番外編:主人公(俺)が脇役(アイツ)の女を奪ったら、俺の人生のジャンルが「青春ラブコメ」から「サスペンスホラー」に変わっていた
俺、蛇穴鋭一にとって、人生はずっとイージーモードだった。
顔は悪くないし、運動神経も抜群。サッカー部のエースとしてチヤホヤされ、可愛い女も選び放題。
だから、隣の高校の天道善治とかいう奴の彼女――愛染璃々夢を奪うのも、ちょっとしたゲーム感覚だった。
「善治ってば本当に退屈でさー。怒らないし、私のことお姫様扱いしすぎてキモいっていうか」
璃々夢がそう愚痴るのを聞いた時、俺は笑いを堪えるのに必死だった。
世の中にはそういう「いい人」止まりのバカがいるんだよな。俺みたいな刺激的な男の引き立て役にしかならない、哀れなモブキャラが。
ホテルからの帰り道、璃々夢が善治の話をしてクスクス笑っているのを見て、俺は勝利の美酒に酔いしれていた。
俺は主役。あいつは脇役。
その図式は絶対だと思っていた。
――そう、あの時までは。
◇ ◇ ◇
異変を感じたのは、翌日の部活の時間だった。
「監督! 俺の推薦取り消しってどういうことですか!?」
部室に怒鳴り込んだ俺に、監督は冷ややかな視線を向けた。いつもなら「期待のエース」を見る温かい目なのに、今日はまるで汚物を見るような目だった。
「大学側から拒否されたんだよ。『品行方正な生徒を求めている』とな」
「はぁ? 俺、部活サボったことないっすよ!」
「裏で何をしているかは知らんがな……。お前、最近調子に乗ってるだろう? 悪いことは言わん、身の振り方を考えろ」
取り付く島もなかった。
おかしい。俺の素行不良(飲酒や喫煙)はバレないようにうまくやっていたはずだ。なんで急に?
イライラしながら学校を出て、バイト先のコンビニに向かう。
だが、そこでも待っていたのは「クビ」の宣告だった。
「本部から通達があったんだ。君を雇い続けると店のイメージダウンになるって」
「イメージダウン? 俺、看板店員っすよ!?」
「近隣住民からのクレームが異常なんだよ! 『あの茶髪の店員がいるなら二度と行かない』って電話が今日だけで五十件だぞ! 五十件!」
店長に怒鳴り散らされ、俺は制服を投げ捨てて店を出た。
何なんだよ、今日は。
厄日か? それとも何かのドッキリか?
腹の虫の居所が悪い俺は、気分転換に商店街で買い食いでもしようと思った。
精肉店のコロッケが美味いと評判だったはずだ。
「おっちゃん、コロッケ一つ」
小銭を出して注文すると、店の親父がギロリと俺を睨みつけた。
「……お前に売るコロッケはねえ」
「あ? なんだよそれ、客商売だろ?」
「てめえみたいな裏切り者に食わせるモンはねえって言ってんだよ! さっさと失せろ!」
親父だけじゃない。
八百屋のおばちゃんも、酒屋の兄ちゃんも、通りすがりのサラリーマンさえも。
すれ違う人間全員が、俺を睨みつけてくる。
ヒソヒソという話し声が聞こえる。
『あいつだろ、天道くんを裏切った男』
『最低ね』
『よく平気な顔して歩けるわ』
『夜道に気をつけたほうがいいな』
背筋に冷たいものが走った。
なんだこれ。
なんで俺が「天道善治」を裏切ったことを、この街の連中が知ってるんだ?
あいつはただの平凡な高校生だろ? なんで街全体が俺の敵になってるんだよ!?
「……気味が悪ぃ」
俺は逃げるようにその場を離れた。
ラブコメの主人公だったはずの俺の人生が、急に得体の知れないホラー映画に変わったような感覚。
「見えない何か」に包囲されているような恐怖。
助けを求めようと、俺は璃々夢に電話をかけた。
『もしもし鋭一くん? ねえ聞いてよ、今日最悪でさー!』
璃々夢も同じだった。学校で孤立し、あり得ない不運に見舞われているらしい。
俺たちは傷を舐め合うために会うことにした。
それが、終わりの始まりとも知らずに。
◇ ◇ ◇
待ち合わせ場所の校門前に着くと、そこには璃々夢だけでなく、恐ろしい形相の集団がいた。
その中心にいたのは、天道善治の親友だとかいう、皇 帝雅。
そして、その後ろには警察官と、どう見てもカタギじゃない強面の男たち。
「……あ?」
状況を理解する前に、俺は警察官に腕を掴まれた。
「蛇穴鋭一くんだね。署まで来てもらおうか」
「は、離せよ! 俺が何したってんだ!」
「未成年飲酒、喫煙、万引き、器物破損……証拠は山ほど届いているよ。匿名通報となぜかプロ顔負けの鮮明な写真付きでね」
警察官が見せたタブレットには、俺が隠れてタバコを吸っている写真や、酔って看板を蹴っている動画が映っていた。
誰が撮った? いつの間に?
「ふざけんな! これは盗撮だろ! 訴えてやる!」
喚く俺の前に、一人の刑事が立った。
初老のベテラン刑事だ。彼は俺の胸ぐらを掴むと、耳元で低く囁いた。
「……小僧。お前、誰に喧嘩売ったか分かってんのか?」
「だ、誰って……ただの天道善治だろ……」
「『ただの』じゃねえんだよ」
刑事の目が、本気で怒っていた。
「俺の娘はな、三年前、通り魔に襲われそうになったところを天道くんに助けられたんだ。あの子は自分の身を挺して、娘を守ってくれた」
刑事の手が震えている。
「この街にはな、あの子に恩義を感じてる人間がごまんといる。俺も、あそこのヤクザの親分も、商店街の連中も、みんな天道くんのファンなんだよ。……その『神様』の女に手を出して、あの子を泣かせたお前が、この街で生きていけると思うなよ」
ドサリ、と俺は腰を抜かした。
ただの平凡な善人だと思っていた。
利用しやすい、退屈な男だと思っていた。
だが違った。
あいつは、無自覚に街一つを支配する「教祖」だったんだ。
俺は、その信者たちの逆鱗に触れてしまった。
「連れて行け」
パトカーに乗せられる際、遠くからこちらを見ている天道善治の姿が見えた。
あいつは悲しそうな顔をしていた。
「ざまぁみろ」と笑ってくれればまだ救いがあった。
だが、あいつは本気で俺たちを哀れんでいた。
「……勝てねえ」
パトカーの窓から見える街の景色は、いつもと変わらない夕暮れだった。
だが、そこにはもう俺の居場所なんて、1ミリも残されていないことを悟った。
俺の人生は、ここでゲームオーバーだ。




