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夜明けのあと

温かいお茶でも飲みながら、読んでくれたら嬉しいです。

 次の休日だ。今日は五時に起きた。

 昨夜は酒を飲まなかった。そのせいか、体の調子がいい。いつもよりやや体が軽いような気がする。ジョギングをすることに、少し慣れ始めてきたからだろうか。


 玄関のドアを開け、相生橋まで走る。

 スピードは相変わらず出ていないが、なんだかいつもより体が軽い。滑るように……とまでは言わないが、昨日までとは明らかに違う感覚で体が前に進む。試しに少しだけ重心を前に傾けてみた。抵抗なく体がついてくる。


 この状態なら、息子と一緒に走ったとしても、なんとかついていけるかもしれない。

 確かに走り方にはまだ硬さが残っている。足を出そうとすると股関節のあたりが硬く、ストライドが伸びない。脊柱起立筋がしっかりしていないので、まだフォームが安定しない。しかし、明らかに今までの状態とは違う。


 呼吸は「ハア、ハア」と苦しい。だが、不思議となんだか楽しい。

 烏城みちを走る頃には、ぴょんぴょん飛び跳ねるように走ってしまいそうになるのを、抑えなければと意識するくらいだった。


 旧岡山市民会館を通り過ぎて、石山公園に出る。

 鶴見橋を渡る頃には朝日がギラギラと照りつける。今日も暑くなりそうだ。

 今日は蓬莱橋の方ではなく、後楽園の駐輪場から月見橋の方へとコースをとる。後楽園の木々の木陰を走り抜ける。右側を見たら、旭川の川面が朝日に照らされ、白くキラキラと光っている。きれいだなと思う。


 ウォーキングやジョギングをしている人に、「おはようございます」と声をかけるようになった。

 無視する人ももちろんいるけれど、会釈だけする人、「おはようございます」と挨拶し返してくれる人もいる。僕に気を遣っているのかもしれないけど、悩むよりは挨拶したほうがいいんじゃないかと思うようになった。


 何故かわからないが、出勤している人には「おはようございます」と挨拶ができない。

 同じ境遇の人、つまりウォーキングやジョギング、ペットの散歩をしている人にだけ挨拶をしている。観光客っぽい人には挨拶したりしなかったりで、相手がこっちをチラッと見たりしたら挨拶する。

 そんな曖昧なルール。


 高校生の頃だったか、自分が何気なく発した言葉で、相手を傷つけてしまったのではないかと悩んだことがあった。

 相手を傷つけたと思って、どう接していいかわからなくなり、ビクビクして、あまり話しかけられなくなった。今思うと、次の日には僕が彼に言った言葉なんて忘れてしまったかのように、いつも通り、明るく話しかければよかったんじゃないかと思う。相手の優しい言葉に素直に感謝できなかったこともあった。

 そうやってずっと心に残って、モヤモヤして悩み続けた。悩んでも仕方がないと思っていたけれど、勝手に悩み続けるのだ。


 そういうのを忘れるのには、走るのが一番だった。

 走り終わった後も、悩みそのものが消えてなくなるわけではない。だが、汗と一緒に少しだけ排出されたような、すっきりとした感覚があった。


 膝の怪我をしてジョギングができなかったこの一年半は、僕にとって、モヤモヤと悩み続けた一年半だったと思う。

 怪我をして思うように体が動かなかったというのももちろんあったが、それ以上に精神的に参っていた。

 職場で、皆に迷惑をかけている。どうすれば挽回できるのか、そればかりを悩んで、考えていた。


 手術をすることになり、二ヶ月半も職場を休んだ。休んでいる間、僕のことがどんな風に言われているのか気が気ではなかった。職場に復帰してからも思うように体が動かず、僕のせいでみんなに迷惑をかけた。ずっとスタッフみんなの顔色を窺い、悩んでいた。


 膝の怪我の原因はジョギングだった。ゆっくり走っていただけなのに、急に左膝が痛くなった。着地するたびに、左膝に鋭い痛みが走った。

 幸い自宅の近くだったから、なんとか歩いて帰ることができた。だが、その痛みはジョギングをし始めるとすぐに現れた。自転車をこいでも痛みがあった。階段を上ろうとしても痛みが出現した。受診すると、半月板損傷の診断を受けた。


 ジョギングが原因であったから、もう二度と、大会のようなものには出るべきではないと思っていた。やる気が出なかった。でも、それでいいと思っていた。

 再び痛みが出て、職場に迷惑をかけるようなことがあったらと思うと、どうしても走り出せずにいたのだ。


 そういうところに、以前から仲良くさせてもらっている他部署の部長さんに声をかけられたのだ。

 うちの部署のこともあまりよく知らないから、気軽に声をかけてくださったのかもしれない。だが、今思うと、それが良かったのだと思う。ジョギングを再開するきっかけをくれて、心から感謝している。


 もう職場に行きたくない。家にいても邪魔者扱いされる。僕の居場所はどこなんだろう。

 そんなことばかり考えていた。妻の、子どもの、同僚の顔色ばかりを見ていた。僕は彼らに何を求められているのだろう。迷惑をかけたくない。

 その一心で、自分を殺し続けていた。何もかもが、嫌になっていた。


 しかし、ジョギングをすることで世界が変わった。前向きになれた。

 悩みは、相変わらず僕の心の中に巣食っている。これから先も、消えることはないだろう。だが今は、その悩みと共に、前を向いて生きていけるような気がする。


 いつの間にか、相生橋に着いていた。

 ああ、今日はこれで終わりか。もう少し、このまま走っていたい。


 そんなことを思うなんて、一ヶ月前の自分には到底信じられないだろう。

 家族に気を遣う気持ちは、まだある。だが、以前のように、卑屈な気持ちで家のドアを開けることはなくなった。前向きな気持ちで、家に帰れるようになった。


 次の休みの日。僕は前日に、陽平と約束をした。


「明日、朝走ろう」


 息子は少しめんどくさそうにしながらも、「わかった」と言ってくれた。


 二人で一緒に走る。ただそれだけのことが、こんなにも幸せなことだったなんて。

 朝日を浴びながら、並んで相生橋を渡る。いつも見ている朝日が、今日は昨日よりもずっと、明るく、そして暖かく感じられた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


悩みは完全に消えるわけではないですが、少しずつ変わっていく感覚が伝わっていれば嬉しいです。


もし「面白かった」など、少しでも心に残るものがございましたら、下部の☆☆☆☆☆より評価や、ブックマークをいただけますと、今後の執筆の大きな励みになります。

どうぞよろしくお願いいたします。

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