EPISODE 4 「ウェラー家での訓練」
今後のメリルの方針などを、三人で話したサミュエルは老執事が持ってきてくれた紅茶を至福の表情で飲んでいた。
とりあえず、メリルはシェイナ魔法事務所職員見習いとして、サミュエルと共に働きながら弟子として修行もするということとなった。簡単な話、修行の一環としてシェイナ魔法事務所で働くということだ。
学校の退学はセイジが問題なくやってくれるそうだ。同時に、今までウェラー家の名前を使って儲けていたことを指摘し、授業料をすべて取り返してやるとエガオで言っていたので、そのとおりになるだろう。うん。証拠の資料も渡しちゃったし。
「あの、失礼ですけど、ルード様は紅茶が好きなのですか? とても美味しそうに飲んでいるので」
つまり、気になるほど至福の表情でサミュエルは紅茶を飲んでいたようだ。
「え、いや、その、お恥ずかしい。私は紅茶だけではなく、珈琲や煙草など嗜好品が好きでして。とはいえ、ここまで良い葉を使った紅茶なんて飲んだことがなかったもので……すみません」
少々顔を赤くして、照れながらも説明するサミュエル。
すると、セイジは不思議そうに首をかしげる。
「いえ、謝ることではありませんが……こちらこそ変なことを聞いてすみません。ですが、ウィザードの貴方が依頼を受ければ、相当な額の報酬がもらえると思うのですが?」
「言いたいことはわかります」
サミュエルは苦笑する。
確かに良い葉を使った紅茶だが、別に貴族だから買えるというものでもない。手を出そうと思えば、貴族ではない一般人でも少し余裕のある家であれば帰る程度の葉だった。
もっとも、それの葉の最大限の良さを引き出せるウェラー家の使用人はさすがの一言だが。
セイジが何が言いたいのかというと、ウィザードの受ける依頼というのは中位魔法使いが数人で、高位魔法使いが請ける仕事から、ウィザードでなければ解決できないレベルの依頼まである。それほどの依頼を一度でもこなせば大金が入ってくるのは間違いないからだ。
それがなぜ、安くないとはいえ紅茶一つで幸せそうなのか気になったということだろう。
「魔法事務所では基本的に、仕事を依頼されれば動きます。とはいえ、ウィザードが二人もいる所に依頼に来る人は少ないです。とんでもない依頼料を取られると思っているみたいですが、これでもウチの事務所は王国でもかなり安い方の部類なんですよね。後は、私が訓練を兼ねて個人的に受けるものがありますが、その報酬は事務所維持に回し、残りは孤児院に全て寄付していますので」
あまり自分には金が入ってこないのだと笑う。
「孤児院ですか?」
興味があったのか、メリルが尋ねてくる。
「ああ、俺が世話になっている魔法医療士ジュリア・カドリーが経営している孤児院だよ」
「カドリー孤児院ですか?」
「ん? 知ってるの?」
「はい、名前だけですけど」
なるほど、とサミュエルは頷く。
ジュリア・カドリーは王国でも、いや王国外でも有名な魔法医療士である。
どのくらいの魔法使いなのはサミュエルも知らない。だが、その技量の高さ、多くの子供たちの母として、医療魔法士の憧れの的である。噂では死者をも行き返すとまであるが、さすがにそれは不可能だろう。
「彼女には子供の頃に世話になってね。その時からずっと世話になりっぱなしなんだ。別に経営難ではないけれど、基本的にあまり患者から金を取ろうとしない人だから」
そう言って笑うサミュエルはとても優しそうな顔をしていた。
そんな時だった、扉が勢い良くバンッと開けられたのは。
「よくもまぁ、この家の敷居をまたぐことが出来ましたね、サミュエル・ルード!」
現れたのは、タニム・ウェラーだった。
「お義母さま、来客中です! 失礼な態度は取らないでいただけますか?」
決して褒められた態度ではない義母へセイジが意見するが、そんな彼女をフンと鼻で笑うとツカツカとサミュエルのところまでやってくる。
正直、とっとと帰れば良かった。
心底そう思ったサミュエルだった。
「一体、どういったご用件でいらしたのかしら、まさか今になってトールの家庭教師になりたいと?」
「ハハハ、まさか。残念ですが、トール君には興味は一切ありませんので、ご安心を」
初めて事務所に来たときとまるで変わらないタニム夫人の態度に、サミュエルはうんざりして返事をする。
彼女の神経を逆なでするような言葉で。
サミュエルの言葉に、ウェラー姉妹は真っ青になり、タニム夫人は怒りで真っ赤になった。
「それではどういうご用件でいらしたのかしら?」
それでも平常心を取り繕うとするタニム夫人をさすがだと思った。
「いえ、これからメリルさんを私の弟子として迎え入れたいという話をしまいして。それを快く、受け入れてもらったところです」
だが、サミュエルのこの言葉にタニム夫人はついにキレた。
「あ、貴方は……トールには興味がないと言っておきながら、そこの見習い魔法使いという出来損ないには興味があるというのですか!」
「彼女が出来損ない? その両目……ちゃんと機能していますか? 確かに彼女は魔法使いのランクでは見習いという立場にありますが、そうですね。一ヶ月もすれば、トール君と並びますよ」
その言葉に、信じられないと言葉が見つからないタニム夫人。驚きを隠せない、ウェラー姉妹だった。
「結局、その後トール君はどうですか? どのような家庭教師をつけましたか? 現在、弟子を取っていないウィザードは自分を入れて数人と聞いています。その多くは国外に出ている……ということは、高位魔法使いあたりを家庭教師にという感じですか。伸びましたか?」
別にサミュエルは喧嘩を売っているわけではいない。
とはいえ、無意識にタニムのような傲慢な人間を嫌う傾向があるので、それが言葉となっているのだろう。
「ええ、ええ、伸びましたとも。いずれはウェラー家当主として、英雄の息子として相応しい魔法使いになりますわ!」
「へぇ、それは良かったですね。それじゃあ、メリル、当初の予定通り訓練しようか?」
「え、あ、はい!」
ほとんどスルーする状態でタニムの話を聞き流したサミュエルは、メリルと当初の予定通り訓練をすることに。
正直、いい加減、この人と話すつもりはない。
「あの、よろしければ私たちも見学させていただいてよろしいですか?」
セイジがそう言い、アンも頷く。
「構いませんよ、では訓練所まで案内よろしくお願いします」
怒りで震えるタニムを他所に、サミュエルは微笑んだ。
メリルは義母が嫌いだが、さすがに先ほどのやり取りには不憫だと思わずにはいられなかった。
同時にサミュエルがここまで嫌味を言うような人間だとは思ってもいなかった。
「あの、ずいぶんと義母がお嫌いなようですが……」
遠慮するように姉のセイジが声を掛ける。
「あれ? なんか変でしたか?」
それはもう、すごく変というや嫌味な人間になっていました。と、三人は頷いた。
「確かに、トール君の件でやってきた時に好き放題言って、最後にはキレて、裏でカドリー孤児院の土地を買収しようとしたことには腹を立てましたが……」
そんなことをしていたのか!
自分たちの知らなかった義母の暴挙に呆れるメリルたち。
とはいえ、相手が悪いだろう。ウィザードといえば、魔法使いの頂点である存在。そんなウィザードが国にいてくれるだけで、周囲の国は戦力としてみる。例え、ウィザードが軍に関係なくてもだ。
そんなウィザードを国へ置いておきたいと思うのは当たり前だ。
だからこそ、ウィザードであるサミュエルが援助を行っている孤児院の土地を買収などできるわけがない。だが、それを義母はわからないのだ。
貴族の娘として欲しいものを欲しいままに手に入れて育った義母に、説明してもわからないと思うが……
「そんなことをしていたのですか……本当に申し訳ありません」
義母の行動を謝罪するセイジと一緒に頭を下げるメリルはふと思い出した。自分たちと義母が血がつながっていないこと、義母が私たちを嫌っていること、そして私たちも義母たちを嫌っていること、話したほうがいいだろうか?
とはいえ、家庭の問題に巻き込むのも悪い。
そんなことを考えていると、訓練所の前で一人の少女が立っていた。金髪を伸ばして、左右で結んでいて、若者が好みそうな短いスカートの上にラフなシャツを着込んだ、メリルの二つ上の姉……ルーシー・ウェラーだった。
「お姉ちゃん」
「ん、ああ、メリルか」
「メリルか、ではないでしょう、ルーシー! 今日はお客様が来るからと言ってあったでしょう! ご挨拶なさい!」
セイジに言われ、面倒そうな表情を隠そうともしないルーシーにサミュエルは近づくと挨拶をする。
「始めまして、サミュエル・ルードと申します」
「ルーシー・ウェラー」
名前だけを面倒くさそうに言うルーシーにセイジが怒鳴るが、彼女は気にした様子もない。
それどころか、
「ていうか、アンタ……その作り笑い、キモイ」
「……キモッ?」
いや、そりゃ、自分のことを二枚目だとは思っていなけど、まさかキモイなんて言われるだなんて。
まさか……実は俺ってキモイの?
サミュエルは面と向かって言われただけに、自分がキモイ人間なのだろうかと真剣に考え始めてしまった。
「ルーシーも一緒にメリルの訓練を見学しなさい」
「はぁ、私には関係ないじゃん。そもそも、私は魔法使い見習いですらないし」
「それでもです。学校にもいかずに、毎日無駄に過ごしているのですから、メリルのように向上心というものを身に着けなさい!」
「向上心があっても、見習いじゃあねえ」
そう言って馬鹿にするように笑うルーシーにさすがのメリルもムッとした。
そして、ウィザードであるサミュエルの弟子になったことを話す。
ちなみに、落ち込んでいたいたサミュエルを慰めたのは、以外にも無表情のアンだった。
「大丈夫、貴方は別にキモくない」
「……本当?」
「うん」
慰められて立ち直ったサミュエルとウェラー四姉妹が訓練所に入ると、先客がいた。
トール・ウェラーと四人の魔法使いだ。多分、四人が専属の家庭教師なのだろう。
「いやいや、流石はウェラー家の訓練所。広いのはもちろん、対魔法衝撃もしっかり出来ているね」
感心してキョロキョロするサミュエル。
「サミュエルさん、じゃなかった……師匠、今日はどうしましょう?」
「今までどおりにサミュエルさんで良いよ。師匠なんて呼ばれると、こそばゆいよ」
緊張した様子のメリルに苦笑してみせる。
三人の姉にこれから訓練を見られるのだ、大方気分は授業参観だろうとサミュエルは思った。
「ねえ、アンタ本当にウィザードなの?」
「ええ、まだまだ未熟者ですが」
「ふーん、そうは見えないけど」
「よく言われますよ」
事実なので笑って返すと、嫌味が通じなかったことに腹を立てたのかフンッと離れていってしまうルーシー。
「すみません、妹が……」
「いいえ、ウィザードに見えないというのは良く言われるんですよ。文字通り、一七歳の若輩者ですから」
申し訳なさそうにするセイジに気にしなくて良いと返すと、セイジとアンもルーシー同様に離れた場所で訓練を見ることとなる。
「じゃあ、やろうか。とりあえず、営業スマイルはやめるぞ」
「……どおりでニコニコしてるなーと思ったんですけど、営業スマイルだったんですね」
ニヤリ、と笑うサミュエルに呆れて返事をするメリルだった。
「とりあえず、この一週間で教えたことのおさらいから」
この一週間では魔力の制御について訓練させていた。基礎の、延長上な訓練だが、瞑想や単純な体作りなどの訓練と比べ、実際に魔法を使うのでメリルも喜んでいたのは記憶に新しい。
まずは手のひらサイズの火球を一つ作らせる。その数を増やし、火球一つ一つに込める密度を統一させたり、最小限にしたり、威力を求めて込めれるだけ込めると色々だ。
これは魔力制御の訓練だが、これは意外と大事である。
例えば、一〇〇ある魔力の内で50の魔力を使って倒せる敵に、一〇〇の魔力を全て使ってしまうのはただの馬鹿だ。余力を残し、不意の事態に備えておくのも大切だ。
それが無意識にできるようにするための訓練の一つである。
魔法、一つ一つによって、必要な魔力は決まっているが、個人によって魔力が強ければ少なくてすむし、弱ければ多く必要とする。
それを魔法使いは無意識でやっているのだが、それを調節し、必要最低限の魔力で行えば効率が良いことこのうえない。
これらを無意識にできるようになるのが、高位魔法使いレベルだ。もっとも、全ての高位魔法使いができるわけではないし、魔力量が多いものは気にもしないことではある。
だが、この訓練は、他の訓練にも応用が利くのでサミュエルはメリルにやらしているのだ。サミュエル自身、最初はこれを行った。
「よし、一回休憩」
一〇〇の火球を操っていたメリルは、ふう、と一息つける。
そんな妹を見て、セイジは驚いていた。まさか魔法使い見習いと呼ばれている妹が一週間でここまでのことをできるとは思ってもいなかったのだ。
一〇〇の火球を操るというのは、一〇〇の火球を意識しなければいけないことである。
ただ、一〇〇の火球を造り放つだけとはまったく違うのだ。
「たった一週間で……すごいわね」
「うん」
アンも同意する。
「制御はいい感じだな。これを毎日繰り返せ、数も増やしていけば、いずれ無駄なく魔法を使うことができるようになるから」
「はい!」
「じゃあ、次のステップに今日は進もう。この一週間見ていて、やはり君の得意属性は改めて炎とわかった。そこで、一つ魔法を教えてあげるよ」
魔法を教えてもらえるということに、メリルの表情がパァと輝く。
「炎爆系中級魔法・爆輪。一つの火球に魔力を込め、その込め多分だけを爆発させる至近距離の魔法だ。込める魔力によっては攻撃力も上がる。ただ、至近距離でというのが欠点で、遠くからでは効果が落ちてしまうというのがある」
じゃあやって見せるからと、右手を上げると高密度に魔力が凝縮させられた火球が一つ。
「この火球を相手に打撃と共に放つことで、円状の爆発で相手を吹き飛ばす。この魔法の利点は、敵に周囲を囲まれたときに、地面に思い切り放てば敵をなぎ倒すことができることかな」
それじゃあ、さっそく、と言い掛けたサミュエルだったが、一人の少年が声を掛けたことで動きを止めた。
「あの、サミュエルさん、お久しぶりです!」
少年――トール・ウェラー。
母親と同じ亜麻色の髪を耳の辺りで揃えている清潔感ある髪型に、一二歳という年齢のわりに鍛えられた体は、さすが幼少時から訓練されているなと思わせる。
訓練をしても筋肉が付かず、力にあまり自身がないサミュエルにとっては羨ましいと思えた。
だが、
「トール君、今訓練をしている最中なんだ。君が、いくら休憩中でも遠慮してくれるかな?」
「あ……そうでした、すみません!」
頭を下げようとしたトールだったが、突然現れたタニムによって止められた。
「その必要はありません」
「母上?」
謝罪しようとしたところを止められ、首をかしげるトール。自分が間違っていたのに、なぜという表情だ。
初めて会った時に挨拶以外黙っていた彼だが、母親と違い常識があるのかなとサミュエルは思った。
「その男はトールの家庭教師を断っておきながら、見習いという出来損ないのメリルを弟子にした愚か者です。英雄の息子であるトールが頭を下げる必要はありません!」
サミュエルは呆れた。いや、そこは謝っておこうよ、人として。訓練の邪魔しちゃったんだからさ。
「出たよ、あのオバハン、頭沸いてるんじゃないの?」
ルーシーのボソリといった言葉に、頷いてしまったサミュエルだった。
「貴方はそこのメリルが一ヶ月でトールに並ぶと言いましたね」
「言いましたよ」
「では、よほど貴方は優れた魔法使いであり、指導者なのでしょうね?」
タニムの企みが解ってしまったサミュエルだった。
「あのオバハン、絶対にあの男にトールの家庭教師ぶつける気満々だろ……」
ですよねー。そんな雰囲気だし、いかにも企んでます! 見たいな感じで……
「お義母さま! その言い方は、ウィザードであるルード様に失礼です!」
セイジはそう言うが、タニムは彼女の言葉を無視して続けていく。
「どうでしょう? 優秀なウィザードである貴方なら、トールの家庭教師である魔法使いと戦って実力を見せてはいただけませんか?」
やっぱり、そう来るか……
だけど……その喧嘩買った!
「構いませんよ、では四人同時にいきますか?」
意識して挑発してやったサミュエルの言葉に、改めてタニムの顔が怒りに染まったのだった。
ウェラー家全員集合です。次回は初バトルとなります!
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