第014話 ここで暮らそうや
アナコンダ・クーパー……ハジャ村出身の熱血少年。魔力はないが国家魔術師になりたい。尻穴の中にニョルモルモを挿れることで魔術を使えるようになる。
ニョルモルモ……ヘビみたいなドピンクの魔物。種族は蛇人族。上官の猪人族に同胞を食べられた。
チッチ・アルージャン……無表情の国家魔術師。アナコンダの弟子入りを認める。
ネオン・ペドベッド……盗賊団〔ペドベッド一味〕の御頭。元国家魔術師。ショタコン。
フェニカイ・パンカ……ラトン町教会の神父。つるっぱげの老人。
「いただきまーす!」
教会内の食堂にて、昼食の時間。
「食事も熱血だ!」
爆速で飯をかっこむアナコンダ。
その横に座るのはネオンで、相変わらず腰を痛めているらしく、猫背になっている。
「少年よ。よく噛んだ方がいい。お腹を壊すぞ」
「それもらうぜ!」
「少年! お姉さんから、おかずを奪わないでくれ! もっと他に奪ってほしいものがある! ついでに言うと、お姉さんのおかずはきみだ!」
フェニカイが立ち上がり、
「アナコンダくん。ゆっくり食べなさい。作ってくれた方々や運んでくれた方々へ感謝しながら、ね」
神父らしい態度で子供を教えさとすと、次は成人女性に対し、
「それから、ネオンさん。子供のいるところで変な発言をなさらないように」
「なっ……! 少年。きみのせいで、お姉さんまで叱られてしまったじゃないか。ガチトーンの説教されるのは久しぶりだぞ。だってもう私は四十ちかい……げふんげふん。本当に、きみは罪なやつだ。体で償え♡」
こんなふうにまったく反省の色を見せないので、ネオンはとうとう、
「次に変なことをしたら追放ですよ」
とフェニカイにすごまれてしまった。
「ちょっとトイレへ……」
ふいにアナコンダは席を立った。
つとめて、さりげなく。
個室の扉を閉めると、アナコンダはズボンを脱ぎ、
「ふんっ……っううぅ……」
気張った。
「お゛っ……ほぉお」
「変な声を出すな!」
尻穴から出てきたニョルモルモが、床の上でのたうちまわる。
「あーもう臭い! 臭すぎて死ぬ! 早よ洗ってくれ!」
トイレに人が来ないか気にしつつ、アナコンダは丹念に洗ってやった。
今度はニョルモルモが変な声を出して、もだえた。
もだえつつ、
「持ってきたんやろ?」
「何を?」
「とぼけるなっちゅうねん。ちゃんと見てたんやで」
二人は視界を共有している。
ニョルモルモは直腸の中に挿入っている間、アナコンダの見ているものを見ることができるのだ。
「ポケットに入ってるぜ」
「うおっしゃあ!」
綺麗になったニョルモルモがズボンのポケットへ飛びこむ。
そこには、アナコンダが食堂でこっそり回収したものがあった。
食事だ。
待ち望んだ町の食事に、ニョルモルモはかぶりつく。
ところが……
「何や、これ?」
意外にも質素な味だった。
「猿人族って、もっとこう工夫したもの食ってるんと違うんか? それともお前の村だけ異常にグルメやったんか? この料理、めっちゃ普通やで」
教会の昼食は、
・かっちかちのパン
・具のないスープ
・ほんの気持ち程度の肉を豆と一緒に炒めたもの
以上。
はっきり言って、
「しょぼい」
のは、アナコンダも認めざるを得ない。
昨日食堂で上等な食事をとったばかりなのだから。
「多分この教会って貧乏なんだと思うぜ」
「そ、そんな……」
「でも、まずくはないよ。それになにより、食事で一番大事なのって、腹いっぱい食うことだろ?」
「量も大したことないやんけ!」
なげきつつニョルモルモは食べた。
「ほんで、お前、どうするんや?」
「え?」
「ここで暮らす覚悟はできたんか?」
「料理に不満があるんだろ?」
「料理はちょっとカスいけど、ええとこや」
「楽しいもんな」
「そんな曖昧な理由ちゃうわ。安全やからや」
ニョルモルモが言っているのは、教会の教えのことだ。
話は、アナコンダがフェニカイに不戦の誓いを要求された時にさかのぼる。
フェニカイは、
「悲しい想いをしている人に手を差し伸べる」
ことによって人を救えると説いた。
しかし、それでもアナコンダはかたくなに、
「武器は悪い道具じゃないぜ。だって、相手が攻撃をしかけてきて、それでも戦いませんなんて通用しないじゃんか」
「私は戦いませんとも」
「じゃあ、魔物が襲って来ても?」
「戦いません」
「……マジ?」
「魔物にも愛を。それが神ナマバの教えなのですから」
堂々と断言するフェニカイ。
アナコンダは圧倒されて、言葉が出なかった。
結局、アナコンダは誓いを保留してもらうことになった。
「ただし、今日の夜までに結論を出すように」
でなければ、教会を追い出すと言う。
アナコンダには迷いがあった一方、ニョルモルモは大はしゃぎ。
「万が一わしの存在がバレたとしても安全や。殺さん言うてたもんな。なあ、アナコンダ。他にこんなええところはないで。ここで暮らそうや」
「でも……」
「旅なんかやめや、やめ! 国家魔術師なんかにならんでええ。安全に、楽しく、慎ましく、小さな幸せを見つけて生きていこうや」
「……ニョルモルモ」
「何や?」
「俺、気づいたよ。すごく大事なことに」
* *
食後。
子供たちはお手伝いに駆り出された。
大きな教会なら神父が複数人おり、加えて尼や見習いもいるものだが、ここは小さな町の教会なのでフェニカイしかいない。
よって、子供たちに立ち働いてもらわないと生活が回らないのだ。
フェニカイは申し訳なさそうにお願いしたが、
「そんなことくらい余裕だぜ!」
アナコンダは早くに父を亡くして母と二人で暮らしていただけあって、食器洗いや掃除など、ちょちょいのちょいだった。
頼まれたことは一発で理解して完璧にこなす上、頼まれていないことまで、いつの間にか終わらせている。
家事で無双するアナコンダに、
「すっげえ……」
教会暮らしの長い子供たちでさえ舌を巻いた。
「ん? 俺なにかやっちゃったか?」
「お前、天才じゃん!」
「天才? いやいや。俺はただの熱血だぜ」
「意味わかんねー!」
早くもアナコンダは人気者だった。
「じゃあ、今度はあっちを掃除しよう」
「教会の中は全部やっただろ?」
「ここ以外にも建物があるんだよ」
「へえ?」
「わかんない? 今日は月隠りだよ!」
「……うん?」
夜空に月が現れない日、教会で〔火まつり〕というもよおしがおこなわれることになっている。
アナコンダは首をひねって、
「子供がやっちゃいけないやつか?」
「それは火遊びでしょ」
記憶をたぐると、
「村でも何かやってたような気がするぜ。確か、燃やして遊ぶんだよな」
「遊ぶんじゃなくって、お祈りするの! さ、行こう!」
子供たちの後に、ネオンも続く。
腰痛なので手伝えるわけではないのだが、無意味についてくる。
呼吸が荒く、頬が紅潮している。
誰も、
「大丈夫?」
とたずねないのは、この大人が大丈夫ではないことを早くも子供たちが理解したからだろう。
夕暮れ。
雲ひとつない空が赤く染まりつつある。
教会の敷地内には、礼拝堂や食堂などの入る建物の他に、こじんまりとした建物があった。
一見すると工場のようだが、中に入っても、
「工場じゃん」
としか言いようのない構造になっていた。
壁には装飾がほどこされておらず、床は石が剥き出しの状態。
机の上に機械類が無造作に置かれているが、アナコンダには、
(農作業には関係なさそうだな)
くらいのことしかわからない。
一番目立つところに、かまどのようなものがある。
「これ何だ?」
「溶解炉」
「よう……?」
「溶解炉。杖を燃やして溶かすんだよ」
「杖を……燃やして溶かす!?」
アナコンダの驚愕を感動と受け取ったのか、子供たちはほうきを掃きながら誇らしげに、
「木でできた杖は燃やせるけど、金属製の杖とか剣とかは溶かすしかないでしょ?」
「でも……そんなことしたら……」
「そう! 武器がなくなったら平和になるし、平和になったら、がんばった御褒美に天国へ行かせてもらえる! いっぱい燃やそうね!」
盛り上がる子供たち。
ネオンは、ずっと工場の中を歩き回って、掃除の邪魔になっている。
男児に殴られても喜ばず、むしろ舌打ちをした。
と、そこへ、
「神父のじーさん!」
「アナコンダくん、心は決まったかな?」
フェニカイが姿を見せた。
* *
日が落ちると、真っ暗になるラトン町。
だが、今日は違う。
通りに立てられた松明に火がともされ、町全体を明るく照らしている。
各家屋や商店の玄関に小さな神像がとりつけられているのも、古くから続く〔火まつり〕の風習。
人々は明るい表情で通りを歩いている。
全員、同じ方向へ流れていることから、行き先は同じなのだろう。
その中に一人、暗い顔つきの女が混じっている。
(まずいことになった……)
国家魔術師チッチ・アルージャンだ。
(やはりアナコンダはあのゴミカス女に拉致されてしまったのか……?)
昨夜――
チッチが警察を率いて化粧問屋へ戻ったところ、アナコンダと〔ペドベッド一味〕の姿が消えていた。
警察に、
「店の人たちのことは頼む。死者は出ていないはずだ」
指示すると、ただちに弟子と犯罪者を探しに外へ出た。
(無事でいてくれ。でなければ、私は……)
経験の浅い少年を、よりによって凶悪ショタコン痴女と一緒にさせてしまった結果なのだから、チッチの後悔は大きい。
とても口には出せないような最悪の事態を想定した。
責任感から、チッチは夜通し町を走り続けてアナコンダを捜索した。
それから丸一日が経ったものの、手がかりは得られず。
チッチにとって、今日が〔火まつり〕の日なのは非常に助かった。
(大勢の人が教会に集まる。聞きこみがはかどるだろう)
教会の真ん前まで来た途端、声を張り上げて、
「アナコンダという名の少年を見た者はいないか!?」
「師匠じゃん!」
「うわあ!」
まさかの本人から返事があった。
「お前……こんなところに……」
アナコンダは見知らぬ子供たちと遊びに興じていた。
けがをしている様子はなく、精神的にまいっているようでもない。
(色々な意味で無事だったようだ)
チッチはほっとした。
「おい。いったい何があったのだ?」
教会の敷地へ足を踏み入れかけた時――
「師匠! ダメだぜ!」
「む?」
「ここは教会。入りたきゃ、武器の放棄と不戦の誓いをしてもらわなきゃ」
「ああ。そうだったな」
とは言え、杖をうしなうわけにはいかない。
ならば、
「お前が出て来ればいいだろう」
「断るぜ!」
「何!?」
アナコンダはへらへら笑っていた。
思えば……
(散々私を心配させておいて、なんだ、この態度は……)
師匠への敬意も、任務への緊張感も、まるで見当たらない。
いらいらしながらチッチはあれこれ質問するが、アナコンダはまともに答えない。
とうとうチッチの短い導火線に火がついた。
「お前、本気で国家魔術師になるつもりがあるのか!」
「俺、旅をやめて教会で生きていくぜ!」
ふざけた回答に、チッチの怒りが爆発する。
「舐めるな!」
教会のルールを無視してチッチが一歩踏みこんだ。
右手をかたくにぎりしめて、アナコンダに全力グーパンチを放つ。
すると、
「いけません!」
「あっ……」
両者の間に割りこんだハゲ頭が、アナコンダの代わりにチッチの拳を受け止めた。
鈍い音が響くと同時に、教会内を静寂が包む。
子供たちがつるつる頭の老人を心配そうに見守っている。
「これは、とんだことを……」
チッチがあわてたのは、身なりからして確実にこの老人が神父だったからだ。
ドジョウ王国のどこにあっても、神父は尊敬の対象なのだ。
「師匠。ダメだよ、年寄りをいじめちゃ……」
アナコンダは、片手をチッチのポケットに押しこみながら、彼女を神父から引き離した。
神父、つまりフェニカイは優しい声で、
「教会内で暴力沙汰は御法度です。あなたにも事情がおありでしょうから、今回だけは見逃してあげますが、どうしても当教会へ参られたいとおっしゃるなら、まずはそちらの杖を回収させていただきます」
「う……」
チッチはたじろぐ。
頭の上にたんこぶをつくっても、さすがの神父。
気迫がこもっている。
そして、なによりチッチの気をめいらせたのが、子供たちの瞳。
尊敬の眼差しで神父を見つめている。
それ自体は当然のことかもしれないが、それにしたって、
(アナコンダまで目を輝かせているのは何事だ!?)
町民からの厳しい視線が突き刺さる中、やや声のトーンを落として、
「教会に残ってどうする? 民の命を守るんじゃなかったのか?」
「ここ、みなしごが多いんだ。俺と同じ。居心地がいいぜ!」
アナコンダの決意は固いようだった。
さらにフェニカイの言葉がだめ押しとなる。
「あなたはこの子を弟子にしたそうですが……こんな小さな子供を魔物と戦わせるおつもりですか? それはこの子を殺すも同然ですよ」
返す言葉がなかった。
チッチは来た道をおとなしく引き返す。
教会を離れ、一人、夜道を歩く。
今の彼女に松明の光はまぶしすぎて、うつむきがちになる。
(弟子入りも認めたのも、子供を捕り物に参加させたのも、間違いだった)
所詮、子供は子供。
同年齢の子と遊びたい盛りだろうし、複雑な世の中を単純な思考でしか捉えられない。
チッチは深く反省した。
と当時に、心のどこかで安堵してもいた。
(あの人の息子まで殺さずにすんだわけだ)
それにしても、アナコンダの方針転換は不思議なくらい急だった。
「……?」
チッチは、ふとポケットの中から、がさがさと音がするのに気づいた。
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