進的なお仲間ですな」
「ククク……ワレは特別よ」
「私の知らない種族というのは初めてです。良ければ出身など伺ってもよろしいか?」
「ククク……女の秘密を聞くものでは無いの」
「それもそうですな。失礼いたしました。それよりも……」
再び俺をなめ回す。
「アキラ殿は本当に使徒なのですかな?」
「いや、俺はその使徒って奴を名乗った事は一度も無いんだけどな」
「しかし、神の声を聞いたと、レイティアからは連絡を受けておりますが」
「ああ……誠に遺憾な事にな」
「遺憾?」
「いや、気にしないでくれ。詳細は……こっちの事情であまり話したくないんだが……」
「可能であれば先にお伺いさせてもらえたらありがたいのですが」
「……先に?」
先ってどういう事だ?
「はい。教皇……ダマグレウス8世に謁見する前に、おおよその事情を……」
「ちょ! ちょっと待ってくれ! 教皇だって!?」
「もちろん、本当にアキラ様が使徒であればのお話ですが」
おいおい……。
こっちからしたら、むしろ否定してこのまま帰りたい所なんだが。
「信じる信じないはあんたたちの判断に任せるしかないんだけどな、とにかく、これを納めてくれれば、こっちの用事は終わるんだ」
「例の聖印ですな」
「ああ」
俺はあらかじめ用意しておいた、商売神メルヘスの聖印を取り出すと、ラマサイノスに手渡した。
「ふむ……これは……」
うやうやしく受け取って、しばらくじっくりと眺めて考え込んでいた。
個人的希望としては、このまま預けて帰りたいんだが。
「少々お待ちいただきたい」
「帰っちゃダメか?」
「教皇様の準備にはもう少しかかるゆえ、ご了承願いたい」
そういう意味じゃなかったんだな。
ここでお暇しても、話がこじれそうだ。俺は渋々と頷いておいた。ラマサイノスが一礼して退室すると、チェリナとユーティスが息を吐いた。
「全く。面倒な事だ」
「アキラ様は良くいつも通りでいられますね」
「別に物を渡すだけだからなぁ」
俺が大きくアクビをすると、チェリナが苦笑した。解せぬ。
「総本山の大司教ですよ? 小国の王にも匹敵する位だというのに貴方はまったく」
「なんだ、協会ってのは上下の身分にこだわるのか?」
「対外的には、平等と言うことなのでしょうが、何事にも建前と本音という物は存在しますよ」
「それもそうだな。まぁ俺としてはこのまま帰らせてもらえたら……」
俺の願いは、最後まで言う事無く叶えられることは無かった。
ラマサイノスが戻って来たのだ。
「使徒様! 用意が整いました! こちらへどうぞ!」
「お、おう」
なんかさっきと態度がえらい違うな。
「こ……こちらの聖印はお返しいたします! 疑うような真似をして申し訳ありませんでした!」
額に脂汗をたっぷりと浮かべて頭を下げるラマサイノス。
ただの木彫り細工だろうに。しかも小学生が作ったような。
俺は苦笑するほか無かった。
「んじゃ、行きますか」
……。
その時には気がつかなかったのだ。
渡した聖印の本当の意味を。




