秘密のサウナ
ギルドへ戻った僕たちは、いつものように受付カウンターへ向かった。
「……で、討伐証明部位(耳)は?」
リンさんがジト目で僕たちを見る。
「耳はない。だが街道の安全は百パーセント確保された。ダイアウルフの群れは僕の言葉に感銘を受け、自発的に僻地へ移住していったからね」
「またそれですか!? 証拠がなければ依頼失敗で——」
「ちょっと待ちなさいリンさん。目的は討伐ではなく『街道の被害防止』だ。群れがいなくなった以上、商人たちの安全は保たれた。むしろ無駄な殺生を避け、生態系を維持した成果を評価すべきじゃないか? 満額の金貨一枚とは言わない、半額で手を打とう」
「うぐぐ……! 相変わらず無茶苦茶な屁理屈を……!」
結局、僕の論理的ハラスメントに根負けしたリンさんから、半額の報酬が支払われることになった。
「はぁ……今回も討伐とまではいきませんでしたが、群れを追い払って治安を維持してくださったので、銀貨50枚になります。金貨半枚分ですね」
「結構もらえたな」
「もうこんな無茶な報告はやめてくださいよ……? ……ところで、ユエンさんの服の中にいるそのワンちゃんは……?」
リンが僕の腕の中に収まっている黒い毛玉――クロを指さす。
「クロって言って、僕が現地で拾ってきたダイアウルフの子どもで――」
「ああー! ユエンさん! それは言っちゃダメですぅー!」
ミレイアが必死に僕の口を塞ごうと割り込んでくる。
「え、ダイアウルフの子ども……?」
あ、まずい。バッチリ聞こえてた。
ざわ……と受付の空気が凍り付く。魔獣を持ち込んだと知られれば、さすがにまずい――そう思った瞬間、強面の冒険者たちが一斉に押し寄せてきた。
「えーっ、なにこれ超かわいいー!」
……ん?
どうやら、このギルドの連中には危機感というものが欠如しているらしい。
「黒い毛並みのダイアウルフか。初めて見るな」
「なあ、ダイアウルフの上位種のシャドウウルフって黒いらしいぞ? まさかアイツの子供じゃ……」
「バカ言え! あんなやばい魔獣がこんなに愛くるしいわけねぇだろ!」
わしゃわしゃと頭を撫でられ、気持ちよさそうに目を細めるクロ。
クロ……。お前って結構やばいのか?
とりあえず、こうしてクロは一躍、ギルドの看板犬となった。
*
クロを拾ってからというもの、僕たちの貧乏生活はさらに拍車がかかっていた。
クロはまだ子供とはいえ魔獣だ。大食漢な上に、そこらの雑草や粗末な干し肉には見向きもせず、ギルドの厨房から盗んできた高級生肉しか食べない。
「くぅ〜ん」
「よしよしクロ、美味いか? いっぱい食べて大きくなれよー」
「甘やかすんじゃないわよ!!」
ギルドの談話室で、ローラの怒声が響き渡った。
「あんたねぇ! クロの食費のせいで、私たちの今日の夕飯、ただの塩スープなのよ!? なんで犬が特上ロース食べてて、飼い主(仮)が塩水飲んでるのよ!」
「仕方ないだろ。クロは育ち盛りなんだ。それに、僕はパーティを抜けてるから食費は別会計のはずだぞ」
「別会計も何も、あんた一銭も払ってないでしょうが!」
「うぅ……お腹すきました……。剣を振る力も出ません……」
ミレイアが机に突っ伏して泣き言を漏らす。
エドガーに至っては、空腹を紛らわせるために水をがぶ飲みしていた。
「よし、背に腹は代えられない。一番手っ取り早く稼げる依頼を受けるぞ」
僕たちはギルドの掲示板に向かった。
だが、まともな討伐依頼はすでに他の冒険者に取られており、残っているのは地味な雑用ばかりだった。
「あ、これなんてどうですか!?」
ミレイアが指さしたのは、端の方に貼られた古くさい依頼書だった。
『ギルド地下・旧備品保管庫の清掃および不用品処分』
【報酬:銀貨五枚(+保管庫内の不要物は持ち帰り可)】
「ギルドの地下? そんな場所あったかしら」
「雑用だが……今の俺たちには背に腹は代えられん。銀貨五枚あれば、まともな飯とクロのエサが買える!」
「持ち帰り可ってのがいいな。昔の掘り出し物でもあれば儲けものだ」
こうして僕たちは、わざわざ街の外へ出ることすらなく、自分たちが寝泊まりしているギルドの地下へと向かうことになったのだった。
*
ギルドの地下深く。
湿気と埃の匂いが立ち込める廊下の突き当りに、頑丈な鉄の扉があった。
「うわぁ……何年放置されてたんですかね、ここ」
ミレイアが怯えながら扉の取っ手を掴む。
ギギギ……と不気味な音を立てて扉が開くと、そこは想像以上に広大な地下空間だった。打ち捨てられた木箱や壊れた樽が山積みになっている。
「よし、チャッチャと掃除して銀貨をもらうぞ」
僕たちが掃除を始めて十数分後。
部屋の奥で遊んでいたクロが、「きゃうん!」と甲高い声を上げた。
「ん? どうしたクロ」
見に行くと、山積みになった木箱の裏側に、怪しげな『隠し扉』が埋もれていた。
扉には何重もの鎖が巻き付けられ、物々しいお札が貼られている。
「……ねえ、これ絶対に開けちゃいけないやつじゃない?」
ローラが引きつった顔で後ずさる。
「大丈夫ですよ! 『不用品処分』って書いてありましたし、きっと古い家具とかが入ってるだけです!」
ミレイアが持ち前の能天気さを発揮し、「えいっ」とお札をビリッと引き剥がした。
「あッ!? バカ、何やって――」
ローラの制止も虚しく、ミレイアが鎖を引っ張ると、老朽化していた鍵がボロッと崩れ落ちた。
そして、扉が滑らかに開く。
――次の瞬間。
圧倒的な重圧が、地下室全体を支配した。
「ひゃいっ!?」
ミレイアがカエルがつぶれたような悲鳴を上げて転ぶ。
扉の向こうから漂ってきたのは、埃の匂いではなく――芳醇なアロマの香り。そして、豪華絢爛な絨毯が敷き詰められた、不釣り合いすぎる超高級リラクゼーションルームだった。
部屋の中央には、巨大な泡風呂。
そこに、頭に漆黒の角を生やし、禍々しい甲冑を着た男が、アヒルのおもちゃを浮かべながら優雅にお湯に浸かっていた。
「………………」
「………………」
僕たちと、甲冑の男の目が合った。
男は静かにワイングラスを置くと、湯船から立ち上がった。全身から溢れ出る圧倒的な魔力が、地下室の空気を激しく振動させる。
「……何者だ、羽虫ども。我が魔王軍幹部『殺戮のアルグラド』の、貴重なプライベート休養所(サウナ付き)に足を踏み入れるとは……いい度胸だな」
「ま、魔王軍幹部ーーー!!????」
エドガーとローラがハモって叫んだ。
「な、なんでギルドの地下の物置の奥に、魔王軍幹部のプライベートサウナがあるのよ!?」
「フハハハ! 『灯台下暗し』というやつだ! 冒険者ギルドの真下に隠れ家を作れば、誰も気づくまい! 我はここで人間界侵略の英気を養っていたのだ!」
アルグラドはバスタオルを腰に巻き、禍々しい大剣を構えた。
「理由はどうあれ、我が極上の休日を邪魔した罪は重い! 貴様ら全員、生きてここから出さん! 我が『殺戮』の美学(および至高のプライベート空間)の露と消えるがよい!」
「くっ……! みんな、俺の後ろに――」
エドガーが死を覚悟して前に出ようとした、その時だった。
「ちょっと待ってほしい」
僕がすっと片手を挙げた。
「ユエン!?」
「アルグラドさん、でしたっけ。一つ確認したいんですが」
僕は湯気の立ち込める豪華な部屋を見回しながら言った。
「あなた、ここで『殺戮の美学』とか言ってますけど……これ、ギルドの敷地内ですよね?」
「む? そうだと言っただろ(正確には地下三階の旧倉庫エリアだ)」
「ということは、この豪華なジャグジーの水道代や設備費、あとそのアロマオイル代って、どこから出てるんですか?」
「……は?」
アルグラドが拍子抜けした顔をした。
「いや、どこからって……我のポケットマネー(魔王軍の経費)だが……」
「違いますよ」
僕は人差し指をチッチッと振った。
「あなたが隠れて使っている分、ギルド全体の光熱費が毎月跳ね上がってるはずなんです。つまり、あなたがタダ乗りしているせいで、僕たち末端の冒険者の報酬が削られ、巡り巡って今日の僕たちの夕飯が『塩スープ』になってるんですよ!」
「な……なに……!?」
「あなたねぇ、『殺戮』とか格好いいこと言ってますけど、やってることは冒険者ギルドの地下に勝手に住み着いてタダでサウナ入ってる超迷惑な不法侵入者ですからね?」
「ふ、不法侵入者だと……!? 我は恐怖で世界を統べる魔王軍幹部だぞ!?(一応サウナ税くらいは払ってもよいと思っているが!)」
「じゃあ聞きますけど!」
僕が一歩踏み込むと、アルグラドが思わず半歩後退した。
「魔王軍幹部ともあろうお方が、わざわざ敵の本拠地の地下にコソコソ隠れて、コソコソサウナに入って、コソコソアヒル浮かべてて恥ずかしくないんですか!?」
「ア、アヒルは浮かせたかったから浮かせただけで――」
「堂々と表から侵略してこないで、地下でぬくぬくジャグジーに浸かってる時点で、あなたの『殺戮の美学』とやらは完全に形骸化してるんじゃないですか? それとも何か? サウナに入った後に殺戮した方が整うからとか、そういうしょうもない理由ですか!?」
「ぐっ……!? た、確かに……整った後の方が集中力は増すが……(水風呂との交互浴を経た後の脳内麻薬は捨てがたい……!)」
「ほら認めたー!」
僕の追求に、アルグラドは冷や汗を流し始めた。
「いいですか!? あなたがここで僕たちを殺戮したとします。でも、その後どうします? 事件が発覚してこの秘密サウナは撤去され、あなたはもう二度とこの極上のジャグジーに入れなくなりますよ?」
「……ッ!?」
アルグラドが絶句した。
「逆に! 今ここで見逃してくれれば、僕たちはこの部屋の存在を黙っておきます。そうすれば、あなたはこれからも仕事帰りにここで『整う』ことができる。……どちらがあなたにとって『真の勝利』か、賢明な魔王軍幹部なら分かりますよね?」
「我の……我の『整い』の時間が……奪われる……!?」
アルグラドは大剣をポロッと床に落とし、頭を抱えた。
「そうか……我がここで暴れれば、この極上の湯処が失われる……! 我は侵略のことばかり考え、最も大切な『休日の質(QOL)』を見失っていたというのか……!?」
「分かればいいんです。さあ、今日のところは大人しく上がって、私服に着替えて帰りなさい」
「う、うむ……すまなかった。我が浅はかであった……(次回からはアロマの匂いも控えめにしておこう……)。今日は大人しく本国へ引き上げるとしよう……」
アルグラドはショックを受けた様子でバスタオルを巻き直し、コソコソと隠し扉の奥の転移陣へ消えていった。
*
静寂が訪れた。
豪華なジャグジーからは、ポコポコと優雅な泡が立ち上っている。
「………………」
エドガーは大剣を構えたまま石化し、ミレイアは口をぐうの音も出ないほど開けて固まっていた。
クロだけが「きゃうん!」と嬉しそうにジャグジーの湯を舐めている。
「よし、不用品処分完了だな。この部屋、僕たちの秘密基地にしようぜ」
僕が振り返ると、ローラが震える手で僕の胸ぐらを掴んできた。
「ちょっと待ちなさいよユエン!!」
「なんだいローラ。静かにしないとアルグラドさんが整わなくなるだろ」
「整わなくていいわよ!! なんで魔王軍幹部が光熱費の概念とサウナのQOLに納得して帰っていってんのよ!!? 意味が分からなさすぎるでしょうが!!」
「屁理屈じゃない。生活の知恵だ」
「完全に言いくるめただけでしょうが!!」
その後、僕たちは「地下でヤバい部屋を見つけた」とリンさんに報告。
魔王軍のアジトを(言葉だけで)無力化した功績として、ギルドから金貨十枚という破格の特別ボーナスが支払われた。
「やったぞクロ! 今日から特上ロース食べ放題だ!」
「わーい! お肉ですー!」
「……もう何が何だか分からないけど、飯が食えるならいっか……」
諦めた顔で呟くエドガーと、頭を抱えるローラ。
こうして僕たちの『パーティを抜けたまま居座る』冒険者生活は、今日も平和(?)に続いていくのだった。




