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惨劇は日常の隣に

ようやくクトゥルフ要素

「はっ、はっ、はっ、はぁ!!」


既に吐く息は荒く、内臓、特に心臓が悲鳴を上げている。

足は思うように前に進まず、背後の怪異は着実に俺との距離を詰めてきている。

夕闇があたりを包み、ビルの隙間に存在する細長い路地は見通しが悪かった。

いくら走っても大通りに出ることができないのはこの捻子くれ曲がった空間のせいだろうか。

角度を捻じ曲げられ、永遠にループし続けているような?!


「ッ!!うわあ!!」


考え事をしていると足元が疎かになっていた為に、ぶよぶよした何かに足をとられ体ごとゴミ箱に突っ込んでしまった。

飛散する生ゴミと共に地面に投げ出される体。


早く起きないと…


力の入らない手足に鞭を打ち、壁を取っ掛かりにして立ち上がって。



見てしまった。



どこをどうすればそのようなことになるのだろう。

俺が躓いた”ぶよぶよした何か”は人間であった。

体の大部分が齧られて損失しており、体の断面が見えていたが確かに人間の死体だった。


「ッツ!!!」


吐き気を堪え、ぐずぐずしていると次は俺の番だと萎える精神を叱咤して、再び走り出す。

走り出すが。

いや、走り出そうとしたが足が万力の様な力で押さえつけられ再び走りだすことが出来なかった。


突然片足が後ろに引っ張られた。

抗うことも出来ず地面に引き倒される。

咄嗟に腕を前に突き出し顔面から地面に激突するのを防いだが、これから俺に降りかかるであろう責め苦を考えれば、抵抗せず素直に頭をぶつけて気絶していた方が幸せだったかもしれない。


ずりずりと地面を擦りながら体が引き寄せられていく。

悲鳴を上げながら手の皮が捲れるのも構わずにアスファルトの地面を必死に掻くが、ぐいぐいと’それ’との距離が縮まっていく。


積み上げられてあった空のコンテナにぶち当たって、衝撃と共に体が仰向けにひっくり返された。

仰向けになることによって、俺を引きずっているのは何か粘液のような紐状の何かということがわかった。

半狂乱になって足を動かすが、粘液の拘束はピクリとも動かない。


遂に粘液が繋がっている先に、捕食者が見えてきた。

体中が擦過傷でずる剥けになり、引きずられた分だけ体が痛みを訴え気絶することも叶わない。


「嫌だ!嫌だ!いやだいやだぁぁぁぁーーー!!誰か助けッ!!!!?」


女の体が覆いかぶさったかと思うと意識は闇に包まれた。







がりっ、がり、ぐちゃぐちゃ。







「足りない、これだけじゃ全然足りないわぁ」


捕食者は人間の女の声を発していた。

しゅるしゅると季節外れであろうロングコートの袖から伸びた、粘液の触手を服の中にしまい込む。


「しかも何よこの味は…本当、現代の人間って美味しいのがすくないわねぇ。ま、今の若い人間の方がまだ美味しかったわ。その前のやつは不味すぎて残しちゃったもの」


「そんなあなたに耳よりな情報!凄く美味しい獲物を紹介しちゃうよ!!」


陰惨とした暗い路地に響き渡るのはあまりも場違いで陽気な女の声。


「誰!!」


捕食者は振り返り、声の発生源を探すが影も形も見当たらなった。


「Y市にとってもとぉっても美味しそうな魂を持つ聖女様がいるらしいよ?かの『ありえざるもの』がもう少しのところを取り逃がしたって!!」


壁に音が反射しているのか四方八方から音が飛んできていて声の主の姿がまったくわからない。


「へえ、でも聖女だなんて教会勢力が強固な守りを」


「いや護衛も二人しかいないから早い者勝ちだって!!」


「情報はありがたいけど何でそんなことを教えて下さるのかしら?あなたが食べてしまえばよかったじゃない。何か企んでいるんじゃないの?」


「ん?そりゃあ企んでいるよ?でも、安心してね。私は聖女に興味はないんだ。勿論邪魔もしない、ちょっと観察はさせて貰うけどね。君は聖女を美味しく頂く。私は私で目的を果たす」





「…ふふふふふふふ。そう?聖女ねぇ、一体どのような味がするんでしょうね?唾液が湧いてきちゃったわ」


聖女の体とは柔らかいのだろうか、それとも硬くてそれでも噛めば噛むほど旨みが出てくるような感じなのだろうか?

まあ、柔らかさはともかく、味は悪くないだろう。

神への生贄として用いられるような高純度の無垢なる魂は絶対に美味しいと断言できる。

皮を剥くように服を脱がせ、少しずつ、少しずつ体の末端から肉を齧りとり、痛みと絶望に歪む表情を目にしつつ肉と魂の一片に至るまで穢し尽くし、美味しく頂くことにしよう。


「もっと詳しい情報を下さるかしら?」


「勿論だとも!!」


「…ふーん?、聖騎士一人に、魔術師一人ねえ…余裕だわぁ!むしろデザートが増えたって所かしらね。いや、前菜かしら?ああでも、一番美味しいのは先に食べる性質だからねえ」


情報を得た捕食者は楽しそうに嬉しそうに弾んだ足取りでその場を立ち去った。





「ふふ♪さてさてぇ一体どうなることだろうね?本当に楽しみだなあ!!彼、いや今は彼女かな?私が恋焦がれたあのお方と同じ匂いのする体。ぜひじっくり、隅々まで調べてみたいねえ。おっと浮気だなんて思わないでくれ給え?何せ我こそは…」


燃え上がる三つの軌跡が宙に描かれ、惨劇の現場には静寂と食いかけの死体が残された。

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