郷愁1
その家の前で、君枝達と拳児は落ち合った。
「まあ大抵のことは俺に任せてくれりゃあええ」
そう言って、拳児は、鍵を君枝に手渡す。
君枝は頭を下げた。
「ありがとうございます。助かります」
「ええんじゃ」
「あと、私達のことは……」
「詠月には教えんよ。それでええんじゃろう?」
「ありがとうございます」
「ただ、条件がある」
「はい?」
「俺も、混ぜろ」
そう言って、拳児は子供のように微笑んだ。
鍵を用意してもらって、断るわけにもいかない。君枝は、情報屋を見た。
「やむないでしょうな」
情報屋は淡々と言う。
「それなら契約成立じゃ。楽しみじゃのう」
そう言って、上機嫌に拳児は家へと歩いて行く。
君枝は慌ててその先を行き、家の鍵を開けた。
拳児は家の中に靴を脱いで入っていくと、適当な部屋を寝床にして転がった。
また、変な話になったものだ。
情報屋も適当に自分の部屋を探している。
遠夜だけが、入り口で立ち尽くしていた。
女の子のような顔立ちに暗鬱な表情を浮かべ、日差しから影に包まれた室内を見ていた。
「行こう、透夜君。夜まで休む場所は必要だ」
「そうだな……」
言って、遠夜は靴を脱いで家の中に入ってくる。そして、一人、二階へと向かった。
君枝は家の中をなんとなくうろつく。
そこには、生活臭がまるでなかった。家財道具が撤去されているのだからそれも当然だ。
そのうち、庭の縁側の部屋が日当たりが良いことに気がつくと、そこで休むことにした。
雑草が生え放題の庭を眺める。
そのうち、柱に書き込みがあるのを見つけた。
トオヤ、十二歳、百四十五センチとある。
(遠夜君の祖父母の家らしいけど……可愛がられてたのかな)
遠夜は、孤独を背負っているように見える。そんな彼にも、可愛がられた頃があったのだろうか。
そんなことを考えていると、思考を読み取ったように遠夜が一階に降りてきた。そして、庭で剣を振り回し始める。
「ねえねえ、遠夜君」
「なんだ?」
遠夜は、動きを止めずに問い返す。
「ここに書いてあるトオヤって、遠夜君のこと?」
「……そうだ」
遠夜は、動きを止めて答えた。
「トオヤ十二歳ってあるね。随分慎重伸びたんだね」
今の遠夜は、百六十センチはあるように見える。
「それでも、まだ小柄だ」
「十分だよ。可愛がられてたんだね」
「……逃げていただけだ」
遠夜は、拗ねたようにそう言って、再び剣を振り回し始めた。
「どういうこと?」
「お前も修練しなくていいのか? 敵は強大だった。あの翔子が防戦一方だ。俺達も、力がいるとは思わないか」
それは尤もな話だった。
「修練って、何すればいいのかな?」
「自分で考えろ」
いっそ、翔子に訊きたいような気持ちすらある。
しかし、再びコーポスミレを危険に陥れるつもりはなかった。
霊脈から力を引き出していた時のあの気持を思い出す。
あの時、君枝を包んでいたのは漆黒の感情だった。あれを、どう再現すれば良いのだろう。
答えが出ないまま、昼過ぎになった。
「君枝ー、なんか料理作ってくれよー」
拳児が子供のように言う。
「何か買ってきますよ。料理は無理です。鍋とかないんだもの」
「手料理ー、手料理ー」
「と言われましても」
「肉がいい。筋肉になる」
「コンビニで適当に見繕ってきますね。遠夜君は希望ある?」
「アイス」
「わかった。主食は?」
「アイス」
変に頑固なのが困りものだ
情報屋と二人、買い出しに出た。
「敵の目的はなんなのかすら未だに掴めない。なんだかずっとこんな生活をしている気がしてきたわ」
「どうだろうなあ……」
「情報屋なんでしょう?」
「スキルユーザーは数が少ない。門外漢だ」
「っそ」
二人で買い出しをして、帰って食事を摂る。
ゴミは大きな袋にまとめてしまった。
「こんにちはー」
玄関から声がした。
君枝は戸惑いながら応対に出る。
「ここ、誰か住んでるんですか?」
まだ高校生ぐらいの女の子だった。
「いえ、一時間借りしてるだけ。普段は誰も住んでないわよ」
「そっか。じゃあ、遠夜君もいないんだ」
「……遠夜君なら、いるけれど。友達?」
「ええ」
少女は、表情を華やかせた。
慌てて、庭に向かって歩いて行く。
そして、剣を振り回している遠夜に声をかけた。
「遠夜君、お客さん」
「……誰だ?」
「可愛い女の子」
少しからかうように言う。
「帰ってもらってくれ」
「そうはいかないわよ。もう、いるって言っちゃったんだから」
「会いたくないと言えばいい」
「もう、困った子だなあ」
「トーヤ!」
少女は、いつの間にか家に上がり込んでいた。
そして、靴を脱いだそのままで、庭に降り立って遠夜の腕に自らの腕を絡めた。
「久しぶりだね、トーヤ!」
「……お前は相変わらずだ、律子」
遠夜は呆れたように、律子と呼んだ少女を押しのけた。
そして、靴を脱いで家へと上がっていく。
律子は靴下を脱いで、その後に続いた。
「いつ帰って来たのさ。お帰り、だね。トーヤ」
「元々ここは俺の家じゃない。祖父母の家だ」
「けど、一時期住んでたじゃん」
「ああ。まあ、な」
遠夜はそう言って、居間に座り込んだ。
律子はその傍に座り込む。
「何してたの?」
「高校生」
「へえ、学校、通えるようになったんだ」
「まあな」
「もう、逃げなくていいんだね」
「……帰れよ、お前」
邪魔をするのもなんなので、ことの成り行きを見守っていた君枝は場を後にすることにした。
その夜のことだった。
君枝は、アイスを食べている遠夜に声をかけた。
「ずっと一人だって言ってたけど、仲の良い子、いたんじゃん」
「なんでだろうな。一方的に昔から懐かれている」
「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんにも可愛がられてみたいだし」
「そうでもない。祖父と祖母は本心では俺を不気味がっていた。」
「そうかなあ」
「そうだよ」
むしろ、心を閉ざしているのは遠夜だったのではという気がする。
君枝も、人のことを言えたたちではないのだが。
「それにしても拳児さん。未だに自分で事件を解決しようと?」
「そうじゃ」
拳児は、米を食べながら重々しく頷く。
「敵と接触しましたが、竜巻起こしてましたよ。勝てると思います?」
「どんな敵とも当たってみんことにはわからん。勝機はゼロではないのが俺の信条じゃ」
(向こう見ずって言うんだよなあ……それ)
君枝は、心の中でこの大人に少々の呆れを抱いた。
「それに、君枝もまだ敵とぶつかる気なんじゃろう?」
「……状況によって、撤退も視野に入れた接触ですけどね」
「なら、俺達は似た者同士じゃ。仲間じゃのう」
すっかり仲間顔して傍にいる。
人付き合いが上手いのかもしれない。
そして、夜になった。
「行こう」
遠夜が言う。そして、四人は車で向かう。山の上の廃墟へと。
下見は、既にしてある。帰らずの森で見た廃墟と違いなかった。
そして、四人は目的地の手前に辿り着き、車を降りた。
拳児を先頭にして、歩き始める。
そして、建物の前の見張り二人に、足止めされた。
「なんだ? お前ら」
「ここは、俺達の……」
言いきる間もなかった。
拳児が膝蹴りを片方の腹部に放ったのだ。
一人が、血反吐を吐き蹲る。
もう一人は、対応しようとしたところを回し蹴りで地面に倒された。
「だから言ったじゃろう? 勝負は蓋を開けるまでわからんのよ」
「思っきし不意打ちでしたよね」
「勝てば官軍じゃ」
拳児は気にした様子もなく、扉を開けた。
そこでは、五人の男女が飲んでいた。
その中に、律子の姿があるのを見つけて、君枝は頭が真っ白になるのを感じた。
律子は酒の入った缶を手放す。すると、炎が生じて缶が溶け落ちた。
「……トーヤ。呼びに行こうか考えていたの。だって、どう考えても貴方は仲間だったもの」
「律子……お前も、見えていたのか……?」
遠夜が、唖然とした表情で訊く。
「そうよ。私も見えていた。だから、貴方に親近感を抱いた。そして、今、私には仲間がいる」
「その中に、竜巻を起こす奴はいるか」
「いないわ」
「詠月の施設を襲った奴はいるか」
「いないわ。よづきって名前に、まず聞き覚えがない」
「そうか……なら、俺は帰る」
「そうはいかないわ」
律子は、薄く微笑んだ。
「貴方は、贄なんだもの」
扉が勢い良く閉まった。
倒したはずの門番が、復活したのだろうか。
逃げ場はない。
そして、目の前にはスキルユーザーが五人。
「面白くなってきたのう」
拳児は、呑気に言う。
五対四。しかも四人のうち一人はスキルが見えない。これは不利な状況になったな、と君枝は思う。
君枝は腕に影の翼を生やして、矢を発射する。
敵の五人は、一斉に散開した。
君枝は、男と対峙していた。
男も、遠距離攻撃型。
互いに、矢を撃ち合っている。
ただ、敵にはリロードの隙がない。それが、飛行能力を持つ君枝が敵に接近できない原因だった。
他の三人も、それぞれの敵と戦っている。
舞台は混戦の体をなしてきた。
続きは本日中に投稿します。