表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/99

選択2

 時間は平和に過ぎていく。まるで、争いの中にあった過去が嘘のように。

 君枝はなんとなく、遠夜の部屋を訪ねた。


「なんの用だ?」


「話でもしようよ」


 遠夜はしばらく考え込んでいたが、無言で部屋に戻っていった。

 勝手に入れ、ということらしい。

 沈黙が漂った。

 君枝は、思いつくがままに、言葉を発していた。


「私ね、ずっと一人だったんだ。影が見えるのが原因で、ホラ吹きって揶揄されて、ずっと、一人」


 遠夜は座り込んで、何も言わずに話を聞いている。


「友達もいたけれど、誰が陰口を言っているかわからなかった。だから、心はずっと一人」


 遠夜は、返事をしない。


「けど、遠夜君なら、わかってくれるかなって、ちょっと思った」


「わかるよ」


 遠夜は、淡々と言った。


「これは、見える人間にしかわからない。世間は俺達をノイローゼや病気にしたがる。けど、見えるんだ」


「うん……」


「そしてそれが、力になった。俺達は、強者だったんだって、今は思う」


 君枝の思った会話の筋書きから外れてきた。


「危ない力だよ」


「けれども、強者だ。そして、もっと強くなれる」


「それは、なんのために……?」


「自分で、掴み取るためだ。こんな鳥籠では、俺は終わらない」


 そう言って、遠夜は握り拳を作って、眺めた。

 その姿に、君枝は若干の危うさを感じた。


「思うんだ。自分達が隠れるために、ここを危険に晒して良いのかって」


「発信機がつけられてる。逃亡は困難だ」


「そうなんだけどね。何か、手はないのかな……」


 遠夜は黙り込む。

 会話は、そこで途切れた。


「また来るね、透夜君。今度は、普通の話もしよう」


 遠夜は、返事をしなかった。

 なんとなく、翔子の部屋へと足を運ぶ。

 ここに来て、一番の話し相手になってくれるのは、翔子だった。

 その日は、翔子の部屋で、テレビを見ながらなんでもない話題に花を咲かせて一日を終えた。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 翔子は、気配を感じて目を覚ました。

 何かが、来る。それも、良くないものだ。

 そして、それを出迎えに、運動靴を履いて玄関に出た。

 闇夜の中に、人のシルエットが浮かび上がっていた。

 二人は、対峙する。片方は肩の力を抜いて。もう片方は桜の花びらの塊を盾にして警戒しつつ。


「ここに、暁君枝がいると聞いたわ」


「その口ぶり。ここがどこか、わかっているのかしら?」


「知っているわ」


 笑うような声がした。


「旧時代の異物達の隠れ場でしょう?」


「スキルユーザーか……」


 桜の花びらが舞う。それは、上下左右から敵を襲った。

 次の瞬間、暴風が巻き起こった。

 それは、敵に襲いかかった桜の花びらを弾き飛ばした。


 その状態は、まるで竜巻。

 その巨大な破壊の権化に、木の葉が舞い、土煙が上がった。


(溜め技を使う暇はない……!)


 翔子は抗うように、桜舞を竜巻に向かって逆回転で高速回転させ始めた。

 そして、スマートフォンを取り出して通話する。


「緊急避難よ。住民を全員退避させて」


「俺の反射じゃどうにかならないか?」


「丸ごと巻き込まれて相打ちがオチね」


「わかった」


 通話が途絶える。

 翔子の仕事は、この竜巻を一秒でも長く足止めすることだ。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 警報が鳴って、君枝は飛び起きた。

 部屋を出ると、遠夜が丁度歩いて行くところだった。


「どうするの?」


「敵だ。加勢する」


 君枝も頷き、歩き始める。

 大人が、子供が、男が、女が、皆、駆けていた。裏口へ向かって駆けていた。

 進が駆け足でやって来た。


「君達は緊急避難所を知らないんだったね。俺が誘導する。ついてきてくれ」


「俺は、戦う」


 そう言って、遠夜は駆け出した。

 君枝も、その後を追う。

 そして、二人して、表へ出て絶句した。

 二つの竜巻がぶつかり合っている。

 片方は桃色の桜が作り出す竜巻。もう片方は風の作り出す竜巻。


「なにをしているの? 進の誘導に従って避難して!」


 暴風の中で、翔子の声がする。


「けど、私なら上空から……!」


「学習なさい! 敵は自分の隙ぐらい熟知している。私も時間を稼いだら退く。だから、先に!」


 君枝は頷くしかなかった。そのまま、後をついてきた進と合流して、裏口へ出る。

 そして、皆と共に駆けた。

 対抗しようがなかった。あれは、絶対的で、支配的な力の塊だった。

 それに、君枝がどう抗えよう。


 駆けていると、前に停まっていた車が急発進して、道を塞いだ。


「君枝、乗れ!」


 情報屋だ。

 選ぶしかない。

 守られる安寧の道か。自ら窮地を脱する過酷の道か。


 君枝と遠夜は、車に飛び乗っていた。

 そのまま、車は走り始める。


「敵にも味方にも化物がいるらしいな。全速力で離脱するぞ」


 そう言って、情報屋は車の速度を徐々に上げていく。


「あと、お前ら、脱げ」


 情報屋の唐突な台詞に、君枝は驚いて自分の身を抱きしめた。


「えっち!」


「馬鹿、詠月の発信機を取り付けられてるんだろう? それを、摘出する。ヤクザに詠月。どっちも上手く利用するのは美味しいが、どっちにも利用されるのは不味い」


 発信機の場所を遠夜と共に探る。そのうちそれが、上腕部にあるとわかると、遠夜の剣で潰した。

 これで、一先ずは詠月からの追跡はない。


「私のせいだ……私が、平和を壊した……」


 子供達と穏やかに過ごしていた翔子の姿が脳裏に蘇る。それを思うと、君枝は涙が出そうになる。


「それもあいつらの仕事だ。気に病むことはない。それで給料貰ってるんだからな」


「詠月について詳しいのね」


「ああ。俺は、元は詠月の人間だからな」


 情報屋は、淡々とそう言った。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「暁君枝の反応が徐々に遠くなっていく……」


 そう言って、シルエットは暴風を止めた。

 鳥居翔子も桜舞の稼働を一時中断する。自分の持てる力を全力で使い続け、疲労困憊状態だった。もう少しで、逃走に切り替えようと思っていたほどだ。


「ここにもう、用はない」


 そう言って、シルエットは翔子に背を向けた。


「わかってないようね」


 翔子は、手を前にと差し出す。


「これは私が音を上げるか貴女が音を上げるかの根比べだってこと!」


 その先に、桜の花びらが数枚浮かび上がる。それは足場となって、翔子を導く。

 翔子は桜の花びらを蹴って、翔けた。

 その拳が超常の速度でシルエットを捉えようとした時、相手は空を飛んで回避していた。


「まったく……」


「この動き……」


「化物め」


 最後の言葉は、異口同音だった。



次回『帰らずの森』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ