第37話「でこぼこファミリーと卓上ミラー」
セビテス名物”無限の水瓶”がどうどうと水を吐き出している噴水広場の近くにある、露天通りの一角。
ギロとクラリにここ数日ずっと露店を開かせていた。
出店の手続きはロットンがやってくれた。有り難い事だ。
俺はロットンとラライラの三人で露店にやってきた。ラライラはお昼御飯を抱えている。一人に持たせるつもりでは無かったのだが、ロットンと道すがら話すのに邪魔だろうと気を利かせてくれたのだ。
良い子だよな。ほんと。
「よお、売上げはどうだ?」
「凄い売れてるよ! アキラ兄ちゃん!」
「お客さん……たくさんです」
「そりゃ良かった」
二人と話している間にも、行商人と思わしき風体の中年男性が、横合いからずいと顔を突っ込んできた。
「ちょいとすいません、あの、こちらに並んでいる商品は……本当にそこに出ている値段なのかい?」
行商人が指さしたのは、木片で作った値札だ。
そこには……。
『卓上用かがみ・1780円』
と、俺の荒っぽい字で表記されていた。
そして露店に並べられているのは大量の、卓上ミラーである。ご家庭によくある小型の角度が変えられるタイプの鏡だ。鏡の大きさとしては漫画本より大きく、週刊誌より小さいくらいか。
俺からしたら見慣れた、最安なら100円ショップにもありそうな安価な鏡である。
それがギロとクラリの前に敷かれた厚手の敷物の上に、大量に並んでいるのだ。
それはこの世界の人間にとっては見慣れない……曇り一つ、ヒビ一つ無い鏡が並ぶ、この大きさでも充分に国宝レベルの品物が、まるで冗談みたいな価格で並ぶ、謎の露店だった。
「ちょっと見ても良いかな?」
商人は平静を装っているがその声は震えていた。
「もちろんですよ。どうぞ」
「おお……これは……本当に鏡……これは本当に1780円なのかい? 1780万円の間違いではないよね?」
「はい。ただしお一人様20個までで、一切の値引き無しです!」
「そ、そうか。では20個売ってくれるか!?」
「はい! ありがとうございます! 割れやすい品物なのでお気を付けて運んでくださいね!」
「ああ、ああ!」
その商人は金を払うと、丁寧に手持ちのアイテムバッグにそれをしまって、全力でその場を離れていった。
きっと急いで別の街にでも行くつもりだろう。
さて、もちろん一般的には最高級の品物を扱わせるのだ、守りは万全にしてある。
「変な奴は来なかったか? ヤラライ」
「特に、問題、無い」
俺はギロとクラリの背後で腕を組んで箱に寄り掛かっていた、最強のセ○ム……ではなくボディーガードの細マッチョ金髪ドレッドエルフのヤラライに話し掛けると、彼は軽く頷いた。
「いやいや! ヤラライのおじちゃん! 変な奴きたじゃん!」
「?」
「どういう事だ?」
ギロがおもいっきりヤラライに突っ込むが、当の本人は理解していないようだ。俺は片眉を上げて、説明を求めると、クラリがぽそぽそと事情を教えてくれた。
「えっと、お一人様20個までなんですと説明して、一度引き上げた商人さんがいたんですが、別の商人さんがお友達を何人か連れてきて、人数分20個ずつ購入していったんです。それを見た最初の商人さんが凄い剣幕で文句を言いに戻って来たんです……」
数は充分に用意してあるが、一人の商人に買い占められるのは困るので、販売数は一人20個制限にさせてある。
理由は簡単だ。できるだけ多くの商人が手にしてもらわなければいけないからだ。
ちなみにヤラライが寄り掛かっている大きな木箱の中には、ロットンから借りた大量のアイテムバッグが詰められている。お忘れの方もいるかも知れないが、アイテムバッグとは、その容量の何十倍も収納できる魔法の……不思議で便利なバッグだ。
とりあえず毎日2000個ずつ在庫としているのだが、確実に売り切ってくる。
クラリは客の顔を覚えるという特技があり、時間を空けて買いに来た商人などを確実に断っていた。
一部変装してくる奴もいたが、そいう不埒な輩は、ヤラライが判別しているらしい。
「それで? 文句を言いに戻って来た商人はどうなったんだ?」
「えっと……、ヤラライさんが……、どこかに連れて行ってしまいました」
「すぐ戻って来てくれたけどなー」
ギロが嬉しそうに口を歪めた。
何が起きたかは安易に想像できるのだろう。
「あ、お父さん。ギロ君、クラリちゃん、お弁当もってきたよ」
「やった! 腹ぺこだぜ!」
「ダメだよギロ君! あの、ラライラさん。ありがとうございます」
「うんうん。私たちが店番しておくから、三人で食べてね」
「助かる」
三人は露店の裏で、弁当を広げて美味しそうに食べ始めた。おかずは芋や野菜を炒めた簡単な物だが、二人が大好きな食パンでサンドイッチにしてあるので、きっと気に入ってくれるだろう。
俺とラライラが代わりに露店に並んで座ると、ロットンが別れの挨拶をかけてきた。
「それでは私はこの辺で——」
「見つけたぞぉ! アキラぁぁぁぁぁああああ!!」
ロットンの言葉を遮って、天を貫くような怒声が露店通りに響き渡った。
喧騒行き交う騒がしいこの界隈にあって、その怒髪天を突く悲痛とも取れるその声は辺りの騒がしい人々を黙らせ振り返らせるに十分な音量を伴っていた。
「きっきっ貴様ぁああああ!!!! 貴様のせいでぇぇぇぇええええ!!!」
肩を振るわせながら大股で走り寄ってきたのは、もちろんドドル・メッサーラである。
着ている服は安物の、粗い麻製の貫頭衣で、物乞いや奴隷と言われても納得出来る姿だった。
「おや、これはドドルさん。お久しぶりですね」
「なっなっ貴様ぁ!! こっこれはどういうことだぁああああ!?」
ドドルは大股で露店の前にやってくると、並べ直していた卓上ミラーを指さした。
「どういうとは、何の事でしょうか?」
「よっ! よくもぬけぬけとぉ! なぜ! こ、こんなに大量の! 鏡を! これほどまでに安価で売り払っておるのじゃあああああ!!!」
あまりの憤激に舌も回らないらしい。俺はごく普通に対応する。
「数がありますもので、適正価格で販売しているだけですが?」
「なっ!? なっ!? なっ!!!! なにをっ! 何を言うているんだお前は!!!」
「何か問題でも?」
「きっ貴様は私に! 鏡を! 恐ろしい高値で売りつけてくれたではないかぁ!!!!」
ドドルの怒声に、ギロとクラリが反応していることに気がついてしまった。
ギロは歯を食いしばり、血涙を流しそうなほど睨み付け。クラリは恐怖でギロの後ろに隠れつつも、陰鬱な瞳をドドルに向けていた。
どくん。
心の奥底で、何かが、大きく揺れた。
「おや、ドドル様……いや、もうただのドドルか。てめぇ何言ってんだ? 俺はただ鏡を売ってやっただけだろう? なんぞ問題でもあるのか?」
「ふっ! ふざけるな! なにが普通だ! とんでもない詐欺行為だろうが! それと! 私を! 呼び捨てに! するんじゃない!」
「はっ! 聞いたぜ? 都市議会とかいうのクビになったそうじゃねーか。今のお前はただの市民。俺と立場はかわんねーよ。なドドル?」
「このっ! 貴様のようなゴミ屑と一緒にするな!」
「ああなるほど。あんた自分がゴミ屑だってのは自覚があるんだな」
さて、どうしてドドルがこの短時間の間に破産したのか、簡単に説明しておこう。
まずドドルは購入した鏡を兄のグラハの商会へ持って行った。もちろん最初は歓喜していたらしい。
すぐにグラハ商会は、伝手の有る金持ちへ連絡を取るが一つも売れない。
そこでグラハ商会が調査すると、アデール商会が内密に格安で鏡をばら撒いていた後だったことに気付いた。
ドドルの兄は嵌められた事にすぐに気がついた。
すでに内密にばら撒かれた鏡の相場は、地の底へと落ちていた。
それどころか、露店でまで小型の鏡が安価でばら撒かれているのだ。
相場詐欺。
いや、相場操作によって、グラハ商会はゴミ同然の品物を億円単位で購入させられていたのだ。
そこでグラハ商会は内密にアデール商会へ取引を持ちかけたのだ。
内容は、全ての鏡を渡すことと、ドドルの全財産を引き渡す事。
交渉の末、それに加えてグラハ商会にもかなりの金額を払わせることになった。
もしその条件を飲まなければ、ドドルだけで無くグラハ商会も潰れるほどの被害を受けるのは目に見えていたので、仕方なくグラハ商会はその条件を飲んだ。
ドドルの財産没収は速やかに行われた。これはドドルが何らかの形で財産を隠したり、逃がしたりするのを防止するためだ。
結果、ドドルはあらゆる財産を、それこそ下着にいたるまで全てアデール商会へと没収された。
グラハ商会はなんとか潰れずに済んだが、かなりの負債を負うことになり、当面あくどい商売をする事は出来なくなった。
もともと他の商売連中から、その地位を生かした強引なやり口を恨まれていたのだ。
どうしてこんなにも早く、ドドルが破産したかと言えば、以上の理由だった。
説明が良くわからない人は以下の一文だけ理解してくれれば良い。
”ドドルは家族にも見捨てられ、破産した”
まぁそういう事だ。
今着ている物乞いの様な服は、ロットンの良心である。まぁ、やつのイチモツなんぞ見たくなかっただけだろうが。
「こんなものぉ!」
ドドルが卓上ミラーを蹴り割ろうとしたので、俺は軽くそれを手で払った。
波動のはの字も纏っていない蹴りなど、稲穂の穂を払うようなもんだ。
無様にひっくり返ったドドルを見て、俺は……。
心の底から、どす黒い何かが湧き出し、暗い笑みを浮かべた。




