第019話 雨上がりの大通り
アナコンダ・クーパー……ハジャ村出身の熱血少年。魔力はないが国家魔術師になりたい。尻穴の中にニョルモルモを挿れることで魔術を使えるようになる。
ニョルモルモ……ヘビみたいなドピンクの魔物。種族は蛇人族。上官の猪人族に同胞を食べられた。
サオ・アルージャン……「ふえぇ~」が口癖の男の娘。かわいいものを集めるのが趣味で、裁縫が得意。
チッチ・アルージャン……無表情の国家魔術師。アナコンダの弟子入りを認める。
だんだんと雲が薄くなり、太陽の光が輝きを増すにつれて、ちらほらと大通りに人が現れ始め、昼を過ぎる頃にはすっかり人でごったがえしていた。
ここ数日間の王都は、台風の影響で完全に活気を失っていたが、とうとう外に出られる日が来たとあって、人々は憂さを晴らすように外へ出たわけだ。
用がなくても歩く。
客が入りそうになくても店の前で声を張る。
買いたくなくても買う。
こうしたおかしな振る舞いを、
「粋」
と呼ぶだけの豊かさが王都にはあった。
しかし――
そのかたすみに、世の中を冷めた目で見つめるやつらがいた。
一人は生え際の後退した筋肉質な男。
もう一人はだらしない体型のアフロ男。
いずれも青年の坂を越え、中年まっただなかにある。
そう。
アナコンダとサオを殺そうとして失敗した二人だ。
「わしら、ついてないですね……」
雨でびしょ濡れになったし、軽く火傷を負わされた。
そして腹がへっている。
「ジオさん。また辻斬りでもして金を盗みませんかい」
アフロの男がにやりと笑いかける。
名をビリー・ブルドッグという。
が、しかし、でこっぴろのジオ・サンコーザは気乗りしない様子。
「まだ朝だぞ。それに王都は警察も多い」
「まあ、そうですけど。でも昨日から何も食ってないじゃないですか」
「落ち着け。もし逮捕されてみろ。国もとの親にどれだけ迷惑がかかるか……」
「う……」
不良のくせに意外と親思いなところがある……わけではない。
彼らは腰に剣と杖を差している。
杖の所持は誰でも可能で、魔術を扱える者でなくとも、年寄りや負傷者がついて歩いていることもある。
だが、剣は違う。
帯刀は貴族にしか許されない。
ということはつまり、
「これでも俺様たちは貴族なんだぜ」
では、どうして子供を襲うという、ろくでもない所業に及んだのか。
ジオは苦々しげに、
「ただでさえ俺様たち次男坊は実家に居場所がないんだ」
「わしは五男ですぜ」
「そうだったか? まあ、いい。何にしても、長男以外は領主の地位を継げないわけだ」
「へい」
「俺様も貴様も、長男が死んだ場合に備えて生み落とされただけのスペアだ。兄貴が無事に成人した今、言わば邪魔物よ。何の仕事もせず、家でタダ飯食らいする身の上なんだからな。これで何か問題でも起こしたら、親父や兄貴は喜んで俺様から貴族の地位を剥奪。家から追放するだろうぜ」
「それどころか、殺されちまうかも……」
「ふ。確かに、な。家名に泥を塗った息子なんざ、かばうより始末した方が好都合ってわけだ」
と、こういう次第で、成人した次男以下はろくな扱いをしてもらえない。
子供のいない貴族に養子入りできれば幸せ者。
だが、そんなことは滅多にない。
たいていの場合、臣下として我が家に仕えるか、もしくは商人などになる。
上級貴族としての人生に比べれば、いずれもみじめだ。
いい暮らしを続けたいのなら、
「国家魔術師を目指すのが王道」
とされていた。
貴族に魔術師は多いのだ。
そもそも――
かつて魔物との戦争が絶えなかった時代において、魔術で戦い、武勇を誇った者たちが権力基盤をかため、貴族として成り上がったのであり、その血は現代にも受け継がれている。
魔術を使える次男坊以下は、国家魔術師となることで人生一発逆転しようともくろむことになる。
「国家魔術師ってのは俸給がいいんですってね」
「それだけじゃない。各地へ派遣されるたび、人脈を作れるし、各地方の活きのいい情報を得られる。これをほしがる商人は多いぜ。何もしなくても、あっちから金も物も寄ってくるだろうよ」
「くぅ~。たまりませんや」
こうした特権にあやかれることを期待して、彼らの親は中年の息子を養い続けている。
とは言え、アラフォーはきつい。
「そろそろ本気を出さないと、親に見限られちまう」
「わしんところも、親がうるさくて……」
「だから今年は早めに王都へ出張ってきたんだ」
国家魔術師試験は、まだ2ヵ月先だ。
試験会場となる王都へ到着しているのは気が早すぎる。
彼らの目的は、ライバル潰し。
「今までにどれだけのザコを殺したり再起不能にしたりしたことか。げへへ。思い出すと笑いが止まりませんぜ」
すでに被害者は出ていた。
だが、被害届は出ていない。
この国では喧嘩両成敗の法がある。
へたに訴え出ようものなら、まず自分が、
「公序を乱した」
として裁かれかねない。
その上、庶民が貴族を相手に裁判するのは分が悪い。
ジオとビリーの腰に剣があるのを見た途端、被害者は泣き寝入りを決意しただろう。
しばらくの間、二人は罪無き人々を痛めつけた記憶にひたって、
「くくく……」
にやにやした。
だが、そのうち、
「くそっ……」
いらいらした。
ジオもビリーも魔術師の中では決して強い方ではない。
年齢を考慮すれば、尚更、
「国家魔術師になれるほどではない」
程度の才能なのだが、それでも今朝のように完敗するのは初めての経験だった。
しかも、相手は話が通じない、バカ丸出しタイプの子供。
そんなのに負けてしまったことが悔しくて悔しくて仕方ない。
ビリーは道に唾を吐き、
「雨もやまないし、厄日ですぜ」
「やまない雨はないぜ」
「そうはおっしゃっても、ジオさん……」
「見ろ」
二人の中年の視線が捉えたのは、通りを歩く二人の子供。
まさしくアナコンダとサオだ。
相合傘をして、楽しげにおしゃべりしている。
近くに危ないおじさんたちがいることに気づいていない様子だ。
ジオが邪悪な笑みを浮かべる。
「ほら。雨がやんだぜ」
* *
「お。雨がやんだぜ!」
アナコンダが喜んで傘から出ると、サオは不満そうに傘をたたんだ。
10分ほどの相合傘だった。
長かった雨がやみ、雲の切れ間から光が差しこむと、アナコンダのテンションが上がる。
王都の城下町は人も店も多すぎる。
「何して遊ぼうか迷うな!」
「社会見学するんでしょぉ~」
「同じだろ」
「全然ちがうよぉ! 真面目にやらなきゃ試験に合格できないよぉ?」
アナコンダは舌打ちする。
さて。
時間を巻き戻そう。
数時間前のことだが――
入浴をすませたアナコンダとサオは、乾いた服に着替えて、廊下へ出た。
そこには執事やメイドがずらずらーと並んでいる。
アナコンダの家には当然、そうした人々はいないため、
「サオん家って大家族なんだな」
と、へんてこな感想を言ってしまった。
恥をかいた後、居間へ通された。
これまたアナコンダの人生経験からすると、
(居間だけで俺の家がすっぽり入る)
広さなのだが、これは心の中で思うだけにしておいた。
すでにチッチは着席しており、コーヒーをすすっていた。
机の上に用意された食事を指して、
「食え」
「いいのか!?」
「いい。食え」
「おう! いただきます!」
サオはとっくに朝食をすませていたし、チッチは子供二人が風呂に入っている間に食べ終えていた。
マナーも知らないアナコンダが、手づかみで高尚なブランチを堪能している間、サオが早朝の事件を母へ説明した。
それから、申し訳なさそうに、
「ごめんねぇ……」
「うん?」
「ぼくが作ったかわぃ~ぬいぐるみ、見せてあげようと思ったのにぃ。踏まれて、汚れちゃったんだぁ」
「ふん……」
チッチにとっては心底どうでもよかったらしく、そんなことのためにわざわざ外出するなと注意だけした。
サオは反論せず、
「はぃ……ごめんなさぃ……」
しょんぼりしていた。
さて、チッチは出かけなければならない。
「王宮へ参じて、今回の任務について報告しなければならない。帰りは夜になるだろう。サオ」
「なぁに?」
「アナコンダを観光へ連れて行け」
「か、観光ぉ? 試験に備えて特訓とかしないのぉ?」
「こいつは田舎者だから常識がない。こいつの試験勉強はそこからだ」
「ふえぇ~……」
こうした経緯で――
サオはアナコンダをつれて大通りを歩いている。
この時、二人の少年はともに10歳。
かたや魔術が強くて常識にうとく、かたや魔術が弱くて知識は豊富という、正反対の性質を持っていた。
「あら。サオちゃん。久しぶりねえ。元気にしてた?」
サオは顔が広いらしく、どこへ行っても、大人たちから声をかけられていた。
店の人だけではない。
通りすがりの人でさえ、
「そっちの子はサオちゃんの彼氏か?」
などと気安く話しかける。
おちょくりではない。
街の人々は心底からサオに対して親愛の情を持っているようだった。
それは屈託のない笑顔が物語っている。
「違うよぉ。まだ彼氏じゃないもぉん」
「へえ。じゃあ、どういう関係?」
「どういうって……同棲相手ぇ♡」
かくして、アナコンダはなんだか、
(外堀を埋められつつある気がする……)
不安になりながら、図書館、博物館、美術館と、あれこれ見て回った。
まごうことなき社会見学だ。
サオは博学なので、博物館で展示されている巨石を見たら、
「これは遺跡から出土した、大昔の聖書なんだよぉ」
などと、いちいち解説をしてくれるし、それが大変わかりやすい。
が、わかりやすければ面白いとは限らない。
アナコンダがうんざりした顔つきで、
「もっと楽しいところはないのか?」
「え……もしかして、ぼくとのデート、つまんなぁい?」
「デ……!?」
「あ。違ぅ! きゃぁ~。間違えちゃったぁ」
サオは頬を赤らめて、
「でも、大丈夫ぅ。次は絶対アナコンダくんも楽しめるところだからぁ」
「どんなところだ!?」
「かわいいお店ぇ」
「……」
「ぼくの行きつけのお店で、ぬいぐるみがたっくさんあるんだぁ」
「帰ろうぜ」
「ふえぇ~!?」
アナコンダは、ぬいぐるみに興味などなかった。
サオはあわてる。
「ぼくを捨てないでぇ。アナコンダくんの行きたいところにつれてってあげるからぁ!」
「じゃあ、かっこいいとこ行こうぜ」
「かっこいいところぉ……って、どんなところぉ?」
「かっこいいのは強いってことだ」
「そっかぁ。国家魔術師になりたいくらいだもんねぇ」
サオが良案を思いつくのに、1分もかからなかった。
「射撃場……って、どうかなぁ?」
近くに魔術用の射撃場があった。
用意されたマトにただ当てるだけでなく、アトラクション要素もあり、魔術師にとても人気があるのだとか。
アナコンダ、にわかにテンションが上がる。
「熱血だ! すぐ行こうぜ!」
手を握られたサオが嬉しそうにする。
少年たちは知らなかった。
「くくく……」
二人の不良中年に会話を聞かれていることを。
「ジオさん。こいつぁチャンスですぜ」
「ふ……もう、こそこそする必要はないようだな」
ジオとビリーだ。
物陰からアナコンダとサオを眺めている。
ここまでずっと尾行していたのだ。
彼らがにやついている理由は、
「決闘での殺人や稽古中における死亡事故は罪に問われない……」
だから。
つまり、喧嘩をふっかけさえすれば、人の目をおそれることなく殺害できるというわけだ。
とは言え、アナコンダには、ついさっき敗北したばかり。
「案ずるな。勝算はある」
「ジオさん。もったいぶらずに教えてくださいよ」
「簡単なこと。手強いのは赤毛の方よ。もう一人のくるくるぱーは問題外。つまり……」
声をひそめて作戦を伝える。
「なるほど……そりゃいいや」
「くくく。ガキどもに大人のおそろしさを味わわせてやろうぜ」
ジオとビリーが下卑た笑いをもらした。
( ̄ー+ ̄)( ̄▽ ̄)




