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第36話「でこぼこファミリーと悪魔の契約」

遅れて済みません


「初めましてメッサーラ様。私はアデール商会のロットン・マグーワと申します。メッサーラ様のご高名はかねがね耳にしております。この度はご縁が出来て大変嬉しく思っております」


 この世界ではまだまだ珍しい片眼鏡(モノクル)で武装した商人、ロットンが如才なく挨拶をする場所は、この国の公正取引所だ。

 石造りの立派な建物で、貿易の盛んなこの都市国家セビテスでは、中規模以上の取引ではよく使われる。

 何より利用料金が安いのが魅力的らしい。

 この辺りの話は事前にロットンに確認してある。


 ロットンとドドル・メッサーラが握手する横、俺は契約書の文面を三度読み返していた。

 ここにミスがあると全てが台無しだ。


 書類は三枚。

 1つは、ドドルがアデール商会から、10億円を借りる書類。

 即決させる材料として、5000万円はさらに値引いた。

 この取引には一つ大きな制約がある。”鏡は抵当に入らない”である。

 ドドルは首をかしげていたが、鏡を売れば問題ありませんよとにこやかに言えば、なるほどと納得していた。

 さすがに鏡が300枚と聞いて驚いていたが、運良く発掘しましたと伝えると取引所の職員も納得した。


 1つは、俺がアデール商会へ10億円を貸し付ける書類だ。1つ目の書類より僅かに高い利息を設定している。

 こちらは特に何の仕込みも無い。


 最後は、俺とドドルの鏡の引き渡し証書だ。

 俺が2つめの書類をアデール商会と交わすのと同時に鏡を納品するという内容だ。この三つの書類を見て、ようやくドドルは今回の取引の流れを理解してくれた。

 というより、公正取引所の職員に、不正は無いかとか、変な仕込みは無いかなどと確認し、特に見当たりませんという返答をもらって納得していたと言うべきか。

 鏡が抵当に入れられないと言うのも、取引対象を抵当に入れないことは良くあると説明され、なるほどと神妙な顔で頷いていた。


 俺はあらかじめ用意していた鏡を、次々に公正取引所に運び込む。

 全てスラムから運ばせている。今回はハッグとヤラライに護衛を頼んでいるので、トラブルも無い。


 今回は大量の人間を雇った。

 前回協力してもらった四人と、ギロとクラリの六人に、それぞれ2人ずつ新しい人足の面倒を見てもらう事にした。

 六人には2千円ずつ支払い、残りの12人には1200円を渡した。

 人件費が1万2000円と1万4400円。それと鏡代192万6000円。合わせて195万2400円だ。


 残金4275万1868円。


 すでに鏡の脆さを理解している6人は部下となる人間に、厳しく取り扱い方法を教えながら、ロットンに借りた荷車に積んで運んできた。さすがロットンで、割れないように分厚い毛布も貸してくれた。

 大きな荷車で、3往復で全て運び終わった。幸い割れた物も無かった。荷車を貸してくれたロットンに感謝だな。


 大量に並べられた鏡は、壮観である。

 本来それをやる義理も無いのだが、ドドルに命令されて公正取引所の職員たちが鏡に問題が無いか確認していく。高級な鏡を見て触れるチャンスだと思ったのかも知れない。

 各々が自分の顔を覗き込み、こんな顔だったのかと落胆する姿はちょっと面白かった。


 そしてとうとう契約である。

 全ての書類にお互いサインを入れる。公正取引所の職員が、全ての条件が揃っていることを確認し、最後に公正取引所の印を入れていく。もちろん全て複製を保管している。


「おめでとうございます。メッサーラ様。これで鏡はあなたの物ですよ」

「お、おお……これが全て……」

「高貴なお方ほど、この見事な鏡を切望することでしょう」

「ああ、そうだろう、そうだろう」


 満足げに頷くドドル。

 高く売れると良いけどな。

 三人でそれぞれ握手を交わし、それぞれ帰途についた。


 ◆


 そして数日後。

 現在、服飾ギルドがスラムの一角を正式に買い取り、大規模な生産拠点とするために、急ピッチで建物の建築を進めている。安全基準の甘い世界だ。建物は見る見ると完成していく。


 始めスラムの人間からは大反発を食らったが、まずこの工事に優先的に雇われる事や、完成したあとの優先雇用も約束され、現在はスラムの人間も積極的に協力している。

 西スラムだけでは無く、東スラムの人間が流入しているとも聞いた。


 工場が完成したら、住み込み用の集合住宅の建築も決まっている。

 最近西スラムは明るい空気が流れ始めていた。


 またそれに伴って炊き出しの規模を縮小した。

 現在はどうしても職に就けない人間を優先して配膳している。ただし、デパスにまとめさせている自治会に入会した人間も受け取れるようにした。

 最初は縛られる事を嫌っていたスラムの人間だが、一部である程度の規律を守っていると、職につきやすいという事実に気付き、次第に入会者が増えていった。


 工場が完成してからがまた一仕事だった。

 幸いミシンの量産化に成功したらしく、先立って用意した二台のミシン以降、順調にミシンの台数を増やしていく服飾ギルド。

 一台当たりの単価が高いので、利益が出るのは先だろうが、現在TシャツとYシャツが大ヒットの兆候を見せ始めている。

 Tシャツが5000円。Yシャツが7000円とやや強気の設定になったようだが、それでも一般流通している中古服よりも遙かに安いのだ。

 Tシャツの単価が思ったより上がってしまったのは、俺が伸び縮みする生地にこだわってしまったからだ。通常より織り方が特殊でやや布単価が高い。


 それでもどれも新品だ。

 予想通りTシャツは庶民に、Yシャツは商人に受けている。

 現在まったく商品の供給が追いついていない状況だ。


 ギルド長のフェリシア(爆乳)に聞いたところ、内々でいくつもの商会から、大量購入の打診が来ているそうだ。何より同じ服が売れると知ったときの商人たちの顔が大変面白かったらしい。

 もっともマネしようにもミシンが無い他の商会は、歯軋りして眺めるしか無い。

 また100着の服を1週間もあれば用意出来るという話をすると驚愕に青ざめるという。それはなんというか、ご愁傷様だ。

 もちろんミシンの事は極秘ではあるが、スラム街に工場を建てたり、尋常じゃ無いスピードで既製服を量産すれば目立つ事この上ない。大量のスパイが情報集めに集まっていた。

 護衛のヤラライには、そいつらには手を出さないように頼んでいる。もっとも物理的に何かしようとしたら別だが。

 実際二度ほど放火しようとした馬鹿がいたらしく、そいつらは現在、恐怖でベットに潜り込んで出てこれない。何したんだよヤラライ……。

 それを踏まえ、現在は警備を強化している。これで俺たちがいなくなってもまず大丈夫だろう。


 俺は服飾ギルドの手伝いをしつつ、ギロとクラリに手伝わせて、あること(・・・・)を並行で作業している。


 おかげで毎日目が回るほど忙しい。

 ……まぁそれでも日本時代よりマシなんだけどな。何と言っても一日4時間は寝れる。

 ちなみに現在の所持金はこんな感じだ。

 意外と細かいところで出費がかさんでしまった。


 残金4231万9018円。


 そして、ある日の朝の事だ。

 いつもの片眼鏡(モノクル)を掛けた、アデール商会のロットン・マグーワがやって来た。

 だが、笑顔では無かった。

 俺は「まさか?」と思いつつも挨拶して近寄った。

 失敗したのか?

 そう背中に冷たい汗が流れた時、ロットンは意地の悪い笑みを浮かべた。


「ドドル・メッサーラは破産いたしました」



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