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第2話「自由人としつこい商人」


「なんだあんた?」


 街の税関を抜けた瞬間、二十代ほどの野郎が俺にへばりついてきた。


「外からずっと見ていたんのだ! この! 馬もいないのに走る馬車! これはきっとアーティファクトなのだろう!?」

「あ……ああ」

「素晴らしい! まさかまともに稼働するアーティファクトがあろうとは……。君! 売ってくれたまえ! ああ! 安心したまえ! 君が納得する金額を出させてもらうとも!」

「い、いや、これを売る気はないんだ」

「ははは! 普通はそうだろう! だが安心したまえ! そうだな……即金で有れば7000万円だすぞ!」


 妙に小綺麗な商人の叫びに、回りの住民がざわざわと騒ぎ出した。


「7000万? すげぇな。貴族の馬車だってそんな値段しないぞ」

「あれってアーティファクトなのか?」

「たしかに馬も無いのに走っていたが……インチキなんじゃないのか?」

「ありゃあ絶対詐欺だろ」

「いや待て、あの人を見ろ!」


 無駄に目立ってるじゃねーか。

 逃げたいけど、しっかり足にへばりついてんだよなこいつ。


「ああ、すまない、申し遅れた。私はかのアラバント商会の三男で、このレイクレル支店を任されているアッガイ・アラバントだ」

「お、俺はアキラだ。ただの行商人だが……今は開店休業中だ」

「やはりな! 珍妙な格好ではあるが、どこぞの正装なのだろう?」

「ま、まあな」


 スラックスにワイシャツ。それにネクタイ。

 まぁ正装っちゃ正装か。


「アラバント商会ですって?」

「知っているのかチェリナ」

「ええ。商人をやっていて、アラバント商会の名を知らない人間はおりません。恐らくこの大陸で1、2を争う大商会ですよ」

「貴女は?」

「失礼しました。わたくしはチェリナ・ヴェリエーロと申します」

「ヴェリエーロ……どこかで……ああ思い出した! 西の果ての商会だね。良い塩を持ってくるので覚えていたよ」

「ありがとうございます」

「もしかして、こちらの男性は旦那なのかね?」

「ええと、その、まだです」


 まだ、ね。

 なんともむず痒い言葉だが、今何かを言うと、色々とおかしくなりそうだから、黙っておこう。


「ふむ? まあいい。ヴェリエーロ商会の関係者なら、より信用出来るというもの。チェリナ嬢がこの馬車の持ち主なのかね?」

「いえ、これはアキラ様の持ち物ですよ」

「なるほど! それでアキラよ! ぜひすぐにでも売って欲しいのだが!」

「い、いや……それは……」


 たしかにキャンピングカーはSHOPのリストに入っているから、購入する事は可能だが……。


「この馬車は、ちょっと特別でな。秘密の方法で動いてるもんで、仮に売っても馬無しで走ったりはしないんだ」

「なに?」

「おっと、どいういう秘密かってのは言えないぞ?」

「ふむ……もしかしてそれは、この妙な匂いに秘密があるのでは無いかね?」

「なんだって?」

「この匂い、覚えがある。蒼き焔に覆われた暗黒沼に漂う匂いにそっくりだ。もしかしてこれは石油(・・)によって動いているのではないかね?」


 俺は絶句するしか無かった。

 この世界に石油があるというのもそうだが、それを知っているというだけで、想像出来るものなのか?


「い、いや、とにかくこれは売ることは出来ないんだ」

「一億円だそう」

「なんだって?」


 おいおいおい、冗談だよな?

 確かに原油があれば、ガソリンを作れないことは無いと思うが……。もちろん安定した品質では無いだろうから、エンジンに負担は掛かるだろうが……。


 いやいやいや!

 そういう問題じゃ無いだろ!?

 この世界に石油による内燃機関を広める気か!


「すまない! 値段の問題じゃないんだ!」

「一億円で不満か? これ以上となると、私の権限だけでは即決できる額では……」

「金をいくら積まれても売るつもりは無い! チェリナ! 乗れ!」

「は、はい!」


 俺はチェリナと助手席に飛び乗ると、ハッグに進むように指示した。

 だが……。


「なぁ君! 金は相談するし、なんならいくつかの特権を渡してもいい! どうだろう! 話だけでも聞いてもらえんか!」


 そりゃあ街中だ、フルスロットルで逃げるどころか、徒歩の人間に追いつかれる速度しか出せんわな。

 車に並行して歩いてついてくるアッガイ。

 窓は閉めているのだが、諦める様子も無く延々と話し掛けていた。


「なんというか、凄い根性だな」

「それだけ目利きなのでしょう。わたくしも驚いています」

「熱心なのは良いんだがな……」

「……というわけで、こちらとしては、別の条件を出す事も……」

「まいったね」


 少し進むと、宿街になったらしく、客引きの小僧たちまでもが車に群がってきた。


「凄い馬車の商人さん! うちの宿なら絶対に安全な厩がありますよ!」

「何言ってんだ! どうせお前が中身をちょろまかすんだろ! それよりうちの宿は鍵つきですよ!」

「その鍵を持ってるのはお前だろう! それよりウチの!」

「いや! そんな小汚い所より!」

「うちは飯がついてますよ!」


 こんな調子でまともに進むことすら出来ない状態になってしまった。


「アキラ、どうするんじゃ? 轢くか?」

「冗談でもそういうのはやめてくれ」

「ぬははは!」


 今更キャンピングカーをコンテナに仕舞うわけにもいかないしな。

 しくったぜ。


「ふむ? 宿を探しているのなら、あそこの赤い屋根の宿を薦めるよ。少し高いが、店員の教育が行き届いている。私が口利きしよう」

「いや、それは……」

「この程度で恩に着せたりはしない。それよりその馬車に傷でもついたら事だからな!」

「あー、じゃあまぁ、頼むわ」

「あーあ。畜生! 地獄に落ちろ!」

「このくそ商人!」

「けっ!」

「何というか、活気のある国ですね」

「チェリナは何度か来たことがあるんだろう?」

「かなり昔の話ですから。ですが活気の良い国というのは、こんな物ですよ」

「気にしなけりゃ良いだけさ」


 これが日本だったらSNSに晒されて大問題になりそうなもんだが、これが普通なんだよな。

 アッガイの案内で入った宿は、なるほど、他の宿と違って落ち着いていた。

 恐らくお得意さんだけで充分回る宿なのだろう。


「店主はいるか?」

「はい……ああ! これはアラバントさん! いかがいたしましたか!?」

「いやなに、こちらの方に部屋を貸して欲しいのだが」

「ちょっと待ってくれ、値段を聞く前に決められねぇよ」

「アラバントさんのお知り合いであれば、サービスいたします!」

「あー、そうか」


 相場もわからんし、世話になるか。

 若干詐欺を疑わない事も無いが、少なくとも力尽くでどうにかなる相手には見えないだろうしな。


「ふむ。アキラ、今日はここに泊まるんか?」

「チェリナの知ってる宿でも良いんだが、まぁたぶん大丈夫だろう」

「ここなら大丈夫だと思いますよ? 商人としてのカンですが」

「なら決まりだな。主人、男3人、女4人で二部屋頼む」

「はい! 良い部屋を用意させていただきます!」

「いや、普通の部屋でいいから」


 なんだかんだで、一番安い部屋の値段で、空いている良い部屋を紹介してもらえることになった。

 色々あって、残高が100万を切ってるから、あんまり贅沢は出来ないんだがな。

 建物の密集している城壁に囲まれた街の中じゃ、キャンピングカーとテントって訳にはいかないからなぁ。

 面倒な事だ。

 俺一人なら、野宿でも大して苦じゃないんだがな。


「それではまた明日来るので、その時にもう一度話をさせてくれたまえ」


 俺の返事を待たずにアッガイは爽やかに去って行った。


「押しが強えなぁ」

「遣り手の商人とはあんなものですよ」

「やれやれ。ま、今日はゆっくりしよう。折角宿も取ったしな」

「そうですね」


 明日は朝一で教会に行くことにしよう。

 ようやく、神さまのお使いイベントを1つこなせそうだぜ。


 もちろん。

 そんな甘い話になるわけもないのだが。




明日、9/9

同時連載中の「おきらく女魔導士とメイド人形の開拓記 ~私は楽して生きたいの!~」

発売になります!


http://books.tugikuru.jp/detail_okiraku.html

既に書店に並んでいる場所もあるようですね。

よろしく応援お願いいたしますm(__)m

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