EPISODE 6 「来客」
「お前って、まったく大人気ない奴だな」
はぁ、とため息交じりで呆れられた。
事務所にやってきた友人であるストラトスに先日の話をしてみたらこうだ。
昨日の出来事だというのに、意外と話は広がっているらしい。なんでも、英雄の後妻に納まった傲慢な息子バカが最年少ウィザードにプライドごとコテンパンにされたと。
「知ってると思うけど、俺はあの手の人って嫌いだからさ」
「サムの弟子になったメリルさんたちに迷惑が掛かるだろう。もう少し考えて行動しろって」
「それがさ、笑えることに。あの四姉妹は後妻のことが大嫌いみたいでさ、今後は気をつけてくださいと言いつつも顔は笑ってたから」
そう言って笑うサミュエルに再度ため息を吐くストラトス。
とはいえ、英雄の娘たちが後妻を嫌っているのは有名な話だ。噂好きの貴族だけではなく、市民までもが知っていることでもあった。
「しかし、気を付けろよ?」
「何を?」
「あのタニム・ウェラーだよ。あのオバサンはむしろ今回の一件のせいでなおさらお前をトール・ウェラーの専属にしたがっているって話だ」
「はぁ? なんで?」
あれだけやってやったのに、とついつい舌打ちをしてしまう。
「あれだけやったからだよ。あれだけやったお前が、トール・ウェラーの専属になれば、結果的にサムがタニム・ウェラーの言うことを聞いたことになるだろ?」
「絶対にありえないけどな」
「一番厄介なのが、トール・ウェラーがお前に弟子入りしたくてしょうがないってことだ。今回の件でさらに拍車をかけたな」
「あのトール君がね……」
含みのある言い方をしたサミュエルに首をかしげるストラトス。
「なんていうかさ、弟子入りしたければ自分で言えばいいだろ。母親が全部喋ったんだぜ? てっきり、母親が勝手に決めて命令しに来たのかと思ってたよ」
「タニム・ウェラーはそこまで馬鹿じゃないさ。もっとも、現時点で十分馬鹿には馬鹿だけどな。王家の方にもトール・ウェラーの専属にサムを付けるように行ってきたらしい」
「それで、女王様は?」
「バッサリと断ったよ。まあ、サムは一応イスタリオ市民だけど、ウィザードでもあるからな。王家だろうが強制はできない。もっとも、サムがイスタリオ王国に忠誠を誓ったり、魔法騎士団などに所属すれば話は別になるけど」
ごめんだね、とサミュエルは笑う。
「そもそも、あの女王様はそんな無理難題を押し付けないだろう。例え、テイラード・ウェラーの息子だからって」
「もっともだ。確かに、テイラード・ウェラーは国がもっとも腐っていた時期に、国のため国民のためにと戦ってくれた英雄だ。だからこそ、王家はウェラー家に誠意を持っている……だが、だからといって我侭が通るわけがない。それじゃなくても、タニム・ウェラーは何度もその我侭をしてきたんだ」
一回や二回ならさておき、もう無理だと言うことらしい。実際はもっとだろう。
つまり、それだけ我侭なことを言っているのだ。タニム・ウェラーは。
「よっぽど、英雄さんと結婚できたのが嬉しかったんだろうね」
「そうらしいな。もともと箱入りな我侭娘だったらしいが、結婚後はさらに拍車が掛かったらしい。テイラード・ウェラーが生きていた時は、彼自身が止めていたが……」
「今は止められる者はいないと……」
やんなっちゃうねー、と二人で苦笑いをしてしまう。
「ところで、急にやってきたお前の用事は?」
ふと、今更ながらに話題を変えるサミュエル。
すると、ストラトスはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべると、ドンと音を立てて厚みのある何かをテーブルの上に置く。
「なんだよ、これ?」
「姉上からお前へのプレゼント……つまりお見合い写真だ。ザマーミロ」
「またかよ……俺、散々断ってきたんですけど?」
「だからこそ、姉上に直接頼んで俺に持ってこさせたんだよ。お見合い写真は三十枚、つまり三十人がお前と結婚したいとさ、おめでとう」
良い笑顔でそう言ってくれる友人に、サミュエルは心の中で罵倒することにした。
「まじめな話、最初はもっと多かったんだ。それを、俺と姉上が厳選して、純粋にお前を慕っている娘や良縁なのを見繕って選んで三十だからな。最初は百以上あったんだぞ?」
「あのな、厳選してくれるのは嬉しいよ。正直、百枚も女の写真なんて見たくないからな。でもな、女王と王子がわざわざそんなことしてるんじゃねえよ! どれだけ暇なんだよ!」
そう、この目の前にいる友人は、ストラトス・イスタリオ。イスタリオ王国第一王子だ。
そして、その姉はファニール・イスタリオ。現、イスタリオ王国女王である。
「部下が有能だから暇なんだよ、完全にとは言えないが、腐った貴族はほとんどいない。だからこそ、公務は順調に進んでいるから安心しろ!」
「滅びろ、イスタリオ王国……」
「ちなみに、姉上からの伝言だ。お見合いが嫌なら、さっさと私を娶れとのことだ」
「それこそごめんだ!!」
絶叫するサミュエルを見て、大笑いするストラトス。
とはいえ、王族がウィザードと結婚するということは珍しくはない。多くもないが、何件か例もあるのは事実だった。
王族は血を重んじるが、同時に強き力も求める。だからこそ、ウィザードが王族と結婚することはありうるのだ。とはいえ、ウィザードには変わり者が多い、貴族の出であっても、紙一重の者もいる。そんな人物を王族の婚姻相手にというのは無理があるのだ。
それに比べると、サミュエルはウィザードであり、まだ発展途上でもある。そして、まともとはいえないが、ウィザードの中では常識がある方だ。一番の理由として、年齢もあるだろう。イスタリオに暮らす多くのウィザードは三〇代から上だ。その中で唯一、サミュエルだけが一〇代なのだ。
そんなサミュエルを放っておく貴族はもちろん、王族関係者もいなかった。
婚姻を結んでしまえば、ウィザードが一人身内になるというメリットもある。まさに、優良物件なのだ。
「別に、姉上と結婚しても良いと思うけどな。どうせ、二〇歳になったら、俺が王になる。そうなれば姉上は自由とまではいかないが、今のように望まない生活を強いられることは無い。年は結構離れているけど、まぁギリギリ二〇代だし、見合い相手の一人として勘定に入れてやっといてくれ」
「……知るか」
ストラトスはまともに返事をしないサミュエルに苦笑すると、一枚の写真を束から取り出し、開いてサミュエルの投げる。
受け取ったサミュエルはつい、へぇと声を出してしまった。
そこに写っていたのは、まさに美女という言葉が相応しい女性だった。
「マリア・バレンタイン。年齢は一八歳で、お前より一つ年上だ」
「バレンタイン……どこかで、聞いたことがあるな。ああ、魔剣士の一族か」
「正解! イスタリオ王国で最強と言われるバレンタイン一族。魔剣士を輩出する一族で、王族の護衛や剣術を教えたりする立場の一族だ」
ストラトスの説明を受けながら、マリア・バレンタインの写真をまじまじと見つめるサミュエル。
プラチナブロンドの髪を腰の辺りまで伸ばし、一見、細身でか弱そうに見えるが、訓練をしているであろうことが写真越しにサミュエルには解った。
しかし……
「無愛想な女だな……普通、こういう写真って笑顔とかじゃないか?」
「彼女はいつもそうらしい。無愛想というよりも、無表情という感じだろう。もっとも、サムに無愛想とは言われたくないだろうけどね」
「うるせーよ」
「彼女はちょっと事情があってね、剣の腕だけなら歴代のバレンタイン一族の中でも抜きん出ているらしいけど、魔力を一切持たないと聞いたよ」
「おいおい、それじゃあ魔剣士にはなれないだろう?」
「なれないね。とはいえ、そのあたりの高位魔剣士が束になっても勝つことができないほどに、彼女は強い。ちなみに、サムとの婚姻を望んでいるのは本人ではなくて兄上らしい」
どうでも良い情報を付け足してくれるが、本当にどうでも良いことだった。
しかし、興味があるなとサミュエルは思う。
「興味があるみたいだね。結婚とかよりも、彼女の実力にという感じだけど?」
「わかる?」
「わかるさ、長い付き合いなんだから」
いずれにしろ、今回は女王から回ってきた話なので、最低でも一人は会わないといけないらしい。
まったく、困ったことになったとサミュエルは思いながら、久しぶりの友人との時間をゆっくりと過ごした。
昼過ぎに、一人の少女が尋ねてきた。
メリルかと思ったサミュエルだったが、彼女ではなく、まさかの人物だった。
「確か、ルーシー・ウェラーだったね」
左右に髪を結んだ少女に少々驚いてしまう。
「そうよ、メリルは学校で引き止めを食らってるから、今日の訓練にはこれそうもないってことを私がわざわざ伝えにきてあげたの。感謝しなさいよ」
「そりゃどうも……せっかくだから、お茶でも飲んでくか? 友達が、良いお茶思ってきてくれたんだ。菓子と一緒に」
「……じゃ、ご馳走になる」
ルーシーを事務所の中に招き入れると、ストラトスの持ってきてくれたお茶と菓子を出す。ちなみに、菓子はクッキーだ。
手際良く用意をしたサミュエルに驚いた顔をしているルーシー。
そんな彼女に築いたサミュエルは尋ねる。
「どうぞ……どうしてそんなに驚いてるのかな?」
「なんていうか、ウィザードがそんなに家事に慣れてるってどうなの? 使用人とかいないの?」
なるほど、と彼女が驚いている理由がわかった。
ウィザードはもちろん、高位魔法使いなどの位の高い魔法使いは弟子が多く持ち、裕福が当たり前なので、弟子が給仕を行うか、使用人を雇うかのどちらかが基本だ。
そんな中、サミュエルは自分で客をもてなしているのである。これはルーシーでなくても、魔法使いのことをある程度知る者なら驚くだろう。
「ウチの事務所は貧乏……とまではいかなくても、人を雇える余裕はないんだよね。師匠で所長でもあるシェイナは金遣いが荒いし、俺もそこまで蓄えようとはしないから」
「ふーん、でも孤児院に寄付する余裕はあるんでしょ?」
「……そういうことはスルーして欲しいんだけどな」
「教えなさいよ」
「うわー、上から目線だね。まぁ、いいや。簡単に言うと、自己満足だよ。カドリー孤児院の経営者のジュリアには恩があるし、親しくさせてもらってる。それに、自分と似た境遇の子供を放っておけないだろ?」
同じ境遇――その言葉を聞いて、ルーシーはハッとする。
「別に気にしなくたっていいよ、親がいないなんてことはそう珍しいことじゃないし、親がいなくても幸せな人間はいるし、親がいても幸せになれない子供だっている。世の中なんてそんなもんさ」
笑ってみせるサミュエルに、ルーシーは呟くように聞いた。
「アンタは今、幸せなの?」
その問いに、サミュエルは笑顔で「幸せだよ」答えた。
「じゃあ、謝らないから」
「謝る必要はないさ。変わりに俺からも一つ、聞いていい?」
「うん?」
「ウチの事務所で働かない?」
質問と言うよりも、勧誘だった。それも、前の会話など無かったような一言に、ルーシーの目は点になった。
新キャラ、ストラトス登場です。そして、ルーシー再びです。
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