牙
牙
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グラスクーガー、私にとって初めて見る魔獣。フミトさんによれば普段は単体での行動が主であるため、群れをなすことは無いと言ってた。頭が私の胸より少し下辺りにある。後ろ足で立ち上がった場合は私より高くなりそう。今このパーティーでの盾職は私だけ。フミトさんやナイアさんは問題ないと思う。ノンナさんは大丈夫かな?私とレンティは足を引っ張ると思うけど。
ナイアさんが弓を放つけど、上手く避けられてしまう。「できるだけやってみます」の一言はこれだけ避けられるから難しいということだったんだ。そういえば、行きの時に賢いという事を言っていた気がする。こちらの動作が何をやっているのか理解してるのかもしれない。ジルフさんが一撃で倒したとも言ってたけど、私には無理。じっくりと構えて倒す。これを確実にやらなきゃ。
「嘘?レジストした?!」
レンティから驚いた声が聞こえた。黒い色のグラスクーガーにレンティの網みたいな魔法が飛んでいって命中したと思ったけど、その網が消えた。理由はよくわからないけど、レンティが驚いた声を出している事は余程のことなんだろう。今まで以上に気を引き締めなきゃ駄目かもね。
ノンナさんがシザーリオちゃんと隊列から離れていった。でも、少しノンナさん達を見ただけで、4匹はまっすぐこっちに向かってきた。2匹相手にするの?大丈夫なのかな?ちょっと怖い。
「誘導は失敗か……。4匹来るぞ!」
フミトさんから気を引き締める声が聞こえると同時にグラスクーガーが3匹だけ走ってきた。黒い色のは威嚇の体制で待っているみたいだ。上手く3人に3匹が別れたので、少しだけ安心した。
「グァゥ!」
私に突進してきたグラスクーガーが右前足の爪で攻撃してくる。左手に持った盾で右側にそらし、長剣でそのまま刺そうと突きを放つ。でも、簡単にサイドステップで避けられてしまった。今までの魔獣とはひと味違うのがこれだけではっきりと分かった。
今度は両前足でのしかかって来るが、盾で滑らせて右側に逸らすことに成功した。グラスクーガーの左脇腹が見えた!チャンスと思い剣を振り下ろした。でも、またサイドステップで避けられてしまう。
攻撃が当たらない。かすり傷でもつけられれば気持ちは楽になるのに、完全に避けられてしまっている。そのうち助けてもらえるかも知れないと言うのは不安が減るけど、流石にそれを待っているだけというのは嫌だ。
何とか一撃でも入れて相手を怯ませないと、疲労で負けちゃうかもしれない。怪我するだけなら良いけど、他の人に迷惑をかけるのは嫌だな。なら、何とかしないとね!
「ええぃ!」
大きく振り下ろしたけど、簡単にバックステップで避けられちゃった。だけど、その時、
『ピットフォール(落とし穴)』
レンティの魔法、落とし穴が発動したみたいで私に対峙していたグラスクーガーがバックステップした先で片足を踏み外した。
チャンス!ここで一撃でも入れれば後が楽になるはず!
そう思って、一気に踏み込んでグラスクーガーに斬りつける。右前足に手応えがあった!これで少しはフミトさん達が助けてくれるまで何とか出来そうかな。と思った瞬間後ろから悲鳴の様なレンティの声が聞こえた。
「フミトさん!!」
振り向きたいけど、体制を立て直したグラスクーガーがのしかかって来た。悲鳴で反応が遅れて爪を何とか盾で押さえ、噛みつかれないように剣で威嚇するのが精一杯の状況になってしまった。
「フミトさん!!」
続けてナイアさんからも悲痛な叫び声が聞こえる。左後ろのフミトさんがどうなっているのか気になるけど、私もどうなるかわからない状況になっている。怖い。自分がどうなってしまうのかわからないのも怖いけど、フミトさんに何か起きたのかわからないのも怖い。早く打開しなきゃならないけど、今の私にはどうにかする手段が無い。グラスクーガーが重い。押し返そうとしても力が強くて今の状態を維持するのが精一杯。早くなんとかしなきゃ!
「やぁ!」
ノンナさんの声が聞こえ、目の前のグラスクーガーが私の右側に飛ばされる。
シザーリオちゃんとの攻撃で槍で飛ばしてくれたみたいだ。多分心臓のあたりだと思う所に槍が刺さった後があった。多分、もう大丈夫かな?
「ノンナさん、助かりました!」
「フミトさん!!」
ノンナさんも大きな声で叫んでいた。ようやく見る余裕が出来たので、フミトさんの方へ振り向いてみると、私の近くで黒い色のグラスクーガーに噛みつかれ、押し倒されているフミトさんが見えた。
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左肩に激痛が走り、痛すぎるためにうめき声しか出せない。黒い突然変異種のグラスクーガーが飛び出たリーアを標的にして突進してきたのを気づき、慌てて走り始め、体制を崩している俺の方に標的が変更したおかげで、突然変異種の行動に気づいていないリーアは助かった。だが、その代償として、喉をガードするために出した左肘から丸ごと飲み込まれ、肩口に噛みつき、そのままの勢いで肩から身体を引き上げられるようにして押し倒された。
武器を投げてしまった俺の取った行動は、魔法をキャンセルしてしまう可能性のある魔獣に対して魔法を使うことは出来ず、身体で壁となる事だけだった。
だが、単純に押し倒されるだけではなく、こちらも一矢報いていた。
バロックの爺さん達から受け取っていた脇差しを腰に下げており、斬りつけることには間に合わなかったが、グラスクーガーの心臓めがけて突き立てる事には成功したようだ。
少しずつ噛まれた圧力がゆるくなっていくのを感じ、胸や腹が暖かくなっていることも感じ始めた。
どうやら倒れた勢いで少し胸部を切り裂いていたようだ。胸や腹にグラスクーガーの血が流れ出ているのだろう。
「フミトさん!大丈夫ですか!?」
レンティの叫ぶ声が聞こえる。痛くて声がまだ出せない状況なので、どうにかジェスチャーで示そうとするが、伸し掛かられた状態なので、顔以外表現するところがない。だが、顔が痛みに耐えている状態なので、顔でこちらの言いたいことを理解してもらうのは不可能だろう。
レンティがどうすることも出来ず、オロオロしているとグラスクーガーが絶命したようで倒れ始める。だが、牙が身体に食い込んでいるため、肩口が引っ張りあげられ思わず声が出る。
「ぐぁっ!!」
痛みは他の所からも来ていた。左肩を中心とした十字に近い形で交差していたため、左足にグラスクーガーの身体が倒れこんだのだ。
左足を軸として、左肩が引かれるようになり、更に痛みが増す。その痛みから逃れようと身体を起こすが、起こしすぎて牙に身体を押し付けるようになり、更に痛みが響く。
何とか良いポイントを見つけ、一番痛みの少ない所で身体を無理やり止める。
しかし、またグラスクーガーに噛みつかれたのか……。痛いのキライなんだがな……。
「フミトさん!大丈夫ですか?!どうしたら良いですか!?」
ナイアから声がかかる。ナイアも一匹相手にしていたはずだが、無事倒したようだ。
まだ痛みに耐えているので声が出せない。それを察したのかいくつか質問をしてくる。
「ここから私が指揮を執る事でよろしいですね?」
大きく動けないが、小さく頷く。
「グラスクーガーが絶命しているので、口を開き、肩から外します」
軽く左右に首を振る。
「先にやることがある?」
小さく頷く。少し俺のことを眺め、ナイアはすぐ気づいたようだ。
「わかりました。グラスクーガーの身体を退かす方が先ですね?」
小さく頷く。
「ノンナ!リーアさん!力を貸して!フミトさんの足に乗っているグラスクーガーをゆっくりと退けます!」
「わかった!」
ノンナとナイアがグラスクーガーの身体を持ち上げ、ゆっくりと動かしていく。動きに合わせて牙の向きが変わり、痛みが増すが、何とか耐えぬく。
振動を与えないようにゆっくりと身体を置き、再度ナイアから質問が飛ぶ。
「牙を外します」
俺は小さく頷く。また痛みに耐えなければならない。どうやってその痛みを耐えようか悩んでいた所にナイアから指示が出る。
「レンティさん!手ぬぐい等ありますか?フミトさんに噛んでもらいます!」
レンティが慌てて腰につけていた小さな道具袋を探しだし、一枚の手ぬぐいを取り出す。
「それを4つ折りくらいにして捻ってください。それをフミトさんの口へお願いします」
レンティが支持を受け、俺の口にねじれた手ぬぐいを持って噛ませる。
「では、牙を引き抜きます。ノンナ!上顎お願い!私が下顎を!」
「うん!」
「一気に行きます。痛いですが、耐えてください。行きます。せーの!」
掛け声と共に、ノンナが力任せに上顎を引き上げ、ナイアが下顎を一気に下げる。
牙があたっている痛みから開放されたが、肉の内部が引き抜く時にまた傷つけられ、痛みが増す。さらに、外気に晒され、また違う痛みが響く。脂汗が止まらない。だが、手ぬぐいは助かった。歯を食いしばれることで多少は楽になっている。
「リーアさん!『ヒーメス(血止め)』をお願いします!」
返事がない。どうしたのか?まだ魔獣と戦っているとは思えないので、少し目線を動かしリーアを見る。青い顔して棒立ちしていた。
「リーアさん!『ヒーメス』お願いします!」
更に強い声でリーアに依頼するナイア。だが、反応していない。ナイアはリーアに言う事を諦め、レンティに依頼する。
「レンティさん、『ヒーメス』お願いします」
「は、はい。ですが、私よりリーアの方がしっかりと血が止まります。こういう状況なので、効果がより高いほうが良いのではないかと思います……」
「わかりました」
ナイアが立ち上がり、リーアに向かって歩いて行く。するとパンッと乾いた音が聞こえた。ナイアがリーアの頬を叩いたのだ。そして両肩を掴み、揺すりながら叫ぶ。
「いい加減目を覚ましなさい!貴方の治癒魔法が今必要なんです!」
ナイアの叫びが届いたのかリーアの眼の焦点が合い始める。
「え……?」
「リーアさん!フミトさんに『ヒーメス』お願いします!」
「は、はい!」
リーアは弾かれたようにこちらに走ってきた。
「『ヒーリング』じゃなくて良いんですね?」
俺は小さく頷く。
『ヒーメス』
両手を左肩に向け、血止め魔法をかけ始めるリーア。流れ出る血の量が少しづつ減り、数分後には見るからに減っていた。
痛みに多少慣れてきた俺は、手ぬぐいを取り、何とか言葉を発する。
「レンティ……、左のバッグから『リフレッシュ(完治)』の羊皮紙を出してくれ……」
あまり大きな声にならなかったが、何とか理解してくれたようで羊皮紙バッグを俺から取り外し、中を調べ始める。少しすると、レンティから悲痛な声が聞こえた。
「フミトさん!書かれている文字が読めません!私ではどの魔法を渡せば良いのかわかりません!」
あー……忘れてた。
魔法学院で『書式学』を学んだ俺は、魔法の短縮化も学んでいた。今では、羊皮紙に書かれる文面も簡略化することに成功していた。しかし、その簡略化した魔法に使った文字が問題なのである。この世界で使われていない文字。『漢字』を利用したのだ。本来なら、羊皮紙に書かれているのは魔法陣と文章がある。ファイアなら要約すると「火の精霊、風の精霊よ、我が願いを聞き入れ給え。火球を作り、目指す目標まで飛ばし対象を燃やし給え」のような事をもっとダラダラと長く書いていたのが本来の魔法書であった。羊皮紙1枚に1つの魔法というのが一般常識であったのだが、それだけ書く文章が多いため、自然と1枚になっていただけだった。
いらない文を省き、半分のサイズに収めることが出来、更には漢字を使うと前後の精霊様~~等の文章を完全に省くことが出来た。なので、今俺が手元にある羊皮紙には漢字数文字で書かれた物しか無い。ポストカードくらいの大きさ未満でも行けるかと思ったが、最低限ポストカードサイズは必要なようで、発動の触媒としての役割なのだろうと考えた。
その漢字で書かれた羊皮紙魔法。レンティが読めるわけが無かった。
「すまない。俺の近くで高級羊皮紙を並べてくれ」
役に立てなかった為か、多少涙目になっているレンティ。悪い事したな……。
文字が書いてある20枚ほど並べ、そのうちの一枚、魔法陣と『完治』の2文字のみ書かれている羊皮紙を取る。
右手で羊皮紙を持ち、左肩に向かい羊皮紙魔法を発動させる。
『リフレッシュ(完治)』
牙が入ることにより避けていた肉が徐々に埋まって行き、痛みがほとんど無くなり、傷を追った後の違和感だけが残る。違和感は仕方がないだろう。元に戻したわけではないのだ。その理由で一つ問題がある。流れた血は戻らない。傷口だけ治る魔法なのだ。よって、全身が俺の血とグラスクーガーの血にまみれた姿のままなのは変わらない。
「とりあえず、治療できたよ。レンティ、ありがとう。羊皮紙しまっておいてくれるかな?」
コクンと小さく頷く。
「ナイア、助かった。指示できなくてどうするか悩んでいたが、すぐわかってくれて嬉しかったよ」
「はい……」
怪我人が出てしまったということなのか、元気の無い声だ。
「ノンナ、悪いね、面倒かけちゃて」
「いやいや!痛い思いしたのフミトさんでしょ!」
「まあ、そうだけど。でも、ありがとう」
「うん」
ノンナも元気が無い。ノンナの元気は結構こっちの力になるから元気でいて欲しいんだが、流石に今の状況では無理なようだ。
「リーア。すまなかった。もっとグラスクーガーの事話しておくべきだった」
「ごめんなさい!状況はっきりとわかっていませんけど、多分私が前に出てしまったのが原因ですよね?」
「……そうだね。1匹残っていたのを頭に入れていたら陣形を崩すことは無かったかもね……」
「はい……」
「まあ、リーアに怪我がなくて良かったよ」
「その代わりにフミトさんが怪我してしまっては意味が無いと思います!」
リーアが悲痛な顔して叫ぶ。
「でも、あのままだとリーアの喉に噛みつかれていたよ。気づいていなかったでしょ?黒い奴の動きを」
「……はい……」
歯を食いしばりながら俯いてしまうリーア。
「今回魔法が効かなかったのがこうなってしまった要因の一つだ。いつもなら魔法で弾き飛ばして事なきを得る所だったが、俺も羊皮紙の準備を間違えたよ。攻撃系ばかり用意して、壁になるような土魔法を準備していなかった。だから、ある意味自業自得だよ」
「そんな事無いです……」
「良いんだ。次は上手くやろう」
「……はい……」
会話を終えるとリーアはフラフラとレンティに歩み寄り、レンティが抱きしめると大声で泣き出してしまった。
噛まれた時の描写がわかりにくかったらすいません。
2016/01/04 三点リーダ修正




