少年 2
さてはて、なんやかんやで、我々聖セレスティナ学園生徒会は、初、皆で下校という流れになったわけだが。
校門が見えてきたところで、ふと、遠吠えのようなうめき声が聞こえた。
私たちは、それがお坊ちゃんから発せられる声だと気づいて、顔を引きつらせた。
え、うそ、怖すぎる。
「あ! ひいの! やっと来たのか、待ちくたびれたぞ……っ、おい、なんだその男は?!」
私の姿を見つけた瞬間にドヤ顔で叫んだお坊ちゃん。怖い。
すすすっと、1番体格がしっかりしている木ノ内の背後に隠れると、坊ちゃんはショックを受けた顔つきで私を見つめてきた。
面白そうに笑っている佐久良と山吹が恨めしい。いや、興味ない感じで、あくびしている安斎が1番腹立つな。対して木ノ内、君はなんて出来た男なんだ! 心配そうな瞳を見つめ返して、私は涙ぐんだ。正義は人の温もりである。
「お騒がせしまして、申し訳ございません。セレスティナ生徒会の皆様方」
そのとき、黒い燕尾服姿の青年が前に出て来た。
特筆しなかったが、お坊ちゃんの後ろにずっといた人である。執事然としていて、清潔感あふれる美少年だ。
彼は、このカオスな空気の中で(主にお坊ちゃんのせいで)優然と立ち、しなやかに腰を折った。
「わたくしは、この藤本夕貴様の執事を務めさせていただいております、アキと申します。この度は、このガキ…いえ、夕貴様がどうしても萩原様に会いたいとのことで」
え、今ガキって言った…?
そのガキは、ふふん、と言わんばかりに踏ん反り返ってる。
え、ふふんじゃないよ?!
けなされたんだよ?!
気づいてないの?!
「そうだ、ひいのも覚えてるだろ?! オレたちのあの劇的な出会いを!!」
歌うように問いかけてきた。私は言った。
「知りません」
「………。覚えてるだろ?! オレたちのあの劇的な出会いを!!」
「知りません」
信じられなかったのか、何事もなかったように一言一句言い直したお坊ちゃんに、私は即答した。
知らない。私、こんな妄想癖強い子知らないっ!!
すると、目に見えて、お坊ちゃんは小刻みに震え始めた。
「……ぅ、」
え。
泣くのか?
もしかして泣いちゃうのか?
安斎に、肘で小突かれた。え、何。私が悪いの?
佐久良に、嘲笑された。普通にバカにされている。え、だから私なの?
山吹は、面白そうにお坊ちゃんを見てる。笑顔が眩しい。
木ノ内は無表情だけど、口元が引きつってる。
ええ、どうしよう。
アキさんが、呆れ果てたようにお坊ちゃんを見やって、ため息をついた。
……。
え、うそでしょ!?
あんた、仮にもお使えしてる坊ちゃんに向かって、ほとほとため息って!!
お坊ちゃん、あんた、こんなやつと四六時中一緒にいるわけ?!
なんだか、お坊ちゃんがかわいそうに……
「…つ、冷たくされた? …なんか、オレ、ぞくぞくする…っ」
ならないな。
うん、君は一生アキさんと一緒にいながら、バカにされ続ければいいのだ。
「お坊ちゃん。ついに、変態の境地にたどり着かれてしまわれたのですね。感動です。…ぷっ」
…アキよ。
きみ、よく今までクビにならなかったな。
「藤本くん。」
ふと、穏やかな声が響いた。
カオスな空気の中でも、ヤツの言葉は力を持っていた。
「ここまで萩原さんに会いに来た理由があるんじゃないの?」
責めるでもなく、バカにするでもなく。ただ、問いかけた山吹。
思わず事態を見守っていた私だったけど、山吹のイケボを聞いてハッとした。
……うん?
イケボをきいてではないな。
言い直そう。
山吹の言葉を聞いてハッとした。
「そうだった! ひいのの可愛らしさについ! アキ!」
この少年は、どうにも大声で話す習性があるらしい。
その大声でアキさんを呼びつけると、アキさんは返事をして、懐から何やら封筒に入った紙を取り出した。
いやな予感がする。
前にも言ったと思うけど、私の嫌な予感はよく当たる。
え? だって、殺し屋だもん!
お坊ちゃんは腕組みをしながら、顎をくいっと上げた。そうして、不遜な態度でのたまった。
「オレと結婚しろ!!」
バサァッと、アキさんが婚姻届を広げた。用意周到なことに、もう、お坊ちゃんの欄は埋まっているようだ。
つまり、空欄は私の項目だけ。つまり、私が書いたら、即提出できる状態。
佐久良が、ふぃーっと口笛を吹いた。なんだ、その臭い反応は!!
「よかったね、ぷっ、陽埜ちゃん、ぷぷっ!」
ばかにしてやがる。
「かわいい夢だね」
山吹の言っていることが、何気にひどい。夢って!!
「…てゆうか、いくつだよ」
安斎の疑問が的を得ている。
たしかに。
「え、萩原って、しょたこ」「木ノ内、ちょっと黙ろうか」
木ノ内には、犯罪者にされかけた。
お前ら!!
清い裏社会とか言ってる割に、清い人間関係を築こうとはしないのか!
いや、違う。
ここは、私が言うべきなのだ。
そうである。私はお坊ちゃんと関わりたくないばかりに今まで黙っていたが、残念なことに私は当事者なのである。
対抗すべく、顎をくいっとあげて、私はお坊ちゃんを見下ろした。
「ごめん、タイプじゃない!」
どやあああああ。
どうだ!ハニーちゃんがふられて1番ショックを受けていた言葉だぞ!どうだどうだ!
どや顔で成り行きを見守る私に、坊ちゃんは怒鳴った。
「そのうち慣れるから大丈夫だ!」
「え!?!?なに!?慣れる!?」
「オレとひいのは運命だからな!」
「運命!?いったん、文おかしいよ!運命ってそういう感じで使う言葉じゃないし、運命じゃないし!!」
「オレがそう思ったから運命だ!」
「私のことは無視か!」
軽く言い合いを終えて、私と坊ちゃんは鼻息荒く見つめ合う。いえ、間違いました。私は睨んでいるはずなのに、坊ちゃんがだんだん頬を朱色に染めて行くせいで、変な空気に!!
「…そ、そんなに見つめんなよ…っ」
勘違い!!
こいつ強いぞ。
私は眉間にシワを寄せた。
「……萩原さんって、ほんとだめな子だね」
え!?
山吹にいきなり罵倒された私は思わず胸を抑えた。
心が傷つけられた!深く!!海溝のように!!!けどなんだろう悪くない!!!
未知の感覚に打ち震えていると、山吹はそうだ、と手を叩いた。
「藤本くんと一回出かけてみたら?」
…。
「え?」
これ、まず、私ね。
「えっ!」
嬉しそうなこれ藤本坊ちゃん。
「えっ!」
楽しそうなこれ佐久良。
「え…?」
不思議そうなこれ安斎。
「えぇ……」
き、木ノ内!?何その反応!!
そんな目で私を見ないで!?
私の案じゃないから!
ショタコンじゃないから!!
「どうして!」
反抗の声は、山吹の微笑みに黙殺された。
逆らえないっ!だってっ!怖いんだもんっ!ああ、こんな軟弱な殺し屋がいていいのだろうか!
………。
いいか、別に。うん、別に問題ないな。
殺し屋だって、空気を読めなきゃやってけないっ!!空気ってか、殺意?殺意!!!
「やった!!じゃあ、今週の日曜日な!迎えに行くぞひいの!!!あの運命の曲がり角で!!!!」
いや……だからどこだよ。