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第三話 「ただの親友だろ?」と笑う間男に、学園の帝王が告げる。「僕は彼の笑顔を守るためだけに生きている」

夕暮れの校庭。

茜色に染まる空の下、生徒たちが次々と帰路につく中、校舎裏の広場だけが異様な静けさに包まれていた。そこは普段、人目につかない場所だが、今は数十人の生徒たちが遠巻きに取り囲み、じっと中心を見つめている。


その中心に立たされているのは、璃々夢と、呼び出されてやってきた蛇穴鋭一だった。


「なんだよこれ……なんでこんな集まってんだよ!」


蛇穴が苛立ちを隠せずに叫ぶ。彼は部活の活動停止やバイトの解雇で精神的に追い詰められており、目の下の隈が濃くなっていた。璃々夢もまた、怯えたように蛇穴の背後に隠れている。


対峙するのは、腕を組んだ皇 帝雅。そしてその横に、息を切らして追いついた俺、天道善治がいた。


「帝雅、もういいよ。こんな大ごとにしなくていい。俺が我慢すれば済む話なんだから……!」


俺は帝雅の袖を掴んで懇願した。これ以上、璃々夢が追い詰められるのを見たくなかった。たとえ裏切られたとしても、彼女が社会的に抹殺されるような光景は望んでいない。


帝雅は俺の方を振り向き、一瞬だけ悲しげに目を細めた。だが、すぐにその視線を蛇穴たちへと戻し、氷のような冷徹さで言い放った。


「善治、君のその優しさは尊い。だが、今回は引けない。君の尊厳を踏みにじった害虫を、このまま野放しにするわけにはいかないからな」

「害虫だと!? テメェ、何様のつもりだ!」


蛇穴が激昂して掴みかかろうと一歩踏み出す。

その瞬間。


「動くな」


低いドスの利いた声と共に、ガタイの良い男たちが数人、どこからともなく現れて蛇穴の前に立ちはだかった。制服を着ているが、その雰囲気は明らかにカタギではない――いや、よく見ると彼らは、俺が以前、道端でうずくまっていたのを介抱してあげた強面のおじさんの部下……つまり、本職の方々!?


「ひっ……!」


蛇穴は男たちの威圧感に気圧され、情けなく尻餅をついた。


「おい若造。天道さんに指一本でも触れてみろ。俺たちが黙っちゃいねえぞ」


男の一人が凄むと、蛇穴だけでなく璃々夢も顔面蒼白になって震え上がった。俺は慌てて割って入る。


「ちょ、ちょっと待ってください! 暴力はダメです! 彼らは高校生なんですから!」


俺が止めに入ると、強面の男は急に相好を崩し、「へい! 天道さんがそうおっしゃるなら!」と素直に引き下がった。このギャップに、周囲の生徒たちも呆気にとられている。


帝雅は静かに前に進み出た。


「蛇穴鋭一。君に問う。君は昨日、愛染璃々夢と共にラブホテルを利用したね?」

「……っ、それがどうした! 恋愛は自由だろ! 璃々夢ちゃんは善治がつまんねーから俺を選んだんだよ!」


蛇穴は開き直ったように叫んだ。


「だいたいな、善治みたいな冴えない奴のバックに、なんでこんな大物がいるんだよ!? 財閥の御曹司だか知らねえけど、たかが友達の浮気話に首突っ込んでんじゃねえよ!」

「たかが友達……か」


帝雅はフッと自嘲気味に笑った。その笑みは美しく、そして恐ろしいほどに冷たかった。


「君には理解できないだろうな。僕にとって、善治がどれほどの存在か」


帝雅はゆっくりと語り始めた。


「僕は幼い頃から、家のしがらみや大人の汚い欲望の中で生きてきた。誰もが僕の家柄や金を見て近づいてくる。心からの友人など存在しないと絶望していた」


彼の独白に、周囲のざわめきが消える。


「だが、高校に入学した初日。僕は校内で貧血を起こして倒れた。誰もが見て見ぬふりをする中、唯一手を差し伸べてくれたのが善治だった。彼は僕の家柄も知らず、ただ一人の人間として心配し、自分の弁当を分けてくれ、保健室まで背負って運んでくれた」


俺は驚いて帝雅を見た。そんなことがあったっけ? ……ああ、そういえば入学式の日に顔色の悪い生徒がいたから助けたような気がする。あれが帝雅だったのか。


「あの日、僕は初めて人の温かさを知った。彼は僕にとって、ただの親友ではない。僕という人間を人間たらしめてくれた恩人であり、僕の心の支え――いわば『神』だ」


帝雅の熱のこもった言葉に、璃々夢は口をポカンと開けている。蛇穴は「な、なんだよそれ……気持ち悪ぃ」と引きつった笑みを浮かべた。


「そんな大層なもんかよ。ただの善人ぶってる偽善者じゃねえか」

「偽善かどうかは、行動が証明している」


帝雅が指を鳴らす。

すると、遠巻きに見ていた生徒たちの中から、次々と声が上がり始めた。


「俺、善治くんに財布拾ってもらった!」

「私は重い荷物を持ってもらったわ!」

「僕はいじめられてた時に助けてもらった!」

「俺も!」「私も!」「僕も!」


声は生徒だけにとどまらず、校門の向こうから様子を見ていた商店街の人々、たまたま通りかかった警察官(彼も善治ファン)、さらには先ほどの強面の男たちまで。

無数の声が、善治への感謝と、彼を裏切った二人への怒りとなって渦巻いた。


「な……なんなの、これ……」


璃々夢は周囲を見回し、その圧倒的な『敵意』の数に足の震えが止まらなくなっていた。


「これが、君たちが敵に回したものの正体だ」


帝雅は蛇穴と璃々夢を見据え、最後通告のように告げた。


「善治は許すかもしれない。彼はそういう男だからな。だが、僕は許さない。そして、ここにいる『彼を愛する一万人の味方』も、君たちを許さない」


帝雅は懐から封筒を取り出し、蛇穴の足元に放り投げた。


「そこには、君の未成年飲酒、喫煙、窃盗、その他余罪の証拠が全て入っている。警察には提出済みだ」

「なっ……!?」


蛇穴が封筒を拾おうとしたその時、サイレンの音が近づいてきた。パトカーだ。


「蛇穴鋭一くん、だね? ちょっと署まで来てもらおうか」


到着した警察官たちが蛇穴を取り囲む。蛇穴は抵抗しようとしたが、すぐに取り押さえられた。


「離せ! 俺は何もしてねえ! 璃々夢! 璃々夢ちゃん、助けてくれよ!」


蛇穴は璃々夢に助けを求めたが、璃々夢は恐怖で動けず、ただ首を振って後ずさりするだけだった。


「くそっ! なんで俺だけこんな目に……! 善治、お前なんか大っ嫌いだあああ!!」


捨て台詞を残し、蛇穴はパトカーに乗せられて連行されていった。

残されたのは、静寂と、震える璃々夢だけ。


帝雅は冷ややかに彼女を見下ろす。


「さて、次はお前の番だ、愛染璃々夢」

「ひっ……!」

「待ってくれ、帝雅!」


俺はたまらず璃々夢の前に立ちふさがった。


「もう十分だろ!? 蛇穴くんは捕まった。これ以上、璃々夢まで追い詰めないでくれ!」

「善治……君はまだ、この女を……」

「彼女は俺の彼女だったんだ。……いや、俺が至らなかったから、彼女を満足させてあげられなかったんだ。だから、俺にも責任はある」


俺の言葉に、璃々夢が顔を上げた。その目には涙が溜まっている。


「善治……」

「……甘いな、善治は」


帝雅はため息をつき、ふっと力を抜いた。


「分かった。君がそこまで言うなら、僕からはこれ以上手出しはしない。……ただし」


帝雅は璃々夢に冷たい視線を戻した。


「社会的な制裁は止められても、人の心は止められない。失った信用は、もう二度と戻らないと思え」


帝雅はそう言い残し、背を向けて歩き出した。

集まっていた生徒たちも、璃々夢に冷たい視線を投げかけながら、三々五々と散っていく。


広場に残されたのは、俺と璃々夢の二人だけだった。


「善治……ごめんね。私、本当にバカだった」


璃々夢が泣きながら俺の袖を掴む。


「私、やっぱり善治がいい。鋭一くんに騙されてただけなの。お願い、許して……また元通りに戻ろう?」


彼女はすがるような目で俺を見つめる。その涙は本物に見えた。恐怖からくるものか、後悔からくるものか、それとも保身のためかは分からないけれど。


俺は彼女の手を、そっと、しかし拒絶の意思を込めて外した。


「璃々夢」

「……え?」


「許すよ。怒ってない。君が誰を好きになろうと、それは君の自由だから」


俺は精一杯の微笑みを向けた。いつものように、穏やかに。


「でも、もう付き合えない」

「なんで!? 許してくれるんでしょ!?」

「うん。でも、僕と一緒にいたら、君はずっと辛い思いをする。帝雅だけじゃない、みんなが君を責め続けるだろう。僕にはそれを止める力がないんだ」


それは、彼女を守るための嘘でもあり、残酷な真実でもあった。俺と一緒にいる限り、彼女は『裏切り者』の烙印を押され続け、俺のファンたちからの無言の圧力に晒され続ける。


「だから、離れた方がいい。君のためにも、僕のためにも」

「善治……嘘でしょ? 嫌だよ、私、一人になっちゃう……!」


璃々夢はその場に泣き崩れた。

俺は胸が張り裂けそうだったが、振り返らずに歩き出した。


これでいいんだ。

彼女は自分の過ちを背負い、俺は自分の無力さを背負って生きていく。

それが、あまりにも優しすぎた俺たち二人の、悲しい結末だった。

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