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EPISODE 2 「サミュエル・ルード」

 サミュエル・ルードは『ウィザード』である。それも、一年前……一六歳でウィザードとなった最年少記録保持者でもある。

 魔法協会に所属する魔法使いでは知らない者はいないサミュエルだが、彼の生い立ちというものは意外と知られていない。もちろん、サミュエル自身が教えていないだけだが。

 魔法協会とはあくまでも魔法使いを管理する組織であり、魔法使い個人の生い立ちまで気にすることはない。とはいえ、犯罪を起こした者で未だ捕まっていない者などの生い立ちは調べられることはある。

 つまり、サミュエル自身も魔法協会にわざわざ自分の生い立ちを教える必要はないのだ。もっとも、教えろと言われて素直に教えるわけもないが。

 魔法使いとなる者は多く存在する。

 魔力があるからという単純な理由から、家の関係などもある。良い職につけるからという理由もあるだろう。そして、力を求める者だった。

 サミュエル・ルードは力を求める者だった。

 メリル・ウェラーのように「英雄の娘」という周囲の色眼鏡を外させて自分を認めて欲しいというものとはかけ離れている。彼女も力を求めているが、サミュエルとは根本が違う。


 サミュエルが魔法に関わった理由、それは――復讐。


 サミュエル・ルードはイスタリオ王国北部に“存在した”小さな町で生まれ育った。

 刀の使い手であり、厳しいが優しい母と、そんな母とは対称にいつもニコニコと笑顔を絶やさない自分にとても甘かった父と三人家族だった。

 他の親族は知らない。両親も話さなかった。

 そんな家族が、町が、一晩にして滅ぼされたのだった。

 

――龍に。


 唯一の生存者であった当時一〇歳のサミュエルは、後に師となるシェイナに偶然助けられ、復讐すべく力を求めた。

 才能はあったのだろう。そして、同年代の子供が遊んでいる姿を見ても何も思わずに、ひたすら勉強し、修行し、そしてウィザードとなったのだった。






 メリル・ウェラーがサミュエル・ルードに魔法を習うこととなり、一週間が経った。

 彼女の得意属性は炎、対してサミュエルの得意属性は氷と対照的だが、さすがはウィザードといったところか炎の魔法も高位魔法使い同等に使ってみせるサミュエルに改めてメリルはウィザードという高みを見せ付けられていた。


「お、お疲れさまでした……」


 朝から始まり夕方までの数時間を経て、メリルは心身共に疲れ果てていた。

 肩口で揃えた金髪も、可愛らしいと評しても良い容姿も、もったいないくらいにボロボロだ。


「はい、おつかれー」


 そんなメリルとは反対に疲れなど微塵も見せないサミュエル。メリルは思う、サミュエルも一緒に同じだけの訓練をしていたというに……化け物だ。

 とはいえ、サミュエルの教えは非常に上手かった。同時にメリルの覚えも早かった。

 まったく、なんでここまで飲み込みが早いのに今まで見習いだったのか。まったく持って不思議だ。

 環境のせいもあるだろう。もしかすると教師が「英雄の娘」に遠慮をしてしまっている可能性だってある。まったくバカらしい。

 最悪の場合は学校を辞めさせたほうが早いかもしれないなと思う。現在は休学という形をとっているが、それがいつまで通用するか。いや、意外と特別待遇を受けてしまうかもしれないな。それはそれで好都合だけど。


「サミュエルさん、私……少しは強くなれましたか?」


 息を切らせて問うメリル。

 本当のことを言っても良いのか悪いのか、少し判断に迷ったが……本当のことを伝えることにした。


「とりあえず、下位魔法使いレベルにはなったと思う。あくまでも私見だけど」


 天狗になられては困るので、下位魔法使いの中でもまだまだ下の方だと付け加えることを忘れない。


「え! ほ、本当ですか!」


 メリルにとっては高評価だったのか、疲労を忘れてパッと明るい笑顔を見せる。

 そんな彼女に苦笑しつつ、サミュエルはこの一週間ずっと考えていたことを口にした。


「というかさ、俺にしてみるば、どうして今まで見習いだったのかが疑問なんだよね。学校では何習ってたの?」

「ええっと、学校では……」


 メリルの説明を聞いて、サミュエルは心底それじゃあダメだと思った。

 魔法学校がダメというわけではなく、魔法学校の授業に対してメリルが合っていないということだった。

 当たり前の話だが、基礎は大事だ。これは魔法だけではなく、剣術だろうが、勉強だろうが、料理でもあたりまえだ。

 魔法学校では基礎を重点的に学んでいた。だが、メリルの場合は生まれた環境ゆえに基礎は備わっていた。しかし、せっかく学校に入ったものの、また基礎の勉強。これではおもしろくない。

 つまり、メリル・ウェラーはそんな性格だった。

 サミュエルと出会った日、さっそく訓練に入ったが、基礎がしっかり出来ていることだったので、実戦とまではいかないものの、魔法を使って色々教え込もうとしたところ、もの凄く食いつきようだった。

 今、説明を聞いて初めて知ったが、ある程度上級生にならないと学校では魔法を使うのは禁止されているのとのこと。

 学校の方針として問題はない、むしろ当たり前だが、それがメリルには良くなかった。

 もっとも、サミュエルにしてみれば、とっとと飛び級させて上級生にさえてしまえば今頃とっくに下位魔法使いレベルになっていただろうと思う。

 しかし、これには理由があった。

 魔法学校は「英雄の娘」を特別扱いしていた。そのことはまあ良い。だが、それが裏目に出てしまったのだ。

 つまり、上級生に飛び級させて怪我でもされたら大変だ。英雄の娘が学園にいる間は入学希望者が増える。

 保身と欲だった。

 しかしながら、その結果として「英雄の娘」でありながら魔法使い見習いという立場だったメリルを教師や同級生は「英雄の娘のくせに」と思っていたのでバカらしい話だ。


「とりあえず、学校は辞めちまえ」


 ということでサミュエルの中でそういう結論となった。


「えーッ! そんな簡単に言わないでくださいよ! 授業料だって払ってるんですよ!」

「金払ってんのかよ……そういう時には英雄の娘だから特待生とかじゃないのか?」

「……私はそういう扱いが嫌で強くなりたいんですけど」


 サミュエルの言葉に少々起こった感じのメリルだが、そんなことは気にせずサミュエルは言う。


「利用できるものは利用しとけ。金が絡んだら特に!」

「がめつい?」

「違う! ウチは師匠の金遣いが荒いから、経営が……」


 だから金のことにはつい、な……と語るサミュエルには哀愁が漂っていたと、メリルは後に語る。


「そういえば、サミュエルさんの師匠のシェイナ様とはまだ会ったことがないんですけど? お留守ですか?」

「いや、お留守というか、あの人……俺に二つ名譲ってから、遊んだり、飲んだり、食ったり、寝たり、と好き放題で……」


 やっぱり哀愁を漂わせて呟くサミュエル。


「ウィザードがそんななんですか!?」

「いやいや、ウィザードに幻想を抱くな。俺も師匠も含めて、ウィザードってのは変わり者だよ、基本的に」

「変わり者?」

「そう。高位魔法使いは自分の得意属性を極めようと、日夜努力をする。ところが、ウィザードは他にも手をだす。例えば、俺は利用できるものは利用するから、得意属性が氷でも他の魔法もバンバン使う。師匠は天性の才能なのか努力などは必要なく、好き放題にやっている内にウィザードになった変わり者の中の変わり者って話だけど、本当かどうだか。『海の魔女』という二つ名は、良く水、氷、闇の魔法を使用したからさ」


 属性には色々あり、数種類をまとめて一つの属性と表す場合がある。例えば、光、風、炎を『空』属性。例えば、水、氷、闇を『海』属性などと現すことがある。

 もちろん、高位魔法使いが得意属性を極めようとした過程でウィザードまで上り詰める者もいるが、基本的にウィザードというのは魔法使いにとって異質な存在である。

 だからこそ、敬われたり、尊敬されたりするのだが、中には変人と嫌うものもいることは確かだ。


「……なんと言いますか、今まで抱いていたウィザードというイメージが」


 ガラガラと音を立てて崩れていく、と呆然とメリルは言った。

 そんな姿をみてサミュエルは笑う。


「まぁ、中には生真面目過ぎる奴もいるよ、生真面目過ぎるのも変わり者だろうけど。さてと、ウィザードの話は別として、学校の件は……そうだな、家族には俺から話してやる。明日は、俺が君の家に行くから来なくていいぞ」

「ええッ? ってことは私の家で修行もですか!?」

「当たり前だ……なんだよ、仮にもウェラー家なんだから訓練場所くらいあるだろ?」

「それは、ありますけど……」


 なんだかとっても来てほしくなさそうなメリルだったが、結局サミュエルを説得する方法もなく、ザミュエル・ルードのウェラー家訪問は決まった。

 もっとも、自宅訪問は抵抗あるメリルだったが、学校を辞めることに関しては異論はなかった。

 友人もいなく、誰もが英雄の娘として見てくる。勝手に期待して、勝手に失望する。そんな場所にはいたくない、ずっと前からそう思っていたから。






「アハハハハハ、それで結局サミーはお宅訪問することになったんだ?」


 夜、エプロン姿で食事の支度をするサミュエルに、明日のウェラー家訪問の話を聞いたシェイナは大笑いをしていた。

 ジーンズにシャツというラフ過ぎる格好に、昼間はずっと寝ていたせいか腰まで伸ばしている金髪はボサボサだ。

 パスタをソースで絡めて皿に盛りつけながら、サミュエルは盛大に溜息を吐く。

 まったく、この人は身なりを整えて黙っていれば惚れ惚れするほど美人だというのに。


「おお、今日も美味そうだな。いただきます!」


 フォーク片手に弟子が自分の席に座る前に食事を始めてしまう。

 相変わらずだな、と苦笑する。

 そんなシェイナだが、サミュエルのとっては優れた魔法の師であり、手の掛かる姉のような存在であり、そして……命の恩人だった。


「しっかし、お前も弟子を持つようになるんだぁ。七年でそこまで成長するとは、さすが私の弟子だ!」

「へ?」


 なんですか、弟子って?

 シェイナの言葉に呆けるサミュエルに、今度はシェイナが呆れたように溜息を吐く。


「お前、気づいてないのか? 学校を辞めさせるってことは、お前が面倒見るって事だろう?」

「え、ええ。学校が悪いとは言いませんが、メリルとは相性が悪いみたいですので。とりあえず、方向性を見つけさせてあげようかと思っているんですけど」

「それって、弟子取ったってことになるじゃん」


 しばらく腕を組んで考えるようにしてから、ポンと手を叩く。


「ですね、弟子とってしまいました。どうしましょうか?」


 強くしてやるとは言ったものの、弟子うんぬんまで考えていなかったと、顔を青くするサミュエル。

 そんな様子を見てシェイナは呆れたように笑った。


「まぁでも、ちょうど良いんじゃないか? ウィザードの義務の中に弟子の育成があっただろう。遅かれ早かれやらなきゃいけないんだから、早まったくらいと考えておけば。それとも、弟子にするには不満なのんかい、メリル・ウェラーは?」

「まさか、まっすぐで良い子ですよ。だからこそ、俺みたいなのじゃなくて、もう少しちゃんとした魔法使いに弟子入りしたほうがいいんじゃないかなとは思ったんですけど」

「確かに、サミーは歪んでるからな」

「いや、そこは否定して欲しかったんですけどね。っていうか、別に歪んでませんよ」


 本気でそう思っているのか、それとも演技かシェイナにはわからなかったが、メリル・ウェラーがサミュエルの弟子になることは良いことだと思っている。

 シェイナはサミュエルの師であると同時に、彼が思っているように姉であり、家族であると思っている。

 だからこそ、サミュエルの壊れている部分が気が気でない。

 今でこそ、こうして笑っているサミュエルだったが、出会ったときは体も心も死に掛けていた。無理も無いとは思う。一夜にして、家族を、友人を、町をすべて奪われたのだから。

 目に生気は無く、怪我が完治するまではまともに口さえ開かなかった。

 怪我が治って事務所で一緒に暮らすようになったのは、同情も少しはあったが、心が死に掛けているサミュエルを放って置けなかったのもある。治療に当たった医者が孤児院を経営しているので引き取ろうかという話もあったが、それを断り引き取ったのだ。

 そして、サミュエルはシェイナに言った。


「あなたのことを聞きました。僕に、力をください。みんなを奪ったあいつらに復讐する力を……!」


 名前を名乗った時以来だった、まともに言葉を発したのは。

 シェイナは迷った。だが、結局生きがいを与えてやるのが良いのではと思い、弟子にしたのだ。

 もっとも、弟子となったサミュエルが最初に覚えたことは料理だった。料理などがまったくできないシェイナの暮らしに、弟子となっても力をつける前に食生活で死ぬと思ったのだろう。

 それを見たシェイナは、少しは弟子にしたことでプラスになったのかと思った。だが、すぐに後悔をした。

 幼い頃から両親に魔法と剣術を習っていたというサミュエルは才能があった。そして、その才能に見合う以上の強大な魔力を持っていた。だからこそ、無理をさせない程度に教えていこうと思ったのだが、サミュエルは寝る間も惜しんで勝手に訓練をしては倒れるの繰り返しをした。

 食事はとっていても、睡眠は取らない。さらには、心身共に酷使するという、一〇歳の少年にとっては異常な行動だった。

 無理やり寝かしつけたことも何度もあったが、その度に寝たくないと暴れ抵抗した。理由はわかる。夢を見るからだった。故郷を奪われた時に。

 そして、毎回うなされながら謝るのだ。


 ――僕だけ助かってごめんなさい


 その度にシェイナは優しく抱きしめた。姉のように、母のように。

 そして、少しずつ成長をしていった。

 やや根暗な性格だったことに心配したが、友人ができたことでそれも解消されていった。しかし、貪欲に力を求め続けるのは変わらなかった。

 文字通り血のにじむ訓練こなす姿は、罰を受ける囚人のように見えたこともあった。

 魔法協会に呼び出され、修行という名の過度の虐待をしているのではと取り調べられることも何度かあったのは、今では笑える話だった。

 結局、サミュエルはウィザードという魔法協会が定めた魔法使いとしての最高位になるまで、無茶な訓練を辞めなかった。

 当時、最年少ウィザードの年齢は二三歳だった。その人物も、サミュエルが生まれる前に他界している。

 そんな人物の記録を塗り替えることをするとは正直シェイナ自身、思ってもいなかった。今思えば、何かしら証拠が欲しかっただけなのかもしれない。この六年で自分が少しでも強くなったのだという証拠が。

 だが、当時下位魔法使いだったサミュエルがいきなりウィザードになることは不可能に近かった。そこで、高位魔法使いでも遠慮するであろう、魔法協会からの以来を片っ端から受けたのだ。荒事限定で。

 例えば、高位魔法使いが弟子数人を引き連れてなんとか退治できるだろう魔物をたった一人で、しかも群れを殲滅した。

 例えば、犯罪を起こした魔法使いの集団を一人残らず殺害してみせた。

 このようなことを何度も繰り返せば、魔法協会もその実力を認めないわけにはいかなかった。

 こうして、サミュエルはウィザードとなった。ちなみに、もっとも戦いたくない魔法使いのランキングに現在三位にいることはどうでも良い話だろう。

 ウィザードとなったことで、悪夢を見ることは減ったようだ。だが、現在においても悪夢は見続けている。

 きっと、一人だけ助かってしまったことに、未だ負い目を感じているのだろう。


「どうかしましたか、師匠?」


 声を掛けられて、シェイナは食事を途中で止めてしまっていることに気づいた。


「なんでもないよ」


 軽く苦笑してみせる。

 心配の種はまだある。

 サミュエルは龍を憎悪している。もちろん、全てを奪われたのだから理解はできる。

 しかし、物事はそう単純ではなかった。

 正確に言えば、サミュエルは龍に狂っている。もしくは、愛しながら、憎悪している。

 だから、シェイナは先ほどサミュエルを歪んでいると言ったのだ。

 メリルとは面識は無いが、修行風景は見たことがある。強くなることにまっすぐなのは過去のサミュエルと似ているが、根本は違う。

 彼女はサミュエルと違って、真っ直ぐだった。良い意味でも、悪い意味でも。それはサミュエルにとって無くしてしまったものでもある。

 願わくは、サミュエル・ルードがメリル・ウェラーとの出会いによって、色々な意味で成長して欲しいとシェイナは強く思ったのだった。


師匠・シェイナ登場。同時に、サミュエルの過去を全てではありませんが、長ったらしくなりましたが書かせていただきました。

ご評価、ご感想、ご意見などがありましたら、どうぞよろしくお願いします。

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